お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ブラック・メルヒェン その10 「刻まれた時」

2008年02月02日 | ブラック・メルヒェン(一話完結連載中)
 柱時計は幸せでした。
 家族をいつも第一に考える頼もしいパパ。どんな時でも笑顔を絶やさない優しいママ。ちょっとおませだけど弟思いのお姉ちゃん。かまわれるのを嫌がるくせにいつもお姉ちゃんを頼りにする坊や。
 いつも和やかで愛情に満ちた家庭、そんな家に買われた事を柱時計は心から喜んでいました。
「パパ、とけいさん、ごはんだよ」
 毎日決まった時間になると、坊やが柱時計を指差してパパに言いました。パパは、
「ロイ、毎日良く気がつくね。えらいぞ」
と言って、ロイ坊やのくしゃくしゃの金髪の頭を優しくなでます。
 そして、脚立に上がり、ガラスのカバーを開け、文字盤の下の振り子の揺れる木枠の底からゼンマイ回し取り、文字盤の「4」と「8」の横にある穴に差し込んで、ギリギリっと回します。いっぱいにまで巻くとゼンマイ回しを抜き、元の場所へ戻し、最後にガラスのカバーを閉めます。
「さ、これで時計さんも満腹だ」
 パパは笑顔でロイ坊やに言います。ロイ坊やも笑顔で頷きます。
 柱時計はロイ坊やが大好きでした。ロイ坊やもなにかと言うと、その空色の瞳で柱時計を見ていました。きっと僕の事を気に入ってくれているんだ、柱時計はそう思い、ロイ坊やだけの時に、いつもは「コツコツ」と規則正しく振れる振り子をわざと「コツ・・・コツ・・・」とゆっくりにして、僕も大好きだよと合図を送っていました。
 しかし、その幸せが音を立てて崩れる時が来てしまいました。
 お姉ちゃんのエリザベスが重い病気にかかり、パパとママが八方手を尽くし、最後は自分の命と引き換えにとさえ願っていましたが、回復せず、その命が天に召されてしまいました。ロイが中学生の頃でした。
 その頃からロイの素行が荒れ始めました。パパやママに「エリザベスが死んだのはお前たちのせいだ!」と悪態をつき、近所の札付きたちと付き合いを始め、何度も補導されました。
 パパとママは、ロイが悲しみを紛らわすために非行に走っていると考えていたために、また、いずれは分かってくれるだろうと言う希望もあって、あまりきつく叱れませんでした。
 ロイはそんな気持ちが分からないのか、叱られない事を良い事に、余計に荒れました。そして、あちこちに莫大な借金をしたまま、行方知れずとなってしまいました。
 パパとママは、ロイの残したそれらの借金を返済するために、家も家財も売り払いました。
「あの子は小さい時、この時計が好きだったね。いつもゼンマイを巻く時間を気にしていた・・・」
 パパは柱時計を外しながらママに言いました。やせ細ったママは、
「あの頃に戻りたい・・・」
と、泣き崩れてしまいました。
 柱時計が覚えているのはそこまででした。あとは多分、業者に引き取られ、どこかの店に中古品として並んだのでしょう。
 それからどれほどの時間が経ったのかはわかりませんが、柱時計はふと目を覚ましました。
 最初に飛び込んできたのは、顔半分がヒゲだらけのいかつい男の顔でした。それから、もうもうとしたタバコの煙、幾種類もの酒の臭い・・・ ここはバーでした。カウンターの壁に柱時計は掛けられていました。ヒゲ面男は手に油差しとゼンマイ回しを持っていました。
「どうだい。これで良いかい?」
 ヒゲ面男は振り返りました。
「そうじゃなきゃ、時計じゃねぇよ、ジョー」
 グラスを持った男がカウンターに肘を突きながら酔った声で言いました。
 ジョーと呼ばれたヒゲ面はこの店のマスターでした。
「こっちは単に飾りで買ったって言うだけなのに、なにも動かせなんて言わなくても良いじゃねぇか」
「ばかやろう、オレの指定席のまん前に動かねぇ柱時計を飾られたんじゃ、酒が不味くなるんだよ!」
「酒のためなら、てめぇの腕時計だって平気で質に入れやがるくせに、よく言うぜ、ロイ」
 ジョーは言い捨てて別の客の相手を始めました。
 柱時計はロイと呼ばれた酔っ払いを見ました。
 潤いはなくなってしまったもののくしゃくしゃの金髪。濁ってはいるものの空色の瞳。・・・すっかりと身をやつしてしまったけど、間違いない、あのロイだ! 
 柱時計は何とかロイに呼びかけようとします。君が出て行った後、パパとママはどれだけ悲しんだか、どれだけ大変だったか・・・ 
 ロイが不意に柱時計を見上げました。何かを考えているような顔つきです。
 そうだ! 柱時計は振り子の振り方を変えました。ロイにだけ見せたあの振り方です。「コツ・・・コツ・・・」早く気が付いてくれ! 「コツ・・・コツ・・・」思い出してくれ、あの頃を! ロイはじっと柱時計を見つめています。
「おい、ジョー!」
 ロイが柱時計を見ながら、マスターのジョーに声を掛けました。
「なんだ? お代わりか?」
 面倒くさそうにジョーが答えました。
「そうじゃねぇ。・・・あの柱時計をオレにくれないか?」
 ロイ、気が付いてくれたんだ! 思い出してくれたんだ! 昔のあの幸せな頃を・・・ 柱時計は嬉しくなりました。
「なにを言い出すんでぇ。あれは俺の銭で買ったんだぜ!」
「もともとここにゃあ無ぇもんじゃねぇか。それに、この柱時計はオレにこそふさわしい!」
 そうだ、ロイが一番僕をかわいがってくれたんだ! ロイこそが僕にふさわしい!
「何を言ってやがる!」
「じゃあ、おめえの今までの悪事を『お恐れながら・・・』って訴えてやろうかい。おめえ、命が幾つあっても償い切れねぇぜ!」
 凄んで見せたロイにジョーはたじろぎました。余程の事をロイに握られているようでした。
「わ、分かったよ。持ってけよ。時計ひとつで命を落とすわけにゃいかねぇ」
 ジョーは柱時計を外し、ロイに渡しました。ロイは柱時計を抱えて店を出ました。
 ロイ! ロイ! ロイ! 柱時計はロイに抱えられ、とても幸せでした。これからは昔のようにしっかりしたロイに戻るんだぞ! 君はまだまだやり直せるんだ! 何の力にもなれないだろうけど、僕がいつも君を見守っているよ!

「へっ、へっ」
 ロイが小さく笑いました。
「ジョーのやつ、良い事を言いやがる。『酒のためなら、てめぇの腕時計だって平気で質に入れやがるくせに』か・・・ 人の柱時計なら、なおさら平気で質に入れられるってもんだ!」
 ロイ・・・ 君は、すっかり、腐りきってしまったんだね・・・ 
 柱時計は、その動きを、全て、停めてしまいました。


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