「え? マスケード博士?」
そう言いながら樹の陰から顔を出したのはジャンセンだった。ジャンセンの声にトランも顔を出した。
「トラン君! どうやら君のもくろみは当たった様だぞ!」ジャンセンが楽しそうな声を上げる。「これで役者が揃ったんじゃないか?」
三人の顔会を見た途端、マスケード博士は手にしたステッキを振り上げた。ステッキが怒りで震えている。
「お前たち!」マスケード博士は高齢とは思えない荒々しい声を張り上げ、怒りで血走っている眼を三人に順に向けた。「マーベラ・トワットソン! トラン・トワットソン! ジャンセン・トルーダ! ……許さん、許さん、許さんぞぉぉ!」
「マスケード博士!」マーベラが声を荒げる。「やはり、この一連の黒幕は博士なんですか?」
「博士!」トランも声を荒げる。「ぼくたちが一体何をしたって言うんですか? ぼくと姉さんは博士に忠実に従っていたじゃありませんか?」
「ぼくなんか、博士とあんまり面識もないんですよ」ジャンセンが言う。「それなのに、こんな大昔に飛ばされちゃって……」
「うるさい!」マスケード博士は怒鳴る。「お前たちは目立ち過ぎたのだ! 我々長老を差し置いて、考古学界の寵児扱いをされおって! 生意気にも程があろう!」
「はあ?」ジャンセンが呆れたような声を出す。「博士、そりゃあどう言う事です? ぼくもマーベラたちも考古学会の発展のために力を尽くしていただけですよ? それが生意気だなんて……」
「ぼくたちは博士からのどんな困難な依頼でも知恵を搾って向かいました」トランが言う。「命懸けの時もありましたが、それだって博士に喜んでもらうためと思っていたんです。それなのに……」
「マスケード博士!」マーベラはむっとした表情になっている。「命懸けの依頼って、まさか、本気でわたしたちの命が落ちるのを願っての依頼だったのですか?」
「ああ、そうだ!」マスケード博士はマーベラを睨み付ける。「目立つお前たちが邪魔だったのだ! 死を願ってどこが悪いのだ?」
「どうして……」マーベラは呆然としている。「考古学界の発展は、わたしたちにとっての願いじゃないですか!」
「お前たちが業績を上げる度に、賞賛を受ける度に、我々は隅へと追いやられてしまう」マスケード博士が苦々しげに言う。「考古学会の礎を築いたのはわしらだ。困難な道を切り開いてきたのはわしらだ。お前たち若造どもはその上を何の苦労も無しに歩いているだけだ!」
「そんな事を言っていたら、考古学会は発展しないじゃないですか!」トランが激しい口調で言う。「博士は発展を望まれないんですか!」
「発展だの何だのは、わしが死んでから好きにやればいい」マスケード博士は言う。「わしの生きている間は、わしとわしの友だけ安泰であればいいのだ」
「……何だ、そりゃあ……」ジャンセンはため息をつく。「学界の重鎮が単なる自己中じいさんだったとは……」
マーベラもトランも呆れた顔で博士を見つめている。
「……あのさ、取り込み中のところ申し訳ないんだけど……」ジェシルが割り込む。「わたしはどうしてここにいるわけ?」
「ははは!」笑ったのはコルンディだ。気障ったらしく前髪を掻き上げる。「君を許さないはオレだよ、ジェシル」
「意味が分かんないわ!」
「ジェシル、君は我が社の開発商品を幾つも幾つもダメにしてくれた……」コルンディは言うとため息をつく。「お仕置きが必要になったんだ」
「な~にがお仕置きよ!」ジェシルは頬をぷっと膨らませる。「殺戮兵器なんか野放しに出来るわけがないじゃない! 評議院だって禁止の決定をしたはずだわ」
「それは君の宇宙で一番古い貴族の直系って言う立場はあっての事だろう?」
「正しい事のためなら、何だって利用するわよ!」
「そうそう、その態度!」コルンディはうんざりしたように両肩をすくめ、両手を広げてみせる。「広大な宇宙に起きる様々な争いを止めるなんて事は不可能だよ。争いが長引けば一般民が巻き込まれてしまう。それをできるだけ短い時間で解決するためには、我が社の様な企業が無くては困るだろう? いわば、必要悪なんだよ。ジェシル、君だって子供じゃないんだし、この理屈は分かるだろう?」
「より高い金を払った方に率先して武器を渡し、争いの跡は敗戦地の資源や民を貪っているくせに、もっともらしい事を言うもんじゃないわ!」
「いやはや、手厳しいねぇ……」コルンディは頭をぽりぽりと掻く。そして、ジェシルに向かってにやりと笑む。「それはさ、我々も商売だからさ。企業の発展は必要だ」
「あら?」ジェシルはわざとらしく驚いた顔をし、マスケード博士を見る。「この考古学おじいちゃんは、考古学の発展より我が身大事みたいよ? 真逆の二人がつるむなんて、笑えないギャグね」
「道は違えど、利害は一致したからね」コルンディが前髪を掻き上げる。「邪魔者は排除するって言うね」
「それで、あなたたちはどうつながっているわけ?」
「何だい、訊きたいのかい?」
「いや、やっぱりいいわ」ジェシルは冷たく答える。「悪党の話なんか、やっぱり聞きたくもないものね」
「そう言うなよ、ジェシル。折角だから聞かせてやるよ」コルンディは言いながらジェシルの手の動きを見ている。「あ、熱線銃を撃っても無駄だぜ。熱線が四散する携帯装置は皆持っているから、誰に撃っても効き目無しだ」
ジェシルはむっとした顔のまま銃を腰に戻す。コルンディは満足そうにうなずく。
「……さて、元々はオレは骨董品が好きでね、だが、普通の品じゃ飽き足らなくなってねぇ…… それで、我が社のコネを使って考古学界の重鎮の博士に品物を頼んだってのが、そもそもの切っ掛けだ。……色々と廻してくれたよ。貴重な発掘品も幾つかあったんじゃないかな? まあ、金額は張ったけどね」
「マスケード博士!」マーベラが声を上げる。「発掘品は学界で保管管理すると言うのが決まりじゃないですか! それなのに、そんな卑劣な違法行為を行っていたんですか!」
「やかましい!」マスケード博士は怒鳴る。「若造どもが知ったよう様な口を利くな!」
つづく
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