「あら、雪だわ」
縁側で繕い物をしていた妻の洋子が
鉛色をした空を見上げながらそう言った。
「どうりで寒いと思った」
「そんなに酷い降りかい?」
私は洋子の側に座ると
一緒に空を見上げた。
ふと気がつくと洋子の顔が
私の顔すれすれにあった。
洋子はそれとは気づかずにヒラヒラと舞う
雪を見ているだけだった。
年甲斐も無く私は、妙に照れてしまった。
こんなに近くで妻の洋子の顔をを見たのは
何年ぶりだろうか?
「このぶんじゃあハワイも雪だわね」
「え…」
洋子の口からそんな言葉が漏れた。
「え…」
「きっとそうよ」
「…」
「ここいらがこんなに寒いんだから」
そう言えば最近、洋子は物忘れが酷くなった。
思えば、いつの間にか二人とも
60が手の届く歳になっていた。
来るべきものが来たのかもしれない。
私はそっと洋子の肩に手を回すと
その華奢な体を引き寄せた。
「なによう、恥ずかしいじゃないの」
そう言いながらも洋子は私に
身を預けた。
「ハワイか…」
私の腕の中で洋子は呟く様に小さな声で
もう一度、それを口にした。
「こんなに寒いんじゃあ」
「ハワイも雪だと思って」
「ハワイになんか雪は降らないだろう」
「何だ?行って見たいのか」
「ううん」
「何故?」
「だって、二人で行ったじゃない」
「何時?」
「結婚する前に二人で一緒に温泉入ったじゃない」
「温泉…?」
「初めてだったのよ殿方と入るなんて」
私は洋子の体を抱きながら思わず大笑いしてしまった。
「何よ?何が可笑しいの?」
洋子は、怪訝そうな顔つきで私を見ている。
「いや、何でもない」
「何なのよ?」
もう一度私は大声で笑ってしまった。
どうやら私の取り越し苦労だったみたいだ。
そんな私を洋子は、ただ不思議そうな顔で
見ているだけだった。
(あとづけ)
最近、孤独死された女優さんの記事を見て
前に引っ越し中のブログに書いたモノを
思い出しましたのでこちらに引っ越します。
私は50歳に手が届く歳ですが未だ独身です。
もはや結婚も子供も諦めています。
やはりああ言った有名人の孤独死の記事を見ると
自分の将来にも不安が残ります。