2005/12/15(金)
熟女も夜露死苦熟字訓
『夜露死苦現代詩』という本、現代の世相に鋭く切り込んできた都築響一の著作です。
「夜露死苦」とは、暴走族などが着る「特攻服」の背中に刺繍文字でつづられていたり、ガードしたのスプレー落書き文字で見かける、ヤンキー漢字表現のひとつ。
都築は、「夜露死苦」を「なんてシャープな四文字言葉なんだろう。過去数十年の日本現代詩の中で、夜露死苦を超えるリアルなフレーズを、ひとりでも書けた詩人がいたんだろうか」と評している。同感。
この「夜露死苦」という当て字の方法は、「万葉仮名」方式とでもいいましょうか。日本語の音節のひとつに漢字をひとつ当てていく方法です。
日本語に漢字をあてはめるとき、万葉集・古事記の時代からさまざまな工夫がなされてきました。
『古事記』は、劫初の日本国土を「くらげなす漂へる」と表現しました。
この「クラゲ」を表現するのに、当てられた漢字は、「く→久」「ら→羅」「げ→下」です。
「久羅下」のように、日本語の音節ひとつに、同じ発音の漢字ひとつを当てています。
平仮名がまだなかったころの表記ですから、中国渡来の漢字で書くしかなかったのです。
『万葉集』『古事記』の時代から百年を経て、漢字の草書くずし字からひらがなが、漢字の一部分省略したものからカタカナが成立していきます。
クラゲは、現代仮名遣い表記法では「動植物のなまえは、カナで書く」という基本に従って、「クラゲ」「くらげ」と書けばいいのですが、漢字で書きたい場合、「久羅下」という古事記方式ではなく、「海月」「水母」と書きます。当て字です。
このような当て字で、辞書にのっているものを「熟字訓」と言います。「音読み」でも「訓読み」でもない「当て字読み」のことです。
当て字がすっかり世の中に定着し、読み方が普及して辞書にも搭載されるようになると、「当て字」から「熟字訓」に昇格します。
「夜露死苦」も、みながこう書くようになれば、辞書に搭載され、「熟字訓」に昇格できる。たぶん昇格しないと思うけれど。
文部科学省の常用漢字表(約2000字)に付表として、熟字訓の表がのっています。
学校教育で教える熟字訓です。
小豆(あずき)海女(あま)土産(みやげ)雪崩(なだれ)木綿(もめん)玄人(くろうと)大和(やまと)日和(ひより)などが、常用漢字表の付表に載っています。これらは、新聞や雑誌で「フリガナがなくても一般の読者に読める」とされています。
この「義務教育終了時には読めるようにしておきたい熟字訓」のほか、熟字訓は多数あります。動植物名はことに多い。
ちょっと、おためし。読んでみましょう。
馬酔木、合歓木、雲雀、百舌鳥、木菟、、、
日本で当て字が作られたもののほかに、中国語で同じ動植物をどのように書いているのかを漢詩文などから知り、中国の漢字をあてはめる場合があります。
たとえば、日本で「ゆり」と呼ばれていた植物の漢字をどう書くのか。
中国語では「百合baihe」と書くことを知って、「百合」という漢字を書いて「ゆり」と読ませる、これが中国語由来の熟字訓。
「百」の字に「ゆ」、「合」の字に「り」という読み方は、音読みでも訓読みでもしないのに、ふたつ合わせたときは「ゆり」と読みます。
銀杏・公孫樹も、中国語由来の熟字訓です。中国語でもイチョウは「銀杏」「公孫樹」と書きます。
<つづく> 00:04
2006/12/16 土
いちょうひまわり伝来記
中国語の漢字をそのまま当てる熟字訓。ものとことばがいっしょに入ってきたものと、べつべつのものがあります。
夏休みに「伊藤若冲と江戸絵画展」をみたとき、江戸の絵師たちが、象、駱駝やひまわりなど、新渡来品として江戸の日本にもたらされた動植物を盛んに絵の題材にして、すぐれた作品を描き上げているのをみました。
象や駱駝は、見せ物の興業記録が残っていて、いつ、どこから日本に入ってきたか、はっきりわかっているものが多いのに、植物については、よくわからないものもあります。
ひまわりは、いったいいつ日本に伝来したのでしょうか。
しらべてみると。
アメリカ大陸原産の「ひまわり」が、ヨーロッパ経由中国まわりで17世紀の江戸に伝えられました。
ひまわり、中国語では「向日葵=xiang ri kui シャンリークイ」といいます。
日本に伝来して、若い茎が太陽の方向へ首を向ける、ということから「日まわり草」「日向草ひむきくさ」などと各地に呼び方ができ、中国語の「向日葵」の漢字を「ひまわり」と読むことにしました。
いちょうはどうでしょうか。
最初、中国でのいちょうの名前は、「鴨脚」だったそうです。水鳥の脚の水かきに葉っぱの形が似ているからです。でも、実を食用にすることが普及すると、実は「銀杏inxing」とよばれ、樹木も「銀杏」と書くようになりました。
日本に入ってきたのは、さまざまな文献による調査で、おそらく室町時代半ばだということです。中国科学史の研究者、茨城大学の真柳誠教授の説です。
真柳先生のサイトに、イチョウ伝来史がまとめられています。未完成の論文であり、引用禁止とのことなので、直接見てください。
http://www.hum.ibaraki.ac.jp/mayanagi/paper02/ityo.htm
鎌倉鶴岡八幡宮石段わきの大イチョウ。大イチョウには、由来がかかれていました。
鎌倉幕府第二代将軍源頼家は、暗殺され無惨な最後となりました。頼家の息子公暁は、叔父の第三代将軍実朝を親の敵と思いこんで、暗殺しようとします。
八幡宮に参拝する実朝を、石段のイチョウの陰にかくれて待っていた、という伝説。わたしなど、その話をすっかり信じていました。
しかし、真柳教授の「イチョウは、室町以後に中国から伝来した」という説には説得力があります。
植物動物が伝来したとき、その事実が中国側にも日本にも、文献が残されていない、ということは確率としてとても低い。
中国と日本の文化状況を考えると、動植物に関してなんらかの言及がおこなわれることが普通であり、イチョウに関してだけなんの文献にもふれられていないとは、考えにくい。
万葉集などの詩歌集のなかにも、イチョウやその異名に関する記述はまったくない。
真柳先生が、数多くの文献を精査しても、室町以前の文献の中にイチョウに関する記録は見つからないのだそうです。
そうなると、公暁はイチョウの陰にかくれることはできません。鎌倉時代初期に、体がかくれるくらいの幹になるためには、平安時代半ばにはイチョウが日本にきた計算になります。
各地の巨樹には、たいてい伝説がつきものです。「弘法大師お手植え」なんて話ができあがると、それから逆算して樹齢何百年なんてことになる。ほとんどの伝説は伝説であって、史実とはちがいます。
根拠がなくても、もっともらしい話を信じこむのは、人間の常。でも、きちんと事実を調べれば、確かなことがわかってくる。
風説やアジテーションに巻き込まれることなく、きちんと事実を学ぶことから歴史も私たちの未来を豊かにしてくれることでしょう。
「ことば」に関しても、調べてみると面白い事実がいろいろわかってきます。
熟字訓の公孫樹・銀杏を調べてみたら、意外な事実に出会いました。調べてみるもんです。
アジサイを紫陽花と書くようになったいきさつについては、
http://www2.ocn.ne.jp/~haruniwa/kotoba0407a.htm
にまとめました。ごらんください。
<つづく> 01:27
2005/12/17(日)
ご注文は、木耳大蒜虎魚に柳葉魚
最近は、テレビドラマなどでも時代考証がきちんとなされるようになりましたが、私が子供の頃のテレビ時代劇、侍のうしろにコスモスが咲いていたりすることも平気でやっていました。
コスモスが日本に入ってきたのは、明治20年代だそうです。当初はオオハルシャギクという和名がつけられましたが、秋の桜、「秋桜あきざくら」と呼ばれることもあり、漢字は「秋桜」
しかし、学名のCosmos bipinnatus Cav. の最初をとった「コスモス」として普及するようになると、コスモスという呼び方にそのまま、秋桜をあて、熟字訓として定着しました。
中国語の漢字をあてはめる熟字訓、中国語「大蒜dasuan」は「にんにく」。中国語「木耳muer」は、きくらげ。
中国語とは関わりなく、日本で漢字を当てはめた熟字訓もあります。
「万年青=おもと」や「翌檜=あすなろ」「落葉松=からまつ」「海老=えび」「百足=むかで」などは、動植物の特徴をとらえて漢字をあてはめたもの。
海老(蝦)は中国語では「虫ヘンに下 虫下xia」、百足は中国語では「蜈蚣wugong」ですから、中国の漢字とは関わりなく、日本語独自に漢字が当てられたことがわかります。
私はこの年になるまで、「飛蝗」「柳葉魚」「虎魚」「針魚」の読み方知りませんでした。常用漢字表外ですから、読めなくてもいいんですけどね。
ばった、ししゃも、おこぜ、さより。
ワープロ「一太郎」にはちゃんと搭載されていて、「ししゃも」と書いて漢字変換キーをおせば、一発で「柳葉魚」と出てくるのに、これまで使ったことがなかった。
「老舗=しにせ」というのも、熟字訓のひとつ。
今時、そんな店は少なくなったと思うけれど、老舗飲食店のメニュー。やたら達筆の筆書きでお品書きを出すような店もあったみたい。
そういうときは、堂々と、板さんにでも仲居さんにでも、「すみません、メニュー、読んでください」と、言いましょう。私は、そういう店には行かないからいいんだけど。
メイン料理に「海鞘」「公魚」「海胆」「海鼠」「栄螺」、デザートに「朱欒」「無花果」「柘榴」と書いてあり、ふりがなが無かったとします。さあ、どれを注文しましょうか。
板さんに読み方たずねる前に、下記ページでお確かめを。
http://www2.ocn.ne.jp/~haruniwa/kanji1118a.htm
上記ページの熟字訓テスト、百点満点の方、いらっしたら、「熟字訓名人」の称号をさしあげます。
上記メニュー熟字訓・解答
ほや わかさぎ うに なまこ さざえ (デザート)ざぼん いちじく ざくろ
おためし熟字訓テスト
A)レベル1 (文部科学省常用漢字表付表にある熟字訓)
ことばの分類は便宜的なものです。たとえば、雑魚は動物にいれてありますが、人にも他のものにも「小物」「卑小な存在」として使う。
1)(人): 海女 乳母 叔父 伯父 叔母 伯母 乙女 お巡りさん 玄人 素人 仲人 息子 稚児 迷子 猛者 若人
2)(動物):雑魚
3)(植物):
4)(飲食物):小豆 お神酒 果物
5)(物・所):田舎 母屋 河岸 蚊帳 桟敷 竹刀 三味線 数珠 数寄屋 草履 山車 太刀 足袋 伝馬船 波止場 部屋 土産 眼鏡 木綿 浴衣 寄席
6)(時節):今日 明日 師走 七夕 梅雨
7)(自然):硫黄 海原 景色 五月晴れ 早苗 五月雨 時雨 砂利 築山 雪崩 野良 日和 吹雪 紅葉
8)(人為・活動):意気地 浮気 笑顔 神楽 為替 相撲 立ち退く 投網 読経 祝詞 八百長
9)(他):息吹 風邪 仮名 心地 白髪 十重二十重 凸凹 最寄り
(こたえ)
1)あま うば おじ おじ おば おば おとめ おまわりさん くろうと しろうと なこうど むすこ ちご まいご もさ わこうど
2)ざこ
3)
4)あずき おみき くだもの
5)いなか おもや かし かや さじき しない しゃみせん じゅず すきや ぞうり だし たち たび てんません はとば へや みやげ めがね もめん ゆかた よせ
6)きょう あす(あした) しわす たなばた つゆ
7)いおう うなばら けしき さつきばれ さなえ さみだれ しぐれ じゃり つきやま なだれ のら ひより ふぶき もみじ
8)いくじ うわき えがお かぐら かわせ すもう たちのく とあみ どきょう のりと やおちょう
9)いぶき かぜ かな ここち しらが とえはたえ でこぼこ もより
B)レベル2(常用漢字付表にない熟字訓)読めなくてもよい。動植物はカタカナで表記するのが一般的。
1)(人)1女将 2博士 3女形 4下戸
2)(動物)5海老 6海月 7烏賊 8河豚 9海豚 10海馬 11海象 12家鴨 13信天翁 14金糸雀 15雲雀 16百舌鳥、17木菟
3)(植物)18木瓜 19土筆 20女郎花 21銀杏 22団栗 23蒲公英 24向日葵 25罌粟 26仙人掌 27金雀児 28馬酔木 29合歓木
4)(飲食物)30心太 31茄子 32胡瓜 33独活 34南瓜 35山葵 36若布
5)(物・所)37猪口 38束子 39団扇 40提灯 41松明 42暖簾 43雪洞
6)(時節)44昨日 45十六夜 46如月 47弥生 48 水無月 49神無月
7)(自然)50雪崩 51五月雨 52陽炎 53東雲 54不知火
8)(人為・活動)55贔屓 56科白 57台詞 58欠伸
1)(人)1おかみ 2はかせ(はくし)3おやま 4げこ
2)(動物) 5エビ 6クラゲ 7イカ 8フグ 9イルカ 10トド 11セイウチ 12アヒル 13アホウドリ 14カナリア 15ヒバリ 16モズ 17ミミズク
3)(植物) 18ボケ 19ツクシ 20オミナエシ 21イチョウ(ギンナン) 22ドングリ 23タンポポ 24ヒマワリ 25ケシ 26サボテン 27エニシダ 28アシビ(アセビ) 29ネムノキ
4)(飲食物) 30トコロテン 31ナス 32キュウリ 33ウド 34カボチャ 35ワサビ 36ワカメ
5)(物・所)37ちょこ 38たわし 39うちわ 40ちょうちん 41たいまつ 42のれん 43ぼんぼり
6)(時節)44きのう 45いざよい 46きさらぎ 47やよい 48さつき 49かんなづき
7)(自然)50なだれ 51さみだれ 52かげろう 53しののめ 54しらぬい
8)55ひいき 56せりふ 57せりふ 58あくび
<おわり>
熟女も夜露死苦熟字訓
『夜露死苦現代詩』という本、現代の世相に鋭く切り込んできた都築響一の著作です。
「夜露死苦」とは、暴走族などが着る「特攻服」の背中に刺繍文字でつづられていたり、ガードしたのスプレー落書き文字で見かける、ヤンキー漢字表現のひとつ。
都築は、「夜露死苦」を「なんてシャープな四文字言葉なんだろう。過去数十年の日本現代詩の中で、夜露死苦を超えるリアルなフレーズを、ひとりでも書けた詩人がいたんだろうか」と評している。同感。
この「夜露死苦」という当て字の方法は、「万葉仮名」方式とでもいいましょうか。日本語の音節のひとつに漢字をひとつ当てていく方法です。
日本語に漢字をあてはめるとき、万葉集・古事記の時代からさまざまな工夫がなされてきました。
『古事記』は、劫初の日本国土を「くらげなす漂へる」と表現しました。
この「クラゲ」を表現するのに、当てられた漢字は、「く→久」「ら→羅」「げ→下」です。
「久羅下」のように、日本語の音節ひとつに、同じ発音の漢字ひとつを当てています。
平仮名がまだなかったころの表記ですから、中国渡来の漢字で書くしかなかったのです。
『万葉集』『古事記』の時代から百年を経て、漢字の草書くずし字からひらがなが、漢字の一部分省略したものからカタカナが成立していきます。
クラゲは、現代仮名遣い表記法では「動植物のなまえは、カナで書く」という基本に従って、「クラゲ」「くらげ」と書けばいいのですが、漢字で書きたい場合、「久羅下」という古事記方式ではなく、「海月」「水母」と書きます。当て字です。
このような当て字で、辞書にのっているものを「熟字訓」と言います。「音読み」でも「訓読み」でもない「当て字読み」のことです。
当て字がすっかり世の中に定着し、読み方が普及して辞書にも搭載されるようになると、「当て字」から「熟字訓」に昇格します。
「夜露死苦」も、みながこう書くようになれば、辞書に搭載され、「熟字訓」に昇格できる。たぶん昇格しないと思うけれど。
文部科学省の常用漢字表(約2000字)に付表として、熟字訓の表がのっています。
学校教育で教える熟字訓です。
小豆(あずき)海女(あま)土産(みやげ)雪崩(なだれ)木綿(もめん)玄人(くろうと)大和(やまと)日和(ひより)などが、常用漢字表の付表に載っています。これらは、新聞や雑誌で「フリガナがなくても一般の読者に読める」とされています。
この「義務教育終了時には読めるようにしておきたい熟字訓」のほか、熟字訓は多数あります。動植物名はことに多い。
ちょっと、おためし。読んでみましょう。
馬酔木、合歓木、雲雀、百舌鳥、木菟、、、
日本で当て字が作られたもののほかに、中国語で同じ動植物をどのように書いているのかを漢詩文などから知り、中国の漢字をあてはめる場合があります。
たとえば、日本で「ゆり」と呼ばれていた植物の漢字をどう書くのか。
中国語では「百合baihe」と書くことを知って、「百合」という漢字を書いて「ゆり」と読ませる、これが中国語由来の熟字訓。
「百」の字に「ゆ」、「合」の字に「り」という読み方は、音読みでも訓読みでもしないのに、ふたつ合わせたときは「ゆり」と読みます。
銀杏・公孫樹も、中国語由来の熟字訓です。中国語でもイチョウは「銀杏」「公孫樹」と書きます。
<つづく> 00:04
2006/12/16 土
いちょうひまわり伝来記
中国語の漢字をそのまま当てる熟字訓。ものとことばがいっしょに入ってきたものと、べつべつのものがあります。
夏休みに「伊藤若冲と江戸絵画展」をみたとき、江戸の絵師たちが、象、駱駝やひまわりなど、新渡来品として江戸の日本にもたらされた動植物を盛んに絵の題材にして、すぐれた作品を描き上げているのをみました。
象や駱駝は、見せ物の興業記録が残っていて、いつ、どこから日本に入ってきたか、はっきりわかっているものが多いのに、植物については、よくわからないものもあります。
ひまわりは、いったいいつ日本に伝来したのでしょうか。
しらべてみると。
アメリカ大陸原産の「ひまわり」が、ヨーロッパ経由中国まわりで17世紀の江戸に伝えられました。
ひまわり、中国語では「向日葵=xiang ri kui シャンリークイ」といいます。
日本に伝来して、若い茎が太陽の方向へ首を向ける、ということから「日まわり草」「日向草ひむきくさ」などと各地に呼び方ができ、中国語の「向日葵」の漢字を「ひまわり」と読むことにしました。
いちょうはどうでしょうか。
最初、中国でのいちょうの名前は、「鴨脚」だったそうです。水鳥の脚の水かきに葉っぱの形が似ているからです。でも、実を食用にすることが普及すると、実は「銀杏inxing」とよばれ、樹木も「銀杏」と書くようになりました。
日本に入ってきたのは、さまざまな文献による調査で、おそらく室町時代半ばだということです。中国科学史の研究者、茨城大学の真柳誠教授の説です。
真柳先生のサイトに、イチョウ伝来史がまとめられています。未完成の論文であり、引用禁止とのことなので、直接見てください。
http://www.hum.ibaraki.ac.jp/mayanagi/paper02/ityo.htm
鎌倉鶴岡八幡宮石段わきの大イチョウ。大イチョウには、由来がかかれていました。
鎌倉幕府第二代将軍源頼家は、暗殺され無惨な最後となりました。頼家の息子公暁は、叔父の第三代将軍実朝を親の敵と思いこんで、暗殺しようとします。
八幡宮に参拝する実朝を、石段のイチョウの陰にかくれて待っていた、という伝説。わたしなど、その話をすっかり信じていました。
しかし、真柳教授の「イチョウは、室町以後に中国から伝来した」という説には説得力があります。
植物動物が伝来したとき、その事実が中国側にも日本にも、文献が残されていない、ということは確率としてとても低い。
中国と日本の文化状況を考えると、動植物に関してなんらかの言及がおこなわれることが普通であり、イチョウに関してだけなんの文献にもふれられていないとは、考えにくい。
万葉集などの詩歌集のなかにも、イチョウやその異名に関する記述はまったくない。
真柳先生が、数多くの文献を精査しても、室町以前の文献の中にイチョウに関する記録は見つからないのだそうです。
そうなると、公暁はイチョウの陰にかくれることはできません。鎌倉時代初期に、体がかくれるくらいの幹になるためには、平安時代半ばにはイチョウが日本にきた計算になります。
各地の巨樹には、たいてい伝説がつきものです。「弘法大師お手植え」なんて話ができあがると、それから逆算して樹齢何百年なんてことになる。ほとんどの伝説は伝説であって、史実とはちがいます。
根拠がなくても、もっともらしい話を信じこむのは、人間の常。でも、きちんと事実を調べれば、確かなことがわかってくる。
風説やアジテーションに巻き込まれることなく、きちんと事実を学ぶことから歴史も私たちの未来を豊かにしてくれることでしょう。
「ことば」に関しても、調べてみると面白い事実がいろいろわかってきます。
熟字訓の公孫樹・銀杏を調べてみたら、意外な事実に出会いました。調べてみるもんです。
アジサイを紫陽花と書くようになったいきさつについては、
http://www2.ocn.ne.jp/~haruniwa/kotoba0407a.htm
にまとめました。ごらんください。
<つづく> 01:27
2005/12/17(日)
ご注文は、木耳大蒜虎魚に柳葉魚
最近は、テレビドラマなどでも時代考証がきちんとなされるようになりましたが、私が子供の頃のテレビ時代劇、侍のうしろにコスモスが咲いていたりすることも平気でやっていました。
コスモスが日本に入ってきたのは、明治20年代だそうです。当初はオオハルシャギクという和名がつけられましたが、秋の桜、「秋桜あきざくら」と呼ばれることもあり、漢字は「秋桜」
しかし、学名のCosmos bipinnatus Cav. の最初をとった「コスモス」として普及するようになると、コスモスという呼び方にそのまま、秋桜をあて、熟字訓として定着しました。
中国語の漢字をあてはめる熟字訓、中国語「大蒜dasuan」は「にんにく」。中国語「木耳muer」は、きくらげ。
中国語とは関わりなく、日本で漢字を当てはめた熟字訓もあります。
「万年青=おもと」や「翌檜=あすなろ」「落葉松=からまつ」「海老=えび」「百足=むかで」などは、動植物の特徴をとらえて漢字をあてはめたもの。
海老(蝦)は中国語では「虫ヘンに下 虫下xia」、百足は中国語では「蜈蚣wugong」ですから、中国の漢字とは関わりなく、日本語独自に漢字が当てられたことがわかります。
私はこの年になるまで、「飛蝗」「柳葉魚」「虎魚」「針魚」の読み方知りませんでした。常用漢字表外ですから、読めなくてもいいんですけどね。
ばった、ししゃも、おこぜ、さより。
ワープロ「一太郎」にはちゃんと搭載されていて、「ししゃも」と書いて漢字変換キーをおせば、一発で「柳葉魚」と出てくるのに、これまで使ったことがなかった。
「老舗=しにせ」というのも、熟字訓のひとつ。
今時、そんな店は少なくなったと思うけれど、老舗飲食店のメニュー。やたら達筆の筆書きでお品書きを出すような店もあったみたい。
そういうときは、堂々と、板さんにでも仲居さんにでも、「すみません、メニュー、読んでください」と、言いましょう。私は、そういう店には行かないからいいんだけど。
メイン料理に「海鞘」「公魚」「海胆」「海鼠」「栄螺」、デザートに「朱欒」「無花果」「柘榴」と書いてあり、ふりがなが無かったとします。さあ、どれを注文しましょうか。
板さんに読み方たずねる前に、下記ページでお確かめを。
http://www2.ocn.ne.jp/~haruniwa/kanji1118a.htm
上記ページの熟字訓テスト、百点満点の方、いらっしたら、「熟字訓名人」の称号をさしあげます。
上記メニュー熟字訓・解答
ほや わかさぎ うに なまこ さざえ (デザート)ざぼん いちじく ざくろ
おためし熟字訓テスト
A)レベル1 (文部科学省常用漢字表付表にある熟字訓)
ことばの分類は便宜的なものです。たとえば、雑魚は動物にいれてありますが、人にも他のものにも「小物」「卑小な存在」として使う。
1)(人): 海女 乳母 叔父 伯父 叔母 伯母 乙女 お巡りさん 玄人 素人 仲人 息子 稚児 迷子 猛者 若人
2)(動物):雑魚
3)(植物):
4)(飲食物):小豆 お神酒 果物
5)(物・所):田舎 母屋 河岸 蚊帳 桟敷 竹刀 三味線 数珠 数寄屋 草履 山車 太刀 足袋 伝馬船 波止場 部屋 土産 眼鏡 木綿 浴衣 寄席
6)(時節):今日 明日 師走 七夕 梅雨
7)(自然):硫黄 海原 景色 五月晴れ 早苗 五月雨 時雨 砂利 築山 雪崩 野良 日和 吹雪 紅葉
8)(人為・活動):意気地 浮気 笑顔 神楽 為替 相撲 立ち退く 投網 読経 祝詞 八百長
9)(他):息吹 風邪 仮名 心地 白髪 十重二十重 凸凹 最寄り
(こたえ)
1)あま うば おじ おじ おば おば おとめ おまわりさん くろうと しろうと なこうど むすこ ちご まいご もさ わこうど
2)ざこ
3)
4)あずき おみき くだもの
5)いなか おもや かし かや さじき しない しゃみせん じゅず すきや ぞうり だし たち たび てんません はとば へや みやげ めがね もめん ゆかた よせ
6)きょう あす(あした) しわす たなばた つゆ
7)いおう うなばら けしき さつきばれ さなえ さみだれ しぐれ じゃり つきやま なだれ のら ひより ふぶき もみじ
8)いくじ うわき えがお かぐら かわせ すもう たちのく とあみ どきょう のりと やおちょう
9)いぶき かぜ かな ここち しらが とえはたえ でこぼこ もより
B)レベル2(常用漢字付表にない熟字訓)読めなくてもよい。動植物はカタカナで表記するのが一般的。
1)(人)1女将 2博士 3女形 4下戸
2)(動物)5海老 6海月 7烏賊 8河豚 9海豚 10海馬 11海象 12家鴨 13信天翁 14金糸雀 15雲雀 16百舌鳥、17木菟
3)(植物)18木瓜 19土筆 20女郎花 21銀杏 22団栗 23蒲公英 24向日葵 25罌粟 26仙人掌 27金雀児 28馬酔木 29合歓木
4)(飲食物)30心太 31茄子 32胡瓜 33独活 34南瓜 35山葵 36若布
5)(物・所)37猪口 38束子 39団扇 40提灯 41松明 42暖簾 43雪洞
6)(時節)44昨日 45十六夜 46如月 47弥生 48 水無月 49神無月
7)(自然)50雪崩 51五月雨 52陽炎 53東雲 54不知火
8)(人為・活動)55贔屓 56科白 57台詞 58欠伸
1)(人)1おかみ 2はかせ(はくし)3おやま 4げこ
2)(動物) 5エビ 6クラゲ 7イカ 8フグ 9イルカ 10トド 11セイウチ 12アヒル 13アホウドリ 14カナリア 15ヒバリ 16モズ 17ミミズク
3)(植物) 18ボケ 19ツクシ 20オミナエシ 21イチョウ(ギンナン) 22ドングリ 23タンポポ 24ヒマワリ 25ケシ 26サボテン 27エニシダ 28アシビ(アセビ) 29ネムノキ
4)(飲食物) 30トコロテン 31ナス 32キュウリ 33ウド 34カボチャ 35ワサビ 36ワカメ
5)(物・所)37ちょこ 38たわし 39うちわ 40ちょうちん 41たいまつ 42のれん 43ぼんぼり
6)(時節)44きのう 45いざよい 46きさらぎ 47やよい 48さつき 49かんなづき
7)(自然)50なだれ 51さみだれ 52かげろう 53しののめ 54しらぬい
8)55ひいき 56せりふ 57せりふ 58あくび
<おわり>