昼休み、明はクラスの男子からにらまれた。さらに、廊下を歩いていると、明に対するひろみ先生の様子が広まっていたのだろう、他のクラスの男子からもにらまれた。教室に居たらにらまれ、廊下に居たらにらまれる。たまらずにくるみを探すが、どこにも見当たらない。敵だらけの中で、たった一人になってしまったような不安感に押し潰されそうな明だった。身動きが取れなくなり、自分の席でぼうっとしていた。
「おい、へっぽこ!」
聞き覚えのある声とフレーズに、明は顔を向けた。教室のドアの所に文枝と桂子が立っていた。他の生徒たちはこの二人が札付きの不良娘たちの一味だと知っているので、遠巻きにして息を潜めている。明は、ぶすっとした顔で立ち上がり、二人の所まで行く。
「何ですか?」明は無愛想に言う。「また、何か荷物でも持つんですか?」
「はっはっは!」文枝は豪快に笑い、明の肩に腕を回し、ぐっと抱き締めた。「まだ根に持ってんの? ゴリゴリ君のアイスキャンデー買ってやったじゃないか!」
「へっぽこ」桂子は赤い髪を掻きあげた。「顔貸しな。……保健室までな」
明は文枝に引きずられるようにして教室を出た。
「おう、邪魔だ! どけっ!」
文枝が怒鳴る。桂子が無言でじろりとにらみ付ける。それらの迫力に、廊下にいた生徒たちは左右に別れ、通り道を作った。
明と二人の不良娘がいなくなと、皆ほうっと安堵のため息をついた。
「……早田、どうなってんだ?」
「ありゃあ、脅されてるって言うよりも、仲間みたいだったぞ」
「じゃあ、あの不良たちが卒業したら、早田が番長か?」
「あいつにそんな事は出来ないぜ!」
「へっぽこって呼ばれてたよな。ひろみ先生もそう呼んでたぞ」
「すると、ひろみ先生と不良たちと繋がりがあるってのかよう! ふざけんじゃねえよう!」
「そうだ! こいつ殴ってやれ!」
ケンカが始まった。いつも止めに入る女子たちも、ひろみ先生が絡んでいるからなのか、知らん顔をしている。
そんな事が起こっているなどと露知らず、明は文枝と桂子に連れられて保健室へ入った。
保健室には、白木先生、はるみと千草、それにくるみもいた。
「へっぽこ!」はるみが明に向かって言う。「今夜作戦決行なんだから、昼休みに最終確認ってのが相場だろう?」
「呼びに行ったらさ、ぼ~っとして座ってやがるんだよ。さすが、へっぽこだよ!」
桂子は言うと笑った。文枝もうなずきながら笑う。くるみもくすくす笑っている。
「くるみ! ここに来るんなら誘ってくれても良かったじゃないか!」周囲の笑い声を無視して明は文句を言った。「本当に、にっちもさっちも行かなかったんだぞ!」
「あの殺伐とした雰囲気の中、わたしが連れ出すのは難しかったわ」くるみは平然とした顔で答える。「それに、川村先生ばかりか、わたしまで関わったら、あなた、何されたかわかんないわよ」
「そうだな。くるみは三年男子にも大人気なんだ」はるみも大きくうなずいて言う。「もちろん、ひろみ先生も、だ。その両方に絡んでいるとなると、へっぽこは命が幾つあっても足りないぞ」
明は蒼い顔になる。二年と三年の男子たちから命を狙われているという恐怖にすくんでしまっていた。
「あ、一年もこの事実を知ったら大変だろうなあ」千草がわざとらしい声で言う。「ひろみ先生とくるみを独り占めなんて、これじゃあ、全学年を敵に回したって感じだなあ」
「ひろみ先生とくるみだけじゃないよ!」文枝が言うと、明の肩に回していた腕にぐっと力を込めた。「あたしもいるじゃないか。積極性じゃ、あたしが一番だよな」
皆が笑う。明は笑えない。ああ、オレに味方は一人もいないのか! どうしてこんな事になったんだ? そうだ、あの吸血鬼騒ぎがいけないのだ! 改めて明は犯人を憎んだ。
「……じゃあ、さっき話したように」白木先生が明の不安を全く気に掛けずに言う。「夜八時に校門前に集合して、三時間くらい巡回して、その後は私の家で反省会ね」
「……あ、オレは巡回が終わったら帰ります……」明はぼそっと言った。「……親が許可してくれなかったもんで……」
それに、遣いっ走りやわけ分かんない事されたりするのも嫌だし…… と言い足そうとしたが、その前に白木先生が立ち上り、明の前に立った。微笑んではいるが目は笑っていない。明の肩を抱いていた文枝が、思わずその腕を離して、少し後ろへ下がった。
「てめえ、親が怖いってのか? あ?」白木先生は低い声で明を見つめたまま話し始めた。明は目が逸らせない。「何も悪い事をしようってんじゃねえんだぜ。そんな分からず屋な親なんか、こっちから切っちまいな! どうせ、世間体しか考えない小心な親なんだろう? 子供の事なんかよりも自分の事しか考えてねえ、どうしようもねえヤツなんだよ! それにな、遅かれ早かれ、子供は親から離れるもんなんだ。……それとも、おめえは、一生親と居るつもりなのか? あ? 分かったら、今日は帰らねえで付き合うんだ」
あまりの迫力に、明は言い足すこともできずに、こくこくと何度もうなずいていた。
「そうよ。それで叱られたら、家へ来ると良いわ」くるみが楽しそうに言う。「家から学校に通うと良いのよ。うちの親、その辺は寛容だから平気よ。もちろん、部屋は別々だからね。……それに、明のおじさんって、なんだかいっつも怒っているみたいで、わたし好きじゃないわ」
「じゃあ、決まりだな」はるみがにやりと笑う。「へっぽこ、良かったな。これでみんな仲間だぜ」
……ああ、堕ちて行く…… 明は大きなため息をついた。
つづく
「おい、へっぽこ!」
聞き覚えのある声とフレーズに、明は顔を向けた。教室のドアの所に文枝と桂子が立っていた。他の生徒たちはこの二人が札付きの不良娘たちの一味だと知っているので、遠巻きにして息を潜めている。明は、ぶすっとした顔で立ち上がり、二人の所まで行く。
「何ですか?」明は無愛想に言う。「また、何か荷物でも持つんですか?」
「はっはっは!」文枝は豪快に笑い、明の肩に腕を回し、ぐっと抱き締めた。「まだ根に持ってんの? ゴリゴリ君のアイスキャンデー買ってやったじゃないか!」
「へっぽこ」桂子は赤い髪を掻きあげた。「顔貸しな。……保健室までな」
明は文枝に引きずられるようにして教室を出た。
「おう、邪魔だ! どけっ!」
文枝が怒鳴る。桂子が無言でじろりとにらみ付ける。それらの迫力に、廊下にいた生徒たちは左右に別れ、通り道を作った。
明と二人の不良娘がいなくなと、皆ほうっと安堵のため息をついた。
「……早田、どうなってんだ?」
「ありゃあ、脅されてるって言うよりも、仲間みたいだったぞ」
「じゃあ、あの不良たちが卒業したら、早田が番長か?」
「あいつにそんな事は出来ないぜ!」
「へっぽこって呼ばれてたよな。ひろみ先生もそう呼んでたぞ」
「すると、ひろみ先生と不良たちと繋がりがあるってのかよう! ふざけんじゃねえよう!」
「そうだ! こいつ殴ってやれ!」
ケンカが始まった。いつも止めに入る女子たちも、ひろみ先生が絡んでいるからなのか、知らん顔をしている。
そんな事が起こっているなどと露知らず、明は文枝と桂子に連れられて保健室へ入った。
保健室には、白木先生、はるみと千草、それにくるみもいた。
「へっぽこ!」はるみが明に向かって言う。「今夜作戦決行なんだから、昼休みに最終確認ってのが相場だろう?」
「呼びに行ったらさ、ぼ~っとして座ってやがるんだよ。さすが、へっぽこだよ!」
桂子は言うと笑った。文枝もうなずきながら笑う。くるみもくすくす笑っている。
「くるみ! ここに来るんなら誘ってくれても良かったじゃないか!」周囲の笑い声を無視して明は文句を言った。「本当に、にっちもさっちも行かなかったんだぞ!」
「あの殺伐とした雰囲気の中、わたしが連れ出すのは難しかったわ」くるみは平然とした顔で答える。「それに、川村先生ばかりか、わたしまで関わったら、あなた、何されたかわかんないわよ」
「そうだな。くるみは三年男子にも大人気なんだ」はるみも大きくうなずいて言う。「もちろん、ひろみ先生も、だ。その両方に絡んでいるとなると、へっぽこは命が幾つあっても足りないぞ」
明は蒼い顔になる。二年と三年の男子たちから命を狙われているという恐怖にすくんでしまっていた。
「あ、一年もこの事実を知ったら大変だろうなあ」千草がわざとらしい声で言う。「ひろみ先生とくるみを独り占めなんて、これじゃあ、全学年を敵に回したって感じだなあ」
「ひろみ先生とくるみだけじゃないよ!」文枝が言うと、明の肩に回していた腕にぐっと力を込めた。「あたしもいるじゃないか。積極性じゃ、あたしが一番だよな」
皆が笑う。明は笑えない。ああ、オレに味方は一人もいないのか! どうしてこんな事になったんだ? そうだ、あの吸血鬼騒ぎがいけないのだ! 改めて明は犯人を憎んだ。
「……じゃあ、さっき話したように」白木先生が明の不安を全く気に掛けずに言う。「夜八時に校門前に集合して、三時間くらい巡回して、その後は私の家で反省会ね」
「……あ、オレは巡回が終わったら帰ります……」明はぼそっと言った。「……親が許可してくれなかったもんで……」
それに、遣いっ走りやわけ分かんない事されたりするのも嫌だし…… と言い足そうとしたが、その前に白木先生が立ち上り、明の前に立った。微笑んではいるが目は笑っていない。明の肩を抱いていた文枝が、思わずその腕を離して、少し後ろへ下がった。
「てめえ、親が怖いってのか? あ?」白木先生は低い声で明を見つめたまま話し始めた。明は目が逸らせない。「何も悪い事をしようってんじゃねえんだぜ。そんな分からず屋な親なんか、こっちから切っちまいな! どうせ、世間体しか考えない小心な親なんだろう? 子供の事なんかよりも自分の事しか考えてねえ、どうしようもねえヤツなんだよ! それにな、遅かれ早かれ、子供は親から離れるもんなんだ。……それとも、おめえは、一生親と居るつもりなのか? あ? 分かったら、今日は帰らねえで付き合うんだ」
あまりの迫力に、明は言い足すこともできずに、こくこくと何度もうなずいていた。
「そうよ。それで叱られたら、家へ来ると良いわ」くるみが楽しそうに言う。「家から学校に通うと良いのよ。うちの親、その辺は寛容だから平気よ。もちろん、部屋は別々だからね。……それに、明のおじさんって、なんだかいっつも怒っているみたいで、わたし好きじゃないわ」
「じゃあ、決まりだな」はるみがにやりと笑う。「へっぽこ、良かったな。これでみんな仲間だぜ」
……ああ、堕ちて行く…… 明は大きなため息をついた。
つづく
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