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怪談 青井の井戸 25

2021年10月04日 | 怪談 青井の井戸(全41話完結)
 殿の葬儀が執り行われました。父は、と申しますか、青井の家は、松幸様より「登城に及ばず」との沙汰をされました。父は葬儀の間中、ご自分の部屋に籠ったきりでございました。その後に、松幸様が跡を正式にお継ぎになられました。
 松幸様は御勉学がお好きだと伺っております。亡き先代の殿にも色々と進言なさったそうでございますが、取り合ってはもらえなかったと聞きました。故に、ご自身が跡を継がれたを期に、代々のもので今に相応しく無きものと判断なさったものを、悉く捨てて行かれました。それらの中には、由来の分からぬ仕来り、役職、庶民への律などがございました。また、若く才のある者たちを多く登用し、それとは反対に年配の者たちを次々と隠居させて行かれました。旧態を悪と見なし、改革をお勧めになる御心積もりのようでございます。
 国の機運が若返ってまいりました中、青井の家は取り残されたようになっておりました。登城のお声も掛からず、また、頂いている碌も今年限りで止まるとの話でございました。松幸様は青井の家をお取り潰しになさるおつもりのようでございます。
 登城に及ばずとの沙汰を受けて以来、門を閉ざし、大半の雨戸も閉め、雇っていた者たちもばあや以外は全て解雇し、ひっそりとしたものとなりました。それと同じゅうして、須田新三郎様との婚儀も無くなりました。仄暗い決意を抱いたわたくしに、御仏は鬼の血を残さぬとの仏罰が下ったのだと思いました。
 青井の家が滅ぶは時の問題でございました。暗殺者としての役割はすでに必要の無いものとなったのでございます。

  先代の殿が亡くなられて初七日の法要も終わり、幾日が過ぎた頃の事でございます。もちろん、法要には青井は呼ばれては居りませんでした。
「お嬢様……」
 ばあやが障子戸越しに声をかけてきました。わたくしは相変わらず返事をせずにおりました。
「お父様がお呼びでございます……」
 ばあやもわたくしが返事をせぬ事に慣れ、用件のみ伝えると去って行きました。
 今さら、父が何のお話をなさるのでございましょうや。来年には青井は離散となりましょう。その行く末のお話でございましょうや。殿の後ろ盾も、親戚付き合いも、頼れる伝手も無い青井に、何が残るのでございましょうや。そんな青井の父の下知など、聞く気にはなれませぬ。わたくしは部屋を出ずにおりました。
「きくの……」
 父の声が致しました。父が直接足を運ばれたのでございます。叱責にいらっしゃったとは思いませんでした。何故なら、父の声は、いつもの威厳が無く、聞いた事が無いほど弱々しいものでございましたから。
「何でございましょうや……」
 わたくしは障子戸越しに申しました。
「話があるのだ。入るぞ」
「お待ちくださりませ。少々取り散らかっております故、軽く片付けをいたしますれば……」
「……分かった……」
 以前でございましたら、有無を言わさずに障子戸を開け放ったであろう父の、なんと弱々しい事よと、思わず口元が綻んでまいりました。部屋は散らかってはおりませぬ。ではございましたが、わたくしは右の物を左に移し、それをまた戻しと、片付けの振りをしばらく続けておりました。その間、父はじっと廊下で待っていらっしゃいました。どのようなお顔で待っていらっしゃるのかと考えますると、思わず笑い声が漏れそうになります。やがて片付けの振りにも飽き、正座をして、外の父に向かって申しました。
「お待たせをいたしました……」
「うむ……」
 父が入って参りました。殿がお亡くなりになって左程日は経っておらぬはずでございますが、父は、一回りも二回りも小さくなられたようでございました。頭には白いものが目立っておりました。すっかりやつれた老人の態でございました。 


つづく
 

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