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Make Trump Great Again / Trump First

2018-03-21 15:50:19 | 日記

炎と怒り(マイケル・ウォルフ、2017年)
トランプ自伝(ドナルド・トランプ、1987年)

トランプ政権のアメリカはどこに向かうのか。

まず、トランプはなぜ大統領になろうとしたのだろうか。
「私は物事を大きく考えるのが好きだ。子供の頃からそうしてきた。どうせ何か考えるなら、大きく考えた方がいい。」
「私は金のために取引をするわけではない。金ならもう十分持っている。一生かかっても使い切れないほどだ。私は取引そのものに魅力を感じる。キャンバスの上に美しい絵を描いたり、素晴らしい詩を作ったりする人がいるが、私にとっては取引が芸術だ。私は取引をするのが好きだ。それも大きければ大きいほど良い。私はこれにスリルと喜びを感じる。」

選挙戦が始まったころ、トランプは「私は世界で最も有名な男になるだろう」と語っていた。「トランプと側近が目論んでいたのは、自分たち自身は何一つ変わることなく、ただトランプが大統領になりかけたという事実からできるだけ利益を得ることだった。」「フリンの友人たちは、ロシア人から4万5千ドルの講演料を受け取ったりするのは絶対にやめたほうがいい、と忠告していた。それに対してフリンは自信たっぷりにこう答えたという。『まあ、彼が勝たなければ問題になんてならないさ』。だから何も問題は起きない、とフリンは信じ込んでいたのである。」
「トランプは勝つはずではなかった、というより、敗北こそが勝利だった。負けてもトランプは世界一有名な男になるだろう。『いんちきヒラリー』に迫害された殉教者として。」「トランプは負けたときのスピーチまで用意し始めていた、『こんなのは不正だ!』。」

だが、トランプは大統領選挙に勝利した。

トランプ大統領の持つ情報と判断材料は極めて限定的なものだ。
「トランプは何かを読むということがなかった。それどころか、 ざっと目を通しさえしない。印刷物の形で示された情報は、存在しないも同然だった。」「トランプが、公式情報、データ、詳細情報、選択肢、分析結果を受け取ることはなかった。彼にはパワーポイントなど何の役にも立たない。そもそも、以前から『教授』という言葉を悪口として使い、授業に出たことも、教科書を買ったことも、ノートを取ったこともないと自慢していた。」「トランプは文字を読まないだけでなく、聞くこともしなかった。常に自分が語る側になることを好んだ。そして、実際はどれほどつまらなくて見当違いであったとしても、自分自身の専門知識を他の誰の知識よりも信じていた。その上彼は、たとえ注意を払うに足る価値があると思う相手に対しても、集中力の持続期間が極めて短かった。」

トランプは大統領という職務に関するごく基本的な知識も身につけることができない。「トランプの知的能力を嘲笑するのはもちろんタブーだったが、政権内でそのタブーを犯していない者などいない。」
「文章を読もうとしない(あるいは読み取る能力がない)人間、話を聞くにしても自分が知りたい話にしか耳を傾けない人間に、どのように情報を届けるか。」「これは裏を返せば、情報をどう伝えればトランプが興味を持ってくれるかということになる。そのためホープ・ヒックスは、一年以上情報関係の仕事をしている間に、大統領が気に入りそうな情報を見分ける能力を高めた。一方バノンは、その情熱的な、うちあけ話でもするような話しぶりで大統領の心に入り込んだ。」しかし、このような努力にも限界がある。

トランプは、これまでの不動産業での経験から、何事も自分の判断を優先しようとする。
「私たちが他の業者より有利な点がひとつあった。それは、私たちが官僚的組織ではないことだ。大規模な株式会社では、一つの問題に返答をもらうまでには、何人もの重役の手を経なければならない。そしてそもそもその重役何もわかっていない場合が多いのだ。しかし私たちの会社では、誰でも質問があれば直接私のところに来て、すぐに答えをもらうことができる。多くの取引で私が競争相手よりはるかに敏速に行動することができるのは、まさにこのためだ。」

この結果、ホワイトハウスにも、トランプ個人だけが権力を持つ個人商会的な組織が作り上げられた。
「トランプ率いる組織ほど、軍隊式の規律から遠い存在はそうはあるまい。そこには事実上、上下の指揮系統など存在しなかった。あるのは、一人のトップと彼の注意を引こうと奔走するその他全員、という 図式のみだ。各人の任務が明確でなく、場当たり的な対処しか行われない。ボスが注目したものに、全員が目を向ける。それがトランプタワーでのやり方であり、今ではトランプ率いるホワイトハウスがやり方となっていた。」

そして、トランプ自身がその場その場で直感的な判断を行う。
「トランプは無知でありながら自分の無知ぶりを分かっておらず、 何かにつけ無頓着で、おまけに自分の考えることは正しいとほぼ一点の曇りもなく確信している。」「自分が相手に何かを求める場合には、意識を集中させて相手の言葉にじっくりと耳を傾けるが、相手が彼に何かを求めている場合は、堪えがきかずすぐに興味を失ってしまう。」「トランプは妄想好きだが、その頭の中では固定された見解は存在しない。だからこそ、トランプの頭のなかで起きていることと、目の前の人間の思考を結びつけることが大事なのである。その誰かが誰であろうとどんな考えを持っていようとかまわない。」「トランプは、自分が興味のないことや、ただ深く知りたいとは思わないことについては、自分より詳しそうな人間の意見に従う。そうした場合はいつも『素晴らしい!』などと大げさな言葉で褒めそやし、跳ねるように椅子から立ち上がる仕草をする。」

トランプは常に中心であり、トランプがすべてを決める。
「絶対的な注目の的。好意を分け与え、権力を預ける存在。しかしその恩恵や権力は気分次第で引き揚げることができる。この太陽神については、深慮遠謀に欠けていることも付け加えていいだろう。そのひらめきは瞬間のなかにしかない。だからこそ、その瞬間に居合わせることが大事になってくる。」「トランプの一日は予定された会議のほかは、大半が電話に費やされている。外から何度電話したとしても、トランプへの影響力は維持できない。これは微妙ではあるが重大な問題をはらんでいる。トランプはしばしば最後に話した人物から大きな影響を受けるが、実際には他人の言うことなど聞いていない。つまり、トランプを動かすのに個々の議論や陳情が果たす役割は小さい。トランプにとって大事なのはむしろ、とにかく誰かがそこにいることだ。」

トランプは自分の部下の当然の義務として、自分の意志に絶対服従し、職業上の義務とトランプの意向が食い違う場合にも、自分を守ることを求めている。トランプの意向に沿わない者は、次々と馘首されていく。
「トランプが怒るときは決まって、誇張表現や身振りに始まり、やがて本格的な怒りへと変わる。そうなるともう手に負えなくなり、青筋のたった醜い形相で、癇癪玉を破裂させる。」「何か問題があれば誰かをすぐにクビにするというのが、トランプの本能的な反応だ。」「同時に、今起きている事態について、彼はほとんど疑いを抱いていなかった。このロシア問題がどこに端を発しているのか、トランプはわかっていた。オバマの取り巻き連中が自分達は処罰を免れると考えているなら、大間違いだ。全員、暴き出してやる!」

アメリカで「人治」を進めようとすると、法の執行機関たる官僚機構との関係も悪化していく。
「トランプといわゆる職業官僚とのあいだには、根本的に深い溝があった。」「官僚たちが何を求めているのか、トランプにはさっぱりわからない。大体彼らはー彼らに限らずだが、なぜ公務員になんかなろうと思ったのか?「あの連中の給料は最高でいくらだ?たかだか20万ドルかそこらだろう?」トランプはそう言って、驚嘆にも似た表情を浮かべる。」

トランプ政権の政権運営は、トランプ個人の目標に向かって収斂されていく。

トランプの目標は、アメリカ社会の中で名声を得て、アメリカ人から尊敬と好感を勝ち取ることだ。
「彼はビジネスマンかもしれないが、数字が好きなわけではない。数字が好きなビジネス版マンはスプレッドシートを操るが、彼はスプレッドシートなど使わない。トランプは名声が好きだ。大物というイメージが好きだ。そう思われるのを好んでいる。そんなイメージを与えてくれる『インパクト』が好きなのだ。」
名声を得るためには、勝ち続けなければならない。「『 ひたすら好かれたいと思っているから、いつも、絶え間なく、何かと格闘することになるんです。』そう考えれば、トランプが常に、どんなことについても勝とうとするのにも合点が行く。彼にとって重要なのは自分が勝利者らしくみられることだ。」

このため、トランプにとって、メディアでの評価が最大の関心事となる。
「ホワイトハウスのベッドルームにはテレビが3台あり、トランプ大統領は自分のニュースにばっちり目を光らせていた。」「トランプは自分自身をメディアの申し子で、賞賛されてさらなる更なる高みへと登り続けるスターだと思い込んでいる。」「それは一種の個人崇拝であり、その対象はトランプ自身だった。自分は世界一の有名人だ。みんな私を愛している。いや、愛さなければならない。」

トランプは自分の誤りを決して認めない。人に愛されるのが好きなトランプは、自分の目標を妨害しようとするメディアを「フェイクニュース」呼ばわりして批判する。「あらゆるニュースがある程度は『フェイク』であることを彼はよく理解していた。何しろ、トランプ自身がこれまで何度も嘘のニュースを生み出してきたのだから。彼が『フェイクニュース』というレッテルが好きな理由はそこにあった。実際トランプは自慢げにこう語っている。『私が次から次へとでっちあげる話が、そのまま印刷されて出てくるんだ。』」

側近、関係者に絶対的な忠誠を求めるのも、長電話で大富豪の友人に愚痴を言い続けるのも、「自分を全面的に理解し、絶対的に愛してほしい」との心理から生まれたものだろう。
「トランプ大統領は、とめどなく喋った。哀れっぽく、自己憐憫に満ちた様子で。そこに何かしらの目的があるとするならば、それは単に『好かれたい』という動機だけだろうと誰もが分かっていた。」
ホワイトハウスでは「チーズバーガー片手に3台のテレビを観ながら何人かの友人に電話をかける。電話は彼にとって、世界とつながる真の接点なのである。」「夕食後の電話ともなれば、たいていはとりとめのない長電話になった。トランプは偏執的なまでに、あるいはサディスティックに、側近一人一人の欠点や弱みにあれこれと語る。」「彼の話はあまりに妙で、聞いていて不安を感じさせ、どう考えても理性や常識とかけ離れていた。」

トランプは、取引のスリルに酔いながら、自国アメリカでの名声を高めるべく、強硬な交渉を続ける。
「私の取引のやり方は単純明快だ。狙いを高く定め、求めるものを手に入れるまで、押して押して押しまくる。時には最初に狙ったものより小さな獲物で我慢することもあるが、大抵はそれでもやはり欲しいものは手に入れる。」「僕は折れるよりは戦う。一度でも折れると、たちまち弱気という評判がたつからだ。」「より強く、固い意志を持ち、なりふり構わぬものが勝つ。そんな対決姿勢がトランプ神話の中心をなすものだった。彼が生きる直接対決の世界では、体面や個人の尊厳に縛られない者、分別のある立派な人間に見られたいがために弱腰になったりしない者が極めて有利だ。戦いを個人的なものと捉え、最終的には食うか食われるかだと考えれば、自分以上にその戦いにこだわる相手に会うことはめったに無い。」「ビジネスマンとしての経験から、取引にウィン・ウィンというものはないこと、つまり、一方が得をすればたほうが損をするということがよくわかっていたからかもしれない。いずれにせよトランプは、誰かが自分をだしにして利益を得るのが我慢ならなかった。 彼の世界観は、いわば『ゼロサム』でできていた。つまり、自分が価値があるとみなすものは自分のものであることが当然で、自分の手中にないなら誰かに奪われたのだという考えだ。」

そして、交渉相手の個人と勝負する。
「トランプの考えはもっとずっとシンプルだ。権力者は誰だ?そいつの電話番号を教えてくれ。」
「彼は全てを個人的に捉える。そうせずにはいられないのだ。」「大事な取引をする場合は、トップを相手にしなければラチがあかない。」「その理由は、企業でトップでない者は皆、ただの従業員にすぎないからだ。従業員は取引を成立させるために奮闘したりしない。賃上げやボーナスのためには頑張るが、上司の機嫌を損ねるようなことはしないように気をつける。従って取引を上司に取り次ぐ際に、自分の立場をはっきりさせない。」

トランプは、今も1980年代、アメリカがグレートであった時代に生きている。
「彼は長いこと同じ家に暮らしてきた。1983年の竣工後まもなくトランプ・タワーに入居して以来、その広大な住居で生活してきたのだ。それからずっと、毎朝決まって数階下にある自身のオフィスに通っていた。社長室はタイムカプセルさながらに1980年代そのままだ。」「これまでの外交政策は、微妙なさじ加減で行われていた。脅威、利益、インセンティブ、取引、そして絶えず変化する関係からなる限りなく複雑な多項式を解きながら、バランスの取れた未来に到達しようと努めてきたのだ。これに対し、効果的なトランプ・ドクトリンとして打ち出された新たな外交政策とは、 『世界』というチェス盤を三つに区分することだった。アメリカが協調できる政権、協調できない政権、力が弱いので無視したり犠牲にしたりできる政権。その三つだ。これではまるで冷戦時代ではないか。それもそのはず、トランプ流の広い視野で見ると、アメリカに最大の国際的優位性をもたらしたのは冷戦時代なのだ。あのころのアメリカは確かにグレートだった。」

「トランプ政権はアメリカ史上類例がないほど不安定な政権だが、外交政策や 世界全体に対する大統領の考え方もまた、実にでたらめで、知識に乏しく、気まぐれにさえ見えた。大統領顧問たちでさえ、彼が孤立主義者なのか軍国主義者なのかも、そもそもその二つを区別できるのかどうかも知らなかった。トランプは将官が大好きで、軍を指揮した経験があるものに外交政策を任せると決めているが、他人から命令されるのは嫌いだ。外国の国づくりを手伝うつもりはないが、自分の手で改善できない状況などほとんどないとも考えている。外交政策に関する経験は皆無に等しいというのに、専門家への敬意も持ち合わせていない。」

北朝鮮問題についても、トランプにとっては、グレート・ディールを達成し、アメリカ社会での自分自身の名声を高めるための手段でしかない。
北アジアにおける国際関係、外交交渉の積み上げ、専門家の意見といった常識的な議論が通用しない可能性もある。

金正恩の出方次第では、アメリカと北朝鮮が妥協し、アメリカが北朝鮮の短距離核戦力を容認することも考えられる。
さらに、その反射的影響として、北朝鮮と韓国が融和政策を取って日本に対抗するという、日本にとって最悪のシナリオも起こりうるだろう。

仮想通貨の謎を解く(まとめ)

2018-02-11 13:17:35 | 日記

残る仮想通貨の謎は、誰がビットコイン、草コインのマーケットメークをしているか。
仮想通貨の発行者あるいは大量保有者が自らの保有資産の価値を高める目的で値付けをしていたり、仮想通貨販売所が自己ポジションの収益狙いと売買スプレッドの鞘稼ぎのためにマーケットメークをしているものと思われる。

マーケットメーカーは、自己のポジションの価値を高め、あるいは事業を有利に進めるため、仮想通貨相場を維持したいという強いインセンティブを持っている。
彼らは昨年末のバブル相場で莫大な利益を上げており、投資原資を豊富に持っている上に、相場操縦も可能な立場にある。

仮想通貨は、日次で10%以上の上げ下げを記録する大相場の日が珍しくない。
マーケットメーカーは、相場を維持するため、下げ相場の際には急激な買いを入れて売り方にダメージを与え、売り投機の気勢を削ごうとするだろう。
このため、当面の間、マーケットメーカーや仮想通貨販売所の投資原資が尽きるまで、仮想通貨は底堅い動きを続ける可能性が高い。

最終的には、規制の強化により仮想通貨の本源的価値は失われ、マーケットメーカーの資金も尽きて、仮想通貨の相場は本源的価値へと収斂していくものと思われる。
いったん相場が崩れ出し、彼らに相場買い支えの原資がなくなってしまうと、主要なマーケットメーカーが退出して、マーケットが一挙に崩壊する可能性も否定できない。

「通貨」の本源的価値

1. 管理主体:政府
(1.1) Legacy
[1.1.1] 現金
-本源的価値:納税・政府との取引で強制使用
-メリット:即時決済性、匿名性
-リスク:管理負荷、紛失リスク、インフレによる減価
(1.2) Block-chain
[1.2.1] ブロックチェーン技術を利用した電子通貨
-本源的価値:納税・政府との取引で強制使用
-メリット:即時決済性、管理負荷軽減、紛失・保管リスク軽減
-リスク:匿名性弱まる?(良い面と悪い面あり)、インフレによる減価

2. 管理主体:企業
(2.1) Legacy
[2.1.1] ポイント 
-本源的価値:加盟企業での利用価値
-メリット:加盟企業の販促手段として活用
-リスク:加盟企業の方針変更や信用低下によるポイント価値の低減・消滅
→一般的な交換価値を持つ「通貨」とは異なる 
(2.2) Block-chain
[2.2.1] ブロックチェーン技術を使用した電子ポイント 
-Legacyと大きな相違なし
[2.2.2] ブロックチェーンを使用した民間企業発行通貨
-本源的価値:発行企業により提供される通貨価値
-メリット:政府方針と異なる通貨価値の創造と維持が可能
-リスク:有価証券規制、発行企業の信用リスク

3. 管理主体:無し
(3.1) Legacy
[3.1.1] 貴金属
-本源的価値:実需(宝飾・工業原材料)、保管
-メリット:即時決済性、匿名性
-リスク:管理負荷、紛失リスク、相場変動リスク
(3.2) Block-chain
[3.2.1] ブロックチェーンを使用した現状の「仮想通貨」←現状の「仮想通貨」(ビットコイン、草コイン)すべて 
-本源的価値:規制回避(マネーロンダリング、脱法的な資金決済)手段の提供
-メリット:(他のブロックチェーン決済手段と同じく)安価な決済手段を提供できる可能性あり
-リスク:相場操縦、インサイダー取引、規制強化により本源的価値が失われる可能性

ビットコイン相場の謎を解く

2018-01-21 17:05:16 | 日記

1.将来性あるブロックチェーン技術

 ブロックチェーンは、これまで記録の真正性を保証し改ざんを防ぐために中央集権的に行わざるを得なかったデータの保管方式を、暗号技術を活用して分散型モデルで運営できるようにしようとする画期的な新しいビジネスモデルである。ブロックチェーンの採用によりデータ保管のコストを大幅に削減できれば、現実社会に大きな恩恵がもたらされることだろう。ブロックチェーン技術によって分散的な体制で安く正確なデータを利用することができるようになれば、新しいビジネスが生まれてくる可能性も高い。

 但し、ブロックチェーンはあくまでも新しいデータの保管技術に過ぎず、ブロックチェーン自体に価値があるわけではない。
 ブロックチェーンを維持するためには、マイニングを行ってデータの真正性を確保する作業と労力が必要となる。このコストをブロックチェーンの利用によって利益を得ている受益者が全体で負担し、マイナーに報酬を与える必要がある。ビットコインでは、マイナーに新しいコインを報酬として与えているが、ブロックチェーン維持のために貢献しているマイナーへの報酬は、必ずしもコインである必要はない。
 ブロックチェーンには一定のコストがかかるが、 それを大きく上回るメリットが得られることになれば、 ブロックチェーン技術の実用化は進み、インターネットのように社会を変革していくことだろう。

 各国、そして各企業は、記録を正確に保存し、改ざんを防止するため、多額の費用をかけてきた。
 紙に記録された内容の改ざん防止対応としては、紙幣の事例が挙げられるだろう。各国は、偽札を防止するために精巧なすかし、印字、ホログラムなどの工夫を続けてきた。しかし、小さな紙片の上での対策には限度がある。
 システムデータについては、自然災害、システム障害や犯罪といった事態が発生した場合にも深刻な影響を受けないように、重要なデータを格納しているサーバを厳重に管理するとともに、バックアップセンターに予備のデータを保管している。コンプライアンス強化の流れの中で、個人情報や取引のデータを安全に保管するためには、膨大なコストが必要になっている。ブロックチェーンの活用によってデータ維持管理コストを低減させることができれば、社会的な効用は非常に大きい。

 ブロックチェーン技術を使用した通貨の電子化は将来的に極めて有望と考えられる。これは、中央銀行が発行主体となり、現行の通貨に代えて、あるいは現行の通貨と併存的に、新しい電子通貨を流通させようとするものだ。
 また、個人情報や取引情報を安いコストで安全に管理できるようになれば、各企業はその手数料を引き下げることができ、その恩恵は社会全体で享受できよう。ブロックチェーンを用いて海外送金手数料を引き下げることも十分可能と思われる。

 さらに、ブロックチェーンを利用して民間企業が発行主体となって仮想通貨を発行することになれば、中央銀行による独占的な通貨発行体制が実質的に崩れることになるかもしれなない。各国の国民は、自国の通貨だけでなく、他国の通貨、民間企業発行の仮想通貨を選択できるようになる。通貨間の競争が激しくなり、各国政府は自国の通貨の価値保全をこれまで以上に考えざるを得なくなるだろう。

 ブロックチェーンは将来有望な技術であり、中央銀行や民間企業が発行する仮想通貨も、ブロックチェーン技術を有効に使うことによって、実用化が進んでいくことにあろう。
 
2.ビットコイン相場に関する普通の捉え方
 
 現在取引が行われているビットコインなどの仮想通貨は、中央銀行や民間企業が発行主体となっていない。マイニングを続けることによってブロックチェーンデータの真正性は保たれているものの、管理主体は存在しない。
 このような発行主体の存在しない仮想通貨にはどのような価値があるのだろうか。

 ブロックチェーン技術はビットコインの実装方法として開発されたものだが、開発の経緯に関わらず、現時点では、ブロックチェーン技術とビットコインは明確に分けて考えることができるし、個別にその評価を考えるべきであろう。

 金貨や銀貨などの貴金属には、その貴金属自体を使って装身具を作りたい、貯蔵したいという実需があり、その実需があるからこそ通貨として流通し続けてきた。その流通量は、新しい鉱山の開発によって歴史的に変動してきたものの、金銀の希少性が失われることはなかった。逆にいえば、希少性が失われることがなかったがゆえに、金銀は通貨として利用され続けてきたといえよう。

 現在の管理通貨体制下における各国の通貨は、通貨自体の紙片、金属片としての価値によって流通しているわけではない。各国は、自国通貨を強制流通させているが、その具体的な意味は、政府との取引でその通貨を必ず使用するという点にある。政府への支払い、税金納入は法定通貨を使って行わなければならない。このように、政府に対して支払いを行う者にとっては、必ず法定通貨が必要になるため、この実需が最低限の通貨需要となっている。 現在社会における政府の経済規模は相応に大きく、各国の通貨は実需に支えられて存在している。ハイパーインフレが起き、将来的に通貨価値の大幅な下落が予想されるようになれば、法定通貨への信任は失われ、外貨や貴金属、さらにはマルボロといった代替的な交換手段が使われるようになってしまう。そのような事態を除き、通常の経済状態の中であれば、何の裏付けもない法定通貨の受け渡しが当事者間で問題なく成立しているのは、他の選択肢よりも実需の裏付けがあることに一因があるといえるだろう。

 他の通貨の本源的な価値と比較しながら、ビットコインの価値について検討してみよう。  

 まず、電子データとしてのビットコイン自体に使用価値がないことは言うまでもない。 そして、 現実経済の中で、ビットコインを使用できる取引は(少ないながら)あるとしても、ビットコインを使用しなければ成り立たない取引は存在しない。 ビットコインの値動きは激しく、翌日の相場さえ想像がつかない状況にある。遠い将来に商取引で利用するためにビットコインを買い付ける者もいなさそうだ。
 ビットコインだけでみると、発行総量には制限があり、今後の追加発行量も少なくなっている。だが、管理主体のない仮想通貨はブロックチェーン技術を使っていくらでも作り出すことができ、現にそのような仮想通貨は続々と生まれている。 ビットコイン、アルトコイン、草コイン、Shit Coin、などを全部含めると、既に数百種類の「仮想通貨」が取引されている。 希少性があるとは言えない状況だ。

 ビットコインに対する実需は現時点で存在しないといっても良い。将来の値上がりと売却前提とした投資需要、投機需要が ビットコインの価格を支えている。ビットコイン相場は、投機の買いが投機の買いを呼んでいる、全くのバブル現象といって差し支えないだろう。
 実際、ビットコイン相場を煽っているのは、ビットコイン取引所を経営している企業と、そのような取引所とタッグを組んで、金融知識の乏しい個人をリバタリアン的な幻想とテクニカルタームで惑わしながらビットコイン相場に引きずり込み、アフィリエイト収入を貪っている 一部のブロガーと思われる。
 上げ相場の間は問題が起きないが、いったん下げ相場となると、相場が荒れて商いも薄くなり、ロスカットもうまくできず、予想以上の損失が発生するだろう。

3.ビットコイン相場の謎を解く

 普通の枠組みで考えると、 ビットコイン相場は何の裏付けもない投機現象に過ぎないとの結論に至る。

 だが、ビットコイン相場は 2008年のサトシ・ナカモト 論文の発表後、実際に使われ始めてから何回かの暴落を挟みつつ、その価格は底堅い動きを続けている。また、ビットコイン、アルトコイン、草コインなど、数百種類の仮想通貨に相応の相場が付いている。
 ビットコインは、これまでの短い歴史の中で、日本所在のビットコイン取引所が破綻したマウントゴックス事件など、数多くの問題を引き起こしてきた。それにもかかわらず、ビットコインだけでなく、数百の草コインにまで相場が付き続けているのはなぜだろうか。
 現実の相場をみると、ビットコインには本源的な価値があり、ビットコインの実需があるとしか考えられない。この現象をバブルの一言で葬り去ってしまうのでは、日本人が主導して現実に起きている「ビットコイン相場現象」を理解できないのではないか。

 そこで改めて、法定通貨とビットコインを比較して考えてみる。
 ビットコインには、法定通貨では実現できない通貨としての価値があるのではないか、あるいは法定通貨と比較して相対優位にある価値があるのではないか。そのような価値がビットコインの本質的な価値となり、それを基礎として市場ではまず相場が立ち、その上で投機的取引によるバブル相場が起きているのではないだろうか。

 普通に考えると、ビットコインでできることで、法定通貨でできないことはないように思われる。商取引の決済、国際送金など、通例の通貨としての機能は、リアルタイム決済、大量決済、決済の安定性など、明らかに法定通貨のほうに優位がある。 
 だがここで、発想を広げてみよう。ビットコインは、キプロス金融危機での預金封鎖の際に資産逃避の手段として問題になった。違法薬物の決済に使用されたシルクロード事件も起きた。中国では、国外への資本投資規制を迂回する手段として、ビットコインがクローズアップされた。
 各国は、自国の通貨を強く規制しており、近年では不法取引やマネーロンダリングの防止を進めている。特に、金融危機の際には、各国政府は国内経済を防衛するため広汎な資本規制を導入する。ビットコイン取引は、このような資本規制を回避する格好の手段となっているのではないか。

 資本規制を回避しようとする者にとって、その回避の手段は、ドルキャッシュでも、他の資産でも、ビットコインでも何でも良いが、ビットコインは、効率的な取引が可能で、多額の取引に対応でき、足がつきにくい手段として重宝されてきたと思われる。
 脱法的取引では、ビットコインの相場水準は必ずしも重要ではないし、それぞれのコインの技術的水準も評価点とはされないだろう。法定通貨とコインの間で相応の金額の交換が迅速にできること、そして各国の当局から介入を受けないことが最重要のポイントになる。

 ビットコインは、キプロス金融危機問題、シルクロード事件、中国資本逃避問題など、多くの事件を乗り越えてきた。法定通貨側は、不法取引やマネーロンダリングの防止のため、国際金融取引規制を強めている。
 規制が強まれば強まるほど、法定通貨に対するビットコインの相対的な優位性は高まる。また、ビットコイン、アルトコイン、草コインなど、数百種類の仮想通貨に相応の相場が付くことも、仮想通貨の優位性の源泉を考えれば納得がいく。

 ビットコインには本源的な価値があり、その基礎の上で投機的取引によるバブル相場が続いている。

4.今後のビットコイン相場

 管理主体のないビットコインなどの仮想通貨は、当局からの監視体制の薄さを本質的な価値として相場が作られてきた。リバタリアン的な幻想、ブロックチェーン技術の有用性との混同もあり、ビットコイン相場は投機の対象となって、底堅い動きを続けてきた。
 だが、仮想通貨取引が拡大するにつれて、当局がその取引を黙認することは、違法取引やマネーロンダリングの防止の観点から、また個人消費者保護の観点からも、難しくなっている。

 アメリカは、テロ、違法取引、マネーロンダリングを防止するため、国際金融取引規制を強めており、各国もアメリカと協調して規制強化を続けている。ビットコイン取引についても、通常の金融取引と同じレベルで規制を行う方向に進むことは、容易に予想可能だ。むしろ、仮想通貨取引のほうが注目を集め、脱法的な取引を行いにくくなるかもしれない。
 そうなると、仮想通貨は、その本質的価値の源泉となってきた監視体制の緩さが失われることになる。本源的な価値が無くなった仮想通貨には、投機的な取引のみが残ることになる。ビットコインはバブルの熱狂が終わった段階で本源的な価値に収束していくのではないか。 
 
 ブロックチェーン技術と、その技術を使った管理主体のある仮想通貨は残る。現在相場が立っている管理主体の無い仮想通貨は、今後、政府による監視強化の打撃を受けて、バブル崩壊にいたる可能性が大きい。

(補記)
 ミセス・ワタナベに続き、ビットコイン相場でも日本人のギャンブル嗜好が明らかになった。せっかく勤勉に稼いだ資産をギャンブルの損失で国外に流出させるのはもったいない。物理的なカジノ建設もよいが、国家主導で電子カジノを創設し、平均と標準偏差の異なる様々な「仮想」相場を運営し、税収に充ててみてはどうか。

共同体の優先順位:「生きるに値しない命」とは誰のことか

2016-07-31 13:23:56 | 日記

「生きるに値しない命」とは誰のことか(カール・ビンディング、アルフレート・ホッヘ、原著1920年)

本書は1920年、第一次大戦敗戦直後のドイツにおいて出版された。カール・ビンディングは刑法学を代表する学者だった。「台頭してきた新派刑法理論に対応し、旧派刑法理論も変貌する。この時期を代表するのがビンディング、ベーリング等の学者である。この時期の旧派理論の特色は、(1)応報刑を強調し、新派の目的系論を激しく非難した、そして、(2)犯罪理論の基本に『道義的責任』を据える。その意味で法と倫理の接近を許容するとともに『道義的責任を問い得ない者は処罰しない』として、社会防衛論、性格責任論を批判した。学説によって差がみられるものの、新派刑法学に比較すれば、罪刑法定主義を重視し、(3)形式的・客観主義的犯罪理論を採用する。その結果、(1)(2)の点を中心に、新派刑法学との激しい論争がなされ、その対立がほぼそのままの形で、戦後のわが国の刑法学会に持ち込まれたのである」(前田雅英・刑法総論講義)。刑法学の泰斗であるビンディングが「生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁」を書いたのはその死の直前だった。

ビンディングの著作はその後のドイツ社会に大きなインパクトを与えることとなった。
ナチスの安楽死計画は、ライプチヒ大学病院に入院していた奇形で盲目の子供を殺害してほしいとの父親からの申し出に対して、ヒトラーが口頭許可を与えたことから始まった。ヒトラーの侍医であったモレルが作成した「生きるに値しない命を終わらせる行為」に関する報告書にはビンディングの名前が引用されている。「生まれつき・・・きわめて重度の肉体的・精神的障害を持つゆえに、継続的な介護によってしか生活を保持しえず、奇形であるためにその容姿が世間の憎悪の的になるような、人間社会との精神的なつながりが最も低い動物のごとき段階にある精神病者の命は、生きるに値しない命を終わらせる行為に関する法律に基づき、医師の介入によって短縮されうる。」ヒトラーはポーランドに侵攻し、第二次世界大戦の契機となった1939年9月1日付にて安楽死実行計画に署名した。「帝国指導者ブーラーならびに医学博士ブラントには、人間の判断からすれば治療の見込みのない患者に、その症状の最も厳格な鑑定をした上で恩寵の死を与える権限を、特別に指名した医師にまで拡大する責任が委ねられる。」

ビンディングは問いかける。「法益たる資格が甚だしく損なわれたがために、生を存続させることが、その担い手自身にとっても、社会にとっても一切の価値を持続的に失ってしまったような人の生というものは、あろうか。」「次のことを想起してほしい。何千人もの若者の累々たる死体で覆われた戦場。あるいは、坑道のガス爆発で何百人もの勤勉な労働者が生き埋めになった鉱山。と同時に、これらと並べて思い浮かべてほしいのは、存命中の重度知的障害者を手厚く世話する介護施設である。」「一方で鳴り響くのは、最高の基準からみても人類の最も高価な財産の犠牲であり、他方で響くのは、いかなる価値もない連中ばかりか、否定的にしか評価できないような連中にも施されている介護である。」

人間は共同体の中でしか生活できない。我々はインフラや医療施設が整備された社会の中で、その構成員として生活している。我々は共同体を維持していかなければならない。
通常の状況下であれば、個人の基本的人権を守ることと共同体を維持していくことの双方を両立させることができるだろう。しかしながら、侵略によって自国が壊滅的な打撃を受けているような極限的な状況の下では、民主制であろうが独裁制であろうが、共同体の中で優先順位を付け、優先順位の高い価値を実現するために、優先順位の低い価値を犠牲にせざるを得ない場合もありうるだろう。

極限的な状況に対しては極限的な選択を行わなければならないことは事実だ。だが、通常、国民全体として、一部の国民の基本的人権が犠牲になることを許すことはない。我々は、一部の人々がその基本的人権を蹂躙されているのを見ると自分自身あるいは自分の周囲の人間が将来、同じように基本的人権を蹂躙されるのではないかという漠然とした不安を持ち、そのような事態に強く反対するからだ。

ビンディングの問いかけは共同体の連帯感を犠牲にしかねないものだった。

田中角栄は米国の虎の尾を踏んだのか:秘密解除 ロッキード事件

2016-07-23 15:11:11 | 日記

「秘密解除 ロッキード事件」(奥山俊宏、2016年)

1972年7月、田中角栄は自民党総裁選に勝利し、総理大臣に就任した。田中内閣の喫緊の課題は日米貿易不均衡の是正と中国との国交正常化であり、両方とも米国との協議が必要だった。
8月31日、ニクソン大統領と田中首相はハワイで首脳会談を行った。首脳会談の中でニクソンがロッキードを売り込んだという直接の証拠はない。だが、ニクソンがロッキードの採用を迫ったのではないかと思われる状況証拠は少なくない。首脳会談後の9月20日にマグダネル・ダグラス社の副社長が東京の米国大使館を訪ね、経済担当参事官に「ハイレベルの米政府の圧力のため、日本の航空会社はダグラスのDC10とロッキードのL1011を分担してを購入しなければならない」との苦情を申し立てた。同日付けの国務省宛の公電によれば「三井物産の上席副社長が9月19日、中曽根通産相のオフィスに呼び出され」たのだ。ロッキード事件発生直後の1976年2月8日の国務省宛公電にも当時の中曽根自民党幹事長が「ロッキードに有利な取引はニクソン大統領と田中前首相の間で結論が出ていた」と語ったと書かれている。当時の米国は大統領選挙の真っただ中にあり、ニクソン政権内では再選を支持する企業からの要望を実現しようと躍起になっていた。その一環として、グラマン社の早期警戒システムE2の日本への売り込みも日米首脳会談の前後に強力に推進されていた。首脳会談で民間航空機の話題が個別に取り上げられても不思議でない雰囲気にあった。

ニクソン政権では、国務省を経由せずにホワイトハウスの情報分析室と現地を直接結ぶ経路、いわゆる裏チャンネルを使って重要な外国の指導者とやり取りすることが常態になっていた。この時代、対中国、対ソ連など重要な外交交渉については国務省を無視してホワイトハウスが直接担当していた。対日外交も例外ではなかった。田中の前任の佐藤栄作との間では京都産業大学教授の若林敬が密使となり、偽名を使ってキッシンジャーと連絡を取り合ったし、田中の後任の三木武夫は外交評論家の平岩和重を密使としてワシントンに派遣し、ロッキード事件の対処方法を話し合った。

ニクソン・キッシンジャーは田中内閣とも国務省を通さずに首相官邸とホワイトハウスを直結するルートを作ろうとした。キッシンジャーは、国務省を通さずにインソガル大使から大統領に直に連絡することもできるし、密使をワシントンに寄越してもらえれば喜んで会う、と説明した。田中が「インソガルにみずから直接連絡する」と答えたことに対し、キッシンジャーも「できるだけ早くお願いしたい」、「あなたが家族の一員として大統領に暖かく迎えられるのは間違いない」と述べている。ニクソンもハワイでの首脳会談で、佐藤内閣と同じように密使を通じて連絡を取り合おうと提案した。だが、田中はホワイトハウスとの直結ルートを用いたニクソン政権との調整を積極的に進めようとはしなかった。9月25日、田中は北京を訪問し、9月29日には中華人民共和国と国交を回復した。田中は米国と細かく調整を行うことなく中国との国交回復と台湾との断交に向かって最短コースを一直線に突き進んだ。1973年秋に起きた第四次中東戦争ではアラブ諸国がイスラエルとの友好国に対して石油の禁輸を発動し、日本はアラブ寄りの政策を発動して石油を確保しようとした。ニクソンとキッシンジャーは米国と慎重に外交政策を認識合わせしようとしない田中の手法にいらだちを強め、度重なる一方的な情報リークにも激怒していた。

ニクソンは再選されたが、再選運動中の1972年6月17日未明、ワシントンのウォーターゲートビルにあった野党・民主党の事務所に盗聴器を仕掛けようとした五人の男が現行犯逮捕されていた。ウォーターゲート事件ともみ消し工作は政権中枢の違法行為として追及され、最終的に1974年8月9日のニクソン辞任へとつながっていった。後任には副大統領のフォードが就任した。

米国政府は、他の諸国と同じように、国家安全保障の名の下で外国における自国政府機関の活動や兵器の売却にかかわる事項を非公表にしてきた。国務省の高官や国家安全保障担当の大統領補佐官が外交委員長に会い「これを公の場で議論するのは国益にならない」と申し立てれば情報を非公表にすることができた。しかし、ウォーターゲート事件によって、このような仲間内の対応が非常に難しくなった。ニクソンは国家安全保障を理由に持ち出して、国家安全保障とは何の関係もないウォーターゲート事件をもみ消そうとして、大統領辞任にまで追い込まれた。当時、国家安全保障を理由に公表を差し止めるのは、政府が再び何かをもみ消そうとしているかとも見られかねない雰囲気だった。ウォーターゲート事件によって米国国民の政府への信頼が失われ、秘密とその濫用に対する激しい反動が起きた。

1976年2月4日、上院外交委員会の多国籍企業小委員会(チャーチ小委員会)がロッキード社の問題を公表したのは米国国内で情報公開の圧力を受けたものだった。ロッキード社は日本、イタリア、トルコ、フランスなどの各国にて多額の違法な政治献金を行っていた。但し、チャーチ小委員会の調査範囲にも限界があった。「民間機、軍用機の日本への売り込み全体を調査したわけではありません。ロッキードの対潜哨戒機P3Cの売り込みについても資料はありましたが、もしそれを調査したとすれば、私たちはまったく新しい分野、兵器売り込みの話に踏み込まなければならなかったでしょう。私たちは調査を絞ろうと決めました。私たちができる限りのことをやろうと決めました。」

同年4月、三木首相は密使の平沢和重を通じてキッシンジャーにメッセージを送った。「首相は断固たる政治行動をとる前に、元首相、現職閣僚、与党幹事長のだれかが未だ秘密とされているロッキード疑惑に連座しているかどうか、前もって知らなければならず、このことを緊急に国務長官に伝えるように私に依頼しました。」元首相は田中角栄、現職閣僚は建設相の竹下登ら、与党幹事長は中曽根康弘のことだった。「これらの質問の回答次第では、首相は、政治の危機を乗り越え、党を超えて民主主義を強め、日米の友好協力関係を守るために、無党派の改革案を掲げ、内閣からも党執行部からも独立して国民の信を問うという、前例のない選択肢を実行に移すと決断するでしょう。国務長官が、日本の民主主義への脅威をよく認識し、首相の緊急・極秘の要請に応じるのが可能であると判断されることが首相の心からの希望です。」

三木は、自民党の反三木グループだけでなく、中曽根らも切って捨て、無党派や中道野党を味方に付けて、衆院解散・総選挙打って出ようとした。だが、4月10日、キッシンジャーから来たのは拒絶の回答だった。「我々は、日本政府と最近合意した手続きによらなければならず、そこでは、米国司法省と日本法務省の間ですべての情報を伝達しあうと定められています。」
三木が決断すれば、刃向かう閣僚15名を罷免し、代わりに、河野洋平、西岡武夫、小渕恵三ら若手議員を入閣させ、総選挙に打って出ることも考えられていた。しかし、結局、三木は決断せず、解散には踏み切らなかった。海部は「どうしてやらないんですか」と三木に聞いたという。三木は「独裁者じゃないから」と答えた。海部は「よいことならばやればいいじゃないですか。独裁者でもいいじゃないですか」と食い下がったが、三木の回答は「俺は独裁者じゃない」だった。

7月27日、三木政権下の検察によって田中は逮捕された。三木は解散権を行使できず、四年の任期満了に伴って行われた12月5日の総選挙では自民党はその議席数を大幅に減らし、その責任を取って辞任した。
米国では11月の大統領選挙では民主党のジミー・カーターが現職のフォードを破って当選した。

田中角栄が米国を怒らせたのは事実だが、その原因は田中政権の資源外交ではなかった。公開が進んでいる米国政府資料にはそのような記載は一切見られない。ロッキード社の資料がチャーチ小委員会に「誤配」されたことがそもそもロッキード事件の性格を示すという謀略説も事実に反している。日中国交正常化を推し進めたから田中は米政府に嫌われたという説もある。確かに台湾との性急な断交やそれに伴う日米安保条約の再解釈について田中がキッシンジャーら米政府に反感をもられたのは事実だが、それはその政策そのものが原因であるというよりも、田中のふるまいと言動が原因だった。田中とともに日中国交正常化に政治生命を賭した外相の大平正芳への米政府の評価は高い。当時の共和党政権で外交を仕切っていたキッシンジャーを怒らせたのは、特使を使った外交を行わなかったことにみられるように、ホワイトハウスとの細かな情報共有を行おうとしないその姿勢と、田中が政治的に微妙な問題を含め、あることないことを織り交ぜて報道機関に情報を流すことだった。

キッシンジャーは田中を人格面から蛇蝎のごとく嫌っていたが、田中の政策が「米国の虎の尾」を踏んだわけではなかった。だが、今も「米国の虎の尾」説は強い影響を与え続けている。田中の失脚と逮捕を「米国の虎の尾」と結びつける考え方が日本政府上層部に浸透した結果、日本政府は「米国の虎の尾」を踏まないように米国の意向を慎重に忖度して政権運営を続けることとなった。
被害妄想的な「米国の虎の尾」説が打ち消されないため、米国の「支配」に対する不必要な反発もその反作用として生まれてきてしまう。

本書は、ロッキード事件が「謀略」ではなく、また、田中角栄が「米国の虎の尾」を踏んだために起きたものでもないことを実証した。