今週も丑三つ時更新の捏造クエストシリーズこと追加クエストもどき。今回は、クエストというよりこちらの願い事を叶えてもらう変則的な話。昔話風に願い事を巡ってどたばたするかと思いきや、何とも欲の無いみんな。壮大な願いは大概ろくなことにならないとわかっているのか、それとも小さな幸せこそが重要とわかっているのか。余談ですが文中の「愛のメイルストロウム」はクエスト163カテゴリにて以前書きました。気になる方もう一度どうぞ(笑)
晩秋は、野生の動物たちが冬眠や冬ごもりに備えて、せっせと栄養の蓄えに励む時期でもある。満腹している野生動物たちは、総じて機嫌がいい。よって晩稲の山葡萄を採りに来たミミも、のんびり楽しい気分で森を歩いていた。野生の山葡萄の果実酒を作って、ルイーダの酒場で出してもらおうと思ったのだ。
ただし、この時期は狩猟のシーズンでもある。流れ矢には気を付けなければならない。よってミミは、普段森を歩くにはやや不向きなムーンブルクドレスを着ていた。鮮やかな紅と白が、晩秋の森ではよく目立つからだ。念のため、遠くまで響く澄んだ音の鈴も下げた。
ミミが歩く度に、鈴もコロコロと可愛らしい音を立てる。これなら獲物と間違われてしまう心配はなさそうだ。腕に下げた籠は、すぐに山葡萄でいっぱいになった。そろそろ帰ろうかなと、歩きだそうとしたそのとき。遠くから何かが、藪の中を猛烈な勢いで走ってこちらに向かって来た!
冒険者の条件反射でミミは思わず身構えたが、それは彼女の目の前で急ブレーキをかけて止まった。見事な角と毛皮の、大きな鹿だった。
「お願いです、助けてください!」
一瞬、どこから聞こえた声なのかわからなくて、ミミはきょとんとして辺りを見回した。
「ボクですボク!鹿です、助けてください!」
なんと声の主は目の前の鹿だった!さすがのミミも喋る鹿に会うのは初めてだったが、驚きはしても、大概のことに冷静に対処できるようになっている。冒険者経験値(守護天使経験値含む)は伊達ではない。
「どうしたの?」
ミミが尋ねると、鹿は後ろを振り返り、ぶるぶる震えながら言った。
「猟師に追われているんです、匿ってください!」
そこでミミは、鹿を灌木の中に隠してやり、更にその前に座って、隙間から鹿の姿が見えないようにしてやった。それから間もなく、狩りをしている一行がやって来た。鹿は猟師と言ったが、どうやらスポーツでハンティングを楽しむ金持ちと、そのお付きの者たちらしい。
「やあお嬢さん、こっちに今、大きな鹿は逃げて来ませんでしたかな?」
その一行のうちの一人が尋ねて、ミミは首を振った。
「いいえ」
確かにこっちに来た筈だが・・・と首を傾げながらも狩りの一行は行ってしまい、もう大丈夫というくらい時間が経ってから、ミミは鹿を隠れ場所から出してやった。
「ありがとうございました!」
鹿がぴょこりとお辞儀をすると、ミミはにっこり笑った。鹿のお辞儀が可愛かったのである。
「どういたしまして。また狩人さんたちに会わないように気を付けてね」
そう言ってミミが帰ろうとすると、鹿は呼び止めた。
「待ってください!あなたは、本当に優しい方ですね。それにとても綺麗な人だし。あなたみたいな人こそお妃にふさわしい!ボクと結婚してください!」
「え?えええ?!」
まさかの鹿からの突然のプロポーズという予想外の出来事に、ミミは彼?が喋ったときより激しく驚いた。びっくりして口もきけないミミに、鹿は更に続けて言った。
「あっ、いきなり鹿にプロポーズされて困っているんですね?でも安心してください、実はボク、魔法をかけられた王子なんです。鹿にされる呪いをかけられたんですが、心の優しい女の子が結婚してくれれば、魔法は解けて王子に戻れるんです!」
しかしミミにとっては鹿だろうと王子だろうと安心でもなんでもない。申し訳なさそうな顔で、彼女は返事をした。
「ごめんなさい、それはできません」
「え、どうしてですか!ボクこれでも呪いかけられる前は、王国ナンバーワンのイケメンだったし、うちの王室の所有財産だって半端じゃないですし、ボクのお母様だって息子の呪いを解いてくれた人に感謝しまくる筈ですから、姑問題だってありませんよ!」
「あの・・・そういうことじゃないんです」ミミは申し訳なさそうながらもきっぱりと告げた。「私にはもう・・・とっても大切な想い人が、いるの・・・」
言いながら、彼女は頬を薔薇色に染め、濃い紫の瞳を潤ませた。
「え・・・そ・・・そーなんですかあ・・・」
鹿はショックを受けたらしくよろよろしたが、溜息を吐きながらも雄々しく耐えた。
「玉の輿をあっさり蹴れるほど、大切な人なんですね。じゃあ仕方ないです、別の心優しい美人をまた待ちます」
「呪いを解くお手伝いができなくて本当にごめんなさい。早くあなたの運命の人に出会えますように。ではどうぞお元気で」
そう言ってミミが行こうとすると、再び鹿に呼び止められた。
「あっ、もう少し待って!じゃあせめて助けてもらったお礼はさせてください!あなたの願いを三つ、叶えさせてください!」
「え?どういうこと?」
ミミがまたきょとんとすると、鹿は説明した。
「ボク、少し魔法のチカラもあるんです。助けてもらったお礼に、あなたの願いを三つ、叶えて差し上げます!」
おとぎ話みたい・・・とミミは微笑んで(妖精や竜も友達で元天使という経歴の彼女こそおとぎ話みたいな人生だが)、さっそくひとつめの願い事を口にした。
「じゃあ、王子様の呪いが解けて人間に戻れますように」
それを聞いて鹿は、感激で号泣しながらも済まなそうに言った。
「やっぱりなんて優しい人なんだ・・・!でも、すみません、せっかく願ってくれたけど、ボクの魔法はそこまでの力は無いんです」
だから他にも、争いの無い世界だとか、永遠の幸福とか、死者を生き返らせるとか、魔王消滅とか、そういう抽象的かつ壮大な願いはムリなのだと、鹿は本当に申し訳なさそうに言った。あなたの個人的な願い事しか叶えられない、と。
「そうですか・・・。それなら、私は今充分とっても幸せだから、特に願い事は無いです。私の愛しい人たちが、元気で幸せでいてくれて、しかも私のことを愛してくれたり好きでいてくれたりするのだもの。これ以上のことはないし♪」
「そんなことおっしゃらず!王子たるもの、命を救って頂いたお礼をしなければ、恥知らずもいいとこです!さあ何か願い事三つを!」
逆にミミは困ってしまった。何を願えばいいものなのやら、とっさに思い浮かばなかったのだ。
「考えて、また明日来てもいいですか?」
彼女が聞いてみると鹿は承知した。ミミはクエスト「三つの願い」を引き受けた!・・・クエストかどうか、甚だ疑問だったが。
ミミはリッカの宿屋に帰ってきて、さっそく山葡萄を果実酒にしようとして、ふと思った。
「山葡萄のお酒がおいしくできますように、って願えばよかったかなあ・・・」
とりあえず、皆に何か欲しい物や願いは無いか聞いてみようとロビーに出てみると、全員忙しそうで、おとぎ話めいたことに付き合ってくれる暇はなさそうだった。そこで、カウンターの周囲で唯一暇そうにしているラヴィエルに聞いてみた。
「ラヴィエルさん、何か欲しい物とか願い事は無い?」
「何だ、突然?・・・そうだなあ、今日のデザートは天使の羽みたいにふわふわなシフォンケーキがいい、とりあえずそれくらいかな」
彼女の願いも鹿の魔法に頼る間でもなく叶いそうだ。ミミは考え込みながら自室に戻ると、サンディが遊びに来ていて、何やら読んでいた。ミミはそんな彼女に魔法にかけられた鹿のことと三つの願いのことを話してから、何か願い事は無いか尋ねた。
「え~?バイト代は入ったばっかだし~、イケてるアンクレットを格安でゲットしたし、ダイエットも順調だし、ネイルの客入りもバッチリだし~・・・特に無いんだケド」
「サンディも?」
「あっ、一つあったわ!」
「え、何、なあに?」
「この連載『愛のメイルストロウム』の続きが気になるから、早く続きが出ますようにってどーよ?」
「サンディ、その願い微妙・・・」
そこへ、カルバドに乗馬訓練に出かけていたイザヤールも帰ってきた。そしてミミに、実は王子の鹿と三つの願いのことを聞いた。
「ミミは本当に優しくて綺麗だからな・・・強引に拐われて妃にされなくてよかった」
願い事などそっちのけで、ぎゅっと彼女を抱きしめるイザヤール。その恋人バカっぷりにミミは赤くなり、サンディはシラケ顔になった。
「大丈夫、ちゃんときっぱりお断りしたから・・・。イザヤール様は、何か願い事は無い?」
「私か?私は、おまえが傍に居てくれて、幸せだと思ってくれていればそれでいい」
「イザヤール様・・・。私も・・・。だから、私も願い事なんて無いの」
「一つあったわ願い事・・・」サンディが呟く。「このバカップルの無自覚のイチャつきどーにかしてー!」
結局、翌日までに聞いたみんなの願い事は、「ピクルスが上手にできますように」とか、「クリスマスフェアがうまくいきますように」とか、「泥酔客が減りますように」とか、「願い事なんて無いわよ」等々、わざわざ願わなくてもよさそうなものばかりだった。
「じゃさー、ミミ、こんな願いはどーよ?『ゴルスラオンリー地図が手に入りますように』とか」
「だって、ゴルスラ地図もうあるし・・・」
「あ、そっか」
「では山葡萄酒とピクルスと・・・あと一つどうしようかな」
「食べ物、しかも発酵系の願いばっかじゃん」
「錬金素材が多く拾えるように願ったらどうだ?」
ここでイザヤールが口を挟んだ。
「あっ、そうか!それいいですね♪じゃあ『よるのとばりが落ちている確率が上がりますように』ってお願いしようっと♪」
「ミスリル鉱石やプラチナ鉱石お願いしないのがアンタらしーわね・・・」
「だってミスリル鉱石やプラチナ鉱石は間に合っているけれど、よるのとばりはいつも不足気味なんだもの」
「あ~ハイハイ、わかってるってば」
今日はイザヤールとサンディも伴って、ミミが昨日の場所に行ってみると、鹿はのんびりと草を食べていた。今日は狩りに来る人々は居ないらしい。イザヤールを見て、鹿は言った。
「あっ、この人が大切な人?確かに頼れるタイプのイケメンだけど、まさかハゲにこのボクが負けるなんて~」
「イザヤール様は、剃髪なんだけれど・・・」
そのやりとりに苦笑するイザヤール。
ミミは三つの願いを言い、欲がないと鹿にも驚かれたが、叶えると約束してくれて鹿は去っていった。後日他の心優しい娘が現れて無事呪いは解けたのか、その後この鹿を見た者は居ない。
そしてミミたちは、山葡萄酒もピクルスも無事おいしく仕上がり、よるのとばりも心持ち多く採集できるようになったが、それが本当に鹿の魔法なのか、はたまた単なる偶然なのかはいまいちわからなかった。だが、鹿の魔法のおかげだと信じた方が絶対楽しいと思うミミだった。〈了〉
晩秋は、野生の動物たちが冬眠や冬ごもりに備えて、せっせと栄養の蓄えに励む時期でもある。満腹している野生動物たちは、総じて機嫌がいい。よって晩稲の山葡萄を採りに来たミミも、のんびり楽しい気分で森を歩いていた。野生の山葡萄の果実酒を作って、ルイーダの酒場で出してもらおうと思ったのだ。
ただし、この時期は狩猟のシーズンでもある。流れ矢には気を付けなければならない。よってミミは、普段森を歩くにはやや不向きなムーンブルクドレスを着ていた。鮮やかな紅と白が、晩秋の森ではよく目立つからだ。念のため、遠くまで響く澄んだ音の鈴も下げた。
ミミが歩く度に、鈴もコロコロと可愛らしい音を立てる。これなら獲物と間違われてしまう心配はなさそうだ。腕に下げた籠は、すぐに山葡萄でいっぱいになった。そろそろ帰ろうかなと、歩きだそうとしたそのとき。遠くから何かが、藪の中を猛烈な勢いで走ってこちらに向かって来た!
冒険者の条件反射でミミは思わず身構えたが、それは彼女の目の前で急ブレーキをかけて止まった。見事な角と毛皮の、大きな鹿だった。
「お願いです、助けてください!」
一瞬、どこから聞こえた声なのかわからなくて、ミミはきょとんとして辺りを見回した。
「ボクですボク!鹿です、助けてください!」
なんと声の主は目の前の鹿だった!さすがのミミも喋る鹿に会うのは初めてだったが、驚きはしても、大概のことに冷静に対処できるようになっている。冒険者経験値(守護天使経験値含む)は伊達ではない。
「どうしたの?」
ミミが尋ねると、鹿は後ろを振り返り、ぶるぶる震えながら言った。
「猟師に追われているんです、匿ってください!」
そこでミミは、鹿を灌木の中に隠してやり、更にその前に座って、隙間から鹿の姿が見えないようにしてやった。それから間もなく、狩りをしている一行がやって来た。鹿は猟師と言ったが、どうやらスポーツでハンティングを楽しむ金持ちと、そのお付きの者たちらしい。
「やあお嬢さん、こっちに今、大きな鹿は逃げて来ませんでしたかな?」
その一行のうちの一人が尋ねて、ミミは首を振った。
「いいえ」
確かにこっちに来た筈だが・・・と首を傾げながらも狩りの一行は行ってしまい、もう大丈夫というくらい時間が経ってから、ミミは鹿を隠れ場所から出してやった。
「ありがとうございました!」
鹿がぴょこりとお辞儀をすると、ミミはにっこり笑った。鹿のお辞儀が可愛かったのである。
「どういたしまして。また狩人さんたちに会わないように気を付けてね」
そう言ってミミが帰ろうとすると、鹿は呼び止めた。
「待ってください!あなたは、本当に優しい方ですね。それにとても綺麗な人だし。あなたみたいな人こそお妃にふさわしい!ボクと結婚してください!」
「え?えええ?!」
まさかの鹿からの突然のプロポーズという予想外の出来事に、ミミは彼?が喋ったときより激しく驚いた。びっくりして口もきけないミミに、鹿は更に続けて言った。
「あっ、いきなり鹿にプロポーズされて困っているんですね?でも安心してください、実はボク、魔法をかけられた王子なんです。鹿にされる呪いをかけられたんですが、心の優しい女の子が結婚してくれれば、魔法は解けて王子に戻れるんです!」
しかしミミにとっては鹿だろうと王子だろうと安心でもなんでもない。申し訳なさそうな顔で、彼女は返事をした。
「ごめんなさい、それはできません」
「え、どうしてですか!ボクこれでも呪いかけられる前は、王国ナンバーワンのイケメンだったし、うちの王室の所有財産だって半端じゃないですし、ボクのお母様だって息子の呪いを解いてくれた人に感謝しまくる筈ですから、姑問題だってありませんよ!」
「あの・・・そういうことじゃないんです」ミミは申し訳なさそうながらもきっぱりと告げた。「私にはもう・・・とっても大切な想い人が、いるの・・・」
言いながら、彼女は頬を薔薇色に染め、濃い紫の瞳を潤ませた。
「え・・・そ・・・そーなんですかあ・・・」
鹿はショックを受けたらしくよろよろしたが、溜息を吐きながらも雄々しく耐えた。
「玉の輿をあっさり蹴れるほど、大切な人なんですね。じゃあ仕方ないです、別の心優しい美人をまた待ちます」
「呪いを解くお手伝いができなくて本当にごめんなさい。早くあなたの運命の人に出会えますように。ではどうぞお元気で」
そう言ってミミが行こうとすると、再び鹿に呼び止められた。
「あっ、もう少し待って!じゃあせめて助けてもらったお礼はさせてください!あなたの願いを三つ、叶えさせてください!」
「え?どういうこと?」
ミミがまたきょとんとすると、鹿は説明した。
「ボク、少し魔法のチカラもあるんです。助けてもらったお礼に、あなたの願いを三つ、叶えて差し上げます!」
おとぎ話みたい・・・とミミは微笑んで(妖精や竜も友達で元天使という経歴の彼女こそおとぎ話みたいな人生だが)、さっそくひとつめの願い事を口にした。
「じゃあ、王子様の呪いが解けて人間に戻れますように」
それを聞いて鹿は、感激で号泣しながらも済まなそうに言った。
「やっぱりなんて優しい人なんだ・・・!でも、すみません、せっかく願ってくれたけど、ボクの魔法はそこまでの力は無いんです」
だから他にも、争いの無い世界だとか、永遠の幸福とか、死者を生き返らせるとか、魔王消滅とか、そういう抽象的かつ壮大な願いはムリなのだと、鹿は本当に申し訳なさそうに言った。あなたの個人的な願い事しか叶えられない、と。
「そうですか・・・。それなら、私は今充分とっても幸せだから、特に願い事は無いです。私の愛しい人たちが、元気で幸せでいてくれて、しかも私のことを愛してくれたり好きでいてくれたりするのだもの。これ以上のことはないし♪」
「そんなことおっしゃらず!王子たるもの、命を救って頂いたお礼をしなければ、恥知らずもいいとこです!さあ何か願い事三つを!」
逆にミミは困ってしまった。何を願えばいいものなのやら、とっさに思い浮かばなかったのだ。
「考えて、また明日来てもいいですか?」
彼女が聞いてみると鹿は承知した。ミミはクエスト「三つの願い」を引き受けた!・・・クエストかどうか、甚だ疑問だったが。
ミミはリッカの宿屋に帰ってきて、さっそく山葡萄を果実酒にしようとして、ふと思った。
「山葡萄のお酒がおいしくできますように、って願えばよかったかなあ・・・」
とりあえず、皆に何か欲しい物や願いは無いか聞いてみようとロビーに出てみると、全員忙しそうで、おとぎ話めいたことに付き合ってくれる暇はなさそうだった。そこで、カウンターの周囲で唯一暇そうにしているラヴィエルに聞いてみた。
「ラヴィエルさん、何か欲しい物とか願い事は無い?」
「何だ、突然?・・・そうだなあ、今日のデザートは天使の羽みたいにふわふわなシフォンケーキがいい、とりあえずそれくらいかな」
彼女の願いも鹿の魔法に頼る間でもなく叶いそうだ。ミミは考え込みながら自室に戻ると、サンディが遊びに来ていて、何やら読んでいた。ミミはそんな彼女に魔法にかけられた鹿のことと三つの願いのことを話してから、何か願い事は無いか尋ねた。
「え~?バイト代は入ったばっかだし~、イケてるアンクレットを格安でゲットしたし、ダイエットも順調だし、ネイルの客入りもバッチリだし~・・・特に無いんだケド」
「サンディも?」
「あっ、一つあったわ!」
「え、何、なあに?」
「この連載『愛のメイルストロウム』の続きが気になるから、早く続きが出ますようにってどーよ?」
「サンディ、その願い微妙・・・」
そこへ、カルバドに乗馬訓練に出かけていたイザヤールも帰ってきた。そしてミミに、実は王子の鹿と三つの願いのことを聞いた。
「ミミは本当に優しくて綺麗だからな・・・強引に拐われて妃にされなくてよかった」
願い事などそっちのけで、ぎゅっと彼女を抱きしめるイザヤール。その恋人バカっぷりにミミは赤くなり、サンディはシラケ顔になった。
「大丈夫、ちゃんときっぱりお断りしたから・・・。イザヤール様は、何か願い事は無い?」
「私か?私は、おまえが傍に居てくれて、幸せだと思ってくれていればそれでいい」
「イザヤール様・・・。私も・・・。だから、私も願い事なんて無いの」
「一つあったわ願い事・・・」サンディが呟く。「このバカップルの無自覚のイチャつきどーにかしてー!」
結局、翌日までに聞いたみんなの願い事は、「ピクルスが上手にできますように」とか、「クリスマスフェアがうまくいきますように」とか、「泥酔客が減りますように」とか、「願い事なんて無いわよ」等々、わざわざ願わなくてもよさそうなものばかりだった。
「じゃさー、ミミ、こんな願いはどーよ?『ゴルスラオンリー地図が手に入りますように』とか」
「だって、ゴルスラ地図もうあるし・・・」
「あ、そっか」
「では山葡萄酒とピクルスと・・・あと一つどうしようかな」
「食べ物、しかも発酵系の願いばっかじゃん」
「錬金素材が多く拾えるように願ったらどうだ?」
ここでイザヤールが口を挟んだ。
「あっ、そうか!それいいですね♪じゃあ『よるのとばりが落ちている確率が上がりますように』ってお願いしようっと♪」
「ミスリル鉱石やプラチナ鉱石お願いしないのがアンタらしーわね・・・」
「だってミスリル鉱石やプラチナ鉱石は間に合っているけれど、よるのとばりはいつも不足気味なんだもの」
「あ~ハイハイ、わかってるってば」
今日はイザヤールとサンディも伴って、ミミが昨日の場所に行ってみると、鹿はのんびりと草を食べていた。今日は狩りに来る人々は居ないらしい。イザヤールを見て、鹿は言った。
「あっ、この人が大切な人?確かに頼れるタイプのイケメンだけど、まさかハゲにこのボクが負けるなんて~」
「イザヤール様は、剃髪なんだけれど・・・」
そのやりとりに苦笑するイザヤール。
ミミは三つの願いを言い、欲がないと鹿にも驚かれたが、叶えると約束してくれて鹿は去っていった。後日他の心優しい娘が現れて無事呪いは解けたのか、その後この鹿を見た者は居ない。
そしてミミたちは、山葡萄酒もピクルスも無事おいしく仕上がり、よるのとばりも心持ち多く採集できるようになったが、それが本当に鹿の魔法なのか、はたまた単なる偶然なのかはいまいちわからなかった。だが、鹿の魔法のおかげだと信じた方が絶対楽しいと思うミミだった。〈了〉
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