「とにかく、そんな格好じゃどうしようもないわね」
冴子が正部川の頭の先から足の先までを何度も見返しながら、ため息混じりに言った。
「しょうがないわ。大沢さんのお店に、男性の服を用意して貰うよう、連絡して頂戴」
冴子が大男の一人に言う。大男は戸惑いながら答えた。
「そうしますと、先方様へ遅れてしまいますが・・・」
「でも。こんな服じゃ行っても困るでしょ?」
「下手をしたら、彼だけ門前払いとなるかもしれません」
「そうでしょ? それも困るし。だから、お願い、ちょっと連絡してみて」
冴子は両手を合わせた。大男は困惑した表情を浮かべながらも携帯電話を黒いスーツの内ポケットから取り出した。ボタンを押しながら、正部川を睨みつけた。正部川は困った顔をしながら、ぼりぼりと頭を掻いた。
低い聞き取りにくい声でのやり取りが続き、携帯電話が切られた。
「お嬢様、お待ちしていますとの事です」
「よかった! じゃ、大沢さんのお店にお願いね」
冴子は言って外車の後部座席へ向かう。もう一人の大男がすかさずドアを開けた。礼を言いながら冴子が乗り込んだ。正部川もその後について行ったが、ぐいっとTシャツの襟首をつかまれ、後ろへ引っ張られた。
「お前は前だ」
電話をしていた大男が凄みのある小声で言った。正部川はすごすごと助手席に向かった。自分でドアを開けて乗り込んだ。運転席には別の大男が座りハンドルを握っていた。じろりと正部川を睨みつけた。正部川は下を向いて座席で小さくなっていた。
車が動き出した。正部川はずっと下を向いたままだ。
「正部川君、どうしたの? ちょっと言いすぎたかしら・・・」
後部シートで両側を大男に挟まれ身動きが出来ない冴子が心配そうに声をかけた。
「え?」
正部川は間の抜けた声を出しながら振り向いた。途端に冴子は不機嫌な顔になる。
「なによ! 落ち込んだのかと思って心配したのに!」
「どうしてさ? こんな良い車に乗れて、服まで手配してもらって、どうして落ち込まなきゃならないんだ?」
「じゃ、何で下ばっかり向いているのよ!」
「これを読んでたんだよ」
正部川は右手を上げた。その手には分厚い文庫本が握られていた。おどろおどろしい活字で『泉鏡花怪談譚』と表紙カバーに印刷されていた。
「最近出たんだ。中に一編だけ未読の話があってさ。でももったいなくって、ついつい別の話を読んでしまうんだ」
にこにこしながら話す正部川を呆れた顔で冴子が見つめる。
「あなたって、どういう神経をしてるのよ!」
冴子が身を乗り出して正部川につかみかかろうとした。正部川は持っていた文庫本を冴子から守ろうとして身をよじった。
「お嬢様・・・」
低いドスの効いた声が響いた。
二人は同時に声の方を見た。
「『テーラー大沢』に着きました。お戯れはそこまでになさって下さい」
続く


冴子が正部川の頭の先から足の先までを何度も見返しながら、ため息混じりに言った。
「しょうがないわ。大沢さんのお店に、男性の服を用意して貰うよう、連絡して頂戴」
冴子が大男の一人に言う。大男は戸惑いながら答えた。
「そうしますと、先方様へ遅れてしまいますが・・・」
「でも。こんな服じゃ行っても困るでしょ?」
「下手をしたら、彼だけ門前払いとなるかもしれません」
「そうでしょ? それも困るし。だから、お願い、ちょっと連絡してみて」
冴子は両手を合わせた。大男は困惑した表情を浮かべながらも携帯電話を黒いスーツの内ポケットから取り出した。ボタンを押しながら、正部川を睨みつけた。正部川は困った顔をしながら、ぼりぼりと頭を掻いた。
低い聞き取りにくい声でのやり取りが続き、携帯電話が切られた。
「お嬢様、お待ちしていますとの事です」
「よかった! じゃ、大沢さんのお店にお願いね」
冴子は言って外車の後部座席へ向かう。もう一人の大男がすかさずドアを開けた。礼を言いながら冴子が乗り込んだ。正部川もその後について行ったが、ぐいっとTシャツの襟首をつかまれ、後ろへ引っ張られた。
「お前は前だ」
電話をしていた大男が凄みのある小声で言った。正部川はすごすごと助手席に向かった。自分でドアを開けて乗り込んだ。運転席には別の大男が座りハンドルを握っていた。じろりと正部川を睨みつけた。正部川は下を向いて座席で小さくなっていた。
車が動き出した。正部川はずっと下を向いたままだ。
「正部川君、どうしたの? ちょっと言いすぎたかしら・・・」
後部シートで両側を大男に挟まれ身動きが出来ない冴子が心配そうに声をかけた。
「え?」
正部川は間の抜けた声を出しながら振り向いた。途端に冴子は不機嫌な顔になる。
「なによ! 落ち込んだのかと思って心配したのに!」
「どうしてさ? こんな良い車に乗れて、服まで手配してもらって、どうして落ち込まなきゃならないんだ?」
「じゃ、何で下ばっかり向いているのよ!」
「これを読んでたんだよ」
正部川は右手を上げた。その手には分厚い文庫本が握られていた。おどろおどろしい活字で『泉鏡花怪談譚』と表紙カバーに印刷されていた。
「最近出たんだ。中に一編だけ未読の話があってさ。でももったいなくって、ついつい別の話を読んでしまうんだ」
にこにこしながら話す正部川を呆れた顔で冴子が見つめる。
「あなたって、どういう神経をしてるのよ!」
冴子が身を乗り出して正部川につかみかかろうとした。正部川は持っていた文庫本を冴子から守ろうとして身をよじった。
「お嬢様・・・」
低いドスの効いた声が響いた。
二人は同時に声の方を見た。
「『テーラー大沢』に着きました。お戯れはそこまでになさって下さい」
続く


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