運転免許証を拾った。
警察に届けるのが筋なのだろうが、先に落とし主に電話をかけてみた。
幸い落とし主は、電話番号を電話帳に載せていたのですぐにわかった。
ところが不在だった。
ということは、交番に行かなければならない。
交番は手続きに手間取るので、あまり行きたくない。
そこで、交番に連絡をとり、免許証を取りに来てもらうことにした。
「はい、警察です」
「○○店ですが、運転免許証拾ったんですけど…」
「ああ、そうですか。では、最寄りの交番に届けておいてください」
「いや、それが出来ないから、こうやって電話しているんです」
「と言いますと?」
「職場を離れられないんです」
「ああ、なるほど。…はい、わかりました。では最寄りの交番に連絡して、すぐに行ってもらいますので」
「よろしくお願いします」
そう言って、ぼくは受話器を置いた。
しばらくして、警察官がやってきた。
そして通り一遍の質問があり、通り一遍の受け答えをしたあと、住所と名前と年齢を書き、謝礼放棄の欄にサインした。
謝礼などほしくはない。
また、落とした人に会うのも嫌だ。
とにかくぼくの知らない所で、ことが進んでほしいのだ。
すべて書き上げると、「では、先方に連絡して、ちゃんと渡しておきますから」と言って警察官は引き上げていった。
これですべてが終わりだ。
その晩には、そういうことがあったことすら忘れていた。
その翌日のこと。
その日ぼくは休みだった。
昼頃だったか、テレビを見ながらうつらうつらしていた時だった。
『プルルルル、プルルルル…』と電話の音が鳴った。
電話に出てみると、女性の声だった。
「あ、しろげしんたさんですか?」
「はい、そうですけど」
「昨日免許証を落としました、○○と言います」
「ああ、警察から電話があったんですね」
「ええ、さっそくもらいに行きました」
「それはよかったです」
「こんな世の中ですからねえ。ほんと、いい人に拾ってもらってよかった。で、何かお礼をしたいんですけど…」
「いや、そんなことしなくていいですよ」
「あ、そうだ。私、免許証を落とした店の隣にあるお菓子屋に勤めてるんです。今度あの店に行くようなことがあったら、うちの店にもお寄り下さい。その際『しろげです』と言ってもらったら、コーヒーをサービスさせてもらいますから」
「はあ。ではそうさせてもらいます」
もちろん行くつもりはない。
仮に行くことがあったとしても、「この間、免許証を拾ったしろげしんたです」などとは言わない。
目の前で人からお礼を言われるのは何とも恥ずかしいし、そういう
それにそのお菓子屋さん、元々コーヒーはサービスなんだし。
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