Yururi

ゆるりゆるりと。

プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光

2018-04-28 20:19:22 | 日記
学生時代、バックパックを背負って旅したスペインで、プラド美術館を訪れたことはあったが、20歳くらいだった私が夢中になったのは、ゴヤの黒い絵シリーズで、ベラスケスやルーベンス等の絵画の王道といった綺麗な絵よりも、何か見てはいけないようなものを見てしまったかのような刺激的なゴヤの絵に、強烈な印象を覚えて見入っていたのを覚えている。

あの時、ベラスケスを始め、西洋絵画の巨匠たちの作品をきちんと堪能してこなかったのは大変もったいないことをしたとの思いもあり、今回、7点ものベラスケス作品、また、ルーベンスも見られるということで、初夏を感じる日差しの中、上野公園の国立西洋美術館に行った。

ベラスケスはセビリアの貴族の血筋をひく家庭に生まれ、12歳からスペイン画家・美術家でもあったフランシスコ・パーチェスの弟子となる。

「フランシスコ・パーチェス」ベラスケス

若くして才能を開花させていたベラスケスは、パーチェス師匠にも認められ、19歳で師匠の娘であるフアナと結婚した。


「東方三博士の礼拝」プラド美術館 本展覧会展示作品

「東方三博士の礼拝」はベラスケスが20歳の時に描いた作品で、聖母マリアは妻フアナ、幼子イエスは長女フランシスカ、三博士のうち手前にひざまずくメルキオールがベラスケス本人、その背後のカスパールがパーチェス師匠をモデルにして描かれたと言われている。
他の宗教画で見るイエスが静謐で神聖な雰囲気で描かれることが多いのに対し、愛娘フランシスカをモデルにした本作品のイエスの顔は、とても愛くるしく、今にも笑みを浮かべたり、声を出して、母にミルクをねだったりしてしまいそうなリアルな幼子の表情である。

本展覧会で目の前に見たイエスの顔は、図録等で見ていた時よりはるかに可愛らしく、ベラスケスの愛娘に対する愛おしさが伝わってきた。
20歳だった時の自分の精神年齢や環境に比べると、若干20歳にしてこれだけの表現力を持ち、そして慈愛にみちた父親としての顔を持っていたベラスケスに素直に尊敬の思いが湧き上がる。
ちなみに、ベラスケスの長女フランシスカはその後、母親と同じように、ベラスケスの弟子であったマルチネス・デル・マーソと結婚することになる。

24歳でベラスケスはフェリペ4世の宮廷画家になる。ベラスケスより6歳年下だったフェリペ4世は、ベラスケスを大変気に入り、親しみ、アトリエにもよく足を運び、ベラスケスは宮廷の行事や外交などの仕事も行うようになる。
ベラスケスは40年にわたり、フェリペ4世に仕え、国王とその家族のために絵を描き続ける。
国王のベラスケスに対する信頼の深さ、ベラスケスの国王家族に対する慈しみ、愛情の深さは、その肖像画の表情の柔らかさから十分に感じられる。
本展覧会で出展された「狩猟服姿のフェリペ4世」、目の表情が柔らかく、優しく、本人の穏やかな性格が伝わってくるようだった。


「狩猟服姿のフェリペ4世」 プラド美術館 本展会展示作品

スペインの名門ハプスブルク家は、カトリックの宗教政策や、名門としての高貴な地位維持のため、フェリペ4世の祖父、フェリペ2世の時から、伯父と姪の婚姻など3親等内での結婚が続いてしまった。
その影響もあってか、ベラスケスが、その輝くばかりの未来を願い描いた、フェリペ4世の長男カロルスも、16歳で早逝してしまう。


「王太子バルタサール・カルロス」 プラド美術館 本展覧会展示作品

その後、フェリペ4世は後継ぎを残すため、カロルスの婚約者であったマリアナ・デ・アウストリアと再婚する。そして、このマリアナもフェリペ4世自身の姪にあたる。

マリアナとの間で生まれたマルガリータは可憐な容貌の少女で、両親の愛情をいっぱいに受けて幸せそうな少女時代を過ごす。
マルガリータが生まれた時には、52歳だったベラスケスも孫娘のような歳のマルガリータの成長していく姿を慈愛に満ちた表現で、描き残している。


「バラ色のドレスのマルガリータ王女」3歳 ウィーン美術史美術館


「白いドレスのマルガリータ王女」 5歳
ウィーン美術史美術館



「青いドレスのマルガリータ王女」8歳 ウィーン美術史美術館

5歳の時に描かれた「ラス・メニーナス」(白いドレスのマルガリータと同じドレス)は特に有名だが、心配そうに見守るフェリペ4世夫妻の様子が画面中央の鏡に描かれている。



「ラス メニーナス」 プラド美術館

その後、ベラスケスは、フェリペ4世と最初の妻イザベルとの間の娘、マリー・テレーズ(マルガリータの異母姉)の結婚準備を取り仕切る中で、過労で倒れ死亡する。

ベラスケスとしては、愛情深く描いていたマルガリータの花嫁姿も見たかったろうにと、残念な気持ちがするが、最後に描いた8歳の時の青いドレスの肖像画以降は、ベラスケスの娘婿マーソがその意思を引き継ぎ、マルガリータの姿を描いている(マルガリータ10歳の時に描かれた「赤いドレスを着たマルガリータ王女」はベラスケスとマーソの共同制作とも言われる。)


「赤いドレスのマルガリータ王女」 プラド美術館


「緑のドレスのマルガリータ王女」マーソ ブタペスト国立西洋美術館


「皇妃マルガリータ・デ・アウストリア」 マーソ プラド美術館

喪服を着たマルガリータの肖像は、マーソが描いた、フェリペ4世の死後に悲しみの表情を浮かべた14歳のマルガリータの姿である。

ベラスケスのフェリペ4世、マルガリータ王女への愛情が、娘婿マーソにも引き継がれたことが感じられるのが、マーソの描いた「画家の家族」で、左側4人の子供は、ベラスケスの長女フランシスカとの間の子供たち、右側がフランシスカ死後に再婚した妻とその子供たちが描かれている。


「画家の家族」マーソ ウィーン美術史美術館

↑この絵、さらに注意深く見てほしい画面中央には、ベラスケスが描いたフェリペ4世の肖像が描かれており、


「フェリペ4世の肖像」ベラスケス プラド美術館

画面右側には画家(緑のドレスを描いているからベラスケスではなくマーソ自身か?)がマルガリータ王女を描いている姿が描かれている


この「画家の家族」を見ても、マーソがいかに義父ベラスケスを敬愛し、また、ベラスケスが愛したフェリペ4世家族に愛着を持って接し、そして自分自身の家族に対する深い愛情を持っていたかが感じられる。

今回のプラド美術館展で感じたことは、ベラスケスの、フェリペ4世の、そしてマーソの家族としての、また国王家族と宮廷絵師との家族のような親しみ、愛情であり、また、絆や、逃れられない伝統の重さ、地位の重さ、責任のようなものであった。
ハプスブルク家としての地位の尊さ、それにより逃れることのできなかった血族の交わり、そこから生まれる悲劇ともいえる早逝、師匠と弟子という関係による責任の重さ、才能の違い、またそれらの根底において確かに感じられる愛情の深さ。

お互いの愛情や親しみを感じれば感じるほど、その後に見えてくる予感や、未来にどこか哀しい思いも湧き上がってしまう、そんなことが感じられる展覧会だった。


そんな気分の中でみた、ヤン・ブリューゲル(父)の描く花の色彩は、心を少し軽くする、印象的な明るさだった。


「Vase of flowers」ヤン・ブリューゲル(父) プラド美術館 本展覧会展示作品