炎と怒り(マイケル・ウォルフ、2017年)
トランプ自伝(ドナルド・トランプ、1987年)
トランプ政権のアメリカはどこに向かうのか。
まず、トランプはなぜ大統領になろうとしたのだろうか。
「私は物事を大きく考えるのが好きだ。子供の頃からそうしてきた。どうせ何か考えるなら、大きく考えた方がいい。」
「私は金のために取引をするわけではない。金ならもう十分持っている。一生かかっても使い切れないほどだ。私は取引そのものに魅力を感じる。キャンバスの上に美しい絵を描いたり、素晴らしい詩を作ったりする人がいるが、私にとっては取引が芸術だ。私は取引をするのが好きだ。それも大きければ大きいほど良い。私はこれにスリルと喜びを感じる。」
選挙戦が始まったころ、トランプは「私は世界で最も有名な男になるだろう」と語っていた。「トランプと側近が目論んでいたのは、自分たち自身は何一つ変わることなく、ただトランプが大統領になりかけたという事実からできるだけ利益を得ることだった。」「フリンの友人たちは、ロシア人から4万5千ドルの講演料を受け取ったりするのは絶対にやめたほうがいい、と忠告していた。それに対してフリンは自信たっぷりにこう答えたという。『まあ、彼が勝たなければ問題になんてならないさ』。だから何も問題は起きない、とフリンは信じ込んでいたのである。」
「トランプは勝つはずではなかった、というより、敗北こそが勝利だった。負けてもトランプは世界一有名な男になるだろう。『いんちきヒラリー』に迫害された殉教者として。」「トランプは負けたときのスピーチまで用意し始めていた、『こんなのは不正だ!』。」
だが、トランプは大統領選挙に勝利した。
トランプ大統領の持つ情報と判断材料は極めて限定的なものだ。
「トランプは何かを読むということがなかった。それどころか、 ざっと目を通しさえしない。印刷物の形で示された情報は、存在しないも同然だった。」「トランプが、公式情報、データ、詳細情報、選択肢、分析結果を受け取ることはなかった。彼にはパワーポイントなど何の役にも立たない。そもそも、以前から『教授』という言葉を悪口として使い、授業に出たことも、教科書を買ったことも、ノートを取ったこともないと自慢していた。」「トランプは文字を読まないだけでなく、聞くこともしなかった。常に自分が語る側になることを好んだ。そして、実際はどれほどつまらなくて見当違いであったとしても、自分自身の専門知識を他の誰の知識よりも信じていた。その上彼は、たとえ注意を払うに足る価値があると思う相手に対しても、集中力の持続期間が極めて短かった。」
トランプは大統領という職務に関するごく基本的な知識も身につけることができない。「トランプの知的能力を嘲笑するのはもちろんタブーだったが、政権内でそのタブーを犯していない者などいない。」
「文章を読もうとしない(あるいは読み取る能力がない)人間、話を聞くにしても自分が知りたい話にしか耳を傾けない人間に、どのように情報を届けるか。」「これは裏を返せば、情報をどう伝えればトランプが興味を持ってくれるかということになる。そのためホープ・ヒックスは、一年以上情報関係の仕事をしている間に、大統領が気に入りそうな情報を見分ける能力を高めた。一方バノンは、その情熱的な、うちあけ話でもするような話しぶりで大統領の心に入り込んだ。」しかし、このような努力にも限界がある。
トランプは、これまでの不動産業での経験から、何事も自分の判断を優先しようとする。
「私たちが他の業者より有利な点がひとつあった。それは、私たちが官僚的組織ではないことだ。大規模な株式会社では、一つの問題に返答をもらうまでには、何人もの重役の手を経なければならない。そしてそもそもその重役何もわかっていない場合が多いのだ。しかし私たちの会社では、誰でも質問があれば直接私のところに来て、すぐに答えをもらうことができる。多くの取引で私が競争相手よりはるかに敏速に行動することができるのは、まさにこのためだ。」
この結果、ホワイトハウスにも、トランプ個人だけが権力を持つ個人商会的な組織が作り上げられた。
「トランプ率いる組織ほど、軍隊式の規律から遠い存在はそうはあるまい。そこには事実上、上下の指揮系統など存在しなかった。あるのは、一人のトップと彼の注意を引こうと奔走するその他全員、という 図式のみだ。各人の任務が明確でなく、場当たり的な対処しか行われない。ボスが注目したものに、全員が目を向ける。それがトランプタワーでのやり方であり、今ではトランプ率いるホワイトハウスがやり方となっていた。」
そして、トランプ自身がその場その場で直感的な判断を行う。
「トランプは無知でありながら自分の無知ぶりを分かっておらず、 何かにつけ無頓着で、おまけに自分の考えることは正しいとほぼ一点の曇りもなく確信している。」「自分が相手に何かを求める場合には、意識を集中させて相手の言葉にじっくりと耳を傾けるが、相手が彼に何かを求めている場合は、堪えがきかずすぐに興味を失ってしまう。」「トランプは妄想好きだが、その頭の中では固定された見解は存在しない。だからこそ、トランプの頭のなかで起きていることと、目の前の人間の思考を結びつけることが大事なのである。その誰かが誰であろうとどんな考えを持っていようとかまわない。」「トランプは、自分が興味のないことや、ただ深く知りたいとは思わないことについては、自分より詳しそうな人間の意見に従う。そうした場合はいつも『素晴らしい!』などと大げさな言葉で褒めそやし、跳ねるように椅子から立ち上がる仕草をする。」
トランプは常に中心であり、トランプがすべてを決める。
「絶対的な注目の的。好意を分け与え、権力を預ける存在。しかしその恩恵や権力は気分次第で引き揚げることができる。この太陽神については、深慮遠謀に欠けていることも付け加えていいだろう。そのひらめきは瞬間のなかにしかない。だからこそ、その瞬間に居合わせることが大事になってくる。」「トランプの一日は予定された会議のほかは、大半が電話に費やされている。外から何度電話したとしても、トランプへの影響力は維持できない。これは微妙ではあるが重大な問題をはらんでいる。トランプはしばしば最後に話した人物から大きな影響を受けるが、実際には他人の言うことなど聞いていない。つまり、トランプを動かすのに個々の議論や陳情が果たす役割は小さい。トランプにとって大事なのはむしろ、とにかく誰かがそこにいることだ。」
トランプは自分の部下の当然の義務として、自分の意志に絶対服従し、職業上の義務とトランプの意向が食い違う場合にも、自分を守ることを求めている。トランプの意向に沿わない者は、次々と馘首されていく。
「トランプが怒るときは決まって、誇張表現や身振りに始まり、やがて本格的な怒りへと変わる。そうなるともう手に負えなくなり、青筋のたった醜い形相で、癇癪玉を破裂させる。」「何か問題があれば誰かをすぐにクビにするというのが、トランプの本能的な反応だ。」「同時に、今起きている事態について、彼はほとんど疑いを抱いていなかった。このロシア問題がどこに端を発しているのか、トランプはわかっていた。オバマの取り巻き連中が自分達は処罰を免れると考えているなら、大間違いだ。全員、暴き出してやる!」
アメリカで「人治」を進めようとすると、法の執行機関たる官僚機構との関係も悪化していく。
「トランプといわゆる職業官僚とのあいだには、根本的に深い溝があった。」「官僚たちが何を求めているのか、トランプにはさっぱりわからない。大体彼らはー彼らに限らずだが、なぜ公務員になんかなろうと思ったのか?「あの連中の給料は最高でいくらだ?たかだか20万ドルかそこらだろう?」トランプはそう言って、驚嘆にも似た表情を浮かべる。」
トランプ政権の政権運営は、トランプ個人の目標に向かって収斂されていく。
トランプの目標は、アメリカ社会の中で名声を得て、アメリカ人から尊敬と好感を勝ち取ることだ。
「彼はビジネスマンかもしれないが、数字が好きなわけではない。数字が好きなビジネス版マンはスプレッドシートを操るが、彼はスプレッドシートなど使わない。トランプは名声が好きだ。大物というイメージが好きだ。そう思われるのを好んでいる。そんなイメージを与えてくれる『インパクト』が好きなのだ。」
名声を得るためには、勝ち続けなければならない。「『 ひたすら好かれたいと思っているから、いつも、絶え間なく、何かと格闘することになるんです。』そう考えれば、トランプが常に、どんなことについても勝とうとするのにも合点が行く。彼にとって重要なのは自分が勝利者らしくみられることだ。」
このため、トランプにとって、メディアでの評価が最大の関心事となる。
「ホワイトハウスのベッドルームにはテレビが3台あり、トランプ大統領は自分のニュースにばっちり目を光らせていた。」「トランプは自分自身をメディアの申し子で、賞賛されてさらなる更なる高みへと登り続けるスターだと思い込んでいる。」「それは一種の個人崇拝であり、その対象はトランプ自身だった。自分は世界一の有名人だ。みんな私を愛している。いや、愛さなければならない。」
トランプは自分の誤りを決して認めない。人に愛されるのが好きなトランプは、自分の目標を妨害しようとするメディアを「フェイクニュース」呼ばわりして批判する。「あらゆるニュースがある程度は『フェイク』であることを彼はよく理解していた。何しろ、トランプ自身がこれまで何度も嘘のニュースを生み出してきたのだから。彼が『フェイクニュース』というレッテルが好きな理由はそこにあった。実際トランプは自慢げにこう語っている。『私が次から次へとでっちあげる話が、そのまま印刷されて出てくるんだ。』」
側近、関係者に絶対的な忠誠を求めるのも、長電話で大富豪の友人に愚痴を言い続けるのも、「自分を全面的に理解し、絶対的に愛してほしい」との心理から生まれたものだろう。
「トランプ大統領は、とめどなく喋った。哀れっぽく、自己憐憫に満ちた様子で。そこに何かしらの目的があるとするならば、それは単に『好かれたい』という動機だけだろうと誰もが分かっていた。」
ホワイトハウスでは「チーズバーガー片手に3台のテレビを観ながら何人かの友人に電話をかける。電話は彼にとって、世界とつながる真の接点なのである。」「夕食後の電話ともなれば、たいていはとりとめのない長電話になった。トランプは偏執的なまでに、あるいはサディスティックに、側近一人一人の欠点や弱みにあれこれと語る。」「彼の話はあまりに妙で、聞いていて不安を感じさせ、どう考えても理性や常識とかけ離れていた。」
トランプは、取引のスリルに酔いながら、自国アメリカでの名声を高めるべく、強硬な交渉を続ける。
「私の取引のやり方は単純明快だ。狙いを高く定め、求めるものを手に入れるまで、押して押して押しまくる。時には最初に狙ったものより小さな獲物で我慢することもあるが、大抵はそれでもやはり欲しいものは手に入れる。」「僕は折れるよりは戦う。一度でも折れると、たちまち弱気という評判がたつからだ。」「より強く、固い意志を持ち、なりふり構わぬものが勝つ。そんな対決姿勢がトランプ神話の中心をなすものだった。彼が生きる直接対決の世界では、体面や個人の尊厳に縛られない者、分別のある立派な人間に見られたいがために弱腰になったりしない者が極めて有利だ。戦いを個人的なものと捉え、最終的には食うか食われるかだと考えれば、自分以上にその戦いにこだわる相手に会うことはめったに無い。」「ビジネスマンとしての経験から、取引にウィン・ウィンというものはないこと、つまり、一方が得をすればたほうが損をするということがよくわかっていたからかもしれない。いずれにせよトランプは、誰かが自分をだしにして利益を得るのが我慢ならなかった。 彼の世界観は、いわば『ゼロサム』でできていた。つまり、自分が価値があるとみなすものは自分のものであることが当然で、自分の手中にないなら誰かに奪われたのだという考えだ。」
そして、交渉相手の個人と勝負する。
「トランプの考えはもっとずっとシンプルだ。権力者は誰だ?そいつの電話番号を教えてくれ。」
「彼は全てを個人的に捉える。そうせずにはいられないのだ。」「大事な取引をする場合は、トップを相手にしなければラチがあかない。」「その理由は、企業でトップでない者は皆、ただの従業員にすぎないからだ。従業員は取引を成立させるために奮闘したりしない。賃上げやボーナスのためには頑張るが、上司の機嫌を損ねるようなことはしないように気をつける。従って取引を上司に取り次ぐ際に、自分の立場をはっきりさせない。」
トランプは、今も1980年代、アメリカがグレートであった時代に生きている。
「彼は長いこと同じ家に暮らしてきた。1983年の竣工後まもなくトランプ・タワーに入居して以来、その広大な住居で生活してきたのだ。それからずっと、毎朝決まって数階下にある自身のオフィスに通っていた。社長室はタイムカプセルさながらに1980年代そのままだ。」「これまでの外交政策は、微妙なさじ加減で行われていた。脅威、利益、インセンティブ、取引、そして絶えず変化する関係からなる限りなく複雑な多項式を解きながら、バランスの取れた未来に到達しようと努めてきたのだ。これに対し、効果的なトランプ・ドクトリンとして打ち出された新たな外交政策とは、 『世界』というチェス盤を三つに区分することだった。アメリカが協調できる政権、協調できない政権、力が弱いので無視したり犠牲にしたりできる政権。その三つだ。これではまるで冷戦時代ではないか。それもそのはず、トランプ流の広い視野で見ると、アメリカに最大の国際的優位性をもたらしたのは冷戦時代なのだ。あのころのアメリカは確かにグレートだった。」
「トランプ政権はアメリカ史上類例がないほど不安定な政権だが、外交政策や 世界全体に対する大統領の考え方もまた、実にでたらめで、知識に乏しく、気まぐれにさえ見えた。大統領顧問たちでさえ、彼が孤立主義者なのか軍国主義者なのかも、そもそもその二つを区別できるのかどうかも知らなかった。トランプは将官が大好きで、軍を指揮した経験があるものに外交政策を任せると決めているが、他人から命令されるのは嫌いだ。外国の国づくりを手伝うつもりはないが、自分の手で改善できない状況などほとんどないとも考えている。外交政策に関する経験は皆無に等しいというのに、専門家への敬意も持ち合わせていない。」
北朝鮮問題についても、トランプにとっては、グレート・ディールを達成し、アメリカ社会での自分自身の名声を高めるための手段でしかない。
北アジアにおける国際関係、外交交渉の積み上げ、専門家の意見といった常識的な議論が通用しない可能性もある。
金正恩の出方次第では、アメリカと北朝鮮が妥協し、アメリカが北朝鮮の短距離核戦力を容認することも考えられる。
さらに、その反射的影響として、北朝鮮と韓国が融和政策を取って日本に対抗するという、日本にとって最悪のシナリオも起こりうるだろう。