大飯原発の再稼働への直接抗議活動に行ってきました。
書きたい思いがありすぎて まとめられるか不安だけど これだけは書いておかなきゃいけないと思うので 書いてみます。今日は推敲なし。雑文のまま行こうと思います。
大飯原発に向かう一本道にバリケード封鎖が出来たのが6月30日(土)の午後3時。
7月1日(日)午後9時から始まるとされる原子炉の制御棒の引き抜き。
再稼働に向けた作業を進める作業員の通行を止め、バリケードを作り大飯原発の再稼働を直接的に阻止しようというのが狙い。
僕が駆け付けたのは午後6時。
遠くから見たらこんな感じ。

すでにバリケードの前には警官が列をなしていて、バリケードを守る仲間たちの中に入ることが出来ない。

すでにそこで活動している仲間たちの助けを借りて、力ずくで無理やり警官の列を突破。
ここで頑張ってる仲間たちにとっては、そんなことお茶の子さいさいな様子だったけど
僕は恥ずかしいけど、警官のガードをこじ開けてバリケードの中にいる仲間の所に行く、ただそれだけのことがめちゃめちゃ怖かった。
警察に逆らっていいいの?おれ。
これ捕まっちゃわない?
そんな思いが立ち込めた。だけど仲間たちの励ましもあったし、こんな所でいきなり二の足踏んでるわけにもいかないので 列をこじ開けて正面突破をした。
警察は突破中こそ体を掴んだりしてきたけど、こちらも警察に手を出さなかったし、中に入ってしまえば彼らもそれ以上は追ってこなかった。
やっぱり警察にもここを守る決定的な根拠はないんだ。
バリケードの中に入ったら、そこは音楽と笑いに満ちつつも、緊張感と使命感に満ちた何ともウェットな空間だった。



鳴り止まない「再稼働反対」コール。ジャンベ、鳴り物。
一目見て理解した。
「ここにいる人たちは、皆まだ諦めてない」
「再稼働はまだ止められる」一人一人が本気でそう信じている目をしていたし、その場にいる限り、それは真実のように思えた。
僕は東京で首相官邸前抗議に10万人集まっても、再稼働は止まらないだろうと思っていた。
今回わざわざ往復12時間、費用3万円を費やして、ここまでやってきたのも「再稼働は止められなくても、最後まで声を上げたという自己満足を得たい」という、そんな消極的な理由からだった。
だけど、ここに来て現場を見て一瞬で変わった。
確かに再稼働は止められる。
ここに集まっている人たちの多くは、髭もじゃもじゃ髪ぼさぼさの一昔風に括って表現してしまえばヒッピー的な雰囲気を持った人たちだ。
茂木さんが「カラフルな服を来た若者」と表現するように、一般社会的な価値観から見ると非常識な人間で、とっても悪い言い方をしてしまえば社会不適合という烙印を押されてしまうような、そんな人たちだけど、そんな人たちが今日本人の中で一番未来のことを考えている。
そんな仲間たちと一緒に再稼働反対コールをする。小雨が降っている。
現場では、東京で安穏として暮らしている人間には思いもつかないような発想やアイデアが次々に飛び出し来る。
突然アカペラでラップをする若者。
とりとめもなく喋りつづける若者。
覚えていないので紹介出来ないのがとても残念だけど、それこそ知的好奇心をそそられる言葉が次々と出てきた。
そんな中で仲間の一人がこういった。
「僕たちはもう原発やめたんです。」
この発想なんだ。この人たちの原動力は。
「原発やめて」じゃなくて『原発やめた』。
そのたった一文字の違いがとんでもないパワーを生む。
夜8時45分前後、アピールを続けていたら、警官の列がいなくなった。
バリケードの中と外に分かれていた仲間が一つになる。その数、300人程度。


ここでしばしの安定状態。このままバリケードを守り続ければ再稼働は止められる。
行動は長期戦だ。
作業は翌日7月1日(日)の夜9時から始まると言われている。再稼働を撤回するまで抗議活動は続く。
体力温存も大事なので、各自、仮眠を取ったり車で休憩をしたりする。
バリケード内の人数が100人程に減った夜23時。福井県警が機動隊を寄越してきた。
向こうも戦略なので人数が減った時を当然狙ってくる。
「機動隊来たぞー」の掛け声に合わせて、仲間たちは機動隊の方へ走って行った。

僕は立ちすくんで後ろでこそこそ写真を撮っていた。
正直めちゃめちゃビビってた。
夜の暗闇に機動隊。それに立ち向かう?むりむりむりむり。
近くにいた元彼女に激似の女の子が「私車に行くね」と行って戻っていった。
僕は「そうした方がいいね」なんて言いながら、自分も安全な所に行きたかった。
戻る勇気も突っ込む勇気もないまま、バリケードの中という中途半端な位置で「再稼働反対」と叫ぶしかなかった。
一瞬小競り合いが起きそうだったが、何とかバリケードから5、60mの所で機動隊を食い止めた。



車に戻ると言っていなくなった女の子が戻ってきて、マイクで「再稼働反対」と叫んでいる。
女の子も戦ってる。
それに引き替え自分の意気地のなさと言ったら。
忸怩たる思いが募ったが、それでもやっぱり怖いものは怖かった。
機動隊と市民のにらみ合いが続き、しばらくそのまま小康状態となった。
それから深夜にかけて、もう一度機動隊が突っ込んでこようとした時があった。
「機動隊来たぞー」の掛け声に走る仲間たち。
また立ちすくむ僕。
しばらく悩んだが、やっぱり機動隊を止めに行こうと決意した。
止めなきゃ、意味がないんだ。
警察の人や機動隊の人たちは無表情だ。本当に無表情だ。

この人たちは、正義も思想も何も持っていない。ただ「仕事」としてやってきているだけ。
なるほど。と思った。
だから市民が機動隊を止められるんだ。
本気出せば機動隊がバリケードを潰して、ここにいる人間を検挙することなんてわけないだろう。そういう訓練をしている人たちだ。
だけど、ここに来ている機動隊の人たちは上から命じられて来ている人たちだ。
自発的にやってきている僕たちとは根本的にやる気が違う。
機動隊の人たちも若者だった。
奇しくも現場では若者と若者がにらみ合うという構造になっていた。
バリケードが出来てからほぼ鳴り止むことのない「再稼働反対」の掛け声。
機動隊とにらみ合っている時は必死だから、「再稼働反対」と叫ぶしかないけど
本当は心の底でこう思っていた。
「一体僕は誰と戦っているんだろう。」
当事者でないこの人たちに「再稼働反対」と叫んでも意味が無いし、夜の闇に言葉は吸い込まれていく。
テレビは報じない。言葉で伝えても信じない人が多い。
「私の責任で」と何の担保にもならぬ口先だけの説明で再稼働を決めた野田首相。
抗議行動に関西電力の人は出てこないで、黙って警察を寄越すだけ。
「再稼働反対」の掛け声の合間には「関電さん出してー」の声が混じる。
だけど、誰も出てこない。
関電さんも、政治家も誰もこない。
その結果、警察という本来ぶつかるべきでは無い相手に「再稼働反対」を叫ぶことになる。
次第に、機動隊に検挙されるよりも、よっぽどこっちの方が恐ろしいように思えてきた。
首相官邸前に10万人もの市民が集まって(この人数の真偽は定かではないけど)再稼働反対を伝えても、政治家は無視をする。声は物理的に届いているのに。
間接抗議が意味を成さないならば、こうして直接来るしかないじゃないか。
黙ってたら、賛成と見なされる。
だけど声を出したら警察が来る。
そんなのおかしいじゃないか。
そんなのおかしいじゃないか!!
そんなのおかしいじゃないか!!!!
深夜3時、不安と恐怖とやるせなさで、ここから逃げ出したくてしょうがなくなった僕は踊り始めた。
「再稼働反対」と叫びながら踊った。もはや機動隊のことなんてどうでも良かった。
どうして抗議行動にリズム隊がかかせないかというと
リズムがあるだけで勇気が出るからだ。楽しくなるからだ。
踊って歌いながらの「再稼働反対」はもはや現場で自然と生まれてきた文化だ。
その内、夜が明けてきた。
少し明るくなってきた頃には、機動隊の数もこちら側の数もかなり少なくなっていた。
機動隊の若者の顔がよく見えた。

昨夜は無表情だと思ったその顔に色んな表情が見て取れた。
眠い顔。そりゃ眠いよね。付き合わせてごめんね。
うんざりした顔。そりゃうんざりだよね。付き合わせてごめんね。
メンチ切ってくる人。怖いからやめてー。
中には良心の呵責に耐えている人もいるように勝手に感じた。
この人たちも何故ここにいるのか、意味分かんないだろうな。
可哀そうだよこんな仕事。
だって向こうにしてみれば、夜通し歌って踊っている人たちに突撃していくんだもん。
こっちが攻撃的だったらもっとやりやすいと思うけど。
なるほど、非暴力というのはそういう効果があるのか。などと感じ入りながら
やはりここに当事者がいないことの空しさが胸をつく。
朝まで踊り続けて、僕は現場から去ることにした。
僕は勤め人だから、月曜日には会社にいかなければならない。
一夜踊り明かした仲間たちを置いてここを去るのは心が痛んだが、心の中でまだ残っている皆に最大限の敬意をはらいながら駅に向かった。
若狭本郷駅は静かだった。
ちょっと前の出来事が嘘のように静かだった。
6時間電車に乗って東京についた。
平和だった。
ちょっと前の出来事が嘘のように平和だった。
現実から目を背けたくなった。
ここに来て突然悲しくなった。
現実が違いすぎる。僕達が感じている現実と、その他大勢の人が感じている現実のあまりのギャップの大きさにくらっとした。
友人から電話があった。
「大飯原発がどうだったか聞こうと思って」
嬉しかった。
僕は話した。そして気づいた。
やっぱり首相官邸前の抗議なんて意味がない。
いや、意味がないとは言いすぎた。皆が出来る範囲で行動するしか仕様がない。
だけど、首相官邸前でたくさん人が集まってわーい。じゃ何も変わらないんだ。
唯一今世の中を変えられるとしたら、その答えは現場にしかない。
首相官邸前に抗議で自己満足するなら現場に来て自己満足した方がよっぽど効果がある。
大飯は今、300人~500人の人数で頑張っている。
ここに1万人来たら確かに止まるよ。物理的な話として。
話は意外と簡単だった。だから行ける人はとにかく現場に行ってほしい。
大飯原発の次に再稼働させるのは伊方原発だろうと言われている。
確かに遠い。だけど僕はまた休みが取れれば駆け付けようと思っている。
そして今度は共に抗議行動をした仲間から電話があった。
大学時代の親友だ。
「おれ正直めちゃめちゃ怖かったよ」と話すと
「おれも怖かった」という。
意外だった。怖くないからつっこんでいけるのだと思っていた。
僕はバリケードが出来てから駆け付けたけど、彼は前のりしてバリケードを作った張本人。
検挙は覚悟だったという。
震えた。泣けてきた。
彼と僕では覚悟が違う。
そしてまた思った。やっぱり無責任に直接行動に行ってとは言えない。
そんな責任は僕は負えない。
基本的に警察はこちら側が手を出さなければ何もしてこないから大丈夫なんだけど、可能性はゼロではないし、何かのはずみということもありうる。
これはもう自己責任だ。
とにかく行ける人が行くしかない。
それは人の優劣じゃなくて それこそ人の質の問題だと思う。
僕は自分のことを「行ける側の人間」だと思った。
行ける人間は行かなきゃいけない。
今日もまだ仲間たちが戦っている。
この問題に対してどこまで踏み込んでいくかは全て自分の問題だ。
だけど「そんなことが起きてたなんて知らなかった」という言い訳だけはもう止めよう。
テレビも新聞もよく見れば報じている。
僕もフェイスブックやツイッターで逐一報告している。
もし知らなかったのだとしたら、それは「知らなかった」のではなく、「知ろうとしなかった」という自分の選択なんだということを皆が分かっていてほしいと願う。
とは言え、ここまで文章を読み進めてくれた人はもうすでに「知ろうとしている人間」だと思います。
本当にどうしたらいいのか分からない状態がこれからも続くと思いますが、出来うる限りのことを頑張ってしていきましょう。
今日は、現場で頑張るソウルメイトの無事をひたすら祈ります。
これからも頑張っていこう。再稼働されてもまだ再稼働に反対。
合掌。
--2014年3月14日 追記-------------------------------------
このブログを書いてから1年半以上が経ちました。
そろそろ誰も見ることがなくなっただろう頃を見計らって追記です。
このエントリーを書いたのは紛れもない私なので、この内容を削除したりこっそり訂正を入れたりしたい気持ちなどは全くないのですが、一つだけ説明したいことがあります。
そもそもこのブログは、特別に社会的なことを書くためのものではなく、日々のことを軽い気持ちで書くために開設したものでした。
ですので、このエントリーに関しても、自分のことを知っている人に向けて書いていたつもりでした(過分に感情的ではありましたが)。
そのため各方面への配慮が書けた文章となっていますが、まさか無名の私のくだらないブログがネットで不特定多数の方の目にさらされることなど想像も及びませんでした。
私のことを知らない方がこの文章を読んだ時に起こったのは「バーチャルな私」の形成でした。
お褒めの言葉や励ましの言葉にも、たしなめや罵詈雑言についても、自分のことを知っている人からは絶対に出ないだろうなという類のものが圧倒的多数を占めていました。
自分のことを知っている人が読めば伝わるであろう文脈や感情は、ネット空間で不特定多数の方に読まれると全く伝わらないのだなということを痛切した次第です。
それからはインターネットで文章を書くことは全世界に向けて意見することなのだという認識を持って文章を書くようになりました。おかげで文章は猛烈につまらなくなりましたが…。
今からこのエントリーを見る方は(もうほぼいないと思いますが)、そこのところを汲んでお読みいただければ幸いです。
なお、このエントリーに関連してその後に書いた文章がいくつかありますので、どうか罵詈雑言の前に一読をいただきたく思います。
多分このような文章を書けることは今後一生無いだろうと思います。賛否両論の渦に巻き込まれた大事な経験として、当エントリーは今後とも消さずに残しておこうと思います。
追記①:補足と訂正とお詫びと謝辞(2012-07-02)http://blog.goo.ne.jp/suzuki_juju/e/f20fe8641db2233c125be7e8b4afbe0b
追記②:思っていることを出来る限り言葉にしてみようと思う。(2012-07-22)http://blog.goo.ne.jp/suzuki_juju/e/10f6586737b415034fcb4e288c190f63
追記③:言葉が足りない。(2012-11-07)http://blog.goo.ne.jp/suzuki_juju/e/0e4e3216cf8d3b01a0e25b3e8bb41f7f
追記④:手遅れの世界 僕が原発に反対してる本当の理由(2013-08-24)http://blog.goo.ne.jp/suzuki_juju/e/f4d8fd8f5abc93f7607dcc71d0f4175c
書きたい思いがありすぎて まとめられるか不安だけど これだけは書いておかなきゃいけないと思うので 書いてみます。今日は推敲なし。雑文のまま行こうと思います。
大飯原発に向かう一本道にバリケード封鎖が出来たのが6月30日(土)の午後3時。
7月1日(日)午後9時から始まるとされる原子炉の制御棒の引き抜き。
再稼働に向けた作業を進める作業員の通行を止め、バリケードを作り大飯原発の再稼働を直接的に阻止しようというのが狙い。
僕が駆け付けたのは午後6時。
遠くから見たらこんな感じ。

すでにバリケードの前には警官が列をなしていて、バリケードを守る仲間たちの中に入ることが出来ない。

すでにそこで活動している仲間たちの助けを借りて、力ずくで無理やり警官の列を突破。
ここで頑張ってる仲間たちにとっては、そんなことお茶の子さいさいな様子だったけど
僕は恥ずかしいけど、警官のガードをこじ開けてバリケードの中にいる仲間の所に行く、ただそれだけのことがめちゃめちゃ怖かった。
警察に逆らっていいいの?おれ。
これ捕まっちゃわない?
そんな思いが立ち込めた。だけど仲間たちの励ましもあったし、こんな所でいきなり二の足踏んでるわけにもいかないので 列をこじ開けて正面突破をした。
警察は突破中こそ体を掴んだりしてきたけど、こちらも警察に手を出さなかったし、中に入ってしまえば彼らもそれ以上は追ってこなかった。
やっぱり警察にもここを守る決定的な根拠はないんだ。
バリケードの中に入ったら、そこは音楽と笑いに満ちつつも、緊張感と使命感に満ちた何ともウェットな空間だった。



鳴り止まない「再稼働反対」コール。ジャンベ、鳴り物。
一目見て理解した。
「ここにいる人たちは、皆まだ諦めてない」
「再稼働はまだ止められる」一人一人が本気でそう信じている目をしていたし、その場にいる限り、それは真実のように思えた。
僕は東京で首相官邸前抗議に10万人集まっても、再稼働は止まらないだろうと思っていた。
今回わざわざ往復12時間、費用3万円を費やして、ここまでやってきたのも「再稼働は止められなくても、最後まで声を上げたという自己満足を得たい」という、そんな消極的な理由からだった。
だけど、ここに来て現場を見て一瞬で変わった。
確かに再稼働は止められる。
ここに集まっている人たちの多くは、髭もじゃもじゃ髪ぼさぼさの一昔風に括って表現してしまえばヒッピー的な雰囲気を持った人たちだ。
茂木さんが「カラフルな服を来た若者」と表現するように、一般社会的な価値観から見ると非常識な人間で、とっても悪い言い方をしてしまえば社会不適合という烙印を押されてしまうような、そんな人たちだけど、そんな人たちが今日本人の中で一番未来のことを考えている。
そんな仲間たちと一緒に再稼働反対コールをする。小雨が降っている。
現場では、東京で安穏として暮らしている人間には思いもつかないような発想やアイデアが次々に飛び出し来る。
突然アカペラでラップをする若者。
とりとめもなく喋りつづける若者。
覚えていないので紹介出来ないのがとても残念だけど、それこそ知的好奇心をそそられる言葉が次々と出てきた。
そんな中で仲間の一人がこういった。
「僕たちはもう原発やめたんです。」
この発想なんだ。この人たちの原動力は。
「原発やめて」じゃなくて『原発やめた』。
そのたった一文字の違いがとんでもないパワーを生む。
夜8時45分前後、アピールを続けていたら、警官の列がいなくなった。
バリケードの中と外に分かれていた仲間が一つになる。その数、300人程度。


ここでしばしの安定状態。このままバリケードを守り続ければ再稼働は止められる。
行動は長期戦だ。
作業は翌日7月1日(日)の夜9時から始まると言われている。再稼働を撤回するまで抗議活動は続く。
体力温存も大事なので、各自、仮眠を取ったり車で休憩をしたりする。
バリケード内の人数が100人程に減った夜23時。福井県警が機動隊を寄越してきた。
向こうも戦略なので人数が減った時を当然狙ってくる。
「機動隊来たぞー」の掛け声に合わせて、仲間たちは機動隊の方へ走って行った。

僕は立ちすくんで後ろでこそこそ写真を撮っていた。
正直めちゃめちゃビビってた。
夜の暗闇に機動隊。それに立ち向かう?むりむりむりむり。
近くにいた元彼女に激似の女の子が「私車に行くね」と行って戻っていった。
僕は「そうした方がいいね」なんて言いながら、自分も安全な所に行きたかった。
戻る勇気も突っ込む勇気もないまま、バリケードの中という中途半端な位置で「再稼働反対」と叫ぶしかなかった。
一瞬小競り合いが起きそうだったが、何とかバリケードから5、60mの所で機動隊を食い止めた。



車に戻ると言っていなくなった女の子が戻ってきて、マイクで「再稼働反対」と叫んでいる。
女の子も戦ってる。
それに引き替え自分の意気地のなさと言ったら。
忸怩たる思いが募ったが、それでもやっぱり怖いものは怖かった。
機動隊と市民のにらみ合いが続き、しばらくそのまま小康状態となった。
それから深夜にかけて、もう一度機動隊が突っ込んでこようとした時があった。
「機動隊来たぞー」の掛け声に走る仲間たち。
また立ちすくむ僕。
しばらく悩んだが、やっぱり機動隊を止めに行こうと決意した。
止めなきゃ、意味がないんだ。
警察の人や機動隊の人たちは無表情だ。本当に無表情だ。

この人たちは、正義も思想も何も持っていない。ただ「仕事」としてやってきているだけ。
なるほど。と思った。
だから市民が機動隊を止められるんだ。
本気出せば機動隊がバリケードを潰して、ここにいる人間を検挙することなんてわけないだろう。そういう訓練をしている人たちだ。
だけど、ここに来ている機動隊の人たちは上から命じられて来ている人たちだ。
自発的にやってきている僕たちとは根本的にやる気が違う。
機動隊の人たちも若者だった。
奇しくも現場では若者と若者がにらみ合うという構造になっていた。
バリケードが出来てからほぼ鳴り止むことのない「再稼働反対」の掛け声。
機動隊とにらみ合っている時は必死だから、「再稼働反対」と叫ぶしかないけど
本当は心の底でこう思っていた。
「一体僕は誰と戦っているんだろう。」
当事者でないこの人たちに「再稼働反対」と叫んでも意味が無いし、夜の闇に言葉は吸い込まれていく。
テレビは報じない。言葉で伝えても信じない人が多い。
「私の責任で」と何の担保にもならぬ口先だけの説明で再稼働を決めた野田首相。
抗議行動に関西電力の人は出てこないで、黙って警察を寄越すだけ。
「再稼働反対」の掛け声の合間には「関電さん出してー」の声が混じる。
だけど、誰も出てこない。
関電さんも、政治家も誰もこない。
その結果、警察という本来ぶつかるべきでは無い相手に「再稼働反対」を叫ぶことになる。
次第に、機動隊に検挙されるよりも、よっぽどこっちの方が恐ろしいように思えてきた。
首相官邸前に10万人もの市民が集まって(この人数の真偽は定かではないけど)再稼働反対を伝えても、政治家は無視をする。声は物理的に届いているのに。
間接抗議が意味を成さないならば、こうして直接来るしかないじゃないか。
黙ってたら、賛成と見なされる。
だけど声を出したら警察が来る。
そんなのおかしいじゃないか。
そんなのおかしいじゃないか!!
そんなのおかしいじゃないか!!!!
深夜3時、不安と恐怖とやるせなさで、ここから逃げ出したくてしょうがなくなった僕は踊り始めた。
「再稼働反対」と叫びながら踊った。もはや機動隊のことなんてどうでも良かった。
どうして抗議行動にリズム隊がかかせないかというと
リズムがあるだけで勇気が出るからだ。楽しくなるからだ。
踊って歌いながらの「再稼働反対」はもはや現場で自然と生まれてきた文化だ。
その内、夜が明けてきた。
少し明るくなってきた頃には、機動隊の数もこちら側の数もかなり少なくなっていた。
機動隊の若者の顔がよく見えた。

昨夜は無表情だと思ったその顔に色んな表情が見て取れた。
眠い顔。そりゃ眠いよね。付き合わせてごめんね。
うんざりした顔。そりゃうんざりだよね。付き合わせてごめんね。
メンチ切ってくる人。怖いからやめてー。
中には良心の呵責に耐えている人もいるように勝手に感じた。
この人たちも何故ここにいるのか、意味分かんないだろうな。
可哀そうだよこんな仕事。
だって向こうにしてみれば、夜通し歌って踊っている人たちに突撃していくんだもん。
こっちが攻撃的だったらもっとやりやすいと思うけど。
なるほど、非暴力というのはそういう効果があるのか。などと感じ入りながら
やはりここに当事者がいないことの空しさが胸をつく。
朝まで踊り続けて、僕は現場から去ることにした。
僕は勤め人だから、月曜日には会社にいかなければならない。
一夜踊り明かした仲間たちを置いてここを去るのは心が痛んだが、心の中でまだ残っている皆に最大限の敬意をはらいながら駅に向かった。
若狭本郷駅は静かだった。
ちょっと前の出来事が嘘のように静かだった。
6時間電車に乗って東京についた。
平和だった。
ちょっと前の出来事が嘘のように平和だった。
現実から目を背けたくなった。
ここに来て突然悲しくなった。
現実が違いすぎる。僕達が感じている現実と、その他大勢の人が感じている現実のあまりのギャップの大きさにくらっとした。
友人から電話があった。
「大飯原発がどうだったか聞こうと思って」
嬉しかった。
僕は話した。そして気づいた。
やっぱり首相官邸前の抗議なんて意味がない。
いや、意味がないとは言いすぎた。皆が出来る範囲で行動するしか仕様がない。
だけど、首相官邸前でたくさん人が集まってわーい。じゃ何も変わらないんだ。
唯一今世の中を変えられるとしたら、その答えは現場にしかない。
首相官邸前に抗議で自己満足するなら現場に来て自己満足した方がよっぽど効果がある。
大飯は今、300人~500人の人数で頑張っている。
ここに1万人来たら確かに止まるよ。物理的な話として。
話は意外と簡単だった。だから行ける人はとにかく現場に行ってほしい。
大飯原発の次に再稼働させるのは伊方原発だろうと言われている。
確かに遠い。だけど僕はまた休みが取れれば駆け付けようと思っている。
そして今度は共に抗議行動をした仲間から電話があった。
大学時代の親友だ。
「おれ正直めちゃめちゃ怖かったよ」と話すと
「おれも怖かった」という。
意外だった。怖くないからつっこんでいけるのだと思っていた。
僕はバリケードが出来てから駆け付けたけど、彼は前のりしてバリケードを作った張本人。
検挙は覚悟だったという。
震えた。泣けてきた。
彼と僕では覚悟が違う。
そしてまた思った。やっぱり無責任に直接行動に行ってとは言えない。
そんな責任は僕は負えない。
基本的に警察はこちら側が手を出さなければ何もしてこないから大丈夫なんだけど、可能性はゼロではないし、何かのはずみということもありうる。
これはもう自己責任だ。
とにかく行ける人が行くしかない。
それは人の優劣じゃなくて それこそ人の質の問題だと思う。
僕は自分のことを「行ける側の人間」だと思った。
行ける人間は行かなきゃいけない。
今日もまだ仲間たちが戦っている。
この問題に対してどこまで踏み込んでいくかは全て自分の問題だ。
だけど「そんなことが起きてたなんて知らなかった」という言い訳だけはもう止めよう。
テレビも新聞もよく見れば報じている。
僕もフェイスブックやツイッターで逐一報告している。
もし知らなかったのだとしたら、それは「知らなかった」のではなく、「知ろうとしなかった」という自分の選択なんだということを皆が分かっていてほしいと願う。
とは言え、ここまで文章を読み進めてくれた人はもうすでに「知ろうとしている人間」だと思います。
本当にどうしたらいいのか分からない状態がこれからも続くと思いますが、出来うる限りのことを頑張ってしていきましょう。
今日は、現場で頑張るソウルメイトの無事をひたすら祈ります。
これからも頑張っていこう。再稼働されてもまだ再稼働に反対。
合掌。
--2014年3月14日 追記-------------------------------------
このブログを書いてから1年半以上が経ちました。
そろそろ誰も見ることがなくなっただろう頃を見計らって追記です。
このエントリーを書いたのは紛れもない私なので、この内容を削除したりこっそり訂正を入れたりしたい気持ちなどは全くないのですが、一つだけ説明したいことがあります。
そもそもこのブログは、特別に社会的なことを書くためのものではなく、日々のことを軽い気持ちで書くために開設したものでした。
ですので、このエントリーに関しても、自分のことを知っている人に向けて書いていたつもりでした(過分に感情的ではありましたが)。
そのため各方面への配慮が書けた文章となっていますが、まさか無名の私のくだらないブログがネットで不特定多数の方の目にさらされることなど想像も及びませんでした。
私のことを知らない方がこの文章を読んだ時に起こったのは「バーチャルな私」の形成でした。
お褒めの言葉や励ましの言葉にも、たしなめや罵詈雑言についても、自分のことを知っている人からは絶対に出ないだろうなという類のものが圧倒的多数を占めていました。
自分のことを知っている人が読めば伝わるであろう文脈や感情は、ネット空間で不特定多数の方に読まれると全く伝わらないのだなということを痛切した次第です。
それからはインターネットで文章を書くことは全世界に向けて意見することなのだという認識を持って文章を書くようになりました。おかげで文章は猛烈につまらなくなりましたが…。
今からこのエントリーを見る方は(もうほぼいないと思いますが)、そこのところを汲んでお読みいただければ幸いです。
なお、このエントリーに関連してその後に書いた文章がいくつかありますので、どうか罵詈雑言の前に一読をいただきたく思います。
多分このような文章を書けることは今後一生無いだろうと思います。賛否両論の渦に巻き込まれた大事な経験として、当エントリーは今後とも消さずに残しておこうと思います。
追記①:補足と訂正とお詫びと謝辞(2012-07-02)http://blog.goo.ne.jp/suzuki_juju/e/f20fe8641db2233c125be7e8b4afbe0b
追記②:思っていることを出来る限り言葉にしてみようと思う。(2012-07-22)http://blog.goo.ne.jp/suzuki_juju/e/10f6586737b415034fcb4e288c190f63
追記③:言葉が足りない。(2012-11-07)http://blog.goo.ne.jp/suzuki_juju/e/0e4e3216cf8d3b01a0e25b3e8bb41f7f
追記④:手遅れの世界 僕が原発に反対してる本当の理由(2013-08-24)http://blog.goo.ne.jp/suzuki_juju/e/f4d8fd8f5abc93f7607dcc71d0f4175c
そうか、現場で抗議するのはよっぽどの覚悟がないと難しいものなんだね!
現場の人たちはそれだけの思いがあって声をあげているんだね!
知らなかった。
私もデモに参加してみようと思う。
何万人の列を作っているのは一人一人。
塵も積もれば山となる!
怖さとかは実際行ってみて初めて感じられるものかもしれませんね!
官邸前に行ってるだけでは甘いな、
と感じさせてくれてありがとうございます!
そしてありがとうございました。
再稼動反対! 原発反対!
私は脱原発路線には大賛成です。
ただし大飯原発に関しては再稼働やむなしと思っています。
二つ聞いておきたいのですが、もし大飯原発再稼働を止めた場合、何人の人が死ぬと想定していますか?
また、貴方にはどういう被害がありますか?
大飯での行動、長距離の往復、ホントにホントにお疲れさまでした。
不安とたたかいながらの行動に、敬意と感謝の念でいっぱいです。
そして、レポートありがとう!
これ、私の友人知人、
そして知らない人にも聞いてもらわなきゃ。