Yururi

ゆるりゆるりと。

至上の印象派展 ビュールレ•コレクション

2018-04-24 20:17:38 | 日記



美しく透きとおる肌と栗色の豊かな髪、愁いを帯びた青い目と、形のよい唇。
その美少女の前に立った時、ある者はその清楚さと可憐さについ見とれ立ち尽くし、ある者はまるで初恋の人に出会えたような気恥かしさや嬉しさを覚えながらそわそわしてしまうかもしれない。
印象派の代表的な画家ピエール ・オーギュスト・ルノワールが描いた「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」
この美少女は、パリのユダヤ人銀行家であるルイ・カーンダンヴェール伯爵の長女イレーヌで、描かれた1880年当時8歳だった。
イレーヌは3人姉妹の長女で、イレーヌの2人の妹も同じくルノワールによって1881年に描かれている。

「エリザベスとアリス・カーン・ダンヴェール」サンパウロ美術館蔵

右がエリザベス、左がアリスで、この絵は「ピンクとブルー」という別名でも知られ、色違いのお揃いのレースのドレスを着た姉妹がなんとも可愛らしく(リボン🎀や靴下の色もお洋服と合わせていてかわいい)、美少女3姉妹だったことが分かる。

イレーヌの母、ルイーズの肖像画も当時ポートレート画家として有名だったカロリュス・デュランによって描かれており、相当な美人さんである。

「ルイーズ・カーン・ダンヴェールの肖像」 カロリュス・デュラン

ちなみに、イレーヌの両親は、デュランの肖像画のような、古典的な作風を求めており、ルノワールの描いたイレーヌの作品は気に入っていなかった、出来上がった作品は召使いの部屋に粗雑に放置されていた等の話もある。
デュランの描く肖像画の数々は、確かに大人の女性を描く時、その魅力を最大限に引き出し、美しく、そして官能的ともいえる作風が特徴的である。しかし、当時4歳から8歳だったイレーヌ姉妹の可憐でかわいらしい清楚な少女たちの魅力を最大限に描き出すことができたのは、ルノワールだからこそと思う。
ルノワールに頼んでよかったんじゃないの!と後世の私はイレーヌ母に伝えてあげたい。

伯爵家の令嬢として、輝くばかりの未来を約束されたかのような、夏の日の姿を描かれたイレーヌだが、その後数奇な人生を送る。
イレーヌは、19歳で11歳年上のユダヤ人銀行家と結婚、2人の子供に恵まれるが、結婚生活は10年で破綻。翌年にイタリア人貴族と結婚するが、第1次世界大戦で長男が死亡し、その後2回目の結婚生活も破綻し、離婚。第2次世界大戦では娘と、幼い孫たちもナチスにより強制収容所に送られ亡くなっている。
青いドレスを着て無邪気な笑顔を浮かべていた妹のエリザベスも、後年ナチスによる強制収容所送りとなり亡くなっている。

第2次世界大戦中、「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」はナチスドイツに没収され、ヘルマン・ゲーリングが所有していた。

ヘルマン・ゲーリング、ナチスドイツナンバー2だった男

戦争終結後、ナチスが略奪していた美術品は、返還され、パリのオランジェリー美術館に展示され、その後1946年に当時74歳のイレーヌに返還された。
ヘルマン・ゲーリングといえば、第2次世界大戦末期に、連合国側の戦闘員でもない、学芸員や歴史家、彫刻家らが、ナチスドイツに略奪された歴史的美術品を奪還するためにチームが結成されたという、実話に基づいて作られた、ジョージ・クルーニー主演の作品「ミケランジェロ・プロジェクト」にも登場する。「オーシャンズ11」好きな人には、ハラハラしながら映画に登場する美術品も楽しめるエンターテイメント作品だ(イレーヌ嬢も作品のある箇所で登場します)。


イレーヌ本人に一度は返還されたイレーヌ嬢だが、その3年後、競売にかけられ、エミール・ビュールレによって落札された。その後、イレーヌ嬢は私設のビュールレ美術館に所蔵されることになる。
エミール・ビュールレが武器商人で、ナチスに武器を売って私財を蓄えたことを考えると、イレーヌ本人の波乱万丈な生涯とともに、作品・イレーヌ嬢の行く末にも複雑な思いが湧き上がる。
しかし、その後、2008年、ビュールレ美術館において、武装した国際強盗団が同美術館に押し入り、今回の展覧会でも展示されたセザンヌの「赤いチョッキの少年」を含む、ドガ、モネ、ゴッホの4作品が盗難された。
そして、これらの4作品は幸いにも、2012年までに無事発見・回収されるに至るが、この盗難事件を機に、同美術館の警備の見直しがされたものの、個人美術館の費用負担が大きかったため、2015年に同館は閉館、同館のコレクションは2020年にチューリッヒ美術館に移管されることになった。

この移管を機に、コレクションを紹介する機会として、今回日本での展覧会が実現され、出品作のおよそ半数が日本初公開となったが、今後チューリッヒ美術館に新たに移管されることを考えると、目玉作品である名作の数々が、所蔵したばかりの美術館から他へ貸し出されることは容易にできるものとは考えられず、これだけのコレクションが日本で鑑賞できるのは、まさに最初で最後のチャンスだと思われる。

イレーヌ嬢はもちろんのこと、アントニオ・カナールの写実性、モネのシャクナゲの赤、ゴッホの日没の黄色の色彩の素晴らしさは、本物でなければ伝わらない迫力がある。
アングル、ドラクロワ、マネ、シスレー、エドガー・ドガ、セザンヌ、ゴーギャン、まさにスター揃い踏み!
見応えがあり、圧巻であった。
本当は一つ一つもっと時間をかけて味わいたいところだったが、日曜日の鑑賞はやはり混雑していたため、少し消化不良気味。時間があれば閉館前になどを狙って再度名画たちに会いに行きたい。