いつの間にやらサイト五周年~ということで五周年企画連作第一弾です。超細々ですが続けてこられた感謝を込めて♪本当にありがとうございます。今回2011年のこの時期にアップした「相想う1」と似たようなシチュエーションですが、忘れ草が関わっていることで微妙に異なっています。忘れ草、すなわち萱草(カンゾウ)はオレンジ色の百合みたいな花で、一日しか咲かないと言われていることから英語ではDaylilyというそうで。万葉集などで「苦しい恋を忘れられる」という言い伝えがあると知って今回の連作のテーマにさせて頂きました☆
ある夏の終わり、天使界の庭園を親友と歩いていたミミは、オレンジ色の百合のような美しい花を見つけた。
「綺麗・・・」
「綺麗ねー」
二人でうっとり花にみとれていると、側を通りかかった庭園の管理の担当の天使の一人が、にっこり笑って教えてくれた。
「それは、カンゾウ(萱草)よ。一重咲きだからノカンゾウね。蕾や若葉は食用になるし、根は薬になるの。夏の花だから、これはちょっと遅咲きなのかもね」
「そうなんですか・・・。すごい花なんですね」
「お勉強になったね、ミミ♪」
庭園管理担当の天使は、特に綺麗に咲いているのを二人に一本ずつくれたので、二人はますます嬉しくなった。
「わたし、ラフェット様にあげるんだ♪ミミは?」
無邪気にはしゃいで尋ねる親友をミミは眩しそうに見つめ、ほんの少しうつむいて答えた。
「私も・・・イザヤール様のお部屋に、飾ろうかな」
二人の見習い天使の言葉に、庭園管理担当の天使は、楽しそうに微笑んで言った。
「まあ、二人とも自分のお師匠さまにあげるの?ラフェットとイザヤールったら、師匠冥利ねえ。羨ましいわ」
彼女にお礼を言って二人は庭園を後にし、とりあえずラフェットの居る図書室に向かった。
ラフェットは、弟子に花を渡されて、花に劣らない美しい笑顔で喜んだ。彼女はさっそく大切そうに花を活けながら、言った。
「この花はね、一日だけしか開かないから、一日百合とも、忘れ草とも呼ばれているのよ」
「ええーっ、一日だけなんですか?こんなに綺麗なのに~」
ラフェットの弟子は、不服そうに頬をふくらませた。
「どうして、忘れ草というんですか?」
ミミは気になって尋ねてみた。
「この草を身に着けると、辛いことを忘れられるという言い伝えがあるのよ。特に、苦しい恋を忘れられるとか言われているわ。切ないけど、なんだかロマンチックな話よね」
「そうなんですか・・・」
それからミミは図書室を出て、師匠であるイザヤールの部屋に向かった。イザヤールは守護天使なので、この時間はおそらく地上に出かけていて留守だろう。その留守の間に飾っておいて、帰ってきた彼に和んでもらえたら嬉しいと思っていた。・・・でも。
(苦しい恋を、忘れられる草・・・)
ミミは、師であるイザヤールに、ずっと密かな片想いをしていた。上級天使と見習い天使の恋は固く禁じられていたから、その想いを誰にも知られないようにと、彼女は必死だった。知られてしまえば、弟子としてイザヤールの傍らに居ることさえ、許されなくなる。
天使たちには、上位の天使には絶対に逆らうことができない「天使の理」というものがある。身分差の恋愛が禁じられているのは、上位の天使が、逆らえない見習い天使に一方的な恋愛感情を押し付けることが起こらないようにという長老の親心から生まれた掟だったのだが、その掟がミミに想いを淡く仄めかすことさえ恐れさせ、師イザヤールに甘えることをためらわせていた。師匠であるラフェットに素直に甘え好意をなんのこだわりもなく伝えられる親友が、羨ましかった。
(忘れ草を身に着けていたら、この苦しい想い、忘れられるのかな・・・?)
鮮やかな色の花を見つめ、ミミは暫し立ち尽くす。
そのとき、ふっと風が吹いて花を揺らして、ミミは我に返った。いけない、せっかくの花がしおれてしまう、ミミは慌てて走り出した。そして、走りながら思った。
苦しさを忘れたら、この想いも無くなってしまうっていうこと、なのかな・・・。それは・・・。それは、いや・・・。いやなの・・・。
ウォルロ村での今日の務めを終えて、ウォルロの守護天使イザヤールは、天使界に戻る前に、水辺に咲く鮮やかなオレンジ色の百合のような花を見つけた。
「忘れ草、か・・・」
呟いて、彼はそれを一輪手折った。こうして時折、弟子に花をはじめとする地上のささやかだが美しいものを持ち帰ってやるようになって久しかった。そのような綺麗なものを見て喜ぶミミの笑顔が、見たかったから。それ以外他意はなかった、初めは、その筈だったのに。
愛してしまった。きっと、自覚する前から、愛していたのだ。恋心など、己には無縁だと思っていた。天使としての務めを果たすことが全てだと思っていた。そんな自分が。告げることさえ許されない相手に、想いを抱いてしまうとは。
その想いを告げてしまえば、見習い天使であるミミは、否応なしに自分に従うしかない。無理に従わせる可能性があるようなことは、決してしたくなかった。だから。彼女が見習い天使である間は絶対に、想いは告げないと決めていた。感情を表さないのは馴れている。それでも・・・師匠という立場以上の愛情を顕さないのは、容易ではなかったが。
イザヤールは、手折った花の茎をそっと握りしめた。こんな草をいくら身に着けようと、心に秘めた想いは、簡単に忘れられるものではない・・・。そして、どんなに苦しもうと、忘れることを望んだりはしない。彼はかすかな自嘲を浮かべ、翼を広げて空へと飛び立った。
イザヤールは天使界に戻ると、いつものように長老に報告を済ませ、世界樹に星のオーラを捧げた。さすがに目立つ花の筈なのに、ミミへの土産とわかっているからか、長老オムイはにこにこ笑っているだけでそれについては特に何も言わなかった。
ようやく自室に戻ってくると、やはりミミが居てくれているのを見て、彼の瞳がかすかに和んだ。
「ミミ、土産だ。・・・あ」
花を差し出してから彼は、同じ花が既に一輪挿しに活けられて、自分の書き物机の上に飾ってあるのを見た。ミミもそれに気付いて少し驚いたが、嬉しい思いで受け取ってから、言った。
「飾ってある方は、庭園で頂いて・・・。ウォルロにも、同じ花が咲いているんですね」
イザヤール様も、偶然同じ花に目を留めて、持ってきてくれた・・・。それが、すごく嬉しく幸せで。ミミは、イザヤールが見たいと思っていた愛らしい笑顔を浮かべて、改めて二本一緒に、丁寧に花を飾った。
「一重のは、ノカンゾウっていうそうですね。庭園管理担当の天使様に習いました」
「そうか、よかったな。・・・しかしまさか、よりによって同じ花を持ち帰ってしまうとはな。すまなかった」
苦笑するイザヤールに、ミミは思いきりぶんぶんと首を振って言った。
「いいえ、とっても嬉しいです!」
頬を真っ赤にして大げさなくらい否定するミミを、イザヤールは微笑ましく見つめる。きっと、弟子の優しい気遣いの嘘なのだろうと、彼は思った。
二輪の花は、最初から並んで咲いていたかのようにしっくりと、ほっそりしたガラス容器に納まっている。それもなんだか嬉しくて、ミミは濃い紫の瞳の陰影を更に濃くして、花を見つめた。・・・どんなに苦しくても、忘れたくない。イザヤール様は優しいお師匠様としての気持ちでも。こんなに優しく、大切にしてもらっているたくさんの幸せな記憶も、忘れたりしたくないから。
イザヤールも、花にみとれる弟子に目を細め、思った。忘れたりするものか。この微笑みを、心あたたまるささやかなひとときを、強く愛しいと想う全てを。切なくも大切なものだから。決して忘れたりは、しない。
明日には閉じて、しおれてしまうであろう二輪の花。でも今はこうして、二人で一緒に眺めている。互いの秘めた想いを知らない二人だったが、それでも、なんだか満ち足りた思いで、知らず知らず微笑んでいた〈1・了、2に続く〉
ある夏の終わり、天使界の庭園を親友と歩いていたミミは、オレンジ色の百合のような美しい花を見つけた。
「綺麗・・・」
「綺麗ねー」
二人でうっとり花にみとれていると、側を通りかかった庭園の管理の担当の天使の一人が、にっこり笑って教えてくれた。
「それは、カンゾウ(萱草)よ。一重咲きだからノカンゾウね。蕾や若葉は食用になるし、根は薬になるの。夏の花だから、これはちょっと遅咲きなのかもね」
「そうなんですか・・・。すごい花なんですね」
「お勉強になったね、ミミ♪」
庭園管理担当の天使は、特に綺麗に咲いているのを二人に一本ずつくれたので、二人はますます嬉しくなった。
「わたし、ラフェット様にあげるんだ♪ミミは?」
無邪気にはしゃいで尋ねる親友をミミは眩しそうに見つめ、ほんの少しうつむいて答えた。
「私も・・・イザヤール様のお部屋に、飾ろうかな」
二人の見習い天使の言葉に、庭園管理担当の天使は、楽しそうに微笑んで言った。
「まあ、二人とも自分のお師匠さまにあげるの?ラフェットとイザヤールったら、師匠冥利ねえ。羨ましいわ」
彼女にお礼を言って二人は庭園を後にし、とりあえずラフェットの居る図書室に向かった。
ラフェットは、弟子に花を渡されて、花に劣らない美しい笑顔で喜んだ。彼女はさっそく大切そうに花を活けながら、言った。
「この花はね、一日だけしか開かないから、一日百合とも、忘れ草とも呼ばれているのよ」
「ええーっ、一日だけなんですか?こんなに綺麗なのに~」
ラフェットの弟子は、不服そうに頬をふくらませた。
「どうして、忘れ草というんですか?」
ミミは気になって尋ねてみた。
「この草を身に着けると、辛いことを忘れられるという言い伝えがあるのよ。特に、苦しい恋を忘れられるとか言われているわ。切ないけど、なんだかロマンチックな話よね」
「そうなんですか・・・」
それからミミは図書室を出て、師匠であるイザヤールの部屋に向かった。イザヤールは守護天使なので、この時間はおそらく地上に出かけていて留守だろう。その留守の間に飾っておいて、帰ってきた彼に和んでもらえたら嬉しいと思っていた。・・・でも。
(苦しい恋を、忘れられる草・・・)
ミミは、師であるイザヤールに、ずっと密かな片想いをしていた。上級天使と見習い天使の恋は固く禁じられていたから、その想いを誰にも知られないようにと、彼女は必死だった。知られてしまえば、弟子としてイザヤールの傍らに居ることさえ、許されなくなる。
天使たちには、上位の天使には絶対に逆らうことができない「天使の理」というものがある。身分差の恋愛が禁じられているのは、上位の天使が、逆らえない見習い天使に一方的な恋愛感情を押し付けることが起こらないようにという長老の親心から生まれた掟だったのだが、その掟がミミに想いを淡く仄めかすことさえ恐れさせ、師イザヤールに甘えることをためらわせていた。師匠であるラフェットに素直に甘え好意をなんのこだわりもなく伝えられる親友が、羨ましかった。
(忘れ草を身に着けていたら、この苦しい想い、忘れられるのかな・・・?)
鮮やかな色の花を見つめ、ミミは暫し立ち尽くす。
そのとき、ふっと風が吹いて花を揺らして、ミミは我に返った。いけない、せっかくの花がしおれてしまう、ミミは慌てて走り出した。そして、走りながら思った。
苦しさを忘れたら、この想いも無くなってしまうっていうこと、なのかな・・・。それは・・・。それは、いや・・・。いやなの・・・。
ウォルロ村での今日の務めを終えて、ウォルロの守護天使イザヤールは、天使界に戻る前に、水辺に咲く鮮やかなオレンジ色の百合のような花を見つけた。
「忘れ草、か・・・」
呟いて、彼はそれを一輪手折った。こうして時折、弟子に花をはじめとする地上のささやかだが美しいものを持ち帰ってやるようになって久しかった。そのような綺麗なものを見て喜ぶミミの笑顔が、見たかったから。それ以外他意はなかった、初めは、その筈だったのに。
愛してしまった。きっと、自覚する前から、愛していたのだ。恋心など、己には無縁だと思っていた。天使としての務めを果たすことが全てだと思っていた。そんな自分が。告げることさえ許されない相手に、想いを抱いてしまうとは。
その想いを告げてしまえば、見習い天使であるミミは、否応なしに自分に従うしかない。無理に従わせる可能性があるようなことは、決してしたくなかった。だから。彼女が見習い天使である間は絶対に、想いは告げないと決めていた。感情を表さないのは馴れている。それでも・・・師匠という立場以上の愛情を顕さないのは、容易ではなかったが。
イザヤールは、手折った花の茎をそっと握りしめた。こんな草をいくら身に着けようと、心に秘めた想いは、簡単に忘れられるものではない・・・。そして、どんなに苦しもうと、忘れることを望んだりはしない。彼はかすかな自嘲を浮かべ、翼を広げて空へと飛び立った。
イザヤールは天使界に戻ると、いつものように長老に報告を済ませ、世界樹に星のオーラを捧げた。さすがに目立つ花の筈なのに、ミミへの土産とわかっているからか、長老オムイはにこにこ笑っているだけでそれについては特に何も言わなかった。
ようやく自室に戻ってくると、やはりミミが居てくれているのを見て、彼の瞳がかすかに和んだ。
「ミミ、土産だ。・・・あ」
花を差し出してから彼は、同じ花が既に一輪挿しに活けられて、自分の書き物机の上に飾ってあるのを見た。ミミもそれに気付いて少し驚いたが、嬉しい思いで受け取ってから、言った。
「飾ってある方は、庭園で頂いて・・・。ウォルロにも、同じ花が咲いているんですね」
イザヤール様も、偶然同じ花に目を留めて、持ってきてくれた・・・。それが、すごく嬉しく幸せで。ミミは、イザヤールが見たいと思っていた愛らしい笑顔を浮かべて、改めて二本一緒に、丁寧に花を飾った。
「一重のは、ノカンゾウっていうそうですね。庭園管理担当の天使様に習いました」
「そうか、よかったな。・・・しかしまさか、よりによって同じ花を持ち帰ってしまうとはな。すまなかった」
苦笑するイザヤールに、ミミは思いきりぶんぶんと首を振って言った。
「いいえ、とっても嬉しいです!」
頬を真っ赤にして大げさなくらい否定するミミを、イザヤールは微笑ましく見つめる。きっと、弟子の優しい気遣いの嘘なのだろうと、彼は思った。
二輪の花は、最初から並んで咲いていたかのようにしっくりと、ほっそりしたガラス容器に納まっている。それもなんだか嬉しくて、ミミは濃い紫の瞳の陰影を更に濃くして、花を見つめた。・・・どんなに苦しくても、忘れたくない。イザヤール様は優しいお師匠様としての気持ちでも。こんなに優しく、大切にしてもらっているたくさんの幸せな記憶も、忘れたりしたくないから。
イザヤールも、花にみとれる弟子に目を細め、思った。忘れたりするものか。この微笑みを、心あたたまるささやかなひとときを、強く愛しいと想う全てを。切なくも大切なものだから。決して忘れたりは、しない。
明日には閉じて、しおれてしまうであろう二輪の花。でも今はこうして、二人で一緒に眺めている。互いの秘めた想いを知らない二人だったが、それでも、なんだか満ち足りた思いで、知らず知らず微笑んでいた〈1・了、2に続く〉
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