
ターケークについて
1/27(日) 国境を越える緊張はどこからくるのだろうか?
急に言葉の通じない乗客の中に突っ込まれる。現地の人と観光客の扱いは違ってくる。イミグレカードがどこにあるのか?簡単には分からない。手数料はいくらなのか?単位が変わる。バーツからキップなんて。そしてそれが正当な手数料なのか?
まあ、いろいろ適応して通過せねばならないのだ。
10:00頃
国境ゲートに着く。ここで乗客全員バスを降りてタイ側のイミグレーションで出国手続。簡単なものです。パスポートを見せるだけですが。 一応、出国です!

イミグレを出発してすぐにメコン川が見えてきます。旅情を感じたいのですが異文化の硬いバリアーに必要以上に緊張、すこしオーバーな表現ですね。

10:20でターケーク
ラオス入国ゲートに到着です。
パスポートを出しその場でコピーされて隣の窓口でパスポートを受け取って手続き終了です。日本人もビザ不要なのでタイ人と同じように簡単に入国。


なんとか通過だ。右側走行になる。


何度かラオス民衆のための下車があって、約1時間少しでターケークのバスターミナルに着きました。
バスターミナルは郊外にあって周りには何もありません。
でも、ベトナム行のバスがあるんですよ。


ほら、ドンハとかフエとかダナンといった有名な都市に行けるんだ。今度ね!

これを見ると、チェンコン、パクセ、ビエンチャンなんかにもバスは行きかうと分かる。いつの日か、ここからあちこちと行ってみたい。
10:30
何をするか?まあ、一つ二つの観光をしよう。ということでバスステーションの前に停まっているバンをガイドが交渉。なんと一日貸し切りでガソリン込で1800バーツとのこと。タイと比べると同じくらいか。ラオスはガソリンが高いと聞いているのでまあ、自分のペースの旅をするか、ということでこのバンに決める。

ひっとするとターケークで一泊、とも思ったが何かすすまない気分も。物価が高い?タイがキットン?明日のバンコク帰りが心配??????
出発前にトイレに。チップ10バーツ。

11:15
どこへいきたいか?、って聞かれても分からん。とにかくガイドと運転手に任すことに。まあ、2~3か所くらいで食事して終わればいいか、と。
途中の市場で大根のようなものを見た。この野菜は
カノンというそうだ。出来そこないの大根と思えばいい。

フランスパンがいたるところで売られている。このフランスパンは仏の植民地時代の名残だが、縦に割ってソムタムを刷り込む。うまいらしい!ラオ洋折衷文化!


ターケークの町を越すと粗野な自然が続く。
バンの車窓から、農園風景、粗野な林、すれ違うトラックの立てる砂ぼこり。
「あのトラックは何を積んでどこへいくのか?」とタイ語で聞くと、運ちゃんは「テンモー(西瓜)だ、ベトナムへ持って行く。トラックもベトナムのものだ」と答える。


遠くの山々は、予期せぬ角度でとんがったり、削れたり。たぶんインドオーストラリアプレートがぶつかったついでに岩が転げて出来た、という感じの山並みだ。不自然な怪しげな形の山々。

地図を見ると国道12号と書かれている道をまっすぐ東へ(ベトナム方角)約6キロほど進み、左折れて北へ進んだ山並みの一角である。ターケークからは最も近場のスポットのようです。しかし、舗装から小道に折れると砂ぼこりだ。
玄武洞のような岩肌、岩穴に到着する。
タンパファ(Tham Pa Fa) または(Buddha Cave)または(Tham Nong Pa Fa)というらしい。地元の人には、タムパファで知られている。が、日本人にはあまり知られてない。Nong Pa Fa とは、「殻の柔らかい亀の湖」という意味だとの説明がある。
現地の人は「ター・プラ」と発音している。
ガイドについて岩山へ近づいてみる。


ガイドはズボンを隠すように腰巻を借りてきた。それとお供えの造花も持たせていただく。なかなか敬虔なガイドだ!
ちなみに、この巣窟に関する料金でありますが、駐車料は車5000キップ、バイク2000キップ、入場料外国人は5000キップ、ラオ人は???、ボートトリップは10,000キップ、と書かれている。ちなみに腰巻は、女性用でラオ語ではシンといい3000キップである。**この料金はすべて1時間で!としてある。なんとけちくさい。


で、私もちょっと写真撮影を。お供えの花を持ってますね!

<ちょっとご紹介>予期せぬガイドを買ってでたタイのホテルの従業員スッパーポンタンルワンリットさん。j年齢は30歳。シングルマザー。ムアンから約3時間ほど北へ行ったシーソンクラーム郡サムコン村の出身で、子どもを親に預けてムアンで働いている。ホテルでは一日350バーツ程度の日給とのこと。これだけでは足らないので市場へ行って行商を手伝ってもいるそうだ。
アパートは月2500B、そして養育を頼む親へは6000バーツをめどに仕送りをしているそうだ。

おっと、洞窟の入り口にはこんな池も(聖なる池)ボートにのって。地下湖で涼しいボートトリップだ。タイから来た観光客がわいわい楽しんでいる。水の色も違うんだ。


洞窟内には500年ものも含めて229体の仏像があちこちに置かれているそうだ。入り口が狭いので、この洞窟が発見(再発見?)されたのは2004年、つまり15年ほど前だそうだ。




たくさんの仏像があちこちに飾られていた。お花を供える。なるほどブッダ・ケイブだ。中に入ると洞窟というより、お寺の一部のようだ。
洞窟内は撮影禁止でした。
ラオスの粗野な暑い大平原が、遮断される洞窟、しかも仏教の聖地でもある。身も心もサバーイ、サバーイの空間だ。
タイ側から見つめるとのこぎりのような奇形の山並みも、このように麓まで来るとなかなか見ごたえのあるスポットだ。
ブッダ洞窟から30分ほどしたところにタン・ナン・エー洞窟がある。ターケークからは15キロ東に行き、南へ折れて未舗装の道路を1キロ行ったあたりにある。

13:15 到着
家族ずれ、若い団体、西洋人、おばあさんが家族の者と手をつないでゆっくりと入っていく。
入場料は120バーツ払う。


コンクリートで出来た回廊のような渡し橋を折れて地下へ潜っていく。入り口が狭いところである。



最大の見どころは、中央部の部屋だろう。天井の高さは30メートルくらい、その部屋はナン・サマウンタと呼ばれているらしい。サマウンタと貴族との悲恋の話があるそうだ。
若い女性が洞窟の仏像の前で自撮りのシャッターを押している。
さらに進むと地下に湖がある。電燈で少し見える。大洞窟につながる海上をボート探検もできるらしい。救命具やヘルメットを身に付けた若者が上がってくる。


全部歩くと 5 キロとか。洞窟はブルーを基調に明るく照明され、セメント補修もほどこされた歩道を歩く。
ゆっくりすればいろいろ見えてくる名勝地だろうな。
ゆっくりすればいろいろ見えてくる名勝地だろうな。
タンナーンエー(Tham Nang Aen Cave)。
ものの本によれば、30年ほど前にタイの王女さまがこられることになり格調を高く施設を築いたものらしい。そのころにベトナム戦争は終わり、きっと、タイ・ラオ友好の懸け橋の機運の走りになったのだろう。
こうした洞窟には、週末にラオス、タイの人々にも人気のスポットの一つらしい。外気の暑さからの自然涼しいエアコンにもなるかなね。
十分に身も心も肝も冷やしたはずなのに、外に出てカフェー・ジェンを飲むガイド。

13:15 シーコータブンへ。
メコンを見ながらランチタイムを 途中、やたらとベトナムの国旗が目立つ。

いつもの これ!
ラオスでも美味しいね。


最後の訪問地はここ、ターケークの南6kmの所にあるシーコータボーン大仏塔。




この本堂の中でもガイドは敬虔である。

来世のことか?、現世のことか?超現世のことか?過去の懺悔か?
ガイドの半生は、幸せだったのか?男(夫?)と別れ、子ども二人を育て、両親に加世田お金を仕送りし、そして日々仕事に追われる。仕事があればいいが!
全てをブッダの前でお祈りをする。「今よりも境遇が良くなりますように!」だろう。
あるいは「良きパトロンが現れてお金の不自由が消えるように!」かな?
これほど仏に敬虔な人物でも、でも、でも、他人、特に外部から来た私のような者からがめつく稼ごうとし(そう見えるだけか?)、できれば一銭でもセシメルことはできないか(失礼)?と祈っているのではないでしょうね。内なる仏への帰依の精神と、外の位置づけからの激しい搾取の鬼心。まったくダブル・スタンダードが明確だ。
性善説の日本人の私には、どうも首をかしげる。
仏の前で手を合わす姿、古くからの仏への帰依の習慣は空気のように身について、そのことだけでも尊く崇高に見えるのだった。
最後の最後に、バス・ステーションへ向かう途中に伝統的様式の家屋を見せてもらった。

16:30 ターケーク発の国際バスに乗る。


タイ入国ゲートに到着です。タイ人はそのまま窓口に進めますが、日本人は入国カードを提出です。事前に書いておいてよかったわ!

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