「茶の実」 ★日当山はお茶の産地
ある日のこと、お城に参上した侏儒どんに、殿様はいかにも待ちかねていたように語り始めました。
「藩内にお茶の栽培を進めようと思っておる。そこで、日当山はお茶の木が多いと聞くが、侏儒、茶の実を集めてくれるぬか」
この時期は茶の実の成る頃ではないし、しかも農家は忙しい時で、たとえあったとしても、茶の実を拾っている暇などなく、さすがの侏儒どんも困りました。
「どうじゃ侏儒、しかと頼んだぞ」と、殿様は会心の笑みを浮かべながら申し付けました。
しかし、そこは侏儒どん、涼しい顔で「はい、殿様、茶の実を探してお届け致しましょう」と日当山に引き上げたのでした。
さて、それから二、三日して侏儒どんは、日当山で最も年寄りのおばあさんを探し出し、連れて、お城へ向かいました。
お殿様の前に出ると侏儒どんはおばあさんと並んで頭を下げました。
「恐れながら殿の仰せの通り茶のみを持参致しました」
「うむ、ご苦労であった。して何処に持参したのじゃ」
「ここに控えております」
「なにっ、それはただのばあさんじゃないか」
「はい、これが日当山で一番の茶飲み(茶の実)でございます」
これには殿様も「うむ、茶飲みか、侏儒、うまく逃げたな」と言って茶飲みばあさんを眺めて苦笑するしかありませんでした。
しかし、殿様もこれならどうだという顔で「侏儒、そちらの茶のみは生えぬではないか。わしは生えぬ茶の実を頼んだ覚えはないぞ」
「それでは、おばあさん、この座敷中を這い回ってくだされ」
すると、おばあさんは「ウンダモシタン、ウンダモシタン(まあ、どうしよう、まあ、どうしよう)」と言いながらお座敷中をぐるぐると這い回るのでした。
殿様は困った顔色で「ばあさん、ばあさん、もうよい、もうよい」と言われました。
侏儒どんは、静かに両手を付いて「殿、どんなに立派な産業を興すにしても、農民や商人の立場や時期を考えなければ、ただ庶民を苦しめるだけでございます」
「うむ」
「世のご政道には民心をいやいや従わせる道と、快く従わせる道の二通りがあります」
「うむ」
「ところが、殿の周りには、殿のご機嫌ばかりを先に考えて、庶民の実情にはまるで茶飲み話ぐらいにしか軽く考えていない者がおりますから、困ったものです」
「それはよく分かっていたつもりだが侏儒よ、こりゃわしが気が付かなかった。許せ、許せ」
「いやいや恐れ多いことで・・・殿様にズバリものを申し上げるには、やはり喉が乾きます」
「いや、そちよりも茶飲みばあさんに早く水を取らせよ」
「殿様、茶飲みに水はかわいそうでございます」
「あの茶のみは生えると言うたではないか。早く水をやれ、水をやれ」
「アッ、これは一本取られましたな!」
「ハッハッハッ・・」
「ハッハッハッ・・・」
※この話は物事を起こすには人の立場や時期を考えよと言う事を教えているのです。