沖縄各地39カ所の収容所から128名の代表が石川地区収容所に集められ、仮沖縄人諮詢会が開催される。20日に2回目の会議が行われ、15名の諮詢委員が選出される。29日第1回の沖縄諮詢会が開催され、志喜屋孝信が委員長となる。沖縄諮詢会… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月15日 - 03:57
沖縄方面航空特攻を指揮した海軍宇垣纏第5航空艦隊長官ら23名、艦上爆撃機「彗星」11機に搭乗し、最後の航空特攻に出撃。訣別の盃を交わし、17時大分基地発進、20時過ぎ沖縄洋上で米艦船に突入。航空特攻は終戦前日の14日まで続いたが、… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月15日 - 08:21
【沖縄戦:昭20.8.16】大東島守備隊長、部隊を集め天皇の戦争終結の証書を奉読する。第32軍の予想と異なり大本営が大東島を重視したため、島民の数を超える部隊が大東諸島には配備されていた。以降、武力行使の停止、軍旗奉燃式、兵器弾薬… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月16日 - 03:14
前沖縄県知事・翁長雄志氏と戦後の沖縄政治史ー沖縄における保守と革新の対立と近接ー kaeizyuku.com/2018/08/16/con…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月16日 - 10:56
軍と兵士ー日米共通する「軍」による命の軽視 吉田裕著『日本軍兵士ーアジア・太平洋戦争の現実』(中公新書)を振り返りつつ kaeizyuku.com/2018/01/23/301…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月16日 - 13:18
【沖縄戦:昭19.8.17】この頃、軍中央は各方面に幕僚を派遣し現地指導に努めた。15日来島した松田正雄中佐以下陸軍省視察団は航空作戦準備などを視察し、視察報告書作成。司令部の熱意は可とするも、燃料・弾薬の不足を指摘し、さらに飛行… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月17日 - 05:29
【沖縄戦:昭20.8.18】鹿山正海軍兵曹長率いる久米島守備隊、島民の仲村渠明勇と妻子を殺害。明勇は本島で捕虜になり、久米島に戻り住民へ投降を呼びかけていた。鹿山隊は明勇の家を包囲して妻子ともに刺殺し、家屋を焼き払った。島の退役軍… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月18日 - 01:57
@s_tachibana9 そうでしたか。ぜひ語り部として私たちの分まで歴史の継承にお務めいただけると嬉しいです。
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月18日 - 08:09
鹿山正は凶悪な人物ですが、久米島には諜報を担う離島残置者が配備され、鹿山と通じて住民虐殺に関与した可能性も指摘され… twitter.com/i/web/status/1…
「Aサイン(Aproved for U.S. Forces)」は、基地周辺の米兵相手の歓楽街で一定の基準を満たした飲食店などに交付された。50年代の島ぐるみ闘争において、米軍は歓楽街への「オフ・リミッツ」(立入禁止)を発動し、経済… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月18日 - 11:05
@BZ3lRkxej21vWzk @kaeizyuku_PR だからよー
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月18日 - 20:47
【沖縄戦:昭19.8.19】大本営陸軍部、サイパン・グアムの戦訓をもとに、今後の島嶼戦の原則として「島嶼守備要領」を指示。サイパンの戦いでは、米軍の艦砲射撃と空爆により日本軍の抵抗が続かず「玉砕」した。「島嶼守備要領」では敵の砲爆… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月19日 - 02:58
サイパンの戦いは、沖縄からの移民を中心とする民間人や先住民を多数巻き込んでいる。また日本軍の戦意は既にかげり、兵士の相当数が捕虜となった。そしてサイパン占領後、飛行場が整備され、B-29が本土空襲を繰り返すなど、サイパンの戦いは沖… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月19日 - 02:58
第62師団、台湾から「対馬丸」などに乗船し沖縄着。本郷義夫師団長、大陸戦線をもとに米英に対し油断することなかれと訓示。陸軍の対米英戦への意識不足は、サイパン失陥の敗因の一つでもあった。なお第62師団を輸送した「対馬丸」は、この数日… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月19日 - 02:58
【沖縄戦:昭20.8.20】海軍兵曹長鹿山正率いる久米島守備隊、谷川昇と乳幼児も含むその家族の7人を「スパイ」として皆殺しにする。谷川が米軍駐屯地のゴミ捨て場から物資を回収したり、妻が統制品であった糸を村の人たちに分けたことなどが… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月20日 - 02:07
吉見義明氏などによる日本の戦争責任資料センター『季刊戦争責任研究』、次号をもって休刊とのよし。 pic.twitter.com/OQ1WqrcMzo
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月20日 - 14:47
【沖縄戦:昭19.8.21】第32軍長参謀長、奄美地区を視察。昭和19年3月、奄美大島要塞司令部は第32軍に編入され、第32軍は奄美諸島徳之島での航空基地建設を命じ、これを防衛するため独立混成第21連隊が創設。沖縄戦中は本島北部の… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月21日 - 02:28
画像は辺野古の沖縄戦本島北部住民収容所などの略図(『沖縄県史 各論編6 沖縄戦』より)。収容所でも多くの住民が亡くなるが、一帯はキャンプ・シュワブとなり、いまも遺骨は基地の下に眠る。しかし「保守」は遺骨返還を求める訳でもなく、ひた… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月21日 - 17:15
【沖縄戦:昭20.8.22】宮古島に駐屯する第28師団は15日、「玉音放送」をラジオで聴取し、翌16日発行していた軍隊内情報紙『神風』で戦争終結を報じ、17日隊舎としていた来間国民学校で「停戦詔書奉読式」を行う。そしてこの日から2… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月22日 - 03:39
【沖縄戦:昭19.8.22】疎開学童を乗せ長崎へ航行中の対馬丸、米潜水艦ボーフィンに魚雷で撃沈される。この頃、軍と政府は老幼婦女子を中心に九州・台湾への疎開を進めていたが、第32軍は既に敵潜発見43回、邦船沈没14隻を記録しており… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月22日 - 08:27
沖縄の「分断」を翁長前知事はもっとも恐れていました。
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月22日 - 15:07
わたし自身は沖縄を「分断」させ笑っている側の「本土」に住む者ではありますが、沖縄の皆さんには「イデオロギーよりアイデンティティ」でいまこそ団結して欲しいと思います。 pic.twitter.com/HJCMcTZsVz
画像は創価学会沖縄研修道場(恩納村)に建つ「世界平和の碑」。同施設はかつての米核ミサイル「メースB」発射基地跡地にあり、「世界平和の碑」は核ミサイル発射台であった。現在、その一角は「沖縄池田平和記念館附属展示室」として当時の様子を… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月22日 - 17:58
【沖縄戦:昭20.8.23】阿嘉島・慶留間島に駐屯する陸軍海上挺進第2戦隊、武装解除。野田義彦戦隊長ら沖縄本島に移送。同部隊は「マルレ」といわれる小型舟艇を用いた海上特攻部隊。慶良間諸島への米軍上陸以降、海上挺進戦隊の特攻作戦には… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月23日 - 03:34
【沖縄戦:昭20.8.24】慶良間諸島阿嘉島・慶留間島の陸軍海上挺進第2戦隊に続き、同諸島渡嘉敷島の海上挺進第3戦隊、武装解除する。海上挺進第3戦隊は今日に至るまで米軍と対峙するが、食糧事情は悪化の一途を辿り、部隊に餓死者や脱走者… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月24日 - 04:01
【沖縄戦:昭20.8.25】南大東島に駐屯する大東諸島守備隊、北大東島・沖大東島を含む大東諸島の武力行使停止を命令する。沖縄本島東方400キロメートルにある北大東島・南大東島・沖大東島(ラサ島)の大東諸島は、大本営が戦略上重視した… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月25日 - 02:01
【沖縄戦:昭20.8.26】沖縄本島南部国吉・真栄里で頑強に抵抗し、今日まで孤塁を確保し続けた歩兵第32連隊(連隊長:北郷格郎大佐)、ポツダム宣言受諾後より米軍と連絡を取り合い、日本の降伏を確認。この日同連隊第1大隊伊東大隊長が米… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月26日 - 17:36
【沖縄戦:昭19.8.27】第32軍牛島司令官、独立混成第44旅団および第50飛行場大隊を視察。同旅団は鹿児島から沖縄への移動中に米軍に攻撃され、沖縄駐屯時には武器もなく包帯姿の兵士なども多く、住民は部隊を見て逆に不安になったとい… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月27日 - 01:32
沖縄戦前、本島では陸海軍あわせ計7カ所もの飛行場建設が同時並行で進められ、沖縄県内各地から徴用や勤労奉仕作業により男性だけでなく子どもも女性も動員された。また住民にとって食糧や資材の供出も厳しい負担であった。また飛行場大隊は飛行場だけでなく沖縄各地に慰安所を建設していった。
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月27日 - 01:32
⑴ 日本版海兵隊「陸自水陸機動団」が26日、「富士総合火力演習」に参加した。同団の運用の柱はオスプレイだが、佐賀県は先日、オスプレイ配備を容認した。同団の1個連隊はキャンプ・ハンセン(沖縄・金武町など)への配備が検討されているが、… twitter.com/i/web/status/1…
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月27日 - 14:16
⑵ これまでオスプレイ佐賀配備は難航し、木更津に暫定配備されていた。将来的に水陸機動団とオスプレイの配備について沖縄で反対の声が高まったとして、政府は佐賀のように代替地を探すのだろうか。「地理的必然性」を言い募り同団とオスプレイ配備を強行すれば、自衛隊は第2の在日米軍でしかない。
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月27日 - 14:17
⑶ 沖縄返還は、ある意味で沖縄への自衛隊配備の歴史。沖縄では、久保・カーティス協定や公有地法案など、他府県にはない強制的な自衛隊配備計画が返還とともに進められた。米軍基地も自衛隊配備も、なぜ沖縄だけ差別的扱いなのか。なぜ政府は沖縄には強権を振るうのか。
— 棒兵隊 (@bouheitai1958) 2018年8月27日 - 14:17
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