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薬は月600錠に…処方された「痛み止め」に依存した50代男性の地獄

2021-09-03 15:30:00 | 日記

下記はダイアモンドオンラインからの借用(コピー)です

起床時の手指のこわばり
「疲れが溜まっている」と思った
(あれ、おかしいぞ)
 起床時、スマホに手を伸ばしたマサオミさん(仮名・当時55歳)はある異変に気付いた。手がおかしい。右手の小指と薬指がこわばって動かしにくく、うまく持てないのだ。鈍く痛んでいるような気もする。きつい手袋をしているような感覚だろうか。
 スマホを離し、改めて手を握ったり開いたりしてみると、他の指も動かしにくい。特に薬指が曲がらない。こんなことは初めてだったが、PC作業で根を詰めたときに似たような感じになったことがあるため、(指の使い過ぎかもしれない。様子を見てみよう)と考え、いつも通り出勤した。
 ただ、異変は手指だけではなかった。なんとなく手首や肩などの関節もギシギシとさびついたように動かしにくかったし、何より熱っぽく、身体が鉛のように重くだるい。微熱があるようだ。
(まいったな、疲れがたまっているのかな。こりゃあ、倒れてしまうかもしれない)
 不安に駆られながら帰宅し、夜は早々に就寝。翌朝を迎えた。(手指の具合はどうだろう)確かめるように動かすと、症状はさらに悪化していた。左手の指も右手同様にこわばり、曲げにくくなっていた。
 もはや様子を見ている場合ではない。急いで近所の整形外科を受診すると問診・触診、血液検査、X線検査をしてもらい、「結果は1週間後」。再診すると医師は検査データを見ながら言った。
「関節リウマチの可能性が高いです」
 結果が出るまでの1週間、マサオミさんは自分の症状をネットで調べまくり、(関節リウマチかもしれない)とは予想していた。というのもその後、体の不具合が怒涛(どとう)の勢いで進行したからだ。
 当初右手だけだった手指のこわばりは、すぐに両手の全部の指に広がった。さらに腕がずっしりと重たく感じ、両肩に激痛が走る。ただ事ではないと思った。
「関節リウマチとは、関節に炎症が起きて、痛みや変形が生じる病気です。女性、高齢者の病気というイメージがありますが、患者の約20%は男性ですし、近年は増加傾向にあります。特に30~60代の働き盛りの男性で発症する方が多いんですよ。
 原因は明らかにはなっていませんが、男性の場合、喫煙や感染症が主な原因になります。喫煙はいけませんよ。関節リウマチの発症リスクは2~14倍に増加しますし、関節リウマチの治療効果も20~60%減弱しますからね」
 淡々とした医師の説明は、マサオミさんをいら立たせた。
「喫煙はしません。人生で一度も吸ったことはないです。お酒だって、付き合い程度しか飲まないし、食事にも気を付けて、運動も週2回プールに通って泳ぐことを習慣にしてきました。それなのにどうして…」
「そうですね。こればかりはどうにも。ただ以前は、関節リウマチに対する有効な薬はありませんでしたが、現在では炎症や炎症の原因となる免疫の異常を起こりにくくする薬が次々と登場しています。早期に治療を始めることで、骨の変形を防ぎ、寛解(かんかい。病気が落ち着いて安定している状態)を保つことができるようになっています。
 残念ながら現在の医学では完全に治すことはできませんが、治療しながら普通の生活を送ることは可能です」
耐え難い苦痛の日々
医療用麻薬を勧められた
「普通の生活を送ることは可能」という医師の言葉を信じ、マサオミさんは前向きに病気と向き合った。処方された薬をきちんと飲み、適度な運動を心がけ、「リウマチに効く」とされる温泉に通い、健康食品も試してみた。
 だが治療効果は上がらず、病状は悪化した。膝が曲がりにくくなり、足裏にも痛みが出るようになったため歩行がつらく、布団から起き上がれなくなり仕事を休んだ。いっそ手足を切り落としてしまいたいと思うほどの痛みが四六時中治まらず、(もうすぐ薬が効いてくれるはずだ)と自分に言い聞かせながら一日一日をなんとかやり過ごす。強い痛み止めも併用していたが効いている気がしない。痛みと闘いながら眠るために、毎夜睡眠薬を使うようになった。
(あと5年で定年なのに、このままでは勤め上げられそうもない。退職したら、夫婦で旅行したり、趣味の民族楽器で演奏会をしたりするつもりだったのに、何もかもおしまいなのかな。こんなに痛いんじゃ、もう死んだほうがましだ。
 いや、待てよ。ここで弱気になっちゃダメだ。世の中にはもっとつらい病気と闘っている人がいる。俺はとりあえず、生命に関わる病状ではないんだから、我慢しないと。だけどつらい。死にたいよ。ダメだな俺は。なんて弱い人間なんだ。生きている価値がない)
 そうして1カ月が過ぎた頃、治療効果が見えないことにいら立ったマサオミさんは主治医に食ってかかった。
「先生、せめて痛みだけでもなんとかしてください。気が狂いそうです」
「今お出ししている薬は効果が見えるまでもう1~2カ月は様子を見たほうがいいんですよ。でも痛みはつらいですよね。モルヒネを使ってみますか」
 そう医者は提案した。
「え、モルヒネですか。どんな薬ですか」
「医療用麻薬とかオピオイドとか呼ばれている鎮痛薬です。がん患者さんの痛み止めにも使われている薬で、とてもよく効きますよ」
「でも、麻薬なんですよね。依存症になったりしませんか」
「大丈夫ですよ、法律で医療用に使用が許可されている麻薬ですから。痛みの治療を目的に適切に使用すればいいんです。楽になりますよ。リウマチの薬の効果が見えるまで、モルヒネで痛みを抑えながら頑張りましょう。主な副作用は、便秘と吐き気ですが、それを軽減させる薬も一緒に出しますからね」
「依存性はない」はずが
薬は月600錠に激増
 モルヒネは劇的に効いた。痛みが消えるだけでなく、気持ちが明るくなり、マサオミさんは病気になる前よりも陽気になった。あまりにも気分がいいので、当初は飲み過ぎないよう痛みをギリギリまで我慢してから飲むように心がけていたが、やがてブレーキが利かなくなった。処方された量では、次回の予約日まで全然持たない。
「先生、モルヒネはとてもよく効く、素晴らしい痛み止めですね。ただこの頃、効果がすぐ切れるようになってきたのでもっとたくさんもらえませんか」
 せっせと通院し、機嫌よく依頼すると、主治医は気軽に応じてくれた。結局、最初のリウマチ薬は効果が出ず、さらに効きそうな薬を試しているうちにモルヒネの量はどんどん増え、1カ月分で600錠にもなった。
「えっ、あなた。こんなにたくさん薬を飲んでいるの。飲み過ぎなんじゃないの」
 ポリ袋に入れた大量の薬を見た妻が一度、驚いた顔で聞いてきたことがあった。
「大丈夫だよ。医者も痛みのコントロールが目的で飲む分には問題ないって言ってたよ。ちょっと便秘がつらいんだけどさ。リウマチの痛みが強すぎて、これがないともう寝たきりになりそうなんだ。大丈夫、リウマチの薬が効いて、寛解って状況になったら、すぐやめるから。今だけ、この薬が必要なんだ」
 慌てて言い返したが、実は本人も心配で、モルヒネを飲むのを何度か我慢してみたことがあった。するとたちまち、いたたまれないような不安感、激しい動悸(どうき)、鳥肌、大量の発汗、筋肉のけいれんなどに襲われ、とてもじゃないが耐えられない。休日、家に1人でいる時だったので、誰にも見とがめられることはなかったが、もし誰かに見られたら(絶対に、薬物依存だと思われるだろう。公務員の自分がそんなことになったら、大問題だ。絶対に薬を切らすわけにはいかない)と考え、以降は万が一早めに薬の効果が薄れたときに備え、レスキュー薬と呼ばれる速放性(すぐ効果の出る痛み止め)の薬も処方してもらって飲むようになった。
 それから2年間、淡々とした日々が過ぎた。リウマチのほうは効果がある薬が見つかり、進行を食い止められるようになっていたが、モルヒネを減らすことはできなかった。尋常でない量を飲み続ける不安も、いつの間にか忘れた。
 だが、そんな毎日に突然終わりが来た。主治医が隠居し、大学病院の勤務医だった息子が新院長になったのである。マサオミさんがいつものように薬をもらいに行くと、カルテを見た新院長は絶句した。
「驚いた、すごい量を飲まれていますね。これ、全部飲んでいるんですか。それとも家に保管しているだけですか」
「なくなると大変なので、多めに出してもらってはいますが、それくらいの量は絶対に必要です」
 うろたえながらも、懸命に訴えた。モルヒネを減らされるかもしれないと想像しただけで、冷たい汗が流れた。
非がん性慢性痛患者の
大量使用は増加傾向にある
「麻薬をこんなに飲むなんて、本当に大変な痛みだったんですね。つらかったでしょう」
 ここは某大学病院の「痛みセンター」。難治性の慢性痛患者の治療と研究を専門に行うことを目的に設置された医療機関だ。新院長からの紹介でやってきたマサオミさんが持参した薬の束を見た医師は、優しくいたわるように話し出した。
 薬物中毒患者として、軽蔑されたりあきれられたりすることを想像していたマサオミさんは、凍り付いていた心が解け出したように、涙を流した。
 違法ではない医療用麻薬を処方され、依存症になってしまったマサオミさんにはまったく罪はない。では悪いのは誰なのか。こんなことは通常では起こりえないことなのか――。
医療用麻薬の不適切(大量)使用問題に詳しい獨協医科大学の山口重樹教授は次のように語る。
「医療用麻薬(オピオイド鎮痛薬)は適切に使用されている限りは非常に良い鎮痛薬です。しかし、次第に依存症の問題が深刻化し、オピオイドクライシス(アメリカ社会のオピオイドによる危機的状況)が叫ばれるようになりました。2017年にはトランプ大統領が公衆衛生上の法に基づく非常事態宣言を行い、アメリカでは年間7万2000人(2019年)、カナダでは4571人(2018年)が関連死しています。
 日本では専ら、がん患者用の痛み止めとして使用されていますが、アメリカやカナダでは『痛みの緩和は人権=必要最低限の医療』という考え方に基づいて、積極的な処方が推奨された時期があったのです。
 当初は痛みの緩和目的で適切に使用されている限り依存性はないと考えられていましたが、間違いでした。実は短期間でも精神的依存になりやすい、量がどんどん増えてしまうといった特性があり、依存症患者が急激に増加してしまいました。
 もともと医療用麻薬はがん患者を中心に投与されていたもので、かつてはがん患者の生命予後も限られていましたので、処方の終了は患者の死でした。しかし、非がん性の慢性痛は、いつ薬をやめたらいいのか分かりません。何カ月までなら問題ないのかは、誰も分かっていない。
 どうも使用が長期化するほど、やめにくくなることが明らかとなり、必要最少期間にとどめるべきとの意見が一致し、世界中のガイドラインでは、投与期間について3カ月とか6カ月とかしっかり区切るようになってきました。マサオミさんの場合も、モルヒネの処方を始める際、期限を約束して、厳格に守るべきでしたが、医師はこのことを理解していなかったんですね。そういう意味では、医療行為が病気を引き起こした医原病です。リウマチ、慢性疼痛、薬物依存と3つの病気をマサオミさんは背負うことになってしまったわけです。少しずつですが、私のところでもマサオミさんのような患者さんは増えています。氷山の一角かもしれません」
 マサオミさんは、現在、適切なオピオイド治療に修正してもらい、適切に痛みを緩和しながら、モルヒネによる便秘も改善し、安定した日々を送っている。リウマチの再燃も見られない。
「適切なオピオイド治療とは、必要かつ適切な患者に、オピオイドによる有益が不利益を上回る必要最小限の量で、必要最少期間投与することです」と最後に山口教授は強調した。
※本稿は実際の事例・症例に基づいて構成していますが、プライバシー保護のため患者や家族などの個人名は伏せており、人物像や状況の変更などを施しています。
(医療ジャーナリスト 木原洋美、監修/獨協医科大学医学部麻酔科学講座教授 山口重樹)



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