061:論（笹井宏之）

論文の末尾が鳥のようであり教授は籠を買いに出掛けた

060:キス（笹井宏之）

ホチキスの残り最後のいっぽんで私がとめたのは愛でした

059:ひらがな（笹井宏之）

ひらがなであったおとこが夕立とともに漢字に戻りはじめる

058:鐘（笹井宏之）

ぼんやりとさみしいだけの夜がきてとぎれとぎれの半鐘が鳴る

057:空気（笹井宏之）

空気圧すこし高めでこの夏の雨の終わりを見届けている

056:タオル（笹井宏之）

潮の香のタオルケットにくるまればしだいに貝になりゆく私

055:労（笹井宏之）

ともだちの苦労話をききながらいちばん軽い桃をえらんだ

054:電車（笹井宏之）

苦しくて路面電車になっているひとへレールの場所を教える

053:爪（笹井宏之）

爪切りを失くす　私はすこしだけ寂しくなって街角に立つ

052:あこがれ（笹井宏之）

あこがれがあまりに遠くある夜は風の浅瀬につばさをたたむ