関わりを強引に結び付けます。
高級旗本の出身である小栗は、駿河台の屋敷で生まれ、秀才として頭角を現し、退潮が続く幕府を支え、大きな功績を
あげたものの不幸な形で人生を終えました。もし、もし明治政府の近代化推進役として迎えられていれば、どれほどの
活躍をみせたことでしょう・・・。
大久保利通らが主導した近代化路線の典型が、明治初年い実施された岩倉使節団の派遣、そして、夏目漱石なども含む
秀才たちを大量に欧米への留学や視察に派遣した方策は大きな成功を収めました。また、七十数年後に(スケールは
小さくなりましたが)アメリカの産業界の視察を行ったことも、後の経済発展の礎となりました。
30年にわたる冬眠と呼ばれる永い低迷を脱するために、思い切った手を打つ必要があると考えておりますが、そろそろ
動き出す必要があると考えます。
再開が期待される紫紺倶楽部のテーマ候補はさまざまですが、明治時代から昭和末までの経済あるいは経営の大きな
動きも取り上げます。
遅くとも夏休み明けには「紫紺倶楽部」再開を実現してもらいたいのですが、筆者もスピーカーの一人として登場したい
と考えております。
梅雨入りとなりました。体調管理が難しい日々が続きます。ご注意ください。
事務局 嶋 丈太郎
携 帯 090-1702-5076
メール shimajyo.oripro@nifty.com
最近の「Weblog」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事