まあ、世の中には、自分のうんちくを他人様に語って優位に立とうって輩がいるようで。
「お前、五月雨って知ってるか?」
「五月に降る雨の事だろう?」
「教養のねえ野郎だねぇ、五月雨もしらねぇのかよ」
「じゃあ、お前は知ってんのかよ?」
「五月雨ってのはな、陰暦五月頃、つまりは今の六月に降り続く雨、梅雨のことでな、断続的にいつまでもだらだらと続くことのたとえにも使われるんだ」
「じじぃの小便だな」
「なに下品なことぬかしてやがんでぇ。じゃあよ、五月病ってのはどうだ?」
「あれだろ? 新人の怠け病だろう?」
「お前、そんな事言ってると社会的に抹殺されるぞ!」
「だって、オレの若い頃にはそんなの無かったぜ」
「お前の若い頃なんてどうでも良いんだよ。今の若者はな、繊細なんだ。『新人社員や大学の新入生や社会人などに見られる、新しい環境に適応できないことに起因する精神的な症状の総称』って定義がなされてる」
「なんだか、面倒臭いな」
「それじゃあよ、五月人形は分かるよな?」
「当り前だぜ。勇ましい兜やら鎧やらを飾って、男の子の成長を願うってんだろう?」
「お前の知識は、お前のその面と同じで中途半端だな」
「人の顔を中途半端って言い草があるかよ」
「人形を飾るようになったのは、武家中心の鎌倉時代からなんだよ。もともとは一年間に五つある節句、五節句のうちの一つで、五月最初の午(うま)の日のことを指したのさ。午(うま)は午(ご)とも読むだろ? それでな、五に通じることから五月五日が端午の節句として定着したってわけさ。これは古く奈良時代のことだそうだぜ。平安時代の頃まで端午の節句には、薬草である菖蒲やヨモギの葉を軒先につるしたり、薬湯として菖蒲湯に入ったりするなどして厄除けをしていたんだぜ。知らなかったろう?」
「知らなかったよ!」
「逆ギレすんじゃねぇよ。それでな、貴族は徐々に衰退し、武家中心の鎌倉時代になると端午の節句に欠かせない『菖蒲』に『尚武』って字を当てた。読みは同じだが、意味は武道や武勇を重んじるって事だ。さらには『勝負』とも通じることから『端午の節句』が武家の間で特に重んじられるようになった。江戸時代に入ると五月五日は幕府でも重要な式典が行われる日になり、大名や旗本が武将姿で江戸城に参内するようになった。また、将軍家に男の子が誕生すると城内に兜などが盛大に飾られた。それを真似てな、庶民も家の外に紙で作った大きな兜や鎧などを飾るようになった。それが徐々に小さく人形型になっていき、今日のような五月人形や兜になったといわれてんだ。どうだ、参ったか」
「参ったかたぁ、大きなお世話だな。でもよ、五月って付くものには、色々とあるんだな。勉強になったぜ」
「まあ、お前の頭じゃ、明日にはすっかり抜けちまうだろうがな」
「そうだ、オレも五月が付くものを一つ知ってるぜ」
「お前がか? 本当か?」
「ああ、お前にピッタリなやつがな」
「ほう、言ってみろよ」
「五月蠅いだよ!」
お後が宜しいようで。
「お前、五月雨って知ってるか?」
「五月に降る雨の事だろう?」
「教養のねえ野郎だねぇ、五月雨もしらねぇのかよ」
「じゃあ、お前は知ってんのかよ?」
「五月雨ってのはな、陰暦五月頃、つまりは今の六月に降り続く雨、梅雨のことでな、断続的にいつまでもだらだらと続くことのたとえにも使われるんだ」
「じじぃの小便だな」
「なに下品なことぬかしてやがんでぇ。じゃあよ、五月病ってのはどうだ?」
「あれだろ? 新人の怠け病だろう?」
「お前、そんな事言ってると社会的に抹殺されるぞ!」
「だって、オレの若い頃にはそんなの無かったぜ」
「お前の若い頃なんてどうでも良いんだよ。今の若者はな、繊細なんだ。『新人社員や大学の新入生や社会人などに見られる、新しい環境に適応できないことに起因する精神的な症状の総称』って定義がなされてる」
「なんだか、面倒臭いな」
「それじゃあよ、五月人形は分かるよな?」
「当り前だぜ。勇ましい兜やら鎧やらを飾って、男の子の成長を願うってんだろう?」
「お前の知識は、お前のその面と同じで中途半端だな」
「人の顔を中途半端って言い草があるかよ」
「人形を飾るようになったのは、武家中心の鎌倉時代からなんだよ。もともとは一年間に五つある節句、五節句のうちの一つで、五月最初の午(うま)の日のことを指したのさ。午(うま)は午(ご)とも読むだろ? それでな、五に通じることから五月五日が端午の節句として定着したってわけさ。これは古く奈良時代のことだそうだぜ。平安時代の頃まで端午の節句には、薬草である菖蒲やヨモギの葉を軒先につるしたり、薬湯として菖蒲湯に入ったりするなどして厄除けをしていたんだぜ。知らなかったろう?」
「知らなかったよ!」
「逆ギレすんじゃねぇよ。それでな、貴族は徐々に衰退し、武家中心の鎌倉時代になると端午の節句に欠かせない『菖蒲』に『尚武』って字を当てた。読みは同じだが、意味は武道や武勇を重んじるって事だ。さらには『勝負』とも通じることから『端午の節句』が武家の間で特に重んじられるようになった。江戸時代に入ると五月五日は幕府でも重要な式典が行われる日になり、大名や旗本が武将姿で江戸城に参内するようになった。また、将軍家に男の子が誕生すると城内に兜などが盛大に飾られた。それを真似てな、庶民も家の外に紙で作った大きな兜や鎧などを飾るようになった。それが徐々に小さく人形型になっていき、今日のような五月人形や兜になったといわれてんだ。どうだ、参ったか」
「参ったかたぁ、大きなお世話だな。でもよ、五月って付くものには、色々とあるんだな。勉強になったぜ」
「まあ、お前の頭じゃ、明日にはすっかり抜けちまうだろうがな」
「そうだ、オレも五月が付くものを一つ知ってるぜ」
「お前がか? 本当か?」
「ああ、お前にピッタリなやつがな」
「ほう、言ってみろよ」
「五月蠅いだよ!」
お後が宜しいようで。
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