同様に、ちょっとおっかない法案が提出されている。2年ぶりに提出された人権擁護法案がそれだ。
読んでいただければわかるが、法学を学び始めたばかりの学部生が書いたような穴だらけの法案である。人権擁護はけっこうだが、人権という錦の偽旗を掲げる人たちに悪用されなければいいが、と思う。
最大の問題点は、司法手続きとは別個に、全国に二万人になると想定されている人権擁護委員によって、人権侵害の疑いのある事例に対して調査や資料提供の要求ができるということである。それが、何を以って「人権」とするかの規定はない。つまり、たとえばこのサイトに挑発的なことを書いたら、咎められるということである。条文には、委員に求められるものとして「高潔な人格と豊かな識見」という、これまた法学を習いたての学生が書きそうな文言が堂々と書かれているわけだが、人権という正義を振り回すプロ市民が多い昨今、非常に不安である。
何より、警察や裁判官とは別に執行手続きが可能になるということが怖いのだ。この委員会については、司法との関係が書かれていない。本来なら人権侵害などは司法手続きに委ねられるべきであり(なぜなら、それが社会構成員による価値判断を決定するものだからである)、こうした委員会の可能性は、司法が十分に機能し得ない(事例の数に比して裁判官が少ない等々)場合に、補完的な役割に限られるべきである、近代国家においては。
つまり、人権擁護委員会の裁定に不服の場合、きちんと司法で処理されるべきことが書かれていなければならないのに書かれていないのだ。これでは、司法とは別個の司法組織を容認してしまう可能性がある。右側、左側双方が、この条文を悪用する恐れがある。本人たちは悪用なんて思っておらず正義の行使だと思い込んでいるのだろうが、それが余計に厄介なのである。
ここでも、司法システムのズレが始まっている。
読んでいただければわかるが、法学を学び始めたばかりの学部生が書いたような穴だらけの法案である。人権擁護はけっこうだが、人権という錦の偽旗を掲げる人たちに悪用されなければいいが、と思う。
最大の問題点は、司法手続きとは別個に、全国に二万人になると想定されている人権擁護委員によって、人権侵害の疑いのある事例に対して調査や資料提供の要求ができるということである。それが、何を以って「人権」とするかの規定はない。つまり、たとえばこのサイトに挑発的なことを書いたら、咎められるということである。条文には、委員に求められるものとして「高潔な人格と豊かな識見」という、これまた法学を習いたての学生が書きそうな文言が堂々と書かれているわけだが、人権という正義を振り回すプロ市民が多い昨今、非常に不安である。
何より、警察や裁判官とは別に執行手続きが可能になるということが怖いのだ。この委員会については、司法との関係が書かれていない。本来なら人権侵害などは司法手続きに委ねられるべきであり(なぜなら、それが社会構成員による価値判断を決定するものだからである)、こうした委員会の可能性は、司法が十分に機能し得ない(事例の数に比して裁判官が少ない等々)場合に、補完的な役割に限られるべきである、近代国家においては。
つまり、人権擁護委員会の裁定に不服の場合、きちんと司法で処理されるべきことが書かれていなければならないのに書かれていないのだ。これでは、司法とは別個の司法組織を容認してしまう可能性がある。右側、左側双方が、この条文を悪用する恐れがある。本人たちは悪用なんて思っておらず正義の行使だと思い込んでいるのだろうが、それが余計に厄介なのである。
ここでも、司法システムのズレが始まっている。