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ジェシル、ボディガードになる 167

2021年07月15日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
「お別れって……」ジェシルは口を尖らせる。「まさか、わたしたちをこのままにしておくんじゃないでしょうね?」
「ほう、さすが宇宙パトロールの捜査官は鋭いねぇ……」オーランド・ゼムは感心したようにうなずく。「その通りなのだよ」
「冗談じゃないわよ! こんな格好のままで、この星で一生を終わらせるつもりなの!」ジェシルはからだを揺する。「これを外しなさいよう!」
「あなたもアーセル並みに馬鹿なんじゃない?」ミュウミュウが笑う。「そんな事をしたら、あなたが暴れ回るに決まっているじゃない?」
「そう言う事だよ、ジェシル」オーランド・ゼムが言う。「わたしは長く生きてはいるが、まだ命は惜しいのだよ」
「暴れないわよ」ジェシルが言う。「ただ、ミュウミュウと勝負をつけたいだけよ。この猫っ被りの女とね!」
「イヤよ!」ミュウミュウはジェシルに向かって、べえと舌を出す。「わたしが勝てるわけないって言ったじゃない? 無駄な事はしたくないわ。それに、わたしだって、命は惜しいし」
「わたしだって、命は惜しいわよ!」ジェシルは声を荒げる。「ねえ、何とかしなさいよ!」
「……やっぱり、うるさいわねぇ……」ミュウミュウはジェシルの脚を跨いで立つと、ジェシルを見下ろし、右手を振り上げた。「本当、あなたには、いらいらさせられるわ!」
 言い終わると、ミュウミュウは右手を振り下ろし、ジェシルの左頬を思い切り張った。ジェシルの顔が右に向く。ミュウミュウは返す甲でジェシルの右頬を張った。今度はジェシルの顔が左に向く。ミュウミュウはそれを幾度も繰り返した。途中でミュウミュウの笑い声が加わる。
 ミュウミュウが手を止めると、ジェシルはぐったりした。口の中を切ったのか、唇の端から血が糸を引いている。しかし、殺意をむき出しにした眼差しでミュウミュウを見上げていた。
「ふふふ…… そんなガンデル星の田舎娘の様な真っ赤なほっぺで睨まれても、ちっとも怖くないわ」ミュウミュウは赤くなった自分の右手を軽く振る。「それにしても叩き甲斐のある顔だわ。何と言ったって、由緒ある貴族のご令嬢様だものね。思い知るが良いわ!」
「ミュウミュウ、もう良いだろう」オーランド・ゼムが言う。「さっきも言ったが、わたしたちにはやる事が多く残っているのだよ」
「分かっているわ。でも、この女の顔を見ると腹が立ってくるのよねぇ……」
 ミュウミュウは言うと、ジェシルに顔を近づけた。それから、ぺっとジェシルの顔に唾を吐きかけた。ジェシルは思わず顔を背ける。その様子がおかしかったのか、ミュウミュウは小馬鹿にしたように笑う。
「でも、この顔も、もうすぐ永遠に見ないで済むわね」ミュウミュウは背を伸ばしてオーランド・ゼムに振り返り、手を差し出す。「あなた、あれをちょうだい」
「……ああ、これだね」
 オーランド・ゼムは格納庫から持って来た布袋をミュウミュウに手渡した。
「ねえ、ジェシル。これが何だか分かる?」ミュウミュウは、おどけた様に袋を軽く振って見せた。「この中にはね、時限爆弾が入っているのよ」
「そうなのだよ、ジェシル」オーランド・ゼムはうなずく。「君やムハンマイド君を生かしておくと、後々面倒な事になりかねないと、ミュウミュウが言うものでね」
「ふふふ、怖い? 銃で一思いにとも思ったけど、それじゃ、このいらいらは解消されないわ。うんと苦しめてやらなくちゃ……」ミュウミュウは残忍な笑みを浮かべる。「手足を縛られて、身動きが出来ないまま、吹っ飛んで死んじゃうの。でも、道連れが居て良かったじゃない?」
 ミュウミュウは爆笑した。オーランド・ゼムも苦笑する。ジェシルはミュウミュウを見て、唇の端を少し上げて、小馬鹿にしたような笑みを浮かべると、何かぶつぶつと呟きはじめた。
「何? 何をぶつくさ言いているのよ?」ミュウミュウはむっとした顔をジェシルに向ける。「止めなさいよ!」
 しかし、ジェシルは止めない。それどころか、くっくっと低い笑い声も交じった。
「止めろって言っているでしょ!」ミュウミュウは声を荒げる。「あなた、こんな状況から抜け出せるなんて思っているの?」
 ジェシルは答えず、相変わらずミュウミュウを見つめたままで、ぶつぶつと言っている。
「何なのよ! 気に入らないわねぇ!」
 ミュウミュウは聞き取ろうとジェシルに顔を近付けた。と、途端に悲鳴を上げながらジェシルから離れた。ミュウミュウの顔が赤く染まっている。口の中を切ったジェシルが、血の混じった唾を、ミュウミュウに吐き付けたのだ。
「何て事をしてくれたのよ!」ミュウミュウは手で顔を拭っている。「ふざけやがって!」
「ふん! お返しよ!」ジェシルは言うと笑う。「受けた屈辱は何倍にもして返すのが貴族よ! たとえ命が無くなろうともね!」
「こいつ……」
 ミュウミュウは拳を作ってジェシルに向かう。
「ミュウミュウ、もう止めるのだ」オーランド・ゼムが言う。声は穏やかだったが、有無を言わせぬ貫禄がある。「出発しよう」
「でも、こいつ……」ミュウミュウはジェシルを睨む。「ふざけやがって……」
「ならば、時限爆弾で恐怖を与えれば良いだろう」オーランド・ゼムは笑む。「手が届きそうで届かない場所に、爆発時間が見えるように設置するのさ。これは結構、効果がある。自白させる時に良く使った手だよ」
「あら、それは楽しそう……」ミュウミュウは残忍な笑みを浮かべてジェシルを見る。「どう? 考えただけで、ぞくぞくしちゃうわ……」
「オーランド・ゼム!」ジェシルが声を荒げる。「それって、ちょっとひどいんじゃない? それに、わたしは自白するような事は無いわ!」
「分かっているよ、ジェシル」オーランド・ゼムはうなずく。「でもね、わたしの愛するミュウミュウにあんな事をしては、許されないのだよ」
「まあ、あなたったら!」ミュウミュウはオーランド・ゼムの腕にしがみつく。「さあ、早いとこ澄ませて、二人っきりになりましょうよ……」
「そうだな」
「ふん!」ジェシルは鼻を鳴らす。「手足が縛られていてもね、からだを転がして動けるわ! それで爆弾を止めてやるわ!」
「あらあら、やっぱりあなたって、アーセル並みのお馬鹿さんだわ」ミュウミュウが笑う。「そんな大切な事を言っちゃうなんてさ……」
「ハービィ」オーランド・ゼムがハービィに言う。「格納庫から棒杭を二本と長めの鎖を二本、持って来てくれたまえ」
「かしこまりましてございますです」
 ハービィは答えると歩き出した。
「ちょっとぉ!」ジェシルがオーランド・ゼムを睨む。「どうするつもりなのよう!」
「なあに、杭に鎖で縛りつけて動けなくするだけだよ」オーランド・ゼムは軽く答える。「動かれては困るからね」
「あはは! ジェシル、絶体絶命ね!」 
 ミュウミュウは愉快そうに笑う。


つづく

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