いつも最高 in 北九州

「今日は最高」「明日はもっと最高」の気持ちを胸に、我が故郷の魅力を紹介。時として辛口の提言も含め「いつも最高の北九州」。

八幡製鉄所の名が消えた

2020年05月25日 | 日記・エッセイ・コラム

 明治34年(1901)、北九州の八幡村で操業を開始した「官営八幡製鉄所」はわが国の近代化の牽引力として、大きな役割を果たし続けてきました。昭和9年(1934)には、民間業者と合同して「日本製鉄」となり、戦後の昭和25年(1950)には、「八幡製鉄」となり、引き続きわが国再興の原動力となりました。この頃、私は八幡地区に住み、多くの煙突から噴出される煤煙を眺めながら、公害とは思いながらも、その存在の中にあることが誇らしくもありました。北九州の街は正にこの八幡製鉄所とともに発展を続けてきたのです。でも、昭和45年(1970)には「鉄冷え」といわれるような産業構造の変化により「富士製鉄」との合併で「新日本製鉄」となり、ここの工場群は「新日本製鉄 八幡製鉄所」となりました。更には、平成24年(2012)には「住友金属工業」と合併し、「新日鉄住金」となり、この会社の「八幡製鉄所」となりました。ところが、このコロナ禍の令和2年4月(2020)に再び「日本製鉄」の名称変更となり、唯一、戸畑の工場の「飛幡門」にあった「八幡製鉄所」名前は消えてしまいました。写真にあるように「NIPPON STEEL 九州製鉄所 飛幡門」となったのです。少年時代、八幡製鉄所と共に過ごしたあの思いは消えてしまいました。悲しいものです。

下の写真は、3年半前の秋「起業際」で訪れた時のものです。

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少しは開放感が

2020年05月22日 | 日記・エッセイ・コラム

好天が続いています。緊急事態宣言が解除されて一週間が過ぎました。北九州市は感染者ゼロが22日間続いています。それでも市民の拡大防止意識は強いように見られます。昨日、この五月晴れの中、久しぶりにスタッフ共々、勝山公園にある中央図書館に行ってきました。もちろんスタッフとはソーシャルディスタンスを厳守しての行動です。中央図書館は、20日から閉館前に予約済みの利用者のみの対応です。館内には入れず、入り口近くの臨時窓口での対応でした。ここでもしっかりとした対策が取られていて、安心しました。五月晴れの下、公園では親に付き添われた子供達や少年達が太陽の陽を一杯浴びながら遊ぶ姿を見るとホッとした気分になります。

※ なお、先回の「メッセージ欄」創設について補足します。従来からの「コメント欄」はそのままの形で利用可能です。特別に私にご意見がある場合は、新設の「メッセージ欄」をご利用ください。ご自分のアドレスを入力いただければ、直接お返事が可能です。この「メッセージ欄」の内容は一切、公開されませんのでご安心ください。

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このブログ欄に 「メッセージ欄」を追加

2020年05月18日 | 日記・エッセイ・コラム

今日は朝から雨です。北九州市は19日間も感染者ゼロが続いていますが、雨も降っていることから今日も自宅待機中です。おかげであれこれ考えることもあるのですが、今日はこのブログのレイアウトをほんの少しばかり変えてみました。右側のサイドメニュー欄に次のような「メッセージ」欄を設けました。「プロフィール」欄の下、「最新記事」の上側です。

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やっと解除になったものの・・・・・・

2020年05月16日 | 日記・エッセイ・コラム

梅雨にちかい雨空です。「立夏」ともいい、夏の始まりの時期ですが、このあと本格的な梅雨を経なければ夏にはなりません。福岡県はコロナ感染もやや下火になり、「緊急事態宣言」は解除の対象地域となりました。それでも、油断はできません。いつ大きなぶり返しが来るとも。当分は、少なくともこの後一か月は今のままの自粛生活を続けようと思います。とは言いながら、昨日所用があり八幡東区に行ってきました。私はこの地区の「枝光」という町で生まれ、育ちました。枝光は坂の町で、今でこそ住宅がひしめていますが、私が育ったころ、いあゆるあの大戦の終末の時は、この坂道には私の生まれ育った家のほかはわずか数軒でした。家は今では人様の手にわたっていますが、形は昔のまま。当時は、眼下には洞海湾が広がり、八幡製鉄所の煙突が立ち並んでいました。頂上のアンテナ群以外は、遠望できる皿倉山は昔の儘の姿です。テーマパーク「スペースワールド」も二年前に閉園し、シンボルのスペースシャトルや巨大なローラーコースターは跡形もなく消えてしまいました。しばし、この坂道にたたずみあの頃の思い出に耽りました。

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水遊びのきせつ

2020年05月10日 | 日記・エッセイ・コラム

コロナの勢いも少しづつおとなしくなってきた感じはありますが、まだまだ油断できません。福岡県は引き続き、緊急事態宣言の対象地域のままです。それでも季節は初夏を迎え、暖かくなってきました。紫川べりを歩くと、子供たちが水遊びをしています。足立山麓の森林公園では、まだ疎らですが親子連れの姿が。もうステイホームも限界に近づいています。老人の私ですらそうですから、子どもたちのいら立ちも、相当なものでしょう。でも、我慢もあと少しです。

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五月花は見事なれど 緊急事態宣言は延長

2020年05月05日 | 日記・エッセイ・コラム

今日は子供の日。大型連休中というのに外出自粛中。しかも緊急事態宣言は今月末までに延長されました。憎きコロナウイルスですが、人類生き延びるためには、当面我慢して対抗せざるを得ません。近くのナンジャモンジャの花は純白に、そして駐車場まわりのツツジは見事に咲き誇っています。外出自粛で私もストレスが溜まっていますが、子供たちはもっともっと大変でしょうね。貴重な体験です。これから先も疫病だけでなく、地震、水害等の自然災害、更には私たちの国がもっと大きな国難に襲われるかもしれません。この貴重な体験を教訓として残して欲しいものです。

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令和2年 初五月

2020年05月01日 | 日記・エッセイ・コラム

令和の御代になって、今日で2年目となりました。コロナがなければ、本当にさわやかな五月なのですが、緊急事態はまだ続きそうです。近くの老人ホームには今年も手作りの鯉のぼりが上がりました。やや、密集隊形が気になりますが、色鮮やかな鯉の群れ。真っ青な空とのコンビネーション。静かなゴールデンウィークの始まりです。

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閑散とした小倉の街

2020年04月28日 | 日記・エッセイ・コラム

非常事態宣言の最中、このコロナ感染は出口が見えません。不安な日々です。もちろんわが家でもステイホームを徹底していますが、今日一か月ぶりに小倉の街中をカメラマンを兼ねたスタッフと一緒に車で通り抜けました。普通は買い物客や観光客で賑わう午後2時頃の街中。写真のように人の姿は疎らです。折しも昨日のテレビニュースで「小倉の繁華街にネズミの大群が」という映像で、びっくり。「ネズミの大群発生」は不名誉なニュースですが、それだけ市民の外出自粛が徹底している証拠かもしれません。まもなくゴールデンウィーク。もうしばらくじっと我慢の毎日です。でも、ネズミの発生は抑えなければ。

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いつも最高 12周年

2020年04月24日 | 日記・エッセイ・コラム

今日4月24日、この「いつも最高」ブログ開設してから12年目となる記念日です。平成20年(2008)4月に横浜在住の時に趣味の写真を梃にして始めました。最初はただ単に写真付き日記の軽い気持ちでしたが、多くの方々の応援をいただき、ここまで続けることができました。平成28年(2016)8月に故郷北九州市に転居してからは、タイトルも「いつも最高 in 北九州」とし、故郷の紹介も続けてきました。そこで、数年前からこのブログの書籍化も進めてきました。折しも昨日その4巻目が届きました。書籍でみるとまた思い出も深まるものです。一年分を一巻とし、やっと4巻が完成したところです。今年中には今までの全巻を揃えたいと思っています。時折、昔話を掲載します。皆様のご支援に深く感謝申し上げ、これからも引き続きよろしくお願いいたします。世界に一種類しかない「いつも最高」の本、数少ない私の宝物です。

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じっと我慢の散歩

2020年04月19日 | 日記・エッセイ・コラム

今日も我慢の散歩です。紫川河畔は比較的人も少なく、のんびりと歩けます。川の下流方向を遠望すると、遥かに平尾台が望めます。周辺は東側に標高720mの貫山が、そして正面には400~600mのカルスト台地が広がります。日本三大カルストの一つで国定公園に指定されています。台上には「平尾台自然の郷」と呼ばれる公園がありますが、現在は閉園中。ここにもコロナの影響が及んでいます。また、紫川の東側には小倉のシンボルでもある標高598mの「足立山」が。別名「霧が岳」とも。北九州に帰ってくると八幡の「皿倉山」、小倉の「足立山」を目にし、また平尾台の自然に触れると、あの故郷のメロディーがひとりでに出てくるのです。今日は4.3㎞、7200歩の散歩でした。

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