土佐に梼原と呼ばれる山に梼原町がある 「梼原は土佐のチベットやきに・・」気になる土地
司馬遼太郎が気になる土佐(高知県)梼原を訪ねたのは1985年 足もとはふかく切れ込んで
むこうは空まで吸いこみそうなほどに谷が落ち込んでいる その谷のむこう斜面は大きく盛りあがって
しかも段状に刻まれていた 千枚田だった
「須田さん 千枚田です」私に言われたとき 須田剋太画伯は背を反らせてしまった
こんな雄大な造形は見たことがない と大声をあげ やがて画板をかかえこんで 黒鉛を走らせはじめた
私は 右下トンネル手前で千枚田を見ました
司馬さんの見た道路付近は 高い?場所だった
グラビア画像の稲穂 私が訪ねた時とき季節外れで・・
青々と生い茂た稲穂を見ていたなら千枚田の印象も違っかと?思うと悔やまれ 残念
稲穂の下 トンネル
梼原を後に四万十市(故郷)に向かう途中で茶堂を見た 六畳間ほどで正面に供え物 三面吹き曝しで
茶堂にて休憩 まこと気分がいい 旅人接待してた様だが現在も接待してるんだろうか
司馬さん旅館に色紙 須田画伯の絵
水を汲む 石を積む 薪を拾い
この旅の目的 後一つ 姫鶴平(高知県と愛媛県の境目)高原の牛を見ること
梼原街道最終に高知県の牛は赤く 愛媛県の牛は黒い 司馬さん記載しており
ホンマカイナ 疑いながら 姫鶴平で見た牛は 赤牛 黒牛 本 当ダッタ
※ 当時の写真なく 画像全てインターネット グラビア画像から ※