「さあ、覚悟しな!」
楓はさらに腰を落とし、全身に殺気を漲らせる。目を細め、さとみへ襲い掛かるタイミングを見計らっている。
豆蔵は目を閉じ両手を摺合せ「南無権現大納言観音様!」と、お題目を繰り返し唱えている。
みつはやけになったように刀を振り回し、おのれの非力さに悔し涙を流している。
楓はそんな様子を見て鼻で笑う。
「お嬢ちゃん、わたしのありったけの怒りを受け取るんだね!」
さとみは目を閉じ覚悟を決めた。なぜか百合絵に抱きしめられた感触を思い浮かべていた。
不意に、閉じたまぶたでも分かるくらいに目の前が明るくなった。
「うわっ! な、何なんだい!」
楓の苦しそうな、戸惑うような声がした。
さとみは目を開ける。
ポシェットに縫い付けられたイチゴのアップリケが、室内の照明以上に明るく輝いている。それも、まぶしいのではなく、温かいオレンジ色で、ほっとするような輝きだ。そして、オレンジ色の輝きは真っ直ぐ楓に向かっている。さとみは強くポシェット抱きしめ直した。
「おばあちゃん……」さとみはつぶやいた。「おばあちゃんが守ってくれている……」
「くっ! 小癪なあ!」
楓は叫ぶと、さとみに飛びかかろうと床を蹴った。しかし、蹴った脚の膝ががくんと曲がり、座り込んでしまった。それでも這うようにさとみに近づく。だが、あと少しの所でさとみに届かない。結界が張られているようだった。楓はまさに鬼の形相で獣のような叫びをあげ、結界を破ろうとでもしているのか、両手を振り回している。
さとみは床で暴れもがく楓の様子をじっと見ている。
「……さとちゃん……」
聞き覚えのある声と言い回しに、さとみは顔を上げた。
ソファの横に人が立っている。着物を着てにこにこ笑っている小柄な年配の女性だ。全体がうっすら白く光っている。
「富おばあちゃん!」
さとみの幼い時分、霊力の使い方を教えてくれ、それ以外でもいつも味方になってくれた祖母の富だった。イチゴのアップリケは富がポシェットに縫い付けたものだった。「これで、さとちゃんといつも一緒だよ」と言って頭を撫でてくれたのを、さとみは思い出していた。
さとみは唇をぎゅっと噛んだ。両頬を涙が伝う。
楓はその様子に気づき、振り返る。
「何だ、この婆あ!」楓は怒鳴る。「お前か! お前が邪魔をしてんだな!」
楓は立ち上り、富に向かって歩き出す。
「婆あだって?」富が笑う。楓と対照的に落ち着いた声だ。「見た目はどうか知らないけど、お前さんの方がはるかに年寄りじゃないか」
「なんだとおぉぉ!」
飛びかかろうとする楓に向かい、富がすっと手の平を向ける。楓の動きが止まった。
「おい、婆あ! 何しやがった!」
「うるさいねえ。大事な孫に悪さしようなんて輩には、お仕置きが必要だあね」富はさとみに顔を向ける。そして優しく微笑む。「さとちゃん、よく頑張ったね。もうひと押しだよ。この悪者を追い出しておやり」
さとみは大きくうなずいた。そして数回深呼吸を繰り返し、精神を統一する。
「え~い!」
さとみは掛け声とともに霊体を楓に向かって体当たりするかのように飛び出させた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
さとみと楓は悲鳴を上げながら床に転がった。
さとみの体当たりでアイから楓の霊体が吹き飛び、二人してもつれ合ったまま床に転がったのだ。アイはそのまま突っ立ている。
「おい、離せ! 離しやがれ!」
富のせいなのだろう、普段の力が出せない楓は、下からがっちりとしがみついているさとみの頭を乱暴に叩く。
「いや! 絶対離さない!」
叩かれながらもさとみが叫ぶ。
「天誅!」
裂ぱくの気合いと共に豪胆な声がさく裂した。みつが刀を大上段に振り上げ、押さえつけられている楓に斬りかかって来た。
「ちっ!」
楓は舌打ちをし、全力を出して体を入れ替えた。さとみが背中を向ける体制となった。みつの刀が止まる。
「どうだい! 斬ってごらんよ!」さとみの身体の下から楓が笑う。「わたしも消えるけど、このお嬢ちゃんも消えて無くなっちゃうよ!」
「みつさん、気にしないで!」さとみが叫ぶ。「この悪者を倒して!」
「そうは行きません!」みつが悔しそうに言う。「どうやってもさとみ殿に当たってしまう……」
豆蔵も石つぶての狙いが決められずにいる。
「うるさい女だねえ……」
富がゆっくりと動き出した。
つづく
楓はさらに腰を落とし、全身に殺気を漲らせる。目を細め、さとみへ襲い掛かるタイミングを見計らっている。
豆蔵は目を閉じ両手を摺合せ「南無権現大納言観音様!」と、お題目を繰り返し唱えている。
みつはやけになったように刀を振り回し、おのれの非力さに悔し涙を流している。
楓はそんな様子を見て鼻で笑う。
「お嬢ちゃん、わたしのありったけの怒りを受け取るんだね!」
さとみは目を閉じ覚悟を決めた。なぜか百合絵に抱きしめられた感触を思い浮かべていた。
不意に、閉じたまぶたでも分かるくらいに目の前が明るくなった。
「うわっ! な、何なんだい!」
楓の苦しそうな、戸惑うような声がした。
さとみは目を開ける。
ポシェットに縫い付けられたイチゴのアップリケが、室内の照明以上に明るく輝いている。それも、まぶしいのではなく、温かいオレンジ色で、ほっとするような輝きだ。そして、オレンジ色の輝きは真っ直ぐ楓に向かっている。さとみは強くポシェット抱きしめ直した。
「おばあちゃん……」さとみはつぶやいた。「おばあちゃんが守ってくれている……」
「くっ! 小癪なあ!」
楓は叫ぶと、さとみに飛びかかろうと床を蹴った。しかし、蹴った脚の膝ががくんと曲がり、座り込んでしまった。それでも這うようにさとみに近づく。だが、あと少しの所でさとみに届かない。結界が張られているようだった。楓はまさに鬼の形相で獣のような叫びをあげ、結界を破ろうとでもしているのか、両手を振り回している。
さとみは床で暴れもがく楓の様子をじっと見ている。
「……さとちゃん……」
聞き覚えのある声と言い回しに、さとみは顔を上げた。
ソファの横に人が立っている。着物を着てにこにこ笑っている小柄な年配の女性だ。全体がうっすら白く光っている。
「富おばあちゃん!」
さとみの幼い時分、霊力の使い方を教えてくれ、それ以外でもいつも味方になってくれた祖母の富だった。イチゴのアップリケは富がポシェットに縫い付けたものだった。「これで、さとちゃんといつも一緒だよ」と言って頭を撫でてくれたのを、さとみは思い出していた。
さとみは唇をぎゅっと噛んだ。両頬を涙が伝う。
楓はその様子に気づき、振り返る。
「何だ、この婆あ!」楓は怒鳴る。「お前か! お前が邪魔をしてんだな!」
楓は立ち上り、富に向かって歩き出す。
「婆あだって?」富が笑う。楓と対照的に落ち着いた声だ。「見た目はどうか知らないけど、お前さんの方がはるかに年寄りじゃないか」
「なんだとおぉぉ!」
飛びかかろうとする楓に向かい、富がすっと手の平を向ける。楓の動きが止まった。
「おい、婆あ! 何しやがった!」
「うるさいねえ。大事な孫に悪さしようなんて輩には、お仕置きが必要だあね」富はさとみに顔を向ける。そして優しく微笑む。「さとちゃん、よく頑張ったね。もうひと押しだよ。この悪者を追い出しておやり」
さとみは大きくうなずいた。そして数回深呼吸を繰り返し、精神を統一する。
「え~い!」
さとみは掛け声とともに霊体を楓に向かって体当たりするかのように飛び出させた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
さとみと楓は悲鳴を上げながら床に転がった。
さとみの体当たりでアイから楓の霊体が吹き飛び、二人してもつれ合ったまま床に転がったのだ。アイはそのまま突っ立ている。
「おい、離せ! 離しやがれ!」
富のせいなのだろう、普段の力が出せない楓は、下からがっちりとしがみついているさとみの頭を乱暴に叩く。
「いや! 絶対離さない!」
叩かれながらもさとみが叫ぶ。
「天誅!」
裂ぱくの気合いと共に豪胆な声がさく裂した。みつが刀を大上段に振り上げ、押さえつけられている楓に斬りかかって来た。
「ちっ!」
楓は舌打ちをし、全力を出して体を入れ替えた。さとみが背中を向ける体制となった。みつの刀が止まる。
「どうだい! 斬ってごらんよ!」さとみの身体の下から楓が笑う。「わたしも消えるけど、このお嬢ちゃんも消えて無くなっちゃうよ!」
「みつさん、気にしないで!」さとみが叫ぶ。「この悪者を倒して!」
「そうは行きません!」みつが悔しそうに言う。「どうやってもさとみ殿に当たってしまう……」
豆蔵も石つぶての狙いが決められずにいる。
「うるさい女だねえ……」
富がゆっくりと動き出した。
つづく
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