富はさとみを盾にしている楓の顔を見下ろした。
「何だ、婆あ! あんたのかわいい孫と一緒に消えてやろうか?」楓は言いながらさとみに強くしがみつく。「どうだ? どうやったって離れないよ!」
「……やれやれ、うるさい女だねえ……」
富は楓の頭のあたりに座り込んだ。すっと右手を伸ばし、楓の着物の襟首をつかんだ。
それから、布をひと振るいするように上下に振った。動きは小さかったが、さとみと楓は大きく振られた。「きゃあ!」
さとみは悲鳴を上げながら、床を転がった。富の一振りの勢いで楓はさとみを放したのだ。
さとみはゆるゆると起き上った。富はにこにこして座ったままで、仰向けで暴れている楓の襟首をつかんでいた。おばあちゃん、すごい! あの四天王の楓を子ども扱いしている! どれだけの力があるんだろう…… さとみは思った。
「くっ! おい、婆あ! 離しやがれ!」
「何度も言っているだろう、婆あはお前さんだよ」富は暴れる楓を気にすることなく言う。「それに、もうお前さんの盾は無くなっちまったよ……」
楓の動きが止まった。はっとした顔で周囲を見回す。刀を持ったみつが視界に入った。
「おい、待て! 待っておくれよう! 別嬪の剣士さん!」楓はみつに媚びるように言う。「もう、あんたたちの前には、絶対現われないからさあ。無茶しないでおくれよう! 楓姐さんの一生のお願いだよう!」
楓は言いながら大粒の涙を流し始めた。白々しい! それに霊体なのに一生のお願いって…… さとみは呆れながら思った。
「そのような偽りにひっかると思っているのか?」みつもそう思ったのだろう。大きなため息をついて続けた。「覚悟を決めることだ……」
「……ふん! 勝手にしやがれ!」
楓は襟首をつかまれたままで腕組みをした。そして目を閉じた。みつはゆっくりと刀を上段に構えた。さとみは顔を逸らせた。
「天誅!」
みつの裂ぱくの気合いが室内に満ちた。刀が振り下ろされた。
「あっ!」
みつの刀の切っ先が空しく床を撃った。一瞬のすきをついて楓が富の手から逃れたのだ。楓は高い天井の隅に浮かびながら、憎悪にたぎった眼差しをみつ、さとみに向けた。それから富をにらみつけた。富はすっと立ち上り、楓と対照的な穏やかなまなざしで見上げた。
「婆あ! 覚えていやがれ!」
「おや、自力で抜け出せたなんて思ってるのかい?」富は小馬鹿にしたように言う。「わたしがちょっと手を緩めてやったのに気がついていないのかい?」
「何言ってやがる!」
「なんだか偉そうに言っちゃいるが、お前はこんな婆あに情けをかけられたのさ。惨めだねえ…… 惨めな惨めな楓姐さん!」
富は言うと爆笑した。
「覚えてやがれ!」
「何とかの一つ覚えかい?」富はさらに笑う。それから急に真顔になった。「……いいかい、今度さとちゃんの前に現われたら、その時がお前の最期だからね…… 惨めな惨めな楓姐さん」
「……」
全身で悔しさと屈辱とを表わしながら、楓は消えた。
つづく
「何だ、婆あ! あんたのかわいい孫と一緒に消えてやろうか?」楓は言いながらさとみに強くしがみつく。「どうだ? どうやったって離れないよ!」
「……やれやれ、うるさい女だねえ……」
富は楓の頭のあたりに座り込んだ。すっと右手を伸ばし、楓の着物の襟首をつかんだ。
それから、布をひと振るいするように上下に振った。動きは小さかったが、さとみと楓は大きく振られた。「きゃあ!」
さとみは悲鳴を上げながら、床を転がった。富の一振りの勢いで楓はさとみを放したのだ。
さとみはゆるゆると起き上った。富はにこにこして座ったままで、仰向けで暴れている楓の襟首をつかんでいた。おばあちゃん、すごい! あの四天王の楓を子ども扱いしている! どれだけの力があるんだろう…… さとみは思った。
「くっ! おい、婆あ! 離しやがれ!」
「何度も言っているだろう、婆あはお前さんだよ」富は暴れる楓を気にすることなく言う。「それに、もうお前さんの盾は無くなっちまったよ……」
楓の動きが止まった。はっとした顔で周囲を見回す。刀を持ったみつが視界に入った。
「おい、待て! 待っておくれよう! 別嬪の剣士さん!」楓はみつに媚びるように言う。「もう、あんたたちの前には、絶対現われないからさあ。無茶しないでおくれよう! 楓姐さんの一生のお願いだよう!」
楓は言いながら大粒の涙を流し始めた。白々しい! それに霊体なのに一生のお願いって…… さとみは呆れながら思った。
「そのような偽りにひっかると思っているのか?」みつもそう思ったのだろう。大きなため息をついて続けた。「覚悟を決めることだ……」
「……ふん! 勝手にしやがれ!」
楓は襟首をつかまれたままで腕組みをした。そして目を閉じた。みつはゆっくりと刀を上段に構えた。さとみは顔を逸らせた。
「天誅!」
みつの裂ぱくの気合いが室内に満ちた。刀が振り下ろされた。
「あっ!」
みつの刀の切っ先が空しく床を撃った。一瞬のすきをついて楓が富の手から逃れたのだ。楓は高い天井の隅に浮かびながら、憎悪にたぎった眼差しをみつ、さとみに向けた。それから富をにらみつけた。富はすっと立ち上り、楓と対照的な穏やかなまなざしで見上げた。
「婆あ! 覚えていやがれ!」
「おや、自力で抜け出せたなんて思ってるのかい?」富は小馬鹿にしたように言う。「わたしがちょっと手を緩めてやったのに気がついていないのかい?」
「何言ってやがる!」
「なんだか偉そうに言っちゃいるが、お前はこんな婆あに情けをかけられたのさ。惨めだねえ…… 惨めな惨めな楓姐さん!」
富は言うと爆笑した。
「覚えてやがれ!」
「何とかの一つ覚えかい?」富はさらに笑う。それから急に真顔になった。「……いいかい、今度さとちゃんの前に現われたら、その時がお前の最期だからね…… 惨めな惨めな楓姐さん」
「……」
全身で悔しさと屈辱とを表わしながら、楓は消えた。
つづく
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