ワークライフ“アンバランス”の仕事力
読みました。
限られた時間で、
・中身が濃く
・質の高い仕事を
・どれだけ多くできるか?
とことんのめりこむ時期があってもいい。
という田島弓子さんの主張を読みながら、、、
そうそう、気づきました。
私も、
「限られた時間の中で、アンバランスに仕事がしたかったんだぁ」
と。
著者が、本著の中で、漫画『働きマン』の主人公 松方弘子の言葉を引用してます。
「あたしは仕事したなーって思って死にたい。」
わたしも、まさにそんな感じ!
ただ、いくら、”アンバランス”に仕事をしたいと思っても、子供がいない場合と比較すると、時間的制約があるのは確か。
でも、よく考えたら、人は24時間というリズムで生活しているうえで、必ず24時間という時間的制約はあるし、体力だって限りがある。そういう意味では、程度の多少はあれども、時間の制約を受けるのはみな、同じなんですよね~。
ただ、時間的制約は、仕組みを改善することで、減らすことができます。
転職前は、家庭の事情や、会社のシステム(勤務時間制限、PC持ち出し制限など)により、自分が理想とするレベルまで制約を減らすことができませんでした。
そこで、時間的制約を減らすために、以下の工夫をしました。
1)東京に引っ越すことで、夫と育児の分担をできるようにした(転職理由1)
2)時間に対するコスト意識が高い外資系に転職した(転職理由2)
3)いざというときに、在宅という選択肢も選べる外資系に転職した(転職理由3)
4)家賃が多少高めになるが、職住近接によって、通勤時間を短縮。
5)生活必需品の買い物の時間を短縮。
ネットスーパー(ヨーカドー、イオン)、パルシステム(生協)、昼休みに会社の近くのスーパーで買い物、など。
6)公共の交通機関が発達している東京へ引っ越すことで、車社会では(将来的にネックとなる)子供の送り迎えの時間を短縮。
前の会社では、会社の決まり事から受ける制約の多さが年々多くなり(会社のリスクマネジメントの一環だと思いますが。)、私が入社したころよりもずいぶん働きにくくなっていきました。
更に、会社の歴史で、「女性が働けるための仕組み」は、「女性活用」ではなく、「母性保護」の観点から整備されていったので(と、悩みを相談した元の部署の部長がおっしゃってた。)、母親になってからは思いっきりやることにブレーキをかけられ、休日出勤をこっそり繰り返し、上司に「始末書」を書かせるはめになったりしました。
いろいろ交渉(ファイト?)したのですが、「メンタルの問題を抱える社員が増えている」という観点から、却下。同じように感じていた同僚の中には、「いろいろ監視されたり、制限を受けて仕事ができない方が、メンタルヘルス上、よくない」と上司に交渉している方もいました。
ここ最近、「ワークライフバランス」という言葉は、知らない人がいないくらいになりましたが、「ワークライフバランス=残業はしない、定時で働く、家に仕事は持ち込まない」と堅苦しく定義されているような気がします。
本書で、吉野家の安部社長が、日系ビジネスに「労働時間を限る弊害」というタイトルで書かれたコメントが紹介されているのですが、
「未来のリーダーを目指す人材は、集中的なハードワークが必要な時期があると思う。量をこなして初めてつかめる仕事の勘所が往々にしてある。量によって質が向上するというわけだ。」
また、最近の朝日新聞be土曜版で、伊藤忠の丹羽会長も似たようなコメントをなさってました。
時代の流れから、こうした発言をすると叩かれる風潮ができて、耳にすることも減ってきましたが、私自身も、彼らの意見に同調です。
ワークライフバランスは大事だと思いますが、それは個々人が決めるもので、それを決まりとして押し付けられるのは不愉快だなぁと感じます。
実際、保育園のお迎えに行くのは、私の楽しみのひとつなので(笑顔で走りよってくる息子や子供たちを見ると、疲れもふっとぶんですよね。)、必死に終わらせますし、夫がお迎えの当番の日も、8時過ぎには帰るようにして、子供との時間をとるようにしてます。(いつも、短時間で働くモードで集中して仕事をするようになったので、長い時間は持たないってのが本音ですけど・・・(言い訳?笑))
さてさて、話を本著に戻し、このように、仕組みは整えておいて、あとは最も重要となるのは、
「モチベーション、やる気、どこまではまれるか」というエンジンの部分だと思います。
前の会社でも、今の会社でも、私が受ける印象は、「とことんはまって、楽しそうにやっている人は意外と少ない」
だから、楽しんでアドレナリンを噴出してやっているだけで、”チャンス”でしょう。「楽しい、好き」という気持ちは、人から押し付けられて出てくるものではなく、自分の内面から出てくるものですから。
だから、今は、田島さんと同様に、きつい仕事、背伸びした仕事、あまり楽しそうに見えない仕事、でも、やれる機会があれば、やろうというスタンスで、仕事に取り組んでます。何より、自分の手を動かして仕事をしないと、経験はつみあがりませんから。(周囲からすると、「有名大学で博士号を取得し、大手内資製薬メーカーで働いていたのに、なんでこんなとこに来たの?」と私の行動は疑問だらけのようです。今の会社の方が、グローバルには断然大きいのですが、それでも、国内メーカーへの憧れというのは、みな、持っているようです。)
あまり面白くなさそうな仕事、といえば、会議の議事録を作りなど。
でも、他人が作った議事録を受け取ると、「すべて理解してるような気」になるのですが、実際に、自分が議事録の書類を作成すると、きちんと理解していないポイントが見えてきます。
だから、「頼んでいい~?」と言われると、必ず引き受けてます。共同開発している他の製薬メーカーとの会議だと、議事録の体裁や、メールの書き方、誰をToに入れるのか?などなど、普段よりもとても時間がかかります。
でも達成した後では、共同開発パートナーの部署名、名前(漢字)など、すらすら出るようになるし、疑問点などの問い合わせも自分に直接電話がかかってくるようになって、どんどんチームの仕事に入れるようになっていきますし、”1年生”の私にはとてもいい訓練です。
田島さんの「キャリア」や「やりたいことに固執する落とし穴」などに対する考え方もとても共感がもてました。
キャリアは、
目の前の仕事を一生懸命やることで、自然に積みあがるものであると私も思います。マネージャーになるとか、部長になるとか、そういうのがキャリアではないと思うのです。
あと、「やりたいことに固執するあまり、せっかくの新しいチャンスを逃してしまうのは本当にもったいない」というのも共感。
私自身も、最前線のサイエンスの知識が無駄になる、という固執が、今回の転職の障害となっていました。
実際、思い切って、固執を捨ててみたところ、「実に気持ちいい」というのが実感です。経験が必要とされる領域に移ることで、年齢を重ねてからのキャリアは断然広がった気がしますし(もちろん、私自身が、この領域でやってけるように一人前になればの話ですが。)、「(仲間の研究者の多くが抱いていたのと同じ)この先、年齢を重ねる中で、企業の研究者としてどうやってキャリアを築いていけばいいのか?」という漠然とした不安からも解放されました。
振り返ると、最前線のサイエンスの知識を得ても、あふれる程、創薬のアイディアが湧いていたわけではないし(=会社の利益につなげられてた訳ではない。)、
今の仕事だって、自分の製品・対象疾患に対しては、最低限の学術知識は必要とされるので、楽しいです(というか、周囲は研究者出身ではないけれども、みな、詳しいです。)。それ以上にサイエンスの知識を身につけたい部分は、”趣味”として勉強していけばいいのですから・・・。いろいろな本を読むのと同じように。
キャリアに関しては、田島さんは学生時代、「英語を自分の武器にして、海外を渡り歩いてビジネスができるようなキャリアウーマンになりたい」と漠然とした思いをもっていたそうですが、実際に、目の前の仕事にのめりこむなかで、やりたい仕事が形成されていったとかかれてました。
「今の仕事はなんだか違う」「自分を活かしきっている気がしない」「会社を変えれば変るかも」という気持ちから、「キャリアのゼロリセット」を繰り返す危険性が説かれてます。私は、今回の転職で、ほぼ「ゼロリセット」しちゃったのですが、これからは、「根無し草」にならぬよう、地道に歩んで行こうと思ってます。
まだまだ取り上げたいことはたくさんあるのですが、ここら辺で。
田島さん、とってもファンになりました♪
スケジュール帳の達成した箇所を、ピンクの蛍光ペンで塗りつぶしているのが、私とおんなじで、うれしくなりました♪
そろそろ、来年の手帳のこと、考えよっかな。来年も、ほぼ日にしようと思ってます。