塚本邦雄（ポール来ずば・・・）

ポール来ずばまた粘液に脚光る銀蠅を今日の熾天使（セラファン）とす

（塚本邦雄『水銀伝説』）

天草季紅（急いでは・・・）

急いではゐぬのに走りゆくやうな光るものありまなかひに湧く

（天草季紅『青墓』）

松平修文（「血の池の・・・」）

「血の池のほとりで待つ」といふ手紙　今年も届き夏が来てゐる

（松平修文『蓬（ノヤ）』）

塚本邦雄（鏡店・・・）

鏡店すぎゆくわれを滅裂にうつし鏡の墓光（て）りかへる

（塚本邦雄『緑色研究』）

塚本邦雄（はるかなるかな・・・）

はるかなるかな殃（わざはひ）一つひとづまの柑子噛みたる黄丹（わうたん）の口

（塚本邦雄『感幻楽』）

塚本邦雄（愛は生くるかぎりの・・・）

愛は生くるかぎりの罰と夕映えのわれのふとももまで罌粟の丈

（塚本邦雄『感幻楽』）

塚本邦雄（堕天国の・・・）

堕天国のさま夕ひばりましぐらに青年うしなはれゆくばかり

（塚本邦雄『感幻楽』）

糸田ともよ（鉄格子・・・）

鉄格子鉄扉のすき間にきらきらと曙光のような魚鱗（うろこ）の手紙

（糸田ともよ『水の列車』）

松平修文（夢なれど・・・）

夢なれど　僕は悲しくて苦しくて、上着を脱ぎ瀕死の白鳥に

（松平修文『トゥオネラ』）

春日井健（両の眼に・・・）

両の眼に針刺して魚を放ちやるきみを受刑に送るかたみに

（春日井健『未青年』）

大野誠夫（月浴びて・・・）

月浴びてきし外套のままグラスとる酒売る地下の壁に凭れて

（大野誠夫『薔薇祭』）

塚本邦雄（菓子屋・・・）

菓子屋「閑太」に人一人入りそのままの長夜星よりこぼるる雪

（塚本邦雄『豹変』）

松平修文（ゆふぐれに・・・）

ゆふぐれになるとかならずきんいろの無数の翅が床をただよふ

（松平修文『トゥオネラ』）

松平修文（干涸びた・・・）

干涸びた赤い蠍をその髪にかざり土曜日のゆふぐれに来る

（松平修文『夢死』）

松平修文（最上階に・・・）

最上階に住む風森魚彦といふ名の男を住人は誰も見たことがない

（松平修文『夢死』）