「麗子。悪いな、付き合わせちゃって」
「いいのよ、気にしないで、アイ。……それに、学校を抜け出すなんて、なんかワクワクしちゃう!」
百合江からの電話のあった翌日、アイと麗子は制服のままで繁華街の方へ歩いていた。
「百合江姐さんには、お前が繁華街が好きじゃないって伝えたから、途中で待ってくれているはずさ」
「ありがとう。アイって、いつも気が利くし、優しいわね」
「相手に依るよ」
「嬉しいことを言ってくれるわ」麗子は照れくさそうに笑う。「それにしても、アイは姐さんが多くって大変ね」
「そんなこと無いよ」アイが真面目な顔で言う。「それだけ尊敬できる人が多いってことだから、むしろ感謝だよ」
「でも、さとみはどうかなぁ……」
「さとみ姐さんは本物だよ。麗子が気づいていないだけさ。あれだけ、あちこちから慕われているお方は、そういないよ」
「あちこちねぇ……」麗子はため息をつく。不意に、さとみが「弱虫麗子」と馬鹿にする姿が浮かんだ。「わたしはさとみと小さい時からずっといっしょだけど、そう感じたことはないわ」
「まあ、いいさ。……それよりも百合江姐さんだよ」
「わたし、会ったと思うけど、あまり良く覚えていないわ」
「あんなに女性らしくて、しかも強くて優しくて、多くの人に慕われて、畏れられて…… わたしの理想だね」
「でも、年上のおばさんでしょ?」
「しっ!」
アイは立ち止まり、唇の前に右の人差し指を立て、周囲をきょろきょろ見回す。誰もいないのを確認すると、ほっと息をついた。
「そんな言い方をしちゃダメだ。でも、実際に会えば、そんなこと思った自分が恥かしくなるよ」アイは歩き出した。「とにかく、すごい姐さんなんだ」
「でもさ……」麗子はアイの前に回り込む。二人の歩みがまた止まる。「アイにそこまで言わせるなんて、妬けちゃうな」
「馬鹿なこと言うなよ」アイが麗子の鼻先に指先を押し当てる。「それとこれとは別だよ……」
「ふふふ……」麗子が熱い視線でアイを見つめる。「日曜日、楽しみね……」
「あらあら、仲良し二人娘!」いつの間にか百合江がそばに立っていた。「仲良しは、二人きりの時になさいな」
アイと麗子は真っ赤になって、あわてて離れた。その様子を百合江は楽しそうに眺めている。
「百合江姐さん! どうも……」アイがガチガチになっている。「言われた通り、麗子もいっしょです!」
「こ、こんにちわ!」アイの緊張が麗子にも伝わったようだ。「高瀬川麗子ですう!」
「まあまあ、二人とも、そんなに固くならないで」
百合江は微笑む。
今日の百合江は紺色の着物に赤い帯を締めている。髪もそれに合うように結っていた。凛とした美しさと大人の色香が漂う。
「……それにしても姐さん、今日はまた……」アイがしげしげと百合江の姿に見入る。「まるで女博徒じゃないですか」
「あら、そんな言葉、知っているんだ」百合江がくすくす笑う。品の良い艶っぽさが溢れていた。「……でもまあ、ちょっとした勝負ではあるわね」
「勝負……ですか?」
「いいの、アイちゃんは気にしないの」百合江は言うと、麗子に笑顔を向ける。「麗子ちゃん、ほぼ初めましてよね?」
「……はい……」麗子は、色々な意味で百合江に圧倒されている。……たしかに、年上のおばさんなんて言ったことが恥かしい……「ほぼ、初めまして……」
「ふふ……」百合江は麗子にウインクしてみせた。「……ま、アイちゃんからの話だけだと、年上のおばさんよね。でもね、人生の先輩だと言うことは覚えておいてね」
「は、はい! ごめんなさい!」
心を見透かされた麗子は、驚きよりも恥しさが増して、真っ赤になって下を向いてしまった。
「さて……っと」百合江は周りを見回した。「ここじゃ何だから、あそこの公園に行って話をしましょうか」
百合江は指差した公園に先に向かった。アイと麗子が少し離れて後に続く。
「……ねぇ、アイ。百合江さんって、いつもあんな女親分みたいな格好しているの? まさに姐さんって感じだけど」
「いや、わたしも着物姿は初めてだよ。今日は勝負とか言っていたからじゃないかな? でも、姐さんは何を着ても似合うよ……」
「でさ、さっき心の中を見通されたみたいで恥ずかしかったわ……」
「そうだろう? 姐さんって何故か心の中がわかるんだ。隠し事はできないよ」
「……それにしても、きれいな人よねぇ。ついふらふらってなっちゃうわぁ……」
「おいおい、今度はわたしにヤキモチ焼かせる気?」
「あっ、わかっちゃった?」
二人はくすくす笑いながら、公園に入って行った。
つづく
「いいのよ、気にしないで、アイ。……それに、学校を抜け出すなんて、なんかワクワクしちゃう!」
百合江からの電話のあった翌日、アイと麗子は制服のままで繁華街の方へ歩いていた。
「百合江姐さんには、お前が繁華街が好きじゃないって伝えたから、途中で待ってくれているはずさ」
「ありがとう。アイって、いつも気が利くし、優しいわね」
「相手に依るよ」
「嬉しいことを言ってくれるわ」麗子は照れくさそうに笑う。「それにしても、アイは姐さんが多くって大変ね」
「そんなこと無いよ」アイが真面目な顔で言う。「それだけ尊敬できる人が多いってことだから、むしろ感謝だよ」
「でも、さとみはどうかなぁ……」
「さとみ姐さんは本物だよ。麗子が気づいていないだけさ。あれだけ、あちこちから慕われているお方は、そういないよ」
「あちこちねぇ……」麗子はため息をつく。不意に、さとみが「弱虫麗子」と馬鹿にする姿が浮かんだ。「わたしはさとみと小さい時からずっといっしょだけど、そう感じたことはないわ」
「まあ、いいさ。……それよりも百合江姐さんだよ」
「わたし、会ったと思うけど、あまり良く覚えていないわ」
「あんなに女性らしくて、しかも強くて優しくて、多くの人に慕われて、畏れられて…… わたしの理想だね」
「でも、年上のおばさんでしょ?」
「しっ!」
アイは立ち止まり、唇の前に右の人差し指を立て、周囲をきょろきょろ見回す。誰もいないのを確認すると、ほっと息をついた。
「そんな言い方をしちゃダメだ。でも、実際に会えば、そんなこと思った自分が恥かしくなるよ」アイは歩き出した。「とにかく、すごい姐さんなんだ」
「でもさ……」麗子はアイの前に回り込む。二人の歩みがまた止まる。「アイにそこまで言わせるなんて、妬けちゃうな」
「馬鹿なこと言うなよ」アイが麗子の鼻先に指先を押し当てる。「それとこれとは別だよ……」
「ふふふ……」麗子が熱い視線でアイを見つめる。「日曜日、楽しみね……」
「あらあら、仲良し二人娘!」いつの間にか百合江がそばに立っていた。「仲良しは、二人きりの時になさいな」
アイと麗子は真っ赤になって、あわてて離れた。その様子を百合江は楽しそうに眺めている。
「百合江姐さん! どうも……」アイがガチガチになっている。「言われた通り、麗子もいっしょです!」
「こ、こんにちわ!」アイの緊張が麗子にも伝わったようだ。「高瀬川麗子ですう!」
「まあまあ、二人とも、そんなに固くならないで」
百合江は微笑む。
今日の百合江は紺色の着物に赤い帯を締めている。髪もそれに合うように結っていた。凛とした美しさと大人の色香が漂う。
「……それにしても姐さん、今日はまた……」アイがしげしげと百合江の姿に見入る。「まるで女博徒じゃないですか」
「あら、そんな言葉、知っているんだ」百合江がくすくす笑う。品の良い艶っぽさが溢れていた。「……でもまあ、ちょっとした勝負ではあるわね」
「勝負……ですか?」
「いいの、アイちゃんは気にしないの」百合江は言うと、麗子に笑顔を向ける。「麗子ちゃん、ほぼ初めましてよね?」
「……はい……」麗子は、色々な意味で百合江に圧倒されている。……たしかに、年上のおばさんなんて言ったことが恥かしい……「ほぼ、初めまして……」
「ふふ……」百合江は麗子にウインクしてみせた。「……ま、アイちゃんからの話だけだと、年上のおばさんよね。でもね、人生の先輩だと言うことは覚えておいてね」
「は、はい! ごめんなさい!」
心を見透かされた麗子は、驚きよりも恥しさが増して、真っ赤になって下を向いてしまった。
「さて……っと」百合江は周りを見回した。「ここじゃ何だから、あそこの公園に行って話をしましょうか」
百合江は指差した公園に先に向かった。アイと麗子が少し離れて後に続く。
「……ねぇ、アイ。百合江さんって、いつもあんな女親分みたいな格好しているの? まさに姐さんって感じだけど」
「いや、わたしも着物姿は初めてだよ。今日は勝負とか言っていたからじゃないかな? でも、姐さんは何を着ても似合うよ……」
「でさ、さっき心の中を見通されたみたいで恥ずかしかったわ……」
「そうだろう? 姐さんって何故か心の中がわかるんだ。隠し事はできないよ」
「……それにしても、きれいな人よねぇ。ついふらふらってなっちゃうわぁ……」
「おいおい、今度はわたしにヤキモチ焼かせる気?」
「あっ、わかっちゃった?」
二人はくすくす笑いながら、公園に入って行った。
つづく
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