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サテュロスの祭典

神話から着想を得た創作小説を掲載します。

兎神伝〜紅兎四部〜(23)

2022-02-04 00:23:00 | 兎神伝〜紅兎〜革命編其乃二
兎神伝

紅兎〜革命編其乃二〜

(23)磯味

幸せだな…
特に今日と言う一日は…
佳奈は寝床に潜り込むなり、しみじみ思った。
この世で一番好きな人と一緒に暮らして….
この世で一番好きな人の家事をして…
この世で一番好きな人と遊んで…
この世で一番好きな人と戯れて…
朝、一番にお父さんが来てくれた…
お父さん…
佳奈は、亀四郎の事をそう呼んでいる。
家事を教える事を承諾して貰えた時…
『ありがとうございます、亀四郎様…』
と、佳奈が頭を下げると…
『その、亀四郎様ってのは、何とか何ねえかな。あっしは、様と呼ばれるほど、偉かねえんでな。』
亀四郎は、軽く頭を掻きながら言ったのち…
『その…なんつうか…お父さんって、呼んでくんねえか?』
『お…父…さん?』
『そう、お父さんだよ。お父さんって、呼んでくんな。』
そう、照れたように笑って言ってきたのが始まりであった。
しかし、家事を教わる時こそ、鬼かと思われる程恐ろしかったが…
『おめえ、本当によく頑張ったな。偉かった、うん、偉かった。』
最後に、一番厳しく叩き込まれた料理に太鼓判を押された時…
『これはな、あっしからのご褒美だよ。』
亀四郎は、市場に連れて行った帰り、佳奈の頭に梅の飾りがついた簪を髪にさしてくれた。
『あの…そんな、あの…』
『お頭はな、おめえが可愛くなるのを一番お喜びになられるよ。だから、それをさして、お頭を驚してやると良い。本当、可愛いよ。』
『お父さん…』
思わず亀四郎の胸に飛び込み、抱きしめられた時…
親の顔を知らない佳奈は、これが父親の温もりなのかなと、思うようになった。
朝餉の膳を片付けにかかると、亀四郎は恒彦と何やら熱心に話し込み始めた。
こう言う時、決して側に近づき、話を聞くような事をしてはいけないとも叩き込まれたので、どんな話をしていたかは知らないが…
昼近くまで話し込んでいる様子を見て、昼餉は亀四郎とも一緒にできると思っていた。
『すっかり家族が板につきやしたね。』
『何処からどう見ても、年増男に幼妻だ。』
今朝も陽気に言っていたが…
お父さんにも食べて欲しい…
刑部(ぎょうぶ)様の為に拵えた手料理を…
佳奈は心躍らせながら支度をし、あと少しで昼餉の膳が整うとした時、亀四郎は門を出てゆこうとしていた。
『お父さん、お父さん。』
佳奈が急いで曲げわっぱに詰め込んだ昼餉を持って駆けつけると…
『おやおや、あっしに弁当を…』
目尻を下げて言う亀四郎に…
『今日は、昼餉をご一緒できると思ってましたのに。』
佳奈は、口を尖らせ俯いて言う。
『なーに、一人者にはな、今の佳奈ちゃんとお頭の熱い姿は目の毒なこって…』
『もう、お父さん!』
『お頭に、うんと可愛がって貰えよ。遠慮なく、思い切り甘えるこって。』
『はい。』
『それとな…ちゃんと抱いて貰え。戯れるだけでなくてな。』
『ちゃんと…抱かれる…』
『そう、ちゃんとな…でねえと、本当の夫婦(めおと)には、なれねえぞ。』
亀四郎が言うと、それまで恥ずかしそうに笑っていた佳奈の顔色が、急に変わった。
抱かれる…
佳奈は、その意味を嫌と言うほど、あの船の中で叩き込まれていたからだ。
亀四郎は、それと察して…
『なーに、お頭に抱かれるのは、あいつらにされていた事とは違う。戯れるのだって、違えだろう?』
そう言うと、佳奈は力無く頷く。
『まあ、抱かれるのが怖けりゃーな、せめてお頭の疼きを慰めてやるこって。佳奈ちゃんが、毎日して貰っている事を、お頭にもして差し上げれば良え。
うまくやれる自信がなけりゃー、慰め方なら教えてやっても良えぞ。抱かれ方は、無理だがな。』
亀四郎は、そう言うと、佳奈に渡された曲げわっぱを、愛しそうに抱いて、去って行った。
『どうした、朝と違って、元気ねえな。カメさんに、何か言われたのか?』
『いいえ、別に…』
『まあな…あいつは、何かと人を揶揄うのが好きな奴だ…特に、女と子供を揶揄っていつも喜んでる。あいつに何か言われても、気にすんな。』
『はい。』
昼餉の時、恒彦に言われて力無く頷く佳奈は、その後もずっと肩を落とし、俯き加減に過ごしていた。
『お頭に抱いて貰え…』
亀四郎の言葉が、ずっと頭から離れず…
同時に、渡瀬人(とせにん)達に初めて弄ばれた日の事を思い出し続けていたからだ。
しかし…
『なーに、お頭に抱かれるのは、あいつらにされていた事とは違う。戯れるのだって、違えだろう?』
更に亀四郎に言われた事を思い出すと…
確かに違う…
全然違う…
佳奈は、恒彦の愛撫を思い出しながら、心の中で呟く。
あの胸や股間を弄る指先の動きは細やかで優しく、全身を這う唇と舌先の温もりは、とても暖かい。
ならば…
刑部(ぎょうぶ)様に抱かれるのも…
『アッ…アッ…アッ…』
佳奈は、洗い物をしている最中…
不意に声を漏らすと、乳首の辺りと股間に手を伸ばした。
不意にまた、むずつき火照り出したからである。
それが始まり出したのは、恒彦と暮らし始めて一月程経った頃からの事。
彼に愛撫された時の温もりと感触を思い出すと、それが起こり出すのである。
ぎ…刑部(ぎょうぶ)様…刑部(ぎょうぶ)様…
むずつきと火照りは、恒彦の顔が浮かぶにつれて、更に増してゆき、どうにも落ち着かなかなってくる。
『アッ…アァッ…アァァッ…』
佳奈は、最早堪えきれぬと言うように、触れた手の指先で、弄り出した。
始めてそれが始まった頃…
自分で自分がどうなってしまったのか分からず、恐ろしい気持ちと恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。
何とかこの衝動を抑えようと必死にもなったが、身体(からだ)のむずつきと火照りはどうにもならず…
起きて仕舞えば、どうにも我慢出来ずに手が伸びてしまう。
ある時、丁度それが起き始め、堪えきれずに自分で慰め始めたところを、亀四郎に見つかった。
佳奈は余りの恥ずかしさに、後ろを向いて泣き出したのだが…
『恥ずかしがるこたあねえ、ごく普通のこったからな。』
亀四郎は、佳奈の肩に手を乗せて、優しく言った。
『普通の…事?』
『そう、要するに、佳奈ちゃんは女で、お頭は男。それだけのこったよ。
女なら好いた男を、男なら好いた女を、誰だってみんな、身体が求めて恋しがる。』
『みんな…って、刑部(ぎょうぶ)様も?』
『ああ、そうだ。だから、こうして一つ屋根の下で暮らしてるじゃないか。』
佳奈は、亀四郎に言われた事を思い出しながら、なおも身体(からだ)を弄り続けた。
『アッ…アッ…アッ…アッ…』
刑部(ぎょうぶ)様…
刑部(ぎょうぶ)様…
刑部(ぎょうぶ)様…
佳奈は、恒彦の名を口走りながら、そっと目を瞑る。
以前は、目を瞑るのは恐怖でしかなかった。
瞼には、あの船で絶え間なく弄んできた渡瀬人(とせにん)達の顔がすぐに浮かびあがり…
脳裏を掠めるのは、小さな身体(からだ)に十人がかりで群がり、よってたかって弄ばれた時の苦痛ばかりであったから…
でも、今は違う。
瞼を閉じれば、恒彦が優しく笑いかけ…
脳裏を過ぎるのは、恒彦に優しく舐め回された時の、ザラついた舌先の暖かな感触…
そう言えば…
佳奈はふと思う。
私の身体(からだ)って、どんな味がするのかしら…
甘いのかしら…
酸っぱいのかしら…
辛いのかしら…
更にまた…
刑部(ぎょうぶ)様の味は…
『ウグッ!』
佳奈は、突然、激しい吐気に襲われ、口を抑えた。
『さあ、しっかり咥えろよ。』
『噛むんじゃねえぞ、噛んだら…わかってるな。』
『オラオラッ!しっかり舌使って舐めろ!舌使ってよ!』
船の中で、渡瀬人(とせにん)達の穂柱を咥えさせられた時の事を思い出したからである。
鼻をつくような強烈な尿臭と…
口に広がる塩辛い味…
そして…
『さあ、しっかり飲み込めよ!一滴たりとも、吐き出すんじゃねえぞ。』
口腔内に放たれる生臭いもの…
イヤッ…
佳奈はまた、正気を失いかけてきた。
ヤメテ…
ヤメテ…
痛い…
痛い…
お願い、もう…
『イッ…イッ…イヤ…』
佳奈が、今にもまた、悪夢に魘された時の声を上げかけた時…
ポーン…
ポーン…
ポーン…
と、外から聞こえる鞠を弾く音…
同時に、下手くそな手毬歌が聞こえてきた。
あ…
刑部(ぎょうぶ)様…
佳奈は、我を取り戻すと、満面の笑みを浮かべて外に飛び出して行った。
すると、恒彦が無愛想な笑みを浮かべて、こちらに手を振っていた。
佳奈は、毎日、恒彦に愛撫され、今は彼の為に料理を拵え、洗濯や掃除をするようになってから…
彼の事は何でもわかる気してきた。
彼は、孤独を好み、いつも一人でいたがるように見えて、とても寂しがり屋…
ぶっきらぼうで、突き放すような態度ばかり示したがるが、甘えん坊のかまってちゃん…
わざと音を立てて鞠を突き、大声あげて手毬歌を歌うのは、一緒に遊んで欲しいのだ…
『刑部(ぎょうぶ)様!』
佳奈が、洗い物を放り出して外に駆け出すと、恒彦は返事の代わりに無愛想な笑みを浮かべて、鞠を蹴ってきた。
佳奈は、足で鞠を受け止めると…
ポーン…
ポーン…
ポーン…
暫し恒彦と同じ手毬歌を口ずさみながら、つま先で鞠を弾いて見せる。
そして…
ポーンと恒彦に蹴り返すと…
恒彦はまた歌い返しながら、鞠を受け止めようとするが…
鞠は、恒彦の足を遠く外して飛んでゆく。
佳奈がクスクス笑い出すと、照れ臭そうに頭を掻いていた恒彦が、両手を広げてきた。
佳奈は満面の笑みを浮かべて駆け出すと、恒彦の胸に飛び込んで行った。
『佳奈…佳奈…可愛い佳奈…』
恒彦は、柄にもなく加奈に頬擦りしながら同じ言葉を繰り返してきた。
やっぱり寂しかったんだ…
やっぱりかまって欲しかったんだ…
佳奈は、ざらつく恒彦の頬の感触からそう感じると、愛しさが込み上げてきた。
『佳奈や…』
暫し佳奈を頬擦りし続けた恒彦は、佳奈と目を合わせると、無言になった。
佳奈は、こう言う時の恒彦がどうして欲しいか知っている。
甘えて欲しいのだ。
『刑部(ぎょうぶ)様、痛い…痛い…痛いよう…』
『そうか、また、痛むのか。』
『痛い、痛い…』
『よしよし、可哀想に…刑部(ぎょうぶ)はここにいる。ここにいるぞ。』
恒彦は、不器用で…何処か寂しそうな笑みを浮かべると、佳奈を更に強く抱きしめながら、唇を重ねてきた。
佳奈は、互いの舌先を絡ませあいながら、恒彦の手を小さな股間に導いて行く。
『佳奈…』
『刑部(ぎょうぶ)様…』
恒彦は、佳奈がニッコリ笑って大きく頷くのを見ると、佳奈の着物の裾に導かれた手を忍ばせて、小さな丘とスベスベとしたワレメを弄り出した。
『アン…アン…アン…』
やがて、佳奈が甘えるような声を漏らすと、恒彦は唇を首筋から胸へと這わせてゆき…
もう片方の手で、そっと佳奈の胸襟を開かせ、剥き出した粒のような乳首を吸い始める。
『アッ…アッ…アッ…アーン…アーン…アーン…』
佳奈は、更に甘えるような声を上げながら…
違う…
全く違う…
あの人達と刑部(ぎょうぶ)様とは…
暖かい…
暖かい…
だったら…
だったら…
それに…
私って、どんな味がするのかしら…
刑部(ぎょうぶ)様って、どんな味がするのかしら…
心の中で呟き…
『刑部(ぎょうぶ)様、私…』
言いかけるより早く…
『アァァァァーーーーーーンッ!!!』
無意識の声を張り上げながら、意識が遠のいていった。
我に帰れば、恒彦は着物をはだけさせたまま寝転ぶ佳奈の側に座り、いじけたように羽子板で羽根を跳ね上げていた。
佳奈は、恒彦に気づかぬよう、薄目を開けて暫し見つめた後…
『それっ!』
不意に、恒彦に飛びつき、その手から羽子板と羽根を取り上げると、駆け出して行った。
『あっ!コラッ!佳奈っ!』
驚いたように振り向き声を上げる恒彦に…
『刑部(ぎょうぶ)様!』
佳奈は、ニコッと笑って見せると、取り上げた羽子板で、羽根を撥ねつけた。
『そらっ!』
恒彦は負けじと、急ぎ手に持つもう一枚の羽子板で撥ね返す。
『それーっ!』
佳奈の弾けるような声と同時に…
コーン…
コーン…
コーン…
と、羽子板が羽根を突く音が、軽やかに鳴り響いて行った。
今日はどれほど遊んだだろう…
佳奈の笑顔をどれだけ見た事だろう…
恒彦は、一人浴室に篭り、同じ事を思っていた。
亀四郎は、子供ではないと言う…
亀四郎は、女だと言う…
だが…
俺の周りを、囀りながら駆け回る佳奈は、十歳の子供そのものではないか…
今日は一日、あのあどけなさにどれだけ救われた事か…
佳奈と遊んでいる間、恒彦は亀四郎から聞かされた事も、それによる心の疼きも忘れかけていた。
しかし、こうしてまた、一人になってみると…鷹爪衆船頭の末娘は、結局、赤兎にされてしまったと言う…
彼も彼の配下の者達も、皆、家族は河原者に落とされたと言う。
そればかりか…
あの時、救い出したはずの娘達も…
結局は皆…
『あんたは、あいつと違う。全然違うわ。』
『やっぱり、私はあんたが好き。あいつなんかより、ずっと、ずっとね。』
また、あの妖艶な笑みと眼差しをむけて、囁きかける声が聞こえて来る。
何が違えってんだ…
結局、何もできやしねぇ…
結局、ただの弱虫なのは一つも変わらねぇ…
不意にまた、佳奈が恋しくなってきた。
柔らかな感触と温もりと…
花のような芳しい香り…
何にも増して…
果実のような甘い味…
焚き場から、新たな薪木を焚べる音と火を吹く音が聞こえてくる。
『刑部(ぎょうぶ)様、湯加減、いかがですか?』
『うん。良い具合だ。』
恒彦は、焚き場の火を見る佳奈に答えながら、あの小さな身体(からだ)が、脳裏を掠めてきた。
今や、目を瞑らなくても、佳奈の身体(からだ)の隅々まで脳裏に浮かび上がってくる。
そして、細長い手が恒彦の首の後ろにまわされ、うっとりさせた笑みと眼差しが、唇を求めてくる。
佳奈、一緒に入らぬか…
喉元まででかかった時…
恒彦は、ハッとなって口を噤む。
股間が疼き腫っている。
同時に、また、毎夜見る夢を思い出してきた、
『アーンッ…アンッ…アンッ…アーン…』
赤子のような声で喘ぐ佳奈の身体(からだ)を、憑かれたように愛撫している夢…
首筋を舐め、乳首を吸い、背中を撫で回し…
手足の指を、一本一本丹念にしゃぶり回してゆく。
そうして、股間に顔を埋め、白桃色した真っさらな神門(みと)の盛り上がりと、真ん中を走るワレメを目にした時…
いつもなら、果実の汁を吸うように、夢中になってむしゃぶり、舐め回すのだが…
夢の中では、急に動きが止まり、鼓動が高鳴り出す。
ワレメを開けば、まだはみでる気配すら無い、小さな内神門(うちみと)のヒダが、早く愛撫して欲しいとヒクヒクさせている。
恒彦も、早く次の行動に出たいと気は急くが、金縛りにあったように、目がそこに釘付けとなり…
鼓動の高鳴りばかりが激しさを増してくる。
同時に疼き出す股間の膨張…
『刑部(ぎょうぶ)…様…刑部(ぎょうぶ)…様…』
佳奈が、悩ましい声で呼び掛けると、遂に恒彦の理性の糸が切れ、飛び上がるように顔を上げるや、小さな脚を乱暴に広げさせる。
そして…
『刑部(ぎょうぶ)様!』
何が起きたのか理解できぬ佳奈の驚愕した眼差しをよそに、恒彦は極度まで膨張した穂柱を、佳奈の神門(みと)に押し付ける。
『イヤッ…ヤメテ…ヤメテ…イヤッ…イヤッ…』
漸く、何が始まるのか察した佳奈は、涙目で嫌々をし…
『痛いっ!痛いっ!痛いっ!キャーーーーーーーーッ!!!!!!』
凄まじい絶叫を耳にするのを最後に、恒彦はもう、自分が何をしてるかわからなくなっている。
ただ…
気づいた時には、疼きのおさまった穂柱の先端から糸を垂らし、佳奈の血まみれになった神門(みと)のワレメからは、大量の白穂が溢れ出しているのである。
『佳奈…すまんっ!すまんっ!』
恒彦は、漸く取り返しの付かぬ事をした事に気づき、必死に謝るが…
佳奈は、意外にも満面の笑みを浮かべていて…
『刑部(ぎょうぶ)様が、私の中に入って来られました。これで、私達、本当の夫婦(めおと)ですね。』
と、囁くように言う。
その笑顔は、嬉しいと言うよりは、何処か勝ち誇り、何かに達したようにも思われた。
恒彦は、夢の細部まで思い出すと、また、あの妖艶な笑みと眼差しの囁きが聞こえ出してくる。
『佳奈ちゃんの抱き方、知りたくて?』
『佳奈ちゃんの抱き方、教えてあげようか。』
『佳奈ちゃんの抱き方、教えてあげる。』
『いらっしゃい、私の懐に…佳奈ちゃんの全部、教えてあげてよ。』
恒彦は、延々と耳の奥底に響く声に向かい…
『余計なお世話だ!消えろ!』
叫びかけた時…
『刑部(ぎょうぶ)様、お背中お流ししましょうか。』
湯殿の引戸越しに、佳奈の声が聞こえて来た。
佳奈、来てくれたのか…
恒彦は、ホッと救われたように気持ちを落ち着けた。
『うん、頼む。』
『では、失礼します。』
声と同時に引戸が開き、三角巻きに手拭いを巻き、襷掛けした佳奈が入って来た。
『佳奈…』
恒彦が、何処か寂しげに笑いかけると、佳奈は満面の笑みで返して、早速背中を流し始めた。
佳奈は、例によって、そうするのが何よりも幸せであるかのように、恒彦の背中を丹念に洗い流して行く。
心地よい…
何て心地よいのだろう…
恒彦は、佳奈に手拭いで背中を擦られ、湯をかけられながら、染み染み思った。
まるで、垢と一緒に、心の痛みも傷も、全て洗い流されるような気がする。
と…
不意に、佳奈の手が止まった。
『佳奈、どうした?』
『刑部(ぎょうぶ)様、何かありまして?』
『何でだ?』
『何だか、とても悲しそう…』
佳奈は言うなり、恒彦の肩を抱き、頬を乗せた。
『何も無いさ。ただ…』
『ただ?』
『自分の弱さ、不甲斐なさ、情けなさを染み染み感じていただけさ…』
恒彦が自嘲気味に言うと…
『刑部(ぎょうぶ)様は、不甲斐なくも情けなくもありません…とても、お優しくて、お強くて、頼もしいお方です。』
『佳奈…』
恒彦が振り向くと、佳奈はハラハラと涙を零して、しゃくりあげていた。
『そうか…俺は、優しく、強く、頼もしいか…』
『はい。』
恒彦は、しゃくりあげながら頷く佳奈の頭をそっと撫で…
『おまえも、背中を流すか?』
話を変えるように言うと…
『はいっ!』
佳奈は打って変わったように、満面の笑みを零し、そそくさと着物を脱ぎ出した。
『どうだ、佳奈、気持ち良いか?』
『はい、とても。』
嬉しそうに頷く佳奈は、やはり来てみて良かったと思った。
焚き場で、壁越しに返事を返す恒彦の声は、何処か寂しそうに感じられた。
何より、来て欲しい、側にいて欲しいと言われているような気がした。
佳奈は、矢も盾もなく駆けつけてみたが…
やはり、寂しかったんだ…
恒彦の背中を流しながら、そう感じると、胸がいっぱいになり、思わず涙を溢れさせた。
しかし、無骨な手で、不器用に背中を流してくる恒彦は、もう寂しくはなく、とても嬉しそうであった。
『刑部(ぎょうぶ)様、佳奈は此処におります。』
佳奈が不意に呟くように言うと…
『佳奈…』
刑部(ぎょうぶ)の手が止まった。
『もう、大丈夫…もう、大丈夫…佳奈は、ずっと、ずっと、刑部(ぎょうぶ)様のお側におります。』
佳奈が更にそう言うと…
『佳奈、こっちを向いて…』
恒彦は言いながら、佳奈を正面に向かせた。
『前も、洗ってやろう。』
『はい。』
佳奈がまた、満面の笑みで頷くと、恒彦は早速湯をかけ、前も洗ってやり始めた。
無骨な手に握られた手拭いが、小さな首筋から肩、肩から両腕、指の先へと優しく擦られながら、ゆっくりと這ってゆく。
『佳奈、刑部(ぎょうぶ)もだ…刑部(ぎょうぶ)も、ずっと側にいるぞ。一生、佳奈を手離しはしないぞ。』
恒彦もそう言うと、佳奈の小さな指を一本一本口に含み、手の裏表を舐め回しながら、手拭いを真っ平らな胸に運び、乳首の当たりを撫で回すように洗い出した。
『アァァ…アァァ…アァァ…』
佳奈は、うっとりした顔を天井に向け、静かな喘ぎを漏らしだした。
『佳奈…佳奈…俺の佳奈…』
恒彦が、佳奈の手から腕に舌先を移しながら、それまで撫で回していた粒のような乳首をそっと摘んで洗い出すと…
『アンッ…アンッ…アンッ…』
それまで、伸びやかだった佳奈の喘ぎは、軽やかで短調になって行く。
そして…
『佳奈…』
『刑部(ぎょうぶ)様…』
存分に小さな両腕を味わい尽くした恒彦は、顔を上げて佳奈と見つめ合うと、濃厚に唇を重ねながら、手拭いを更に腹部、下腹部へと移してゆく。
やがて、無骨な手に握られた手拭いが、股間にただすると…
『アァァッ…アッ…アッ…アッ…アァァッ…アッ…アッ…アァァッ…』
佳奈は、恒彦に吸われる唇を離して、まあ、喘ぎ出した。
『佳奈、そこにお座り。』
『はい、刑部(ぎょうぶ)様…』
恒彦は、佳奈を湯船の縁に腰掛けさせると、大きく脚を開かせ、股間に顔を埋めた。
真っさらな丘の膨らみは、薄紅から紅色に変わり、神門(みと)の中央を走る縦一本線のワレメは、既にしっとりと濡れていた。
ワレメを開き、参道を覗き見れば…
あるかなしかの小さな内神門(うちみと)は、早く吸われたいと、ヒクヒクさせている。
不意に、恒彦の動きが止まった。
早く佳奈の果実に口付けたい…
果汁を吸うように、むしゃぶりつきたい…
気持ちばかり急くのだが…
まるで、金縛りにあったように、目線が参道の奥へと釘付けられ、鼓動ばかりが高鳴り出す。
これは…
と、恒彦は思う。
あの夢と同じ光景…
早くこの金縛りを解かなければ…
佳奈の果実に口を運び、いつも通りに仕上げねば…
しかし、恒彦の焦りと反比例して、股間は疼き腫れ上がり、穂柱は痛い程に熱を帯びて膨張している。
その時…
『刑部(ぎょうぶ)様…』
頭の上から、佳奈がうっとりと笑いかけてきた。
『佳奈…』
一瞬、理性が飛んでしまうのでは…
夢のように…
思いかけたのとは裏腹に、恒彦は正気に帰ると笑い返し、そのまま佳奈の股間に顔を埋めて行った。
本当に幸せ…
恐ろしいくらいに…
佳奈はまた、今日と言う一日を振り返って、しみじみ思った。
刑部(ぎょうぶ)様と一緒に暮らせて…
刑部(ぎょうぶ)様の為に家事をして…
刑部(ぎょうぶ)様と一緒に遊んで…
刑部(ぎょうぶ)様と一緒に戯れて…
だけど…
刑部(ぎょうぶ)様は…
あれだけ愛撫されたと言うのに、まだ身体(からだ)は火照り続け、鼓動は高鳴り続けている。
あの後二人で湯に浸かると、それまで繰り広げていた男と女の戯れと一変して、共に子供帰りした。
恒彦が、手で水鉄砲をして見せると、佳奈は面白がり、自分もやってみたがった。
水鉄砲は、見た目と違って、いざやってみるとなかなかうまく行かず、恒彦が手本を見せる度に首を傾げてばかりいた。
恒彦も途方にくれた。
何しろ、手の水鉄砲は理屈ではなく、身体(からだ)で覚えた遊びなのだ。
言葉で教えようがなく、どうして良いかわからなかった。
しかし、何度も見よう見まねでやるうちに、佳奈は何気なくできるようになった。
『刑部(ぎょうぶ)様、できるようになりました。』
『おう、うまいじゃないか、佳奈…』
言いかける恒彦の顔に、佳奈が撃つ水鉄砲の飛沫が、恒彦の顔を直撃する。
『あっ!やったな、コラッ!』
クスクス笑う佳奈の顔に、今度は恒彦が飛沫を浴びせた。
『それっ!』
『そらっ!』
それから、二人は延々と飛沫のかけっこをした後、恒彦は水面に手を押し込むように潜らせ噴水を起こして見せた。
それも、手の押し込み方、力加減、手を潜らせる深さに応じて、実に様々な形の噴水を起こし、さながらそれは、水芸のようであった。
『わあっ!』
恒彦が一つ噴水を起こす度に、感嘆の声を上げる佳奈は、飽きる事なく何度も見たがり…
『刑部(ぎょうぶ)様、もっと見せて下さりませ、もっと見せて下さりませ。』
『よーし!それじゃあ、次はこうだ!』
恒彦も、得意になって、延々と様々な噴水を作り続けた。
やがて…
『何か、ぬるくなってきました。』
佳奈は、湯が冷めて始めた事に気付き始めた。
思えば、長いこと、焚き場の番人は不在になっていたのである。
薪木も次第に燃え尽きて、湯を炊く火は消えかけていたのである。
しかし…
『ぬるうなんか無いさ。』
恒彦は言って、出ようとしない。
『でも…』
佳奈は、恒彦に風邪をひかせては…と、思うと…
『こうすれば、温かろう。』
恒彦はそう言って、佳奈を抱きしめた。
『はい。』
確かに…
こうして肌を重ねて抱きあえば、とても暖かいなと、思った。
湯よりも、恒彦の温もりの方が、暖かいなと思い、もう少しこうしていたいと思った。
それに、何故か…
湯が冷めてくるのとは反比例して、恒彦の肌は熱を帯びているようにも思われたのだ。
このまま一晩、冷めた湯の中で抱き合うのも良いかも知れない…
と、その時…
佳奈は、尻に何かコツコツ当たるものがある事に気づいた。
えっ?
佳奈は、何だろと思い手を伸ばして、ハッとなった。
『佳奈、どうした?』
『えっ?いいえ、何でもありませぬ。』
『そうか…』
そしてまた、恒彦の胸に顔を埋めながら、亀四郎の言葉を思い出す。
『要するに、佳奈ちゃんは女で、お頭は男。それだけのこったよ。
女なら好いた男を、男なら好いた女を、誰だってみんな、身体(からだ)が求めて恋しがる。』
刑部(ぎょうぶ)様が、私を求めてる…
刑部(ぎょうぶ)様の身体(からだ)が、私を…
そしてまた、亀四郎の言葉を思い出す。
『ちゃんと抱いて貰え。戯れるだけでなくてな。』
『抱かれるのが怖けりゃーな、せめてお頭の疼きを慰めてやるこって。佳奈ちゃんが、毎日して貰っている事を、お頭にもして差し上げれば良え。』
私も、刑部(ぎょうぶ)様を…
私って、どんな味なのかしら…
刑部(ぎょうぶ)様の味って、どんな…
しかし、此処でまた…
『さあ、しっかり咥えろよ。』
『噛むんじゃねえぞ、噛んだら…わかってるな。』
『オラオラッ!しっかり舌使って舐めろ!舌使ってよ!』
船の中で、野獣のような男達に、連日捻り込まれた穂柱の尿臭と、口腔内に放たれた生臭いものの記憶が、佳奈は思考を遮られて震えだす。
『どうした、佳奈?』
『刑部(ぎょうぶ)様、寒い…とても寒い…』
『そう言えば…』
恒彦は、薪木の燃える音が止まっている事に気づいた。
新しい薪木を継ぎ足す者がいなくなれば、やがて燃え尽き、火は消える。
抱きあえば暖かいと言っても、湯が水になれば、さすがに寒い。
『出ようか。』
『はい。』
恒彦は、静かに頷く佳奈を愛しげに抱き上げると、漸く湯船を上がった。
『良い。』
恒彦は、佳奈に身体(からだ)を拭われ、洗い立ての寝巻きを差し出されると、そっと押し退けた。
『今宵は、このまま寝る。』
『ならば、私も…』
佳奈も、そう言って自身の寝巻きを押し退け、恒彦の背中に頬を乗せると…
『行くか。』
恒彦は、佳奈の頬を撫で、互いに笑みを交わし合って立ち上がる。
二人とも、一糸纏わぬ裸のまま湯殿を出て、寝間に行き、寝床に入った。
どうして差し上げれば良いのだろう…
風呂を上がった後も、恒彦の穂柱は、ずっとそそり勃たたせていた。
おそらくは、今もきっと…
その原因は自分にある。
佳奈の身体(からだ)が恒彦を求めるように、恒彦の身体(からだ)も佳奈を求めているのだ。
どうして差し上げたら…
その思いはまた…
どんな味がするのかしら…
私の身体(からだ)は…
刑部(ぎょうぶ)様の身体(からだ)は…
『佳奈、眠れねぇのか?』
『はい。』
『また、痛むのか?怖え夢を見そうなのか?』
『いいえ…』
『じゃあ、どうして…』
恒彦が言い終えるより先に、佳奈は唐突に起き上がるや唇を重ねた。
『佳奈…』
『刑部(ぎょうぶ)様、私ってどのような味がするのですか?』
『味?』
『はい、私を可愛がってくださる時の味です。』
『そうだな。とても、甘え味だ。』
『どのような、甘さですの?』
『そうだな…その日、その時、佳奈の身体(からだ)の場所によって違う。瓜のようでもあれば、柿のようでもあり、蜜柑のようでもあれば、杏子のようでもある。』
『何処が一番甘うございますか?』
恒彦は、答える代わりに、佳奈の股間を弄り出した。
『アッ…アッ…アッ…アァァァァ…』
『此処が一番甘え、特にこのあたりがな…』
『アァァァァーーーーーーンッ!!!!』
佳奈は、股間を弄る指先が、神門(みと)先端の包皮を捲りあげ、粒のような神核(みかく)を直に摘まれると、腰を弓形に反らせて声を上げた。
『それと、此処だな…』
『アァァーンッ!アッ!アッ!アッ!アァァーンッ!』
恒彦は、更にもう片方の手の指先で佳奈の片方の乳首を摘んで言うと、更にもう片方の乳首を舐め出した。
『アンッ!アンッ!アンッ!アンッ!』
佳奈は、暫しの間、身体(からだ)を仰け反らせて声を上げ続けた後…
『刑部(ぎょうぶ)様…私も、知りとうごぞいます。』
『何をだ?』
『刑部(ぎょうぶ)様のお味を…』
『俺の味?』
首を傾げる恒彦にニコッと笑って見せると、その首筋に唇を当てた。
『佳奈…』
佳奈は、戸惑う恒彦をよそに、いつも自分がそうされるように、唇を首筋から胸へと這わせ、毛に覆われた乳首の辺りを舐め始める。
『ウッ…』
不意に、小さな手が、股間に回さらると、恒彦は声を漏らした。
熱い…
何て熱いのだろう…
佳奈は、極限までそそり勃つ穂柱を手に包み込むと思った。
『ウゥゥ…佳奈…佳奈…』
『刑部(ぎょうぶ)様は、塩辛うございます。』
『塩…辛い…』
『はい。でも、とても優しい辛さです。』
そう…
塩辛いけど…
とても優しい味…
とても優しい匂い…
あの人達と違う…
あの人達と全然違う…
佳奈は、胸から腹部、腹部から下腹部へと唇を動かして、舌先を這わせて行く事に、船の上の事が一つ一つ消えて行くのを感じた。
代わりに、恒彦の事でいっぱいになって行く…
佳奈の手の中で、恒彦の穂柱は更に熱を帯びて行く…
何て愛しいのだろう…
もう怖くない…
もう痛くない…
『ウゥゥッ…佳奈…佳奈…ウゥゥ…』
『はい、佳奈は此処におります。』
『佳奈…佳奈…』
そうではない…
そうではない…
よせ…
やめるんだ…
それ以上されたら…
俺は…
しかし、恒彦の声は、喉から出てくる事はなかった。
熱く激る穂柱を包み込む小さな手の温もりと、身体(からだ)の上を這う柔らかな舌先の感触に、金縛りにかけられ…
意識も理性も遠のいて行くのを感じる。
このままでは…
このままでは…
あの夢のように…
『ウゥゥッ…佳奈…佳奈…佳奈…』
わあ…
可愛い…
佳奈の唇が、恒彦の下腹部を通過して、遂に穂柱近くまで到達した時…
佳奈は、思わず笑みを浮かべた。
船の上で突きつけられたモノのように臭くもなければ、醜くもない。
何故か、幼い坊やに遭遇したような愛しさが込み上げてくるのを感じた。
手を離せば、ヒクヒク揺れる穂柱は、早く早くと駄々をこねてるようにも見える。
もうすぐですよ。
佳奈は、穂柱を軽く小突き、その先端を指先で優しく撫で回しながら、また、同じ思いが過り出した。
どんな味がするのだろう…
私の味は、蜜柑や杏子だと仰られてたけど…
刑部(ぎょうぶ)様の味は…
この味は…
この匂いは…
まるで…
『ウゥゥッ…佳奈…佳奈…もう…もう…』
佳奈を押し退けなくえは…
そう思うのとは真逆に、恒彦の手は、佳奈の頭を押し付けるように撫で回し、神門(みと)のワレメを弄り続ける。
柔らかな髪と、しっとり濡れた参道の感触は、穂柱を揉み扱がれ、穂袋を舐められる心地良さを増長させる。
恒彦は、腰をくねらせ、全身を悶えさながら、何もかも飛んでゆくのを感じた。
意識も、理性も、良心も…
ただ、桃源に遊ぶにも似た快楽に、身を委ねる事しかできなくなっていった。
『佳奈…』
佳奈は、穂袋を丹念に舐め回すと、いよいよ休みなく扱き続けてきた、穂柱に舌先を向けた。
最初は、裏側の付け根から先端に向けて何度も舐め上げ…
次第に先端の裏側を集中して舐め回したゆき…
『ウゥゥッ…ウッ…ウッ…ウゥゥッ…』
恒彦の呻きとも喘ぎともつかぬ声は、穂柱を頬張る佳奈の小さな口と舌先の動きに合わせ、次第次第に大きくなって行く。
磯の味…
潮の味…
佳奈は、口腔内に広がる穂柱の味を舌先に噛み締めながら、思った。
川の世界を生きる人だけど…
刑部(ぎょうぶ)様から滲みでる味と香りは、海のもの…
広い広い…
果てしない海のもの…
『ウッ…ウッ…ウッ…ウッ…』
恒彦は、次第に下腹部の奥から、何やら暖かいものが込み上げてくるのを感じた。
近づいている…
この暖かいものが、外に向かって放たれようとする瞬間が…
そして…
『ウゥゥゥゥーッ!!!!』
恒彦が、獣の咆哮にも似た声を上げて、思い切り腰を突き上げると同時に…
広がる…
広がる…
磯の味…
潮の味…
佳奈は、口腔内いっぱいに、泉のように湧き出る生暖かなものを吸い上げ、呑み込みながら思った。
広い…
広い…
果てしない…
海のような味が…
刑部(ぎょうぶ)様が、私の中に入ってらした…
これで、夫婦(めおと)になれるんだ…
私は、刑部(ぎょうぶ)様のお嫁さんになれるんだ…
そう思うと…
『佳奈っ!』
白穂を放ち尽くすと、漸く我に帰った恒彦は蒼白になって状態を起こした。
佳奈は、尿道に残った白穂も飲み尽くそうと、未だ穂柱を吸い上げている。
とうとうやってしまった…
夢の通りになってしまった…
恒彦は、取り返しのつかない罪悪感に震え出すと…
『刑部(ぎょうぶ)様。』
と、漸く穂柱から口を離す佳奈が、満面の笑みを向けてきた。
『佳奈…』
『刑部(ぎょうぶ)様は、磯の味…広い広い果てしない、海の味が致しました。』
『そうか…』
『これで、私、刑部(ぎょうぶ)様に夫婦(めおと)にして頂けますね。私、刑部(ぎょうぶ)様の、お嫁さんにして頂けますね。』
そう言って、笑いかける佳奈の顔は、嬉しいと言うより、何か誇らしげなものを感じさせていた。

兎神伝〜紅兎四部〜(22)

2022-02-04 00:22:00 | 兎神伝〜紅兎〜革命編其乃二
兎神伝

紅兎〜革命編其乃二〜

(22)女心

『これはどーも、ご無沙汰しておりやす。』
恒彦の邸宅に、亀四郎が久しぶりに訪れた。
厳密に言えば、顔を出してきたと言う方が正しいかも知れない。
『何がご無沙汰だ。毎日、物陰に隠れて、俺達の様子を見ていた癖に。』
恒彦が口元片方吊り上げ苦笑いして見せると…
『刑部(ぎょうぶ)様。』
佳奈が、空になった椀に手を伸ばしてきた。
『うん。』
恒彦が軽く頷き、椀を差し出すと、佳奈はそうする事が嬉しくてたまらぬと言うように、椀に飯を盛り出した。
『いやはや、知らぬ間に、すっかり家族が板についてきやしたなー。』
亀四郎が、二人のやりとりを見て、大仰に目を見張って見せると。
『カメさん、恩に切るぜ。』
恒彦は、亀四郎の視線を逸らせつつ、ぶっきらぼうに言って見せた。
『はて、何の事でござんす?』
『佳奈を仕込んでくれた事よ。ついでに、簪まで買ってめかし込ませてくれてよ。おかげで、殺風景だった俺の屋敷も花ができたってもんだ。』
『なーに…昔亡くした娘を思い出しただけの事でござんすよ。』
『何だ、カメさんにお嬢がいたのけー。』
『遠い昔の話でござんす。』
亀四郎が言いながら、いつの間にか縁側に腰掛け、煙草を蒸し始めると、佳奈はさりげなく側に行き、煙草盆と茶を差し出した。
恒彦は、佳奈の卒のない動きを見て、改めて亀四郎の仕込みに舌をまく。
『でも、良いもんでござんしょう。こうやって、家に女の家族が一人いるもんって…だから、前から言ってるでござんしょう、早く嫁を貰えってね。』
『カメさん!』
『まあ、それももう言うめえ。こうして、佳奈ちゃんって立派な嫁さんができたからにはね。』
『おいおい、嫁さんって…』
『何言ってるでござんすか。こうして見れば、どう見たって、年増男に幼妻でござんすよ。』
亀四郎がそう言うと、佳奈は忽ち耳たぶまで顔を赤くして、肩を窄めた。
そして、ゆったりと朝餉の時は過ぎ、日は更に高く登り出した。
改めて見れば、庭先の梅はほのかに蕾をつけ、何処からとなくやってきた目白が数羽戯れている。
『夢…で、ござんすか…』
『そうだ。最近、同じ夢ばかり見る。』
佳奈が膳を下げ、洗い物を始めると、恒彦は、寝ても覚めても悩まし続ける夢の話をして聞かせた。
『成る程ねー。佳奈ちゃんを手篭めにする夢ねー。』
『厳密に言えばそうじゃねえ。最初は佳奈と二人で楽しく戯れてるんだ。だけど…』
『戯れているうちに、自分が何してるかわからなくなり…気づけば泣き噦るあの子をお頭が…』
『いや、それもちょっと違ってる。自分が何してるかわからなくなってるのはその通りなのだが…何と言うのか…あの子は何でか笑ってやがる。いや、勝ち誇っていると言った方が良い。』
恒彦はそう言うと、右手を額にあてて、憔悴しきったように俯いて見せた。
『成る程ね。で、お頭はいってえ、どうしてえんです?あの子の事を…』
『どうするって…』
『知っておりやすぜ、毎晩、お頭があの子の身体(からだ)にしてる事をね。』
『だから、それは…』
『あの子の身体(からだ)の傷は完治した。あれだけ参道を掻き回されながら、御祭神も無事で、子供も産めるって話だ。悪夢だって、もう見ねえ。それでも、毎晩、あの子と戯れて…娘でござんすは通用せんでしょう。
一層、あの子を本当に抱いてみたら、如何でござんすか?』
『おいおい、カメさん。本当に抱くって、あの子はまだ…』
『まだ十歳の子に、あそこまでしておいて、今更でござんすよ。
むしろ、白黒はっきりしてやんねーと、あの子が可哀想でござんす。
あの子は、本気でござんすからね。』
『本気って、お前…あの子は…』
『十歳でも、五歳でも、女は女でござんす。いつだって、本気でござんす。
そうそう、あのお膳、誰が選んで買ったと思いやす?』
『そりゃあ、カメさんが…』
『まあ、金出してやったのはあっしでござんすけどね。でも、市場を何刻も歩き回って、選びに選んだのは、あの子でござんすよ。』
亀四郎に言われ、恒彦は成る程と思った。
通りで、飯事道具のような可愛い膳な筈であった。
『あれだけじゃ、ござんせん。あの子、本当にあっしのしごきに耐えに耐え抜きましたからね、健気な程に…だから、完璧にできるようになった時、あっしは何でも欲しいものを買ってやると言ったんですよ。
でも、あの子、何を欲しがったと思いやすか?
調理道具、裁縫箱に道具一式、洗濯道具に、さりげなく部屋を模様替えする為の置物飾り物…
何一つ、自分の為のものは欲しがらず、お頭を喜ばせる為に使うものばかりでござんしたよ。
それで、あっしが最後に選んで買ってやったのが、あの簪でござんす。それも、最初は遠慮してね…
でも、佳奈ちゃんが可愛くなるのを、お頭は一番お喜びになると話てやったら、漸く喜んで受け取ってくれたんでござんすよ。』
成る程…
あの子は、そう言う子なのか…
恒彦は、また一つ、佳奈の事で知らなかった事を知らされた気がした。
いや…
何でも知り尽くした気になっていたけど…
結局、佳奈の事で知っている事と言えば、身体(からだ)の秘部の形だけでしかない気もしてきた。
そう言えば…
この前、一緒に市場に出かけた時も、見つけてくるものと言えば…
『おいおい、これは男物の着物だぞ。おまえ、本当にこんなの着たいのか?』
『ううん。』
『それじゃあ、これ…』
『刑部(ぎょうぶ)様に似合いそう。』
『俺か?』
『はい。』
そう言って、羽織に手拭い、鉢巻、帽子…
何処から見つけてくるのかわからないものを恒彦に身に付けさせては、うっとりするような眼差しを向けて、喜んでいた。
一体、何を買いに出かけたのかわからぬと思いながら…
漸く最後に欲しがったのは、庭の木に吊るす巣箱であった。
何でも、雛鳥をこの目で見てみたいとの事であったが…
何て事はない…
冬の庭木を見て、寒そうに震えている小鳥がいたから、お家を作ってあげたい…
それが本当の理由であった。
『まあ…あの子をどうされるかは、お頭がお決めになればようござんしょう。お頭を家族に選んだのはあの子、あの子を引き取るとお決めになられたのはお頭…
他人の出る幕はござんせん。
ただね…
このまま一緒にお暮らしになられるのでござんしたら、女心を知る事にござんすよ。』
『女…心…』
『そう…五歳だろうと、十歳だろうと、百歳だろうと、女は女でござんす。その女と一つ屋根の下でお暮らしになるってのでしたら…女心をわかってやる事にござんす。
できねえって仰るんでしたら、今からでも遅くはありやせん。
おめえの事は遊びだったと仰り、冷たく突き放して、何処か遠くへおやりになられた方がようござんしょう。』
『佳奈を手離せと…』
『最初はお互い傷つくでござんしょうが、長い目で見て、その方が良いと言う事もござんすよ。』
恒彦は、何も答えず、ムッツリ黙りこみ、また右手で額を抑え俯いた。
『できねえ…で、ござんしょうね。佳奈ちゃんもそうでござんしょうが、お頭も、もう、あの子なしでは生きられねえで、ござんしょうから…でしたら、佳奈ちゃんを十歳の子供ではなく、女として、見ておやんなせえ。』
亀四郎はそう言うと、徐に立ち上がった。
『何だ、カメさん。もう帰るのけえ?昼餉は一緒に食おうと思っていたのに…』
『初々しい幼妻持ち、これ以上見せつけられるなあ、今のあっしにゃ、きつぅござんすよ。昔を思い出しやすからねぇ。
あ…そうだ…』
と、玄関口に向かいかけた亀四郎は、不意に恒彦に背を向けたまま、何かを思い出したように立ち止まった。
『お頭が、娘達の解放を条件に解き放ってやった鷹爪衆の船頭一味ですがね…やはり、身内で処断されやしたよ。』
『そうか。差し詰め、首でも刎ねられたか…』
『いいえ、磔でござんす。身内は全員河原者送り…
でもって…
船頭の末娘…静ちゃんと言いやすがね…赤兎にされやしたよ。』
『何だと!』
『奴が処断されるのは当然として…罪もねえ奴の幼い娘がそんな目に遭わされるのは避けてえとのお頭の差配だったんでしょうがね…
あの阿片の密売と穢兎(けがれうさぎ)処分に託けた不正人身売買…その裏には、鱶背社領(ふかせのやしろのかなめ)と聖領(ひじりのかなめ)の裏交渉が絡んでいたようでござんす。』
『聖領(ひじりのかなめ)だと…鱶背(ふかせ)単独でか?』
『厳密には…戸塚家(とづかのいえ)の完全失墜を目論む、昴田家(すばるたのいえ)と三波家(みつなみのいえ)、両家単独で…が、正解でござんしょうな。』
『フッ…鱶背(ふかせ)御家芸のお家騒動か…だが、聖領(ひじりのかなめ)との単独交渉となると、神領(かむのかなめ)全体を揺るがすことになる。まず、権威回復を目論む鱶腹(ふかはら)の総宮社(ふさつみやしろ)が黙っておるめえ。』
『それも、更に後ろには占領軍の機密砦が絡んでるとくれば…』
『例の、大筒を使わず飛ばせる爆弾…か?』
『よく、ご存知で…』
『そんなもん…本当にあるのけぇ?』
『さあ…外国(とつくに)の事は、あっしにもよくわかりやせん。
が…少なくとも、そんな噂のある連中と、鱶背(ふかせ)が勝手な取り決めをするとなりゃー、大事になるのは確かなこって…
そんな重大な事を左右する商売にヘタを打ったとなりゃー…みなまで言わずともわかるでござんしょう。』
恒彦はまた、右手で額を抑え俯き、黙り込んだ。
『それでも、あの時に保護した娘達さえ救われればまだしもでござんしたけどね…』
『あの子達がどうした?』
『短い間に玩具にされまくり、半分は御祭神が破壊されて子を産めねぇ身体(からだ)に…
せっかく御祭神の傷は治せても、気が触れてしまった子も少なくなく…
もっと悲惨なのは、元々、親の手で売られた子達…』
『また、売られてしまったと…』
『仕方ねぇこって…その子達の家の貧しさの後ろには、本社宮司(もとつやしろのみやつかさ)の独裁強化と、総宮社(ふさつみやしろ)を廃しての神領(かむのかなめ)制覇を目論む社の搾取がごぜえやす。ただでさえ貧農寒村に、農具、農地、井戸、家畜…全ての使用に重い賃料と玉串を科し、更に収穫の五割、売上の三割の玉串が科せられる。子供を売らにゃー、生きてゆけねえんで…
お頭が、たまたま佳奈ちゃんを目に留め、得られたお二人の幸せの影には、そんな悲惨な話があるんでござんすよ。
ですからねぇ…』
亀四郎は、そこでほんの少し顔を後ろに向け…
『佳奈ちゃんとの幸せ、大事にするこってすぜ。』
そう言うと、何処か重い足取りでその場を去って行った。

兎神伝〜紅兎四部〜(21)

2022-02-04 00:21:00 | 兎神伝〜紅兎〜革命編其乃二
兎神伝

紅兎〜革命編其乃二〜

(21)愛撫

恒彦は、汁物の匂いに鼻をくすぐられて目覚めを迎えた。
寝間に差し込む日差しは、かなり高くなっている。
こんな遅くまで眠っていたのか…
気付かぬうちに眠り、気づけば既に目を覚ますと言う日々を長年過ごしてきた恒彦が、まともに眠ったと感じた事は皆無に等しい。
しかし…
昨夜は何と深く眠った事か…
見る夢もいつもは違っていたな…
それにしても…
あんな夢を見るなんて…
『刑部(ぎょうぶ)さん、佳奈ちゃんを女として見てるでしょう。』
また、軽信の妖艶な眼差しが脳裏を過ぎる。
彼女と出会ってどれほど経つかは覚えてない。
それでも、名無しと呼ばれる暗面長(あめんおさ)の噂を耳にし始めた頃には、もう知り合っていたと思う。
そもそも、最初にあの男の話を耳にしたのは、軽信の口からであったような気もする。
とにかく、かなり長い付き合いなのは確かだ。
しかし、未だにあの吸い込まれそうな笑みと眼差しに慣れる事はできないでいた。
あの笑みと眼差しで見つめられると、理性を失い、取り返しの付かぬ事をしでかす気がする。
殊に、あんな夢を見た後では…
『佳奈ちゃんの抱き方、知りたくて?』
『佳奈ちゃんの抱き方、教えてあげようか。』
『佳奈ちゃんの抱き方、教えてあげる。』
『いらっしゃい、私の懐に…佳奈ちゃんの全部、教えてあげてよ。』
また繰り返し、軽信の同じ声が脳裏を過ぎる。
『よせっ!佳奈は、まだ十歳だぞ!』
恒彦は、掛け布団を蹴り上げるように起き上がり、襖を開けた。
すると、居間には、飯事のような可愛い膳が二つ用意されていた。
『おはようございます。』
障子の側で、いつの間に教わったのか、佳奈が行儀よく正座して、朝の挨拶をする。
『これ、おまえがこしらえたのか?』
『はい。』
恒彦に問われると、佳奈は恥ずかしそうに返事をした。
『そうか…』
恒彦が膳の前に腰掛けると、これまた、ごく自然に佳奈が碗に飯をよそり、茶を入れる。
温い…
何と温いのだろう…
一口、碗の飯に箸をつけ、茶を啜るなり感じたのは、それであった。
これまで、口にするものに温もりなど感じた事などなかったが…
まるで…
昨夜の夢の続きでも見ているような…
亀四郎が仕込んだな…
恒彦は、椀を片手に、副菜の漬物に箸を伸ばしながら、ふと思う。
兎津川刑部(とつがわぎょうぶ)の役に就いて以来の腹心である彼は、家事にたけ、独り身の恒彦の身の回りの世話もし続けていた。
料理から、掃除に洗濯…
何でも卒なくこなすだけでなく、こうして知らぬうちに、一緒に暮らす事になった少女に家事を仕込んだりする。
その上…
いつもなら、とっくにやってきて、一緒に朝餉を食しながら、そろそろ嫁を貰えとうるさくて言い続けているところなのだが…
未だにやって来ないと言うのは、佳奈との邪魔をすまいとの気遣いか…
そんな所にまで気が回るとは…
あいつは、女に生まれて来た方がよかったのではないか…
きっと、良い女房となれただろう…
最も、小太りした小男の彼を女房にする趣味など、俺は持ち合わせてなどいないが…
しかも、こうして女の手で用意された膳の温さを知った今となっては…
女…
恒彦は、自身の思いにハッとなった。
女だと…
俺は、この子を女として…
恒彦は、箸を止めると、佳奈の方に目を向けた。
恥ずかしそうに俯く佳奈の紅潮した顔…
自分で拵えた膳に、遠慮がちに箸を向ける手元と胸元…
更にきちんと正座した脚…
着物の裾から微かにはみ出た膝に目を止めると、思わず鼓動が高鳴り出すのを覚える。
馬鹿な…
何を今更、俺は…
佳奈の身体(からだ)なら、もう隅々まで見尽くしている筈だ。
何しろ、初めて出会った時、彼女は一糸纏わぬ姿でいたのだ。
鷹爪衆より、捕われていた少女達を保護した時…
最初にした事は、彼女達に着物を着せてやる事と、渡瀬人(とせにん)達に追わされた傷の手当てであった。
いつもであるなら、こうした事は全て配下に任せ、自身は陣屋に戻って次の手配に移る。
少女達を当面養う為の場所と衣食の手配…
少女達を家元に送り返す準備…
事の顛末の報告書類のまとめ…
そして…
応酬した阿片の処分…
する事は山ほどあり、少女達の世話などと言う雑用に回せる時間などありはしない。
だが、この時だけは何故かまっすぐ佳奈の元に足を向けた。
単に最初に目に留まった…
ただ、それだけの少女である。
全裸で引き摺られた幼い少女など、今更珍しくも何ともない。
男達に荒らされ、引き裂かれ、白穂混じりの血を垂れ流す幼い神門(みと)のワレメ…
そんなもの、十五の時から腐るほど見させられて来た。
だのに、何故、佳奈の事だけそんなに気にかかっのか、未だに自分でもよくわからない。
『おいっ!暴れるんじゃねー!大人しくしろっ!手当ができねーじゃねーか!』
『怖がらなくて良い!俺達は、おめぇーの味方だ!助けてやったんだ!』
配下の淳一と明が必死に宥めようとするのも虚しく…
『イヤッ!やめてっ!やめてっ!お願いっ!お願いっ!もう…もう…もう、やめてーーーーっ!イヤーーーーーーッ!!!』
佳奈は泣いて暴れて、指一本触れさせようとはしなかった。
『どうした?何を手こずってる。』
『お頭、こいつ、全然ダメです。』
『誰が側に近づこうとしても、こんな調子で…:』
恒彦が、途方に暮れる淳一と明の間に割って入ると…
『許して…許して…お願い…お願い…もう…もう…やめて…イヤッ…イヤッ…』
佳奈は、恒彦の姿を見るなり全身を震わせ、摩り泣き出し…
『イヤッ…イヤッ…やめて…やめて…イヤーーーーーーッ!!!!!!』
凄まじい声をあげるや、血の滲んだ尿を漏らした。
すると…
『そうか、そうか、よしよし、わかったわかった…』
恒彦は、顔色変えず言うなり、唐突に佳奈を抱きしめた。
『やめてっ!やめてっ!お願い!もう、やめてっ!』
佳奈は、恒彦の腕の中で、更に泣き叫び踠き続ける。
恒彦もまた、更に強く抱きしめながら…
『もう大丈夫、もう大丈夫だ。怖かったな、辛かったな。』
そう言うなり、今度は徐に環奈と唇を重ねた。
すると、環奈は急に我を取り戻したように目を見開き大人しくなり、恒彦の顔をジッと見つめた。
『そうだ、もう大丈夫…もう大丈夫だぞ。』
恒彦は言いながら、さりげなく懐に仕舞い込んでいた貝殻の薬入れを取り出し、中の軟膏を掬う指先を、佳奈の股間に伸ばしていった。
同時に、佳奈の強張らせていた身体(からだ)から、少しずつ力が抜けてゆき、目元が緩み出していった。
『どうだ、痛みが薄れてゆくだろう?』
恒彦が言うと、佳奈は静かに頷いて見せる。
『今から、もっと楽にしてやるからな。』
恒彦はそう言うと、傷だらけの神門(みと)に潜り込ませた指先を蠢かしながら、唇を佳奈の首筋から胸へと向かって這わせ、チロチロと舐め回し始めた。
『ハアッ…ハアッ…ハアッ…』
佳奈は、次第に顔をうっとりさせながら、呼吸を早めてゆく。
やがて、呼吸の声は…
『アッ…アッ…アッ…アッ…』
恒彦の唇が真っ平らな胸に達し、粒程の乳首を含んで舐め回し出すと喘ぎに変わっていった。
そして…
『アンッ…アンッ…アンッ…』
恒彦が、更に胸から腹部、下腹部へと唇を移してゆくにつれて、更に更に大きくなり…
『アーンッ!アンッ!アンッ!アンッ!アーンッ!』
遂に、指先で弄っていた神門(みと)にまで達して、ワレメの中を舌先で這わせてゆくと、佳奈は我を忘れたように身悶えして、声を張り上げた。
やがて…
『アーーーーーーーンッ!!!!!』
一段と声を上げる佳奈が、腰を浮かせたまま静止し、そのままスヤスヤと寝息を立て始めると…
『この子は、暫く俺が預かる。』
恒彦は、一言そう言うなり、佳奈を陣屋に連れ戻っていった。
結局、そのまま、恒彦は佳奈を引き取る事になった。
佳奈に身寄りはなく、鷹爪衆に引き連れられていたのも、拐かされたのではなく、彼女を引き取っていた遠縁に厄介払いに売られての事であった。
佳奈は、物心ついた頃には家族はなかった。
どうして両親がいないのか…
死別したのか、捨てられたのかも定かでない。
ただ、気づいてみれば、冷酷な遠縁に苛め抜かれる日々を過ごしていた。
売られた時も…
『痛いっ!痛いっ!痛いよーっ!!!痛いっ!痛いっ!痛いっ!』
渡瀬人(とせにん)達によってたかって神門(みと)を穂柱で貫かれる佳奈の側で、遠縁夫婦は、貰った金袋を眺めて笑っていたと言う。
十歳と言う年齢も、身体(からだ)のつくりと、調べによるおよその検討でしかない。
そんな佳奈に、行き場がなかった事もあるが…
『兎津川(とつがわ)…刑部(ぎょうぶ)…様…』
『そうだ、兎津川刑部(とつがわぎょうぶ)…一介の役者だ。刑部(ぎょうぶ)と呼んでくれ。』
『刑部(ぎょうぶ)様!』
恒彦が本名ではなく役職を名乗った時、満面の笑みで抱きついた佳奈に、不思議な情が沸いた事がある。
その情は…
『刑部(ぎょうぶ)様…刑部(ぎょうぶ)様…』
『そうだ、刑部(ぎょうぶ)だ。刑部(ぎょうぶ)は、此処にいるぞ。』
『刑部(きょうぶ)様っ!』
佳奈が悪夢に魘される度に、恒彦はその腕に抱きしめ、唇を重ねた。
『刑部(ぎょうぶ)様、痛い…痛いよー…』
目を開け、正気に戻りかける佳奈が、涙目で恒彦の顔を見上げると…
『大丈夫だ、今、楽にしてやるからな。』
恒彦はそう言うなり、巧みに帯を解き、寝巻きを脱がせて産まれたままの姿にし…
重ねた唇を、首筋から胸元に這わせ、あるかなしかの乳首を咥えて舐め回し…
『アンッ…アンッ…アンッ…』
甘えるような声をあげる佳奈の腹部から下腹部へと唇を運んでゆき…
『アーーーーーーーンッ!!!アンッ!アンッ!アーーーーーーーンッ!!!』
佳奈は、遂に股間に達した恒彦の舌先が、神門(みと)のワレメを弄りだすと、大股開いた腰を激しく上下させて、身悶え始めた。
そうして…
『アーーーーーーーンッ!!!!!』
一段と声を張り上げ、腰を浮かせたまま静止する佳奈は、いつの間にか、心地よさそうな寝息を立てていた。
『刑部(ぎょうぶ)様…』
恒彦は、満面の笑みで寝言を呟く佳奈の寝顔を見る度に、情が深まってゆくのを感じた。
殊に…
『刑部(ぎょうぶ)様!行かないで!』
漸く見つけた里親の元に置いてゆこうとした時…
佳奈は、恒彦の足元に齧り付き、火がついたように泣き出した。
『お願い!私、何でもします!何でも言う事を聞きます!だから…だから…私を置いて行かないで
…』
『佳奈…』
途方に暮れる恒彦の前…
『さあ、おいで。』
『今日から、私達がお父さんとお母さんよ。』
引き取る筈の夫婦が、佳奈に近寄ると…
『イヤッ!イヤッ!やめてっ!やめてっ!痛い!痛い!痛いよーーっ!刑部(ぎょうぶ)様っ!』
佳奈は一段と声をあげて泣き喚き、思い切り尿を漏らした。
『佳奈!大丈夫だっ!刑部(ぎょうぶ)だっ!刑部は此処にいるぞ!』
恒彦は、急ぎ佳奈を抱きしめるや、いつもそうするように、唇を重ねてやる。
すると…
『刑部(ぎょうぶ)様…』
『そうだ、刑部(ぎょうぶ)だ。刑部(ぎょうぶ)は、此処にいる。』
『お願い…置いて行かないで…何でもします…何でも言う事を聞きます…だから…だから…』
『わかった。刑部(ぎょうぶ)はおまえから離れねえ。おまえを決して離しやしねー。』
『刑部(ぎょうぶ)様…』
涙に濡れた眼差しで見上げる佳奈は、忽ち満面の笑みを浮かべて、恒彦の胸に顔を埋めた。
この時、この瞬間…
恒彦もまた、もう佳奈とは離れて生きてゆけない自分を感じていた。
その情がいかなるものであるのか、恒彦には知るよしもなかった。
妻を持った事もなければ、まして娘を育てた事もない。
そもそも、女を側に置いた事すら無い。
ただ…
佳奈が悪夢に魘される度に、腕に抱きしめ、寝巻きを脱がせて、産まれたままの姿を愛撫する。
深い意味があって、そうするわけではない。
一度だけ、軽信が男に参道を傷つけられた少女に、そうやって美国(うましくに)を塗ってやる姿を見せられた事がある。
恒彦には、それ以外の方法で、悪夢に怯え泣き噦る佳奈を、慰める術を知らなかった…
それだけの事であった。
しかし…
そうして、愛撫を重ねてゆく中…
甘い…
何て甘いのだろう…
佳奈の肌の味も香りも…
ある日、いつものように愛撫しながら、そう感じた時…
求めているのは、佳奈だけではない事…
恒彦自身が、佳奈の甘い味と香りを求めている事を知るようになった。
愛撫するのも、最初は首筋から胸…
胸から腹部…
腹部から下腹部へと唇を這わせ、最後に股間に達して、神門(みと)をワレメに沿って丹念に舐め回して終わりであったが…
日増しに肩や背中、手や足と、次第に部位も広がっていった。
最初は、真っ平らな胸を舐め回し…
粒のような乳首を咥えて、舌先で転がす時間が長くなるところから始まった。
『アーン…アーン…アーン…』
胸を舐め回し、乳首を舌先で丹念に転がす時…
佳奈は、他の部位を舐め回されるのとは違う声をあげる。
『アーン…アンッ…アンッ…アーン…』
それは、何処から間伸びして、赤子の甘えるような声に似ている。
その時の佳奈のうっとりするような顔も、何処か赤子帰りしたようなあどけない顔になる。
佳奈の赤子のような顔を見て、声を聞くと、愛しさで胸がいっぱいとなり、いつまでも佳奈の胸と乳首で留まりたい気持ちにもなる。
だが…
股間を弄り、神門(みと)のワレメの中で蠢かせる指先がしっとり濡れ出し、佳奈の小さな太腿が更に強請るように手を挟み込んでくると、恒彦もまた、舌先をそこに移してゆきたい衝動に駆られる。
そして…
『刑部(ぎょうぶ)様…刑部(ぎょうぶ)様…』
と、譫言のように呼ばわれると、衝動は遂に耐え難いものとなり、唇を腹部から下腹部、股間へと這わせて、そこに達してゆく。
すると…
『アンッ!アンッ!アンッ!アーーーーンッ!』
佳奈の声も一転して小刻みで大きなものとなり…
『アーーーーーンッ!アンッ!アンッ!アーーーーンッ!!!』
佳奈は声が大きくなるのに比例して、激しく全身を悶えさせ、腰を大きく上下させてゆき、最後、絶頂へと達する。
そんな佳奈を見てるうち…
他の所を愛撫したら、どんな顔をして、どんな声をあげるのだろう…
何より…
どんな甘い味がするのだろう。
粒のような乳首が干し葡萄なら、神門(みと)のワレメは梅の砂糖漬けのような味がする。
ならば…
ある時…
恒彦は、更なる衝動のままに、佳奈の首筋を這わす唇を、胸ではなく肩へ、背中への這わせながら、一箇所一箇所丹念に舐め回してみた。
案の定…
『アァァー…アァァ…アァァ…』
佳奈は、それまでと全く違う声をあげ、反応を示した。
それまでは、首をゆっくり小刻みに、まるで愛撫を味わうような反応であったのが…
『アァァ…アァァ…アァァ…』
肩から背中を愛撫し、舐め回してやると、佳奈は大きく身体(からだ)を弓形にして、自分から求めるような声をあげ出した。
『アァァ…アンッ…アンッ…アァァーッ…』
恒彦が、背中を舐め回しながら、股間を弄るのとは別のもう片方の手で、胸を弄り、乳首を指先に摘んで転がすと、更に動きも声も貪欲になる。
そうして…
恒彦の唇が、背中から腰、腰から臀部へと移ってゆき…
『アァァァァーーーーーッ!アァァァーーーーーッ!アァァァーーーーーーーッ!』
尻の狭間に舌先が潜り込み、裏神門(うらみと)を弄り出すと、それはさながら狼の遠吠えにも似た声をあげ出す。
その時、神門(みと)のワレメを弄る指先の濡れ方も全く違っている。
胸から腹部、下腹部から股間へと唇を移した時は、しっとり湿らせるような濡れ方であったが…
肩から背中、背中から腰、尻へと唇を移す時は、びしょ濡れに濡れる。
そして…
『アァァァァァァーーーーーーーーーンッ!!!!』
遂に、裏神門(うらみと)から神門(みと)へと舌先が移って行くと、その声はさながら猛獣の咆哮となり、弄る指先は洪水にあったようになった。
恒彦は、更に日を重ねるにつれ、佳奈の身体(からだ)の様々な部位を探っていった。
時に肩から両手に唇を這わせ、指を一本一本しゃぶる日もあれば…
股間に移すと見せた唇を、太腿から膝、足の先への移し、小さな足の指を、敢えて時間をかけて舐め、佳奈を焦らしたりもしてみたい。
佳奈と唇を重ねるのではなく、徐に耳の周りを這わせ、耳たぶを咥えて舐め回す事をした事もある。
思った通り…
愛撫する部位によって、喘ぐ声もちがければ、示す反応も違う。
何より、甘さの味が、蜜のようであったり、干し柿のようであったり…
桜餅や柏餅のようでもあったりした。
気づけば、恒彦は、佳奈の身体(からだ)で、何処がどうなっているのか…
背中の左脇に星形の小さなアザがある事から、右鼠蹊部に小さなホクロがある事、神門の膨らみ具合、左右違う足の小指の形まで、知らない事は無くなっていた。
佳奈の事で、知り尽くした事は、身体(からだ)の形ばかりではない。
『佳奈、今日は寂しい思いをさせて、すまなかったな。』
『佳奈、明日は勤めを休む。一日、一緒に過ごそう。』
『佳奈、明日は、俺と一緒に勤め先に行ってみるか?』
『佳奈、今日は腹の具合でも悪いのか?』
『佳奈、今日は…』
その日、その日の愛撫した時の佳奈の反応で、佳奈が一日どんな思いで過ごし、今、どんな気持ちでいるのかもわかるようになった。
更には…
『刑部(ぎょうぶ)様…』
『そうか、今日は乳首を舐めて欲しいのか…』
恒彦は、佳奈の呼び掛ける声と、頷く時のはにかみ方を見て、何処からどう言うふうに愛撫して欲しいのかもわかるようになった。
佳奈もまた、そんな恒彦にどう言う仕草をすれば、どんな反応を示せば、自分の事をわかってくれるようになり…
恒彦は、佳奈の求めるままに愛撫し…
佳奈もまた、求めたいままに反応を示す…
そうして、互いに求め求められるままに愛撫を繰り返すうちに…
愛撫はより深く、より濃厚なものとなり、佳奈の悪夢は次第に薄れ、眠りは安らかなものに変わっていった。
同時に…
恒彦もまた、悪夢が薄れてゆき、次第に深く眠れるようになった。
最初は半刻ほどだったのが…
一刻、一刻半、二刻…
しっかり眠ったと自覚できる眠りにつけるようになった。
そして、昨夜…
十五の時から、眠る度に現れ続けた悪夢が消えた。
代わりに、全く違う夢を見たのだが…
その夢は…
『あの…刑部(ぎょうぶ)様…』
恒彦は、不意に呼び掛ける佳奈の声に我に帰った。
『お膳、お口に合いませんでしたか?』
ふと、気づけば佳奈は涙ぐんでいる。
『いや。どうして?』
『さっきから、箸を全くつけて下さいませぬ…』
『何だ、そんな事か。』
恒彦が呟き一息吐くと、佳奈は急にしゃくりあげ、メソメソし始めた。
見れば、佳奈は自身の膳に全く手をつけていない。
佳奈の事は何でも知っているつもりであったが、実は知らない事が一つあった。
佳奈は、恒彦に内緒で、亀四郎に家事を習い初めていたのである。
それで…
ある朝、目覚めた恒彦の前に、いきなり自身の手で拵えた膳を並べて見せる。
同時に、きちんとした挨拶をして居間に出迎え、二人きりの朝餉をとり…
恒彦が驚きながら、旨そうに食するのを見るのを楽しみにしていたのである。
しかし、日頃陽気で優しい亀四郎だが、いざ教える立場になれば、非常に厳しい。
事に、料理には格別の思い入れがあり、米の研ぎ方、汁物の味付け、漬物の切り方…
一つ一つに対して、実に細かく、生まれた時からこき使われるだけで、女の子らしい事など何も教わってこなかった十歳の女の子などと言う事など容姿なしに、しごかれ抜いたのである。
それで、恒彦の見えないところで、どれほど泣いた事か…
それでも、漸く亀四郎より合格点を貰い、胸を躍らせて用意したのが、この膳だったのだが…
恒彦は何やら呆然と考え込んだかと思えば、全く箸を動かさなくなってしまった。
佳奈は、とうとう、両目を手で覆うと、声を上げて泣き出した。
『佳奈、すまねえ。うめえよ、おめえの拵えてくれた飯、本当にうめえよ。』
『でも、刑部(ぎょうぶ)様…刑部(ぎょうぶ)様…箸を…箸を…全然…』
一度泣き出すと止まらぬ佳奈を前に、恒彦は途方にくれて、ふと、もう一度佳奈の顔に目を向けた時…
さっきは、佳奈の身体(からだ)にばかり目を向けて、あそこに触れればあんな反応、ここをなめればこんな声を…
そんな事ばかり思いを馳せて気づかなかったのだが…
梅の花の飾りをつけた、小さな簪をさしている事に漸く気づいた。
『そうそう、おめえに見惚れて、ついつい箸が止まってしまったんだよ。』
『見惚れて?』
『そうだ。今日のおめえは一段と可愛いと思ってな。その簪、どうしたんだ?』
すると、佳奈は急に泣き止んだかと思うと、髪に手を当て、得意げに見せつけながら、満面の笑みを浮かべた。
『亀四郎様に、買って頂きましたの。ちゃんとお膳の用意ができるようになったご褒美にと…』
『カメさんが?』
『はい。せっかくの別嬪さんが、簪もつけてないんじゃあ、台無しだって…
それつけて、刑部(ぎょうぶ)様を脅かしてやれって。』
フッ…
亀四郎の奴…
恒彦は、一瞬、口元片方吊り上げ苦笑いしかけたが…
『そうか、よく似合うぞ。』
何気なく佳奈の簪に触れ、佳奈は忽ち頬を赤くして俯くのを見た時…
そう言えば…
佳奈の事を知り尽くした気でいたが…
こう言うところは、まだ何も知らなかった事に気付かされた。
やはり、十歳とは言え、女なのだ。
『佳奈、今日は非番だ。これから、市場にでも行ってみないか?』
『市場…で、ございますか?』
『そうだ。せっかく、簪一つでそんなに可愛くなったんだ。どうせだから、櫛と紅も買うてやろう。初めて、朝餉の仕度ができた褒美にな。』
『わあっ!ありがとうございます!』
恒彦は、飛び上がらんばかりに喜ぶ佳奈を、目を細めて見つめながら、またも昨夜の夢が脳裏をよぎりだした。
同時に…
『佳奈ちゃんの抱き方、知りたくて?』
『佳奈ちゃんの抱き方、教えてあげようか。』
『佳奈ちゃんの抱き方、教えてあげる。』
『いらっしゃい、私の懐に…佳奈ちゃんの全部、教えてあげてよ。』
軽信の、あの妖艶な笑みと流し目を傾けて囁きかける声が、耳の奥底に響いてきた。
俺があんな事を…
佳奈に…
まさかな…
恒彦は、軽くかぶりを振り、脳裏を掠める夢と耳の奥底の声を振り払うと…
『わあ…市場だ、市場だ…刑部(ぎょうぶ)様と市場に行ける…』
尚も、嬉しそうに呟きながら、漸く箸を進め出す佳奈を見つめながら、止めていた箸を動かし始めた。

兎神伝〜紅兎四部〜(20)

2022-02-04 00:20:00 | 兎神伝〜紅兎〜革命編其乃二
兎神伝

紅兎〜革命編其乃二〜

(20)妖艶

深夜…
恒彦はまた、眠らぬ長い夜を部屋で過ごしていた。
十五で初めての船に乗って以来、まともに眠った事がない。
眠れば、同じ夢ばかり見るからだ。
赤兎であれ、穢兎(けがれうさぎ)であれ、積み込まれる少女達にまともな朝日は登らない。
皆、命ある限り行く先の男達の玩具にされて終わるのだ。
しかも、海港(わたつみなと)まで運ばれる最中も、ずっと渡瀬人(とせにん)達の玩具にされ続けている。
『何だ、その舌使いは!そんなんじゃ、ちっとも勃たねえぞ!』
『オラオラッ!もっと参道の肉壁を細やかに動かせって言ってんだろう!おめえはな、七つの時から五年もされまくって、もうガバガバ何だ!きっちり肉壁の動きを覚えねえと、白穂を絞り出せねえだろう!』
周囲を見渡せば、まだ十二かそこらの少女達が、渡瀬人(とせにん)達にドヤしつけられながら、口と股間と尻の三つの孔に、休みなく穂柱を捻りこまれていた。
少しでも、彼らの気に入るようにやろうとしなければ、凄惨な仕置きが待っているのは、社(やしろ)も船の中も変わらない。
『おめえ、また、痛えとかぬかしたな?』
『痛くありません…痛くありません…』
『いいや、痛えと言ったぞ。聞こえたぞ。どうだ?俺にされて、痛かったのか?うん?痛かったんだろう?』
『痛くありません…痛くありません…』
『何だ?おめえ、嘘を吐こうってのか?そうか、そうか、嘘を吐こうってなら仕方ねえ。それじゃあ…』
『痛かったです…』
『何だ、聞こえねえなー。』
『痛かったです!』
『もう、やめて欲しいか?』
『お願いです…もう…もう…』
『あんだ?痛かっただと?人が気持ち良い事をしてやってるってのに、痛えからやめて欲しいだと?』
『お許し下さい!お許し下さい!』
『いいや、許せねーなー。赤兎の分際で、気持ち良い事をされて痛がる何て、許せねーなー。よしよし…今夜も、痛えってのが、どんなもんか、一晩かけて教えてやるぜ。』
『イヤッ…イヤッ…イヤーーーーーーッ!!!』
船を漕ぐ櫂の軋みも、川の流れの音も、少女達の泣き叫ぶ声にかき消されてゆく。
長い航河の日々を過ごしながら、流れ行く川面の色も、両岸に広がる山林や町村の景色も殆ど記憶にない。
脳裏に焼き付くのは、弄ばれ、仕置きされて泣き叫ぶ少女達の姿と慟哭ばかりである。
それでも、十二までに子を産み、青兎となれた赤兎は良い。
少しでも聖領(ひじりのかなめ)に好条件で引き取らせる為、それなりに丁重に扱われるからだ。
少なくとも、きちんとした食事を与えられ、弄ばれる時以外は、着物を着る事を許される。
しかし…
子を産めなかった穢兎(けがれうさぎ)の扱いは悲惨であった。
まとまな食事など一切与えられず、与えれるものと言えば…
『そーら、餌の時間だぞ。』
渡瀬人(とせにん)の男達は、空腹に喉を鳴らす穢兎(けがれうさぎ)の少女達の前、唐突に褌を外すや、いきり勃つ穂柱を口先に突きつける。
狂ったように飛びつく少女達に…
『そーら、旨いか?旨いか?今日は、おめえ達の為に、味が落ちぬよう、一日洗わないでおいてやったからなー。塩味が効いて旨いだろう、さあ、どんどん呑めよ、遠慮なく呑むんだぞー。』
そう言って、交代で穂柱を咥え吸わせて、口腔内に放つ白穂で、飢えを凌がせていた。
その上…
腰布一枚身につける事を許さぬのは勿論…
『おめえ、何、身体(からだ)を隠してるんだ?穢兎(けがれうさぎ)の分際で、身体(からだ)なんか隠してんじゃねえぞ、こら!』
寒空の下、船の絃側で寝かされ、少しでも凍えて蹲れば、激しく殴打され…
『そうか、そうか、寒いのか。よしよし…それじゃあ、少々の事じゃ寒さを感じねえようにしてやろう。』
そう言うなり、船縁に縛り付け、川に放り込んで何日も引き連れ回される事も少なくなかった。
そうして、異国船(ことつくにふね)に売る前に命を落とす穢兎(けがれうさぎ)も少なくない。
されど、売り物となる少女が減ったところで、困る事ない。
むしろ、減った分、近在貧民の娘を買い付けたり、あるいは貧村の娘を拐かせば、かえって良質な娘を高値で売れると言う事もあった。
どうせ、売られた先は、死ぬまで慰み者となる定め…
されど、せめて船の上にいる間だけは、少しでもまともな扱いをしてやりたい…
少なくとも、腹を満たすだけ食わせ、寒さを防げる格好をさせてやりたい…
そう思い、選んだ道が、兎津川刑部(とつがわぎょうぶ)の役に着く事…
神職家(みしきのいえ)の者が行きたがらぬ僻地にて、三官(みつのつかさ)に代行して役に就く者を役者と言う。
役者は、神職家(みしきのいえ)に生まれずして、唯一、司法五権のうち、捜査権、逮捕権、執行権が与えられる。
しかし、いざなってみれば、出来る事と言えば、不当に拐かされたり、売買された、赤兎でない少女達の摘発と救出のみ…
それすらも、神職家(みしきのいえ)と結ぶ渡瀬人(とせにん)達の前には何の力も発揮出来ず…
まして、本物の赤兎達の処遇改善など夢のまた夢であった。
恒彦は、眠らぬままに、また天井を見上げる。
眠ればまた、若かりし頃に絶え間なく見せつけられ続けた、咽び泣く少女達の姿ばかり夢に見る。
今更、それを悪夢とも思わない。
どうせ、現実世界も悪夢そのものなのだ。
同じ幻影を、夢に見たからとて、今更怯えて怖がるものでもない。
それでも…
せめて、束の間の夜くらい、見ずに済ませられるものはすませたい。
されど…
月影差し込む薄闇の天井に広がるのは果てしない虚無…
自分は、何もせぬまま、出来ぬままに終わってしまうのかと言うやるせなさ…
一層…
俺も名前を忘れようか…
たまに噂に聞く、鱶見本社(ふかみのもとつやしろ)の宮司(みやつかさ)のように…
直接会った事はないが…
きっと、あいつも同じなのだろう…
俺のように…
恒彦が、そう思いかけた時…
『あんたは、あいつとは違うわ、全然違う。』
先日、鷹爪衆から召し上げた、美国(うましくに)を横長してやった女の、妖艶な眼差しの笑みが、虚無の天井に広がり出す。
確か…
名を、軽信房枝と言っていた。
最も…
会う時々によって、永畑洋子と名乗る時もあり、本当のところ、よくわからない。
そもそも、何処の何者なのかもわからず、当人からして、余りそれを重視していない。
『自分が何者かなんて、どうでも良くなくて…』
先日も、それとなく彼女の正体を問いただした時、彼女特有の甘ったるい…それでいて、断固とした物言いで答えて言った。
『大事なのは、何者なのか…ではなくて、何を成そうとする者なのか…でしょう。』
『まあな。俺からすれば、何を成そうとしてるかすら、どうでも良い。所詮、何も出来やしねえ。』
『そうかしら?何を成そうとしても何も出来ないのと、何もしようとすらしないのとでは、大きく違わなくて?』
『また、あいつの話か?あの、名無しとか言う暗面長(あめんおさ)…いや、今は鱶見本社(ふかみのもとつやしろ)の宮司(みやつかさ)か。』
『どうして、そう思われて?』
『おめえが、そう言う目をして話す時、大概、頭の中で考えているのは、あいつの事だ。』
恒彦がそう言うと、妖艶な笑みは崩さぬものの、口元を微かに引き攣らせ、目元を硬らせた。
『やはり、惚れてるのか。』
『何ですって!』
軽信は、今度ははっきり顔色を変えた。
『図星なようだな。俺に近づいてきたのも、あいつと同じ臭いがするからだろう?』
『やめて!あいつと、あんたは全然違うわ!』
『そうか?』
『そうよ!あいつは、ただ、自分の境遇を憐れんで嘆くだけで、何もしようとすらしないわ!やろうと思えば、出来る事は五万とある!喜んで力を貸そうって奴もいる!だけど、あいつは…』
『そうする事で、その力を貸そうって奴を傷つけたくねえんじゃねえのか?それだけ、重いものを背負って生きてるって事だろう。俺と違って…』
『ええ、違いますとも。少なくとも、あんたは自分の頭で、自分に考えうる事を考え、出来得る事を精一杯しようとしてる。
だから、自身の意思で東映川肝煎(とうえいがわのきもいり)、御宮衆船主(おみやしゅうふねのあるじ)の後継の座を捨てて、兎津川刑部(とつがわぎょうぶ)の役に…』
『俺は、重荷を背負う事から逃れて生きてきた…肝煎(きもいり)だの、船主(ふねのあるじ)だのと言う重荷から逃れ、一介の役者になりただけだ。
そう、おめえと同じ…
過去から逃れ、自分から逃れ、今は奴に惚れてる自分の気持ちから…』
恒彦がそこまで言うと、不意に軽信はドンッと地面を踏み鳴らして、話を打ち消した。
『それで…幾ら欲しいの?』
『幾ら…欲しいとは?』
『今回は、あれだけの美国(うましくに)を流してくれたんですもの。相応の礼はして差し上げてよ。
お金?宝物?それとも…』
軽信はそこまで言うと、妖艶な流し目と笑みを傾け、身体(からだ)にピッタリした、全身の線をくっきり現す楽土服を脱ぎにかかった。
『やめろ。名無しでも奥平でも、どっちでも良い。他の男に心傾ける女に用はねえ。
あれは、いつも通りくれてやる。
どうせ、ただで鷹爪衆から巻き上げたものだ。我らが処罰せずとも、今回の失敗の責任を問われ、身内で制裁を受けるよう仕向ける為にな…』
『成る程…確かに、そう言うところは、あいつに似てなくもないわね。』
『それより、あれの使い道を教えろ。俺は、不治の病に犯された貧民や、参道を傷つけられた兎どもの鎮痛に使うと言うからくれてやってるんだ。』
『そこは、安心して。あれは、責任もって、鱶背本社(ふかせのもとつやしろ)の兎ちゃん達に届けてあげるわ。ちゃんと、痛いのを治すお薬にしてね…』
軽信は、漸くいつもの戯けた口調に戻して言うと、特有の妖艶な笑みと流し目を傾けてきた。
『やっぱり、あんたはあいつとは違うわ。そうやって、誰かの為に、行動を起こせる人だもの。召し上げた阿片を、大義の為に横長す…と、言う事一つとってもね。』
『別に、行動を起こしてるつもりはねえ。ただ、処分するのに手に余る禁制品を、有効に使いてえと言う奴にくれてやってるだけだ。』
『私は、やっぱりあんたが好き。あいつなんかより、ずっとずっとね。
いつか、革命が成功したら、あんたも共和国の同心に加えてあげる。何より、抱かれてあげる。
それで、四十近くにもなって、女を知らないあんたに、女を教えてあげるわ。』
『断る!共和国の同心も、お前に女の指南を受けるのも願い下げだ!』
『そお?革命の同心はともかく、女の指南は受けた方が良くなくて?
あの子、引き取ったんでしょう?
佳奈ちゃんとか言う、鷹爪衆に玩具にされ、売り物にされかけた女の子の一人をさ。
あの子、あんなに小さくても、あんたに惚れてるわよ。ちゃんと扱ってやらないと、あの子を泣かせる事になってよ。』
『要らぬ世話だ!』
恒彦が思わず声を上げかけた時…
『イヤッ…イヤッ…やめて…やめて…イヤッ…』
と、掠れるような声が、隣りから聞こえてきた。
恒彦は、この時になって、漸く自分は前とは違う事を思い出した。
そう…
孤独でも、独り身でもなくなったのだと言う事…
あの時、最初に目にした少女…
神門(みと)のワレメから、白穂混じりの血を垂れ流し、引き摺られて歩いていた少女…
佳奈を家族にしていたのだ。
『やめてっ!お願い!やめて!やめて!やめて!』
また、鷹爪衆に連れられていた時の夢をみているのであろうか…
佳奈の声は、次第に大きく甲高くなってゆく。
『佳奈っ!佳奈っ!もう、大丈夫だ!あいつらはいない!おまえは、解放されたんだ!』
恒彦が佳奈の肩を強く揺すり、必死に声をかけると…
『兎津川(とつがわ)…刑部(ぎょうぶ)様…』
佳奈はぼんやり開けた目を恒彦に向けると、譫言のように呟いた。
『そうだ!兎津川刑部(とつがわぎょうぶ)だ!』
『刑部様…』
佳奈は、少しずつ悪夢から覚めてゆくと、ポロポロと涙を溢れさせてゆき…
『そうだ、刑部(ぎょうぶ)だ。刑部(ぎょうぶ)は、此処にいるぞ。おまえの側にいる。』
恒彦が、佳奈の目をジッと見つめ、一言一言噛み締めるように言うと…
『行部様!』
佳奈は声を上げるや、恒彦の懐に潜り込んできた。
『佳奈…』
恒彦は、恐る恐る佳奈を抱きしめてみる。
すると、何とも言えない温もりと香りが、腕の中に広がり出す。
柔らかく、暖かな温もり…
甘く芳しい香り…
そして…
この歳まで殆ど感じた事のない優しい微睡み…
『毎晩、佳奈ちゃんと添い寝してやってるんですってね。』
『一人では、悪夢に魘され眠れぬ。だから、そうしてる。それが、どうした。』
『柔らかくて、暖かくて、甘い匂いがして、頭の中がふわふわしてくるでしょう?』
『何だと?』
『図星ね…それが、女よ。』
『女…だと…』
恒彦は思わず声を漏らしかけながら、再び天井を振り向くと、答えの代わりに、軽信の妖艶な笑みと流し目が、虚無の薄闇に広がり出した。
女だと…
馬鹿な…
この子はまだ十歳だぞ…
乳房もなければ発芽もない童女(わらべ)だぞ…
『それでも、女よ。さあ、ちゃんと抱いてあげなさい。ちゃんと抱かないと、溢れ落ちて消えてしまうわ。』
天井の薄闇に広がる妖艶な笑みと流し目は、無言のまま、恒彦に囁きかける。
同時に…
『刑部様…刑部様…』
懐の中では、佳奈が一層強くしがみつきながら声を漏らし、震えている。
『佳奈…』
恒彦が呼び掛けると、顔を見上げて来る潤んだ眼差しは、もっと強く抱きしめて欲しいと訴えている。
恒彦は、恐る恐る佳奈を抱く腕に力を込める。
だが、佳奈の眼差しは潤み続け、しがみつく腕は緩まない。
溢れて落ちてしまう…
もっと強く抱きしめなければ…
されど…
腕に伝わる感触は…
実に脆く…
実に儚く…
壊れてしまいそう…
余り強く抱きしめ過ぎれば…
どうすれば良いのだ…
戸惑いながらも、憑かれたように、佳奈と唇を重ねてみる。
すると、佳奈の潤んだ眼差しは笑みに変わり、しがみつく手の力も解れていった。
同時に、恒彦を包む微睡みは睡魔へと変わってゆく。
そして…
『佳奈ちゃんの抱き方、知りたくて?』
『佳奈ちゃんの抱き方、教えてあげようか。』
『佳奈ちゃんの抱き方、教えてあげる。』
『いらっしゃい、私の懐に…佳奈ちゃんの全部、教えてあげてよ。』
天井の薄闇に広がる妖艶な笑みと流し目が、延々と囁きかける声が、耳の奥底でこだまする。
『余計な…お世話だ…』
思わず、声を漏らしかける恒彦は、そのまま底のない眠りの泥沼に陥っていった。

兎神伝〜紅兎四部〜(19)

2022-02-04 00:19:00 | 兎神伝〜紅兎〜革命編其乃二
兎神伝

紅兎〜革命編其乃二〜

(19)不正

『兎津川刑部(とつかわぎょうぶ)のお役に付いて早九年…』
恒彦は、鱶背本社(ふかせのもとつやしろ)の港湾に居並ぶ異国船(ことつくにふね)を眺めやりながら溜息をついた。
十二までに子を産んだ赤兎は、領民(かなめのたみ)の禊を果たしとされ、漸く着物を着る事が許される。
そのさい、清浄の証として青い絹の着物を着せられ、青兎と呼ばれる。
青兎は、赤子が里子に出されるまでの一月から三月の間、生き神として祀られた後、聖領(ひじりのかなめ)へと送られる。
そこで、死ぬまで領民(かなめのたみ)の穂供(そなえ)を受け、清い身体(からだ)の子を産み続ける事を運命づけられる。
一方、十二までに子を産めなかった赤兎や、産めない身体(からだ)となった赤兎は、禊の役目を果たせず、領民(かなめのたみ)の罪咎を帯びたままの存在と見做され、穢兎(けがれうさぎ)と呼ばれる。
穢兎(けがれうさぎ)は、着物を着る事を許されぬまま、社領(やしろなかなめ)中を引き回され、更なる凌辱を加えられた後、異国(ことつくに)に売られて行く。
いずれにせよ、赤兎に自由になる術はなく、死ぬまで、何処かの地で誰かの慰み者となるのが定めであった。
この、青兎や穢兎(けがれうさぎ)を、聖領(ひじりのかなめ)や異国(ことつくに)に運ぶ船の港を兎津(とつ)と言う。
兎津(とつ)と兎津(とつ)を結ぶ川を兎津川(とつがわ)と言い、兎津(とつ)の宿場を治め、青兎や穢兎(けがれうさぎ)の運搬を担う者を渡瀬人(とせにん)と言う。
渡瀬人(とせにん)の役目は、単に異国船(ことつくにのふね)や聖領船(ひじりのかなめのふね)が待つ、海港(わたつみなと)まで運ぶだけではない。
そこで、いかに高く売りつけるかは、社領(やしろのかなめ)全体の収益に直結する。
ばかりか…
彼らの商取引が、今後の社領(やしろのかなめ)の通商外交の運命すら左右する。
殊に、青兎を売りつける時の聖領(ひじりのかなめ)との商取引は、神領(かむのかなめ)における社領(やしろのかなめ)の立ち位置すら一転させ得る重要な取引であった。
それだけに、渡瀬人(とせにん)には、他の行商人には与えられていない多くの特権が与えられていた。
中でも、最たるものは、社領間(やしろのかなめのあいだ)の通行勝手と、他領(よそのかなめ)を通過する際の通行玉串と積荷初穂の免除であった。
しかし、この諸々の特権は、拐かし、人身売買、禁制品の密貿易と言った、数多の不正の温床ともなっていた。
その不正を取り締まるべく設置されているのが、刑部職(ぎょうぶしき)である。
『だが…これでは、案山子と同じだな…昔、渡の兄貴が案山子の半兵衛と馬鹿にされていたわけだ。』
と、恒彦は、目の前の光景を眺めながら、自嘲する。
異国船(ことつくにのふね)が待つ海港(わたつみなと)を目指して進む、渡瀬人(とせにん)の行列は、禁制の積荷を隠そうともせず、恒彦の前を通り過ぎて行く。
中には…
『お役目、ご苦労様にございます。』
と、何処から攫ってきたとも知れぬ全裸の少女達を鞭打って歩かせながら、不敵に笑って恭しくお辞儀までする者もいる。
刑部職(ぎょうぶしき)の役人が、そうと知っても手出しできない事を、百も承知しているからである。
『奴も、社(やしろ)の鑑札と委任状をぶら下げてるんじゃー、手も足も出せやしない…
神職(みしき)自ら加担してる不正を前に、何の刑部職(ぎょうぶしき)だ…』
恒彦が、また吐き捨てるように自嘲すると…
『コラッ、ぐずぐずするな!』
『さっさと歩け!』
『早くしろ!』
また一つ、異国船(ことつくにふね)に向けて、少女十数人を数珠繋ぎに引き摺る渡瀬人(とせにん)達の一行が姿を現した。
緋色の三度笠に引廻合羽を着込み、帯に鷹の根付…
兎津川東宝本流の支流、支根間川(しねまがわ)一体を縄張りとする渡瀬衆…
『鷹爪衆か…』
恒彦は、顔を横向け渡瀬人達を目に留めると、目を鋭く細めて一言呟いた。
腰布一枚身に付けさせられず、全裸で引き摺られる少女達は皆、乳房も小さく、神門(みと)の若草も薄い年端の行かぬ者達ばかりであった。
一人の渡瀬人は、時折自身の引き摺る少女を振り向いては、ニンマリと笑って舌舐めずりをする。
渡瀬人の股間の膨らみと、少女の神門(みと)のワレメから流れ落ちる白穂混じりの血…
『おいっ、早くしろよ。』
すぐ前を歩く別の渡瀬人が、いつまでも少女を眺め回して涎を垂らす仲間に言ったかと思えば…
『ここに来るまで、散々楽しんだんだろう。』
別の渡瀬人も振り向きニンマリ笑って言う。
しかし、この二人の目線も少女の血塗れの神門(みと)を、余韻を楽しむように眺めやりながら、股間を膨らませていた。
恐る恐る顔を上げる少女は、三人の渡瀬人と目が合うと、忽ち震えだした。
此処に来るまでの間、少女が三人にどのような目に遭わされ続けてきたのか容易に知れる。
そんな光景が、異国船(ことつくにふね)に向かう一団のあちこちで見られた。
それにしても…
あの少女…
胸は殆ど平らで、神門(みと)は発芽の気配すら見られない…
『いったい…幾つなのだろうか…』
恒彦がふと思った時…
『待ていっ!』
配下の刑部二人が、渡瀬人達の前を遮った。
『この娘達は、何だ!』
『何で、着物を着せてねぇっ!』
二人の刑部が咎めるように言うと…
『へぇ、このモノ共は、石女の赤兎にござんす。』
渡瀬人達の船頭が、揉み手をしながら愛想笑いを浮かべて言った。
『石女の赤兎…だと?』
『へぇ…子を産めぬ兎は、仔を産めぬ雌牛や雌鳥よりタチが悪うござんすからねぇ。こうして、壊れモノとして、異国(ことつくに)に売るしかあござんせん。』
『にしても、何故着物を着せて…』
言いかけ、刑部の一人は愚かな事を口にしたと言わぬばかりに口を閉ざす。
案の定…
『それは、異な事を…』
船頭と、周囲に並ぶ渡瀬人達が含み笑いを浮かべ出した。
『赤兎は、最初の子を産むまでは、布切れ一枚身体(からだ)に覆う事は禁忌でござんしょう。まして、此奴らは、子を産んで領内(かなめのうち)の禊も果たせず、罪咎を負ったままの穢兎(けがれうさぎ)。死ぬまで、布切れ一枚身に帯びる夢すら見る事も許されねえ。』
『それとも…刑部様も、穂供(そなえ)を受ける時以外は、赤兎にも着物を着せてやれとか言われる異端者でござんすか?あの、崇堂鱶腹(すどうふかはら)様の御曹司…義隆様のように…』
『黙れ!なれば、赤兎と言うには…』
思わず激昂する刑部は、またも言いかけ口を閉ざした。
ニヤニヤ笑い出す渡瀬人(とせにん)達に…
『赤兎にしては、やけに肌が綺麗じゃねえか?』
もう一人の刑部が涼しい顔して尋ねると…
『それはもう…鱶背では、東堂鱶腹(とうどうふかはら)様の御曹司様でもあられる暗面長(あめんおさ)様のご指導の賜物にて、赤兎も含め、兎共の扱いは、それはそれは手厚くなりましてねぇ…』
船頭は、またニヤけて答えた。
これには、それまで冷静だった二人目の刑部…淳一が激昂して声を荒げた。
『ふざけるねぇ!あっしら、鱶背における兎神子(とみこ)への扱いを知らねぇと思うてか!』
『この十年、鱶背全社領(ふかせのすべてのやしろのかなめ)で、如何程、兎神子(とみこ)が不審死をしてるんでぇ!』
続けて先の刑部、明も栓を切らしたように声を上げた。
『ほほう…では、あくまでも、このモノ共は赤兎ではない、カタギの生娘…そう、もうされるのでござんすねぇ。』
船頭は、相変わらず含み笑いを浮かべて答えると…
『さあ!これをご覧くだせぇ。』
刑部の追及を待ち構えていたように、離れた所から三人の渡瀬人(とせにん)が、見るからに幼い少女を抱え上げて、大股に脚を広げさせた。
見れば、あの神門(みと)を血塗れにしていた少女と、少女を眺めてニヤけていた三人であった。
『ウッ…』
『ウグッ…』
明と淳一は、少女の血塗れた神門(みと)を見るなり、思わず声を漏らす。
赤兎の荒らされつくされた神門(みと)や参道など、数え切れぬ程見てきた二人である。
今更驚く程のものでもないが…
付け根が裂け、真っ赤に腫れ上がった神門(みと)と、剥離まみれの参道を目の前に見せつけられれば、やはり、正視に絶えぬものがある。
しかし、三人の渡瀬人(とせにん)達は更に少女の脚を大きく広げさせると…
『さあ、刑部様方も、ご覧くださりませ!』
三人の一人は、近くから落ちた小枝を集め出し、もう一人は、既に手にした小枝を少女の神門(みと)に近づけた。
『やっ…やめてっ!やめてっ!』
少女は、これから何が始まるか察すると、叫び声を上げた。
『お願い!やめて!やめて!やめてーーーーっ!』
男の一人は、そんな少女を見て益々ニヤけると…
『さあ、さっきみたいに、気持ち良くしてやるからなー。』
舌舐めずりしながら、小枝を思い切り神門(みと)に捻り込んだ。
『ヒィッ!ヒィッ!キャーーーーーーッ!!!』
少女の凄まじい絶叫が、辺りに響き渡る。
『やっ…やめろっ!』
『よせっ!やめるんだっ!』
明と淳一は、急ぎ止めに入ろうとする。
先頭の渡瀬人は、その前に立ちはだかり…
『如何ですかな、このモノはまだ十歳そこそこにして、もう、こんなにも参道が開かれておりまする。それでも、まだ生娘だと…』
そう言うのを合図に、少女の参道に小枝を捻り込んだ渡瀬人は、更に中で掻き回し出した。
『キャーーーーーーーーーッ!!!!』
少女は、左右に激しく首を振り立て身を捩りながら、一段と凄まじい声を上げた。
それでも、小枝を捻り込む渡瀬人(とせにん)は些かの憐憫も見せず…
『どうだ、さっきよりも良いだろう?凄く良いだろう?』
舌舐めずりして言いながら、一段と激しく掻き回し続けた。
そして…
『さあて、もっとたくさん挿れてやろうかね…』
それまで、小枝を集めていた渡瀬人(とせにん)が戻って来ると、差し出された小枝を次々と少女の参道に捻り込み、掻き回していった。
『痛い!痛い!痛い!やめて!やめて!もうやめて!痛い!痛い!痛い!』
少女は、抱え上げる渡瀬人(とせにん)の腕の中で暴れまわりながら、一際声を上げると、血で真っ赤に染まった尿を吹き出させた。
『わかった!あいわかった!』
『わかったから、もうやめよ!』
明と淳一も、最早堪え切れぬとばかりに目を背け、少女と同じく悲鳴を上げるように言った。
しかし…
『何を仰られる。此処までご覧くだされたのでしたら、これもご座興…うちの若い者十人ばかしが、このモノの御祭神に白穂を捧げる所までご覧くださりませ。』
船頭がカラカラ笑いながら言うのを待っていたかのように、側に控えていた別の渡瀬人(とせにん)二人が、袴を脱いでそそり勃った穂柱を剥き出した。
その時…
『私を…私をお家に返してください!私…私…赤兎ではありませぬ!』
後方で事の成り行きを見つめながら、ジッと堪えていた少女が、遂に耐え切れなくなったように、飛び出して叫んで言った。
『私は…私は、父さんの畑仕事を手伝いに行こうとしていたところを、この人達に無理やり連れてこられました!でも…でも…まだ、何もされてません!』
すると…
『それは、真か!』
それまで一言も発する事なく様子を見つめていた恒彦が、突如、少女の方を向いて声をあげた。
『はいっ!本当です!私は、赤兎ではありません!』
『偽りを申せば、そなただけでなく、そなたの親族にも罪が及ぶぞ!そなたに幼い妹あらば、咎畜(とがかい)の赤兎にされるぞ!』
『どうか…どうか、お確かめ下さい!』
名乗り出た少女は叫ぶなり、その場に座り込んで、小さな脚を広げて見せた。
確かに…
股間を走る小さな神門(みと)のワレメは遠目にもまっさらで、幼児らしくふっくらとした、丘のようなワレメは、仄かに薄紅かかっていた。
内神門(うちみと)の肉壁が、外に盛り上がってはみ出す様子もない。
これで、参道内に神膜(みまく)が張っていれば…
と…
恒彦が更なる詮議をするべく少女の前に進み出ようとすると…
『おーっと、何か催してきたぞ。』
『そう言えば俺もだ。』
『俺も、したくなってきたな…』
側に立っていた渡瀬人(とせにん)三人が、おもむろに袴を脱ぎ捨てるや、小さな脚を広げて座る少女に迫って行った。
『やっ…やめっ…やめっ…嫌っ…やめて…やめて…』
忽ち蒼白になって震えながら、尻込みする少女に、最初の渡瀬人(とせにん)の手が伸びる。
『きっ!貴様っ!何をするか!』
恒彦が急ぎ止めに駆けつけようとすると…
『おっと、邪魔は困りますな、邪魔は…』
更に別の渡瀬人(とせにん)二人が、前に立ちはだかった。
『赤兎に穂供(そなえ)するのは、神領(かむのかなめ)の民全てに与えられた権利…
それを、兎津川刑部(とつかわぎょうぶ)様と言う立派なお役を頂かれた方が邪魔だてされるとは、いかなる了見でごぜえますかな?』
『何だと!』
『赤兎に穂供(そなえ)する権利は、例え河原者の賎民共であっても等しく与えられ…宮司(みやつかさ)と雖も、取り上げる事はできぬ…そうで、ありましたな。』
船頭は、思わず歯軋りする恒彦の顔を見て、また、ほくそ笑んだ。
『嫌っ!嫌っ!やめて…やめて…』
泣き声を上げる名乗り出た少女の手足を二人の渡瀬人(とせにん)が押さえつけると、もう一人の渡瀬人(とせにん)がいきり勃つ穂柱の先を小さな神門(みと)のワレメ押し当てて…
『イギッ!イギッ!イギッ!アァァァァーーーーーッ!!!!!』
凄まじい絶叫と同時に、血飛沫あげる少女の参道を貫いた。
『これで、詮議のしようがなくなりやしたな。』
『舐めた事を…俺を誰だと思っている。
東映渡瀬人(とうえいのとせにん)、兎津川刑部役(とつがわぎょうぶやく)の恒彦が、参道の傷つき具合を見て、これが初めてであるか否かもわからんと思うてか?』
『では、どうあっても御詮議を…と…』
『諄い!退けっ!』
恒彦が眼光鋭く船頭を押しのけようとすると…
船頭は、ここぞとばかりに、懐から一枚の書面と鑑札を取り出し、差し出してきた。
『これは…』
恒彦は、書面を一眼見るなり押し黙った。
『左様…これは、我が大船主様が、本社(もとつやしろ)の擬大祝(こりのおおほり)様より直々に賜りし、渡瀬(とせ)を仰せ付けられし委任状。こちらの積荷の壊れ兎共も、全ては擬大祝(こりのおおほり)様より直々に預かりしものにござんす。』
『それで…』
『あっしらの積荷を疑るは、擬大祝(こりのおおほり)様を疑るに等しゅうござんす。それとも、刑部様は、擬大祝(こりのおおほり)様が不正を働いてらっしゃる…そう、仰るのでござんすか?』
恒彦は何も答えず、暫し書状を手に無言で見つめた後…
『あいわかった。』
冷たく乾いた声を発した。
『な…何をっ!』
『お頭!』
思わず声を上げる、恒彦の配下の明と淳一を嘲笑うように、赤兎でない事を名乗り出た少女を弄んでいた男達はニンマリ笑って立ち上がり…
『さあ、立て!』
『おめえは、やっぱ、穢兎(けがれうさぎ)だとよ!』
『わかったら、さっさと歩きやがれ!』
股間を血と白穂でベットリ濡らし、疼くまる少女を蹴り上げ出した。
そして…
『さあてと…生娘を偽称して逃れようとした穢兎(けがれうさぎ)が、どうなるかは知ってるな。』
船頭は、最早興味すらないと言うように恒彦の前を素通りして少女の前に立つと、その前髪を鷲掴んで睨み吸えた。
『お…お…お許しを…お許しを…』
少女は、忽ちワナワナと震え出し、後退りする。
『許せるわけ…ねえな。』
『おめえを、無傷のまま高値で売り捌くお頭の目論見を台無しにしやがってよ。』
それまで、少女を弄んでいた男の二人が言いながら、少女を両脇から羽交締めると…
『あめえを売るのは延期だ。後で、きっちり落とし前をつけてやる。その後で…』
船頭は、白穂と血に塗れた、少女の小さな神門(みと)のワレメに二本指を捻り込み…
『イッ…イギッ!イギーーーーーッ!!!』
『おめえの五つの妹も、裸にひん剥いて引き連れて…おめえの前で、俺達の玩具にしてやるぜ。』
『イヤッ…イヤッ、ヤメテ…ヤメテ…』
『改めて、おめえが売られた後、あめえの妹が、家族が、どんな扱いを受ける事になるか…わかってるよな。』
『イヤッ…イヤッ…イヤーーーーーーーッ!!!』
激痛の為とも、これから家族に待ち受ける凄惨な運命にともつかぬ絶叫を上げる少女の参道を、乱暴に掻き回し出した。
すると…
『ところで、船頭。おめえの積荷にゃ、阿片が混じっていたが、それも、擬大祝(こりのおおほり)様からの預かりものかい?』
恒彦は、不意に振り向くなり、船頭に向かって言った。
『阿片?そりゃー、一体、何の話でござんす?』
船頭は、尚も泣き叫ぶ少女の股間を掻き回しながら、振り向きもせず、惚けた口調で答えた。
『白ばっくれちゃーいけねーよ。おめえが、兎どもを引き連れ大名行列してる間に、別の道を行こうとする積荷を改めさせて貰ったぜ。』
『何ですと!』
漸く言われている事の重大さに気づいた船頭が振り向くと、今度は恒彦が口元を引き攣らせ、皮肉な笑みを浮かべ…
『カメさーん。例のブツを出してくんなー。』
言い終えるよりも先に、それまで近くの林に隠れ潜んでいた刑部衆の一隊が、荷車五台分の積荷と、既に数珠繋ぎにされた渡瀬人(とせにん)を引き連れ姿を表した。
そして…
『さーて、こいつは、同じ阿片でも、御禁制中の御禁制…美国(うましくに)だ。
こいつも、擬大祝(こりのおおほり)様からの預かり品かね?』
刑部衆の先頭で指揮する恒彦の腹心、亀四郎が素っ頓狂な声を上げて言うや、船頭はそれまでのニヤけ顔と一転して蒼白になった。
『さあ、答えには気をつけろよ、船頭さんよー。もし、擬大祝(こりのおおほり)様よりお預かりした…などと答えれば、類は、おまえは言うに及ばず、おまえの船主や預けた擬大祝(こりのおおほり)様も処断される。一家一門は悉く兎神家(とがみのいえ)か河原者に落とされ、親類各家の一番幼い娘は皆赤兎だ。
そうなれば…主家を貶めたおまえの家族は、今後どんな目に合わされるか…わかっているな。』
『ただし…船主の目を盗み、おまえの一存でやった…そう、答えれば、おまえの一家が兎神家(とがみのいえ)に落とされるだけで済む。赤兎にされるのも、おまえの四つになる末娘一人で済むだろう。』
亀四郎の言葉を継いで恒彦が言うと、船頭は何も答えず、益々あおくなり、その場に震えながら座り込んだ。
亀四郎は、そんな船頭の側に寄って肩に手を乗せると、追い討ちをかけるように耳元近く囁きかける。
『安心しろって…俺の配下にも好き者は大勢いてな、前から目をつけていたおめえの娘、しっかり面倒みてくれるからよ。』
『頼む!あっしはどんな裁きもお受けしやしょう!どんな酷形で処断されてもええ!あっしの娘に手を出すのはあっしの娘に手を出すのだけは、堪忍しておくんなせぇ!』
船頭は、ついに堪えきれなくなったように、まるで幼児のように泣き噦りながら、亀四郎の足元にしがみついた。
『それは、虫が良過ぎるってもんじゃー、ござんせんか?おめえは、罪もねえ幼い子をこんなに掻っ攫ってきて、散々傷物にしてよう!おめえの娘は許してくれって、そりゃー、聞けねー相談だよ。』
亀四郎は、怒ると言うより、嬲り楽しむように言葉を続けた。
『ささ、ここは一つ観念して…おめえの娘が俺の配下の好き者達に皮剥されるのを見届けて、死んで行くが良い。』
『お慈悲でござんす!どうか、どうか、お慈悲でござんす!あっしの娘は…あっしの娘は…』
『諄い!』
尚も泣きじゃくってしがみつく船頭を、遂に冷たく突き放すと、亀四郎は配下達に合図を送る。
亀四郎の配下の者達は、待ち構えていたように、一切に鷹爪衆の渡瀬人(とせにん)達を絡め取り出した。
『良いか!此奴に付き従った渡瀬人(とせにん)達は皆同罪じゃー!おまえ達の家族も皆、兎神家(とがみのいえ)に…末の娘は赤兎にされるものと観念いたせー!』
亀四郎が、絡め取られてゆく渡瀬人(とせにん)達の周りをぐるぐる回りながら声を張り上げて言うと、渡瀬人(とせにん)達もまた、一斉に咽び声を上げ出した。
『お願ぇでござんす!あっしらは命じられただけでごぜぇやす!』
『どうか、家族はお許しを!』
『娘は堪忍しておくんなせぇ!』
『お慈悲にごぜぇやす!』
『どうか、どうか、お慈悲を!』
その声は、やがて咽び声から慟哭へと変わってゆく。
すると…
『船頭、一つだけ、おめえに良い話をくれてやろう。』
それまで、一言も発する事なくこの光景を見据えていた恒彦は、急に口を開いて言った。
忽ち、それまで泣き叫んでいた渡瀬人(とせにん)達は、口を閉ざして森閑となった。
皆、一斉に恒彦の方を向く。
『俺も、この際細けぇ事は何も言うめぇ。おめえが、ここで何も言わず、この娘達を解き放つと言うなら、俺もお前達を何も言わずに解き放ってやろう。』
『ほ…本当でごぜぇやすか?』
『男に二言はねえ、本当だ。阿片の件も、召し上げるだけで、何もなかった、見なかった事にしてやろう。』
恒彦が言うなり、何やら合図を送ると、亀四郎も大きく頷いて配下の者達に合図を送った。
忽ち、船頭はじめ、鷹爪衆の渡瀬人(とせにん)達は縄を解かれて解放される。
『ありがとうごぜぇやす!ありがとうごぜぇやす!』
『恩に着やす!』
『この恩、一生忘れやせん!』
今度は、歓喜に咽び泣く渡瀬人(とせにん)達に…
『行けっ!』
恒彦が一声発すると、彼らは蜘蛛の子を散らすように、その場を立ち去って行った。