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醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  441号  白井一道

2017-06-28 11:48:05 | 日記

  「ハゲ」はセクハラだと男は言いたい

 暖簾をくぐるとセイちゃんがいた。
「今日は暑かったね」と言葉をかけると「そうかい」と涼しい返事がかえってきた。「今日は全国的に暑かった。全国民が暑かった。ワタシには暑かった」と言いたくなる気持ちがセイちゃんの帽子を見るとぐっとなえてしまう。昔、柔道をしていたことを忍ばせるような立派な体格をしているセイちゃんが夏なるとしなびた顔になる。水分が体全体から抜け出し、しわくちゃの顔になる。元気なのは声ばかりだ。セイちゃんはいつも帽子を被っている。居酒屋の中でも帽子は脱がない。気軽に話ができるようになったとき、セイちゃんに聞いた。「帽子を被っていちゃ、暑くない……?」。「なに、言っているんだい。帽子を脱にいだら暑くてたまらないよ」。「へえー、そんなことってあるのかね。セイちゃんの帽子は見ているだけで、中が蒸れそうな厚地の帽子じゃない」。「これだから、具合いがにいいんだよ」、とニコリともせず話す。
「セイちゃんに帽子の話は禁句だよ」とこの話を聞いていたママが言った。
「セイちゃんはツルっ禿げ。脳天は一本なしなの。だからいつも帽子を被っているみたいよ」とセイちゃんがトイレに行ったとき、ママが話してくれた。
「この問、セイちゃんの友だちのシマちゃんが化粧品屋にリアップを買いに行ったんだってぇー。シマちゃんも脳天のところ、資源が少なくなってきているでしょ。心配性のシマちゃんはリアップの効果に期待するものがあったんじゃない。そのとき、この間、セイちゃんもリアップ、買いに来たわよ、と化粧品屋の奥さんがないげなくシマちゃんに話したみたいなのよ。それを聞いたシマちゃんはセイちゃんにリアップの効果はどうだいと聞いたのよ。そしたらセイちゃん、俺がリアップ、使ったのを誰に聞いた、と凄い見幕なんだって、化粧品屋の奥さんに聞いたんだよ、とシマちゃんが答えると、セイちゃん、もう二度と、あの化粧品屋には行かない、と怒った
っていう話よ」。
 だから、セイちゃんに髪の毛に結び付く話は禁句なんだとママにお教えていただいた。タブーだと聞くと聞いてみたくなるのが人情っていうものでしょ。「セイちゃん、帽子を脱いでみてよ」とお願いしてみた。「ウーロン杯の一杯奢るから。ウーロン杯一杯ぐらいじゃ、見せられないよ。帽子の中は最高の機密事項だから」と頑として帽子は脱がない。そうすると脱がしてみたくなるのが人の気持ちでしょ。セイちゃんは病院専門の建築施工の仕事をしている。セイちゃんが関わった病院の先生が居酒屋に偶然入ってきたことがあった。このとき、セイちゃんはとっさに帽子を脱いで挨拶した。仕掛けて帽子を脱がそうと謀っていた私の野望は突然くじかれてしまった。帽子を脱いいだセイちゃんは十歳くらい老けて見えた。本当に脳天には一本の毛もなかった。リアップの効果はまだでていないようだ。
 最近は「禿げ」という言葉を聞いても自分のことだとは感じなくなったがね、髪の毛が少なくなっていくころは、ハゲという言葉が耳に入るとそれは自分のことを言っているのではないかと気になってしかたがなかったよ。にハゲと言った者をぶん殴ってやりたい衝動がそのころはあったね。最近だよ。そんな気持ちから解放されたのはね、と元気にいっぱいのセイちゃんがにいう。男にとって頭の毛ほど重要なものはないのかもしれない。

醸楽庵だより  441号  白井一道

2017-06-28 11:45:13 | 日記

  「ハゲ」はセクハラだと男は言いたい

 暖簾をくぐるとセイちゃんがいた。
「今日は暑かったね」と言葉をかけると「そうかい」と涼しい返事がかえってきた。「今日は全国的に暑かった。全国民が暑かった。ワタシには暑かった」と言いたくなる気持ちがセイちゃんの帽子を見るとぐっとなえてしまう。昔、柔道をしていたことを忍ばせるような立派な体格をしているセイちゃんが夏なるとしなびた顔になる。水分が体全体から抜け出し、しわくちゃの顔になる。元気なのは声ばかりだ。セイちゃんはいつも帽子を被っている。居酒屋の中でも帽子は脱がない。気軽に話ができるようになったとき、セイちゃんに聞いた。「帽子を被っていちゃ、暑くない……?」。「なに、言っているんだい。帽子を脱にいだら暑くてたまらないよ」。「へえー、そんなことってあるのかね。セイちゃんの帽子は見ているだけで、中が蒸れそうな厚地の帽子じゃない」。「これだから、具合いがにいいんだよ」、とニコリともせず話す。
「セイちゃんに帽子の話は禁句だよ」とこの話を聞いていたママが言った。
「セイちゃんはツルっ禿げ。脳天は一本なしなの。だからいつも帽子を被っているみたいよ」とセイちゃんがトイレに行ったとき、ママが話してくれた。
「この問、セイちゃんの友だちのシマちゃんが化粧品屋にリアップを買いに行ったんだってぇー。シマちゃんも脳天のところ、資源が少なくなってきているでしょ。心配性のシマちゃんはリアップの効果に期待するものがあったんじゃない。そのとき、この間、セイちゃんもリアップ、買いに来たわよ、と化粧品屋の奥さんがないげなくシマちゃんに話したみたいなのよ。それを聞いたシマちゃんはセイちゃんにリアップの効果はどうだいと聞いたのよ。そしたらセイちゃん、俺がリアップ、使ったのを誰に聞いた、と凄い見幕なんだって、化粧品屋の奥さんに聞いたんだよ、とシマちゃんが答えると、セイちゃん、もう二度と、あの化粧品屋には行かない、と怒った
っていう話よ」。
 だから、セイちゃんに髪の毛に結び付く話は禁句なんだとママにお教えていただいた。タブーだと聞くと聞いてみたくなるのが人情っていうものでしょ。「セイちゃん、帽子を脱いでみてよ」とお願いしてみた。「ウーロン杯の一杯奢るから。ウーロン杯一杯ぐらいじゃ、見せられないよ。帽子の中は最高の機密事項だから」と頑として帽子は脱がない。そうすると脱がしてみたくなるのが人の気持ちでしょ。セイちゃんは病院専門の建築施工の仕事をしている。セイちゃんが関わった病院の先生が居酒屋に偶然入ってきたことがあった。このとき、セイちゃんはとっさに帽子を脱いで挨拶した。仕掛けて帽子を脱がそうと謀っていた私の野望は突然くじかれてしまった。帽子を脱いいだセイちゃんは十歳くらい老けて見えた。本当に脳天には一本の毛もなかった。リアップの効果はまだでていないようだ。
 最近は「禿げ」という言葉を聞いても自分のことだとは感じなくなったがね、髪の毛が少なくなっていくころは、ハゲという言葉が耳に入るとそれは自分のことを言っているのではないかと気になってしかたがなかったよ。にハゲと言った者をぶん殴ってやりたい衝動がそのころはあったね。最近だよ。そんな気持ちから解放されたのはね、と元気にいっぱいのセイちゃんがにいう。男にとって頭の毛ほど重要なものはないのかもしれない。