SANCHE日誌

横浜生まれの横浜育ち。現在も横浜のチベットに生息す。2次じゃない2次施設に働く変わり者な人間が描く日常物語。

3日目~11月30日~

2005-11-30 23:59:07 | お仕事ネタ
つーことで3日目。輪番の翌日だし、まぁ空いてるだろう。と思ってましたが・・・。
実は11月中旬からワタシと同じ部署に4人の新人が入りました。
いつの間にか救急専属担当の中では一番の古株となってしまったワタシが自動的に責任者となり、指導役となるわけです。時の経つのは早いものです。
今日は研修生が1人入ってるんですね。しかも4人の中で一番使えない奴が。
職員の中にも、使えないという感を抱いてる人はいて、ワタシはすでに見捨てかけてます。それだけでもすでに気疲れしてるわけですが、当直スタート。まぁ流れ的には普通でした。
明け方に産科の患者が来て産婦人科病棟へ連絡。とかやってましたが。
そんなこんなで、仮眠をとることができ、明け方4時半から6時頃まで寝ました。
6時過ぎに起きてトイレに行って戻ってきた途端ホットラインが鳴ります。
通話時間が1分ほどで切れたので、お断り対象だったかな?と思って、温かいコーヒーなんぞをすすっていると、ホットライン連絡表がきました。この朝っぱらから何じゃい。と思って連絡表を見ると、そこにはアルファベット3文字だけが書いてありました。
「CPA」
(CPA=心肺停止状態:心臓も呼吸も脈拍も止まっている状態。)
なんてこったい・・・。しかも「到着まで3分」とか書いてあるじゃないですか。
つーか、もうサイレン聞こえてきてるし。
こんなときぐらいしか使えないので新人を走らせてカルテを取りに行かせます。
行かせた直後に救急車到着。顔見知りの近所の救急隊です。懸命に蘇生術を施しています。
家族を引き剥がすように降ろして、ストレッチャーを降ろす。(なんか2日ぐらい前に同じようなことやってたような・・・)蘇生術を続けて救急室に搬入。
心肺蘇生術を続行しながら救急隊がドクターに状況説明。70代の男性。朝、家族が起こしに行ったら息をしていなかったので慌てて119番したというもの。つまり、いつ呼吸や心臓が停止したかは不明なのです。
救急のスタッフで蘇生を続けましたが、心電図は完全にフラット、瞳孔も散大していて、手足の先は冷たくなってきました。SATもBPも測定不能で、挿管しようとドクタ-がアゴを開こうとすると非常に固い・・・。アゴが固い。加えて手足が冷たくなってきたことを考えると、これはすでに死後硬直が始まっていることを示します。
こうなってしまっては、もはやなす術がありません・・・。
救急車には奥さんが同乗してきていました。息子さんも間もなくタクシーで駆けつけました。ドクターは堅い表情で家族に死亡宣告をしました。それまで無表情だったお2人ですが、その瞬間、奥さんは救急室の床に座り込んでしまいました。息子さんは堅い表情のまま座り込んだ奥さんを支えてロビーへ戻りました・・・。

救命率というものは蘇生術が遅れれば遅れるほど下がっていきます。
心肺停止状態になってから間髪入れずに蘇生術を施せばその救命率は90%ほどですが、心肺停止状態になってから10分間蘇生術が施されないと、その後にどんなに濃厚な治療をしても救命率は0%に等しいぐらいまでに落ちてしまいます。
家族が発見して119番~救急車出動~救急隊到着~蘇生術開始。まで最低5分はかかってしまいます。この時点で救命率はすでに50%以下になっているわけです。
発見した家族が蘇生術を施していれば救命率は上がりますが、見たら息をしていなかった、心臓が止まっていた。という状況、それも自分の家族となれば冷静に判断して蘇生術を施せる人など、そうそういません。
なんだか後味の悪い朝でした・・・。

2日目~11月29日~

2005-11-29 23:59:36 | お仕事ネタ
2日目は、輪番日でした。混むのが当たり前な日です。
夜なのに混むのが当たり前となってしまっているのが本来はおかしいのですが。

スタート直後はバタつきましたが、途中で結構ヒマができました。
その流れを変えたのは22時半過ぎの胸痛のホットライン。
40代の男性だったのですが検査の結果、急性心筋梗塞と判明。
病名を告げられ、緊急治療が必要との説明を受け、本人は混乱し、親はあたふた、奥さんは呆然、子供は泣き出しました。働き盛りな年齢ですがコワイですね。
昨日に続いて緊急心カテ。無事にカテは終了しICU入院となりました。
ところがこれが流れを変えてしまい、電話が鳴り止まなくなりました。夜中の0時頃から2時頃までの2時間で来院した患者はなんと16人。まるで昼間ですね。その中に3台の救急車も含まれており、救急外来も受付も大混乱。待合室があっという間に満員御礼になりました。あ、そうそう、忙しさで体調があまりよくなかった救急外来のナースが1人倒れました。明け方には産科の患者も来て産婦人科病棟へ連絡、など。その後も途切れることなく朝までポツポツと来院が続き、結局完全に徹夜。あーあ、やっぱ輪番日は寝れねーか。という日でした

1日目~11月28日~

2005-11-28 23:59:57 | お仕事ネタ
さて、ひょんなことから9日連続当直することになってしまいました。
どういうわけだか連日ヘビーです。
1日目はホットラインが止まらず、総来院数の半分が救急車来院というありさま。
しかも結構「アタリ」が多く、19時半過ぎからホットが2本続けて鳴り、どちらも転倒による頭部・顔面外傷の搬送要請。片方は消毒・洗浄・縫合で済みましたが、もう片方は後に外傷性くも膜下出血でICU行きに。しかもCTにて出血拡大を認めたため緊急オペに。
それらが搬入されて検査をしている頃、今度は隣の区の救急隊から産婦人科的疾患の疑われる女性の搬送要請。産婦人科はOCなので、診療まで少々時間をかかる旨を伝えると、救急隊は本人に打診。早く診てくれるところがいい。(そりゃそうだ)とのことにて他病院を当たるとのこと。ところが10分後に同じ救急隊から再ホットライン。周辺に受入病院がなく、本人も少し待ってもいいのでこちらで診て欲しいとのこと。
というわけでこちらも搬送され、産婦人科のDrをコール。まだバタついている21時前、忙しい中に鳴った電話をとると「こちら町田の救急隊です」東京消防庁・町田市の救急隊から搬送要請。50代の男性で自宅にいる家族からの119番。玄関で物音がしたので、ご主人が帰ってきたのだと思って奥さんが見に行くと、そのご主人が玄関を入ったところで倒れて意識を失っていたというもの。救急隊も声が険しい。最小限度の情報のみ聴取し受入OKのサインを出す。しばらくして町田の救急車到着。意識障害が強くなってきており、所見をとりつつCTへ直行。見事に脳出血で、これもICUへ直行・・・。その後も来院は続き、ようやく一息つこうかと思った夜中の2時。
しばらく鳴ることがなかった電話が鳴り、とると「こちら町田の救急隊です」またしても東京消防庁・町田市の救急隊からの搬送要請。こんどは80代の女性で胸痛。
意識が次第に薄れてきており、痛みがあるから、かろうじて意識があるような状態。しかも、心拍数・脈拍は不安定でSATはバンバン落ちてきているという。心電図もアヤシイ波形を打ち出しており、呼吸も危なっかしそうな状態。救急隊の慌てようから、かなりの重症であることは読み取れる。
かかりつけである横浜市内の大学病院の救命センターに電話したらしいのだが、そこの救命センターは横浜市内全域で見てもかなり多忙なところで、案の定すでに重症の救急車が3台同時に来ているとのこと。とても受け入れられる状態ではなく、申し訳ないが他に当たってくれ。と言われたという。救急隊は循環器科で緊急カテ対応を含めて受入可能な病院を探し町田市内で市民病院と某病院を当たったが、どちらも断られた。そうなるともはや市内に対応病院はなく、県を越えて横浜市の我が病院へ電話してきたというわけである。
さっきのヤツよりもヤバそうなので師長は現在の状態だけ聞くと即搬送するように返答し、バタバタと準備にかかる。各所に伝達が行き渡り、準備が整ったところでサイレンが聞こえてくる。救急車は、いつもにない速度で病院敷地内に入り、救急入口前に止まると同時に機関員が飛び降りてきた。後部ハッチを開けると、隊長と隊員が懸命に状態を維持しようと救命活動をしていた。同乗してきた家族はすでに半狂乱状態。
そのままではどうしようもないので、引き剥がすようにして家族に降りてもらい、続けてストレッチャーを降ろす。救急車内では酸素全開15リットル投与で、やっと呼吸をしている状態である。これはどー見たって3次だよなぁ・・・。と思いつつ家族を落ち着かせる。急性心筋梗塞と診断され、心カテ室へと移動して緊急カテ。カテが終わったのは朝でした。なんとか一命はとりとめてICUへ入院となる。
・・・こんな感じで、いきなりデカイの引いて先が思いやられる1日目終了。

長野・群馬ツアー総合

2005-11-27 23:59:18 | 趣味的ネタ
道中のことは割愛します。細かく投稿してましたからねw
しかし、朝4時からやってる温泉には驚きました。久々にゆったりできましたね。
なお、長野から群馬への高速道路の区間ではワタシが運転しており、隣に座った副総長が「こわいこわい」と申しておりましたw
群馬中央バスのブルドック、懐かしいですね。ブルドックはワタシの地元で走っていたので、小さい頃よく乗りました。昔の記憶がよみがえってきてみたり。
廃車になってしまう前に、また乗車&撮影に行きたいもんです。
帰りの車中のカラオケ大会も、なかなか盛り上がりました。
そうそう、バスコレ引き大会では見事に、7弾のシークレット・都営エルガCNGを当てました。
お土産にしっかりと信州そばを買い込んできました。
そうそう、結局夕食ですが、駅前のコンビニにて酒とツマミを買い込み、それで済ませましたw
明日からまた連日当直です。ふぅー。

長野・群馬ツアー9

2005-11-27 16:46:23 | 携帯からGO~ぶらり旅編~
東部湯の丸からは私が運転し、横川SAで休憩しつつ、伊勢崎市内某所へ。
某所から伊勢崎駅前までは副総長が運転。
いました、いました!本日のメインその2、群馬中央ブルドック!
このあとコレに乗車し本庄早稲田駅まで向かいます。貸切バスは総長が本庄早稲田駅まで回送してくれます。約35分の旅を堪能してきます。

長野・群馬ツアー6

2005-11-27 08:13:11 | 携帯からGO~ぶらり旅編~
というわけで、須坂駅で長野電鉄の電車移動組と貸切バスに乗ったまま長野駅に先行する組とに一時別れます。私はバス組。7時過ぎに長野駅前に到着。駅前の温度計によると気温は3度らしいです…。寒さにめげず約1時間のバス撮影。
川中島バスの80周年記念のMPも撮れました♪