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お話

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怪談 青井の井戸 4

2021年09月11日 | 怪談 青井の井戸(全41話完結)
 その井戸と申しますのは、庭の隅、ちょうど北の端にある井戸の事でございます。この井戸は、わたくしが産まれるより以前から使われてはいないと聞き及んでおります。幼少の頃、わたくしも気になった事がございまして、ばあやに問うたのでございます。ばあやは父が若い頃からこの屋敷に仕えておりましたが、その頃からすでに使われなくなっていたと申しておりました。何でも数代前に地震があり、そのせいで井戸は涸れてしまったのだとか。
 四方の木組みにはびっしりと苔が生えて、木組み自体の色も深緑の色に変わっております。使われなくなったせいもあって釣瓶を通す屋根組みもございません。誤って落ちぬようにと、口に厚手の板が差し渡され、その上に大人一人では動かせぬ程の大石が乗っておりました。
 経緯を知るわたくしには、別段、見慣れた光景ではございましたが、お坊様のご指摘を受けて改めて見返しますと、今更ながらに不思議な気が致しました。
「……あの井戸は、わたくしが産まれるより前から、あのようになっているとの事でございます」
 わたくしは正直に申し上げました。お坊様はうんうんと頷かれました。それから井戸の方へと歩み寄られ、短く何かをおっしゃっていらっしゃいました。わたくしの聞き間違いでなければ、お念仏の一節のようでございました。それが済みますと、わたくしの傍へといらっしゃいます。そして、袂から四つに折りたたんだ半紙を取り出しました。それをわたくしに差し出されます。
「お嬢さん、これを持っていなさい」
 お坊様はそうおっしゃられました。ですが、わたくしは手を伸ばしませんでした。
「……お坊様とおっしゃられても見ず知らずのお方。そのような方から何かを頂くは如何にと存じます……」
 わたくしは躊躇いがちにそう申し上げました。
「ははは、躾の行き届いたお嬢さんですな」
 お坊様は豪快にお笑いになりました。わたくしは、また父がやっては来ぬかとはらはら致しました。ですが、お坊様はそんなわたくしの様子を気になさらず、手にした半紙を更にわたくしに勧めたのでございます。お顔から笑みが消えて、厳しいものになっておいででした。
「これは護符です。朽ちても構わぬから、肌身離さず持っている事です。いずれは役に立つでしょう」
 お坊様そうおっしゃると、四つ折りの半紙をわたくしの手に強引に手渡されました。
「良いですかな。必ず身に着けておくのですぞ。それと、この事はどなたにも話してはいけない。話せば護符がただの紙切れと成ってしまうでな」
 お坊様は念を押すようにおっしゃると、裏木戸から出て行ってしまわれました。


つづく


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