ただ個人的な釣行日誌

すみずみまで読んでください

無事帰国

2010年01月31日 13時49分30秒 | フィリピン
またフィリピンに行ってしまった。

1月23日出国し、30日、先に行っていた家内と子供を連れ帰国した。

一年前に行ったばかりなので、久しぶり感の乏しい無感動な旅であった。

いつものサンミゲールを飲み、いつものつまみを食べ、いつもの雑魚を釣る。ただそれだけ。

出発日

22日(金)夜、燕を出る。

また、ハイパードライブ状態の高速に突入、湯沢までのろのろ運転だった。

国境の長いトンネルを抜けると一面の、雪の少ない世界だったのは、一週間前と同じ。

(道中省略)

フィリピンに着くと、あまり暑くないので、意外だった。しかし、昔2月に行ったとき夜にとても寒かったので、日本人にはこの時季の渡航がおすすめだ。夏は、出来れば避けた方が良い。

梅雨時から夏にかけて、大雨、洪水、それに起因する渋滞、飛行機の乗り遅れ(自分の経験から言っている)、デング熱など、忌まわしいことがたくさんある。

気をつけてください。

特に書くこともないんだけれども、いつもどおり適当に、行くところに行き、食べるものを食べ、飲むものを飲み、泳ぐものを泳ぎ、針にオキアミをつけ、釣るもの(雑魚)をつり、買うものを買い(いわゆるそういうものを買うのではなく)、帰国した次第である。

近年、旅がパターン化し、マンネリ化しており、以前のエントリでも書いているように、とにかく無感動病に冒された、肥満中年オヤジの、定期的巡回になってしまっている。

今回、決断をし、次回の帰省は三年後、時期はずらし、クリスマス、ということにした。

これなら久しぶり且つ大感動間違いなし。みんながお祭り気分で盛り上がり、家内も子供もわいわい騒ぐなか、一人バンカーに乗り、静かに釣る、なんてのもいいだろう。おっと、感動を避けているようですな、これでは。

ただ唯一特筆すべきである行動は、まあ言ってみれば無意味且つ大たわけな散財の紹介に過ぎないのだが、SBMA内の観光施設の充実ぶりを垣間見たくらいのメリットは、あった(かな~)。

おそらく韓国勢の進出で盛り上がるスービック湾岸地域に、さらにお金を落とさせようとさまざまな施設が、訪れるたびに出来ているといった感じである。

誰に教えられたのか、家内が強く希望するため、仕方なく一泊だけ、ホテルに泊まることになった。

自宅も広い自室にエアコン、バルコニーまでついていて快適なのに、この期に及んでホテルに泊まるとは、まったく女は非合理的な趣味性向だなと思った。

泊まったのは、ビスタ・マリナ・ホテルというところである。

安い。というか、日本のホテルが高い!サービスが悪いくせに高い!のである。

ここ、スイートなのに一万くらいしかかからないのである。ビジネスホテルより安いではないか。
(しかし、家がすぐそこなので、家に帰ったほうがいいような気が・・・)

海に自由に泳ぎに行け、プールで塩抜き(船外機か!)し、着替えて夜は遊びに行ける。






祝合格

2010年01月17日 17時03分44秒 | Weblog
1月17日(日)曇り。

息子が受験した某学校の合格発表の日である。

結果は、見事合格!であった。

受験対策などのご指導、ご心配等いただいた皆様、ありがとうございました。

これで六年間、家の近くに通学できる。余ったエネルギーは全部勉強に向けてもらおう。

高校受験も無い。よって電車賃もかからない。

しかし、この学校、非常~にいっぱい勉強をしなければならないのである。

そりゃそうだろう。受験勉強しないで高校卒になったらたまんないよな。

とにかくいっぱい詰め込んで立派になっていただきたい。期待してまっせ~。

このように長男ががんばってくれると、正直ホッとしますな。

肩の荷が少し降りました。少々波があっても安心して沖に出られます。

1月16日成田空港

2010年01月17日 00時33分38秒 | Weblog
家族でまた帰省することになり、とりあえず家内と子供だけ先に帰すため成田へ行った。

15日(金)の夜出発、ひたすら関越道を上る。とにかくすごい雪で無事着けるか心配になった。

関越トンネルまで、スターウォーズのハイパードライブ状態で、目が変になりそうであった。

ワイパーは氷がくっつき、役目を果たさないし、ウォッシャー液は普通の水を入れておいたのを忘れ、凍って出ず、路面は圧雪のでこぼこが至る所にあり、バイブレーションを車に与える。県内だけで倍くらい時間がかかった。

国境の長いトンネルを抜けると、一面の、雪の少ない世界だった。さらに行くとからっと乾いた世界になった。やたらと鼻が乾く。

なんとか通行止めもなく、三時過ぎに成田手前のパーキングに着く。

帰りは割と路面も良い状態であった。

来週は私も行く予定だ。http://ezsch.ezweb.ne.jp/search/?query=%82%D9%82%A4%82%B6%92%83+%92%C9%95%97&start-index=7&adpage=3&ct=2097152&sr=0101&t=20100518113733

新年会をやる

2010年01月10日 11時43分05秒 | Weblog
強烈な二日酔いから醒め、すごーく気分が良い。

昨日一日ダウンしっぱなしだった。

金曜の夜、いつもの店でT氏(これからT先生と呼ぶと紛らわしいのでこう呼ぶ)と新年会を開いた。T氏は人に勧められるまま買った馬券が全部当たり、500円が5500円に化け、上機嫌だった。なお、私は常に上機嫌だ。負け惜しみに聞こえるかもしれないが。

他の客がすべて帰ったところで、念のため名前は伏せるが、ある学校の、かなり位の高い先生がぶらりと入ってきた。

この先生とはこの店で前にも会っている。今日は新年会の帰りだと言うことである。

少し飲んだ後、盛り上がりのついでにカラオケに行こうということになり、急遽閉店、タクシーを呼び、マスターを含む四人で市内のスナック○れな草に行った。

とにかくこの先生の歌の上手さにたまげてしまった。私のように下手の洋楽好きなどとはレベルが違うのである。

大量に、ほかの客などからも注がれるまま飲み、いつも通り帰り道の記憶もなく、帰宅した。

ところでこの次の日(ダウンしていた日)は息子の受験日なのだが、この先生はそのことを知っていて、いきなり「飲んでていいんですか」と言われ、返す言葉を探すものの見つからず、証人喚問に引っぱり出された政治家のようになってしまった。

グーの音も出なかった。「酒は飲むべし」「果報は寝て待て」、いや、へたなことはいわない方がいいな、と言う感じだった。

今年は良い酒が思いっきり飲めそうな気がしてくる新年会であった。

新年会出席

2010年01月07日 21時55分49秒 | Weblog
一月五日(火)。

恒例である取引先の新年会に出た。

基調講演は○川正恭という弁士だった。正直、私はテレビをあまり見ないため、この人を知らなかった。

講演内容は、実に簡単で、日本を真の民主主義国家にしよう、政治主導に切り替えよう、と、ただそれだけと言って過言ではなかった。

実にわかりやすい、二元論ではないか。
(はっきりと善悪二元論ではないが)

さらに、人類は未開の社会から輝かしい未来へ段階を経て進歩するという、進化論のようでもある。
(制度はいくらでも変わっていくが、人間という生物は進化しないというのが私の説である。むしろ退化するのではないだろうか)

政権は変わったが、用心していないと、支配階級が、善人面が上手で巧妙に権力を集めるグループにすげ変わってしまうだけかも知れない。

もちろん、そうならないように国民の意識を高めろ、というのが北川先生の講演内容なのであろう。

宴会

二日前にもお呼ばれで酒を浴び、きびしい体調で臨んだ。今ブローリーというノンアルコールビールを飲みながら書いているが、これら宴席の後遺症からであることはいうまでもない。

とにかく酒がすすむ宴席だ。ただひたすら良い話をし、うまいごっつぉを食べ、まともな列席者(と、まともを装う列席者もいるだろうが)と、ひたすら会話をする宴である。

年がら年中こんな宴会があったら最高だ。

もっとも我が釣友と飲む反省会・定例会類も、もちろん最高である。おっと、最高が二つも出てきた。

とにかく野暮天や乱暴者が混じる宴会をどうにかしてほしいものである。

絡み酒、愚痴、因縁の付け合い(喧嘩になったら、みんなが止めてくれるから気軽いに罵詈雑言を浴びせる)など、おそらく知識や教養、情報がないため必然的に生じる、例えるならば猿のマウンティングみたいなものかとも思うが、およそ目的合理性のない、脳内の興奮に任せるがままの、一連の行動が、そこかしこに散見されるのである。

話を戻すが、この席には民主党の必殺仕分け人、菊田まきこも来賓として呼ばれており、名刺を配りまくっていた。

私も自作の名刺を交換しまくっていたが、途中、痛恨の名刺切れをおこし、名刺ケースはもらった名刺のみが収まり、名刺交換終了となった。

しかし、去年に続き今年も、この会社は前年比106パーセントの売り上げ達成ということである。去年は確か104パーだったと思う。

とにかくたっぷりと飲ませてもらいました。

明日は私らの新年会である。今年こそはまじめに釣ろう!という話になるだろうなあ。例年通り。