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やがてくる死、101歳女性の静かな覚悟「来年は遠い空の彼方からすてきな声を聞かせて」

2021-08-21 13:30:00 | 日記

下記の記事は日刊ゲンダイオンラインからの借用(コピー)です

5年間、デイサービスで働いてきた。これまですんでいた出版業界とは異なる人との出会いが、生涯の宝物となった。最後に、デイサービスという職場に身を置いたからこそ体験できた話を紹介したい。

 主人公は高橋千絵さん、つい最近、101歳の誕生日を迎えた。誰もが80代と思ってしまうその元気な姿、確かな物言い。彼女を見ていると長生きするには、天寿だけでなく、秘訣もあるように思えてくる。「もっと長生きしよう!」「あの人には負けない」といった欲を持たずに、恬淡(てんたん)と生きることが、長生きにつながるようだ。

 高橋さんはもともと、老舗の料亭の奥さんだった。

「女将って、きめこまやかな配慮が必要な、大変な仕事ですよね」「気楽な仕事よ」「従業員をまとめるのが面倒では?」「みんな、いい人ばかりで」「何歳まで現役でしたか?」「忘れました」……。

 やりとりはいつもいい意味で、のほほんとしていた。

 ある日、近くにある高校のコーラス部が、ボランティアの一環としてやってきた。毎年の恒例だ。総勢20人ほどで、女子が7割。部長らしい男子生徒が、挨拶に立った。

「こんにちは。今年もよろしくお願いします。最初は、ご存じのドイツ民謡で『ローレライ』です」

 歌い終わると、次は日本の民謡で「五木の子守唄」、そして誰もが知っている、「上を向いて歩こう」と続く。お年寄りにもよくわかる選曲をしている。

 そして、「これが最後になります」と部長は、童謡の「故郷(ふるさと)」を紹介した。

「ウサギ追いしかの山……。皆さん、誰にも故郷があると思いますが、僕にはありません」


 お年寄りが、きょとんとしている。

「父親も母親も、東京生まれで、山も川もありません。では皆さん、故郷を思い出しながら一緒に歌ってください」

 なかなか気の利いた、話しぶりだ。曲が終わると、「もっと練習を重ね、来年も歌いに来ますのでよろしくお願いします」と挨拶した。今度は店長(施設長)が進み出る。

「皆さん、大感激です。感謝を込めて、ご挨拶したいと思います。代表は、つい先ごろ101歳の誕生日を迎えられた高橋千絵さんです」

 高橋さんが立ち上がる。いつものように背筋が伸びている。

「本日はすてきな歌声を聞かせていただき、ありがとうございます。来年もいらっしゃるとのことで、また、すてきな歌声を聞かせてください。そのときはもう、私はここにはいませんけれど……」

 さわやかな話しぶりだが、高校生のうちの数人が、声を押し殺しながら涙を浮かべ、やがてまた数人が肩を震わせはじめた。

「泣かないで。私は普通の人よりも少しだけ長く生きてきました。もう十分と、神様がいっています。来年はきっと、遠い空の彼方(かなた)から、皆さんのすてきな声を聞かせていただいていると思います」

 しばらく、静寂が続いた。僕は高橋さんの「やがてくる死」への静かで上品な覚悟を目の当たりにして、厳粛な思いがした。

 薄給で、何度となく切なく、みじめな気分を味わってきた職場だったが、高橋さんから大事なことを学ばせてもらったようだ。体のあちこちに不調を抱え、つらい日々を送る73歳の僕だが、「もう少しがんばってみよう」と元気づけられた一瞬だった。

夏樹久視作家
1947年東京生まれ。週刊誌アンカー、紀行作家、料理評論家などを経て推理作家に。別名で執筆の多くの作品が話題を呼びTVドラマ化。母親の認知症を機に、65歳でヘルパー2級の資格を取得、約5年間、デイサービスでの就業を経験する。



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