下記の記事はデイリー新潮オンラインからの借用(コピー)です
不倫相手を知った妻 彼女の言葉に傷ついた私
特に問題もなく結婚生活を送っているのに、好きな人ができてしまう。そこまではよくある話だ。その恋心を行動に移すかどうかで、「不倫」が始まるかどうかが決まる。では相手が同性だったらどうなるのか。他者に心をもっていかれたという意味では、これもまた「裏切り」になるのかもしれないが……。
「私は女きょうだいに挟まれた長男なんです。子どものころに両親が離婚、美容師をしている祖母と母に育てられました。女性4人に囲まれた唯一の男でしたけど、周りから“男役割”を押しつけられたことはありません。むしろ、私も女として扱われることが多かったような気がしますね。姉たちに化粧されたりして喜んでいるような子だったそうです」
トモキさん(仮名=以下同・47歳)は、穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。中肉中背、スーツを着たごく普通のサラリーマンだが、物腰は非常に柔らかい。
彼を紹介してくれたのは、旧知の仲である元妻のエリさん(50歳)だ。「離婚はしたけど、そこそこ仲良し」だというあらましだけは聞いていた。
トモキさんの話は続く。
「離婚したのは、私の不倫が原因です。相手はバーで知り合った28歳の男の子。私が惚れて追いかけ回して、あげく苦しくなって妻に告白してしまったんです。エリをとても傷つけたとわかったのはあとになってから……」
ふたりが結婚したのはトモキさんが27歳のとき。エリさんの妊娠がわかって婚姻届を出した。生まれた娘は現在、20歳になった。彼にとって、目に入れても痛くない最愛の娘だ。
同性が好きかも、しかし見て見ぬふりをした学生時代
トモキさんは中学高校とサッカー部に入っていた。ボールを追いかけてチームメイトと体が接触すると、どこかむずがゆいような気持ちになったという。一方で、友人たちが騒いでいる女性アイドルにはまったく興味を惹かれない。
「自分が同性を好きなのかもしれないと薄々気づいてはいたんです。だけどまだ、そんな自分と正面から向き合うことはできなかった。見て見ぬふりを続けました」
大学を卒業して就職した会社で出会ったのがエリさんだった。後輩から見ても、エリさんは仕事ができ、言いたいことをはっきりと述べる素敵な先輩で、男女問わず人気があった。
「私は彼女から直接、仕事を教わっていました。彼女に気に入ってもらいたくて必死にがんばりましたね。仲のいい職場で、よく同期のグループ、同じ部署、残業していてそのフロアにたまたまいる人たち、というように誰とでも飲みに行っていました。エリはつきあいがよくて、どこの飲み会からも引っ張りだこでしたね。彼女がいると楽しいから」
そんなエリさんと個人的に親しくなったのは、ある日、たまたまふたりで飲んでいるときに彼女がぽろりと弱みを見せたからだ。当時、エリさんは昇進したり、企画開発で社長賞をもらったりと仕事では絶好調だったのだが、プライベートでは恋人との関係に疲れていた。
「ふたまたをかけられていたんですよ。その話を打ち明けたとき、彼女が自嘲的にフッと息をついて『女として幸せにはなれないんだよねえ』とつぶやいた。その言葉にグッときて思わず、そんなヤツと一緒にならないで、僕と結婚しようと言ったんです。彼女はじっと私を見て、『ありがと。トモキはやさしいね』って、私がテーブルに置いていた手を上からぐいっと握ってくれた。それがすごくうれしくて。うれしいというより、そこにときめきと、性的な衝動を感じたんです」
この人と一緒に幸せになりたい。彼が初めて恋に落ちた瞬間だった。そのまま彼女の手を握って店を出ると、彼は近くのホテルへと彼女を誘った。
妻に「下着を貸して」と頼んだ
それから1年後、エリさんの妊娠がわかり、ふたりは結婚した。トモキさんは他部署に異動となったが同じ会社で仕事を続け、家庭でも仲良く暮らした。
「私も育児休暇をとって、どっぷり育児にはまって。彼女は半年もたたずに職場復帰したけど、私は結局、1年育休をとりました。出世はエリに任せておけばいいと思って。エリも周りもみんなそう思っていたんじゃないでしょうか。毎日娘と一緒にいて、家事をやってエリにおいしいものを食べさせる。それが仕事だったけど私はけっこう満足していましたね」
そのころ、再度、自分のセクシャリティについて考えるようになった。エリさんのことは本当に愛していると自信をもって言える。だが、それとは別にモヤモヤした気持ちが抜けないのだ。
「エリはあっさりさっぱりした女性で、そこがいいところなんですが、一方で私は自分がしっとり色っぽい女になりたい。そう思っているんじゃないか……。そんな気がしてならなかった。いや、そんなことはない。結婚して子どももいる大人の男が何を言っているんだと自分で自分を否定するんだけど、心からの欲求が『女っぽくなりたい』であることが否定できなくなっていった」
真綿で首を絞められるように、少しずつ彼は自由に息ができなくなる感覚にとらわれていく。娘が中学生になったころ、ついにトモキさんは妻に告白した。
「エリに下着を貸してくれないかと頼んでみたんです。エリは一瞬、わけがわからないという顔をしていたけど、『あなたが着けるの?』って。『うん』と言ったら、彼女は自分の下着をもってきてくれました。私はあまり大柄じゃないし、妻はがっちりしたタイプですが、それでもサイズが合わなかった。すると妻が『明日、買ってきてあげようか』と」
そこで妻に拒絶されたら、女性用の下着をつけようとは思わなかったかもしれない。でも妻はわかってくれている。それがトモキさんの背中を後押しした。
「翌日、エリが私に合う下着を買ってきてくれたんです。夜中にそれを着けて鏡を見ていると、エリが来て直してくれて。似合うよと言ってハグしてくれたのが本当にうれしかった」
当時のことをエリさんにも聞いてみた。彼女は結婚してから、薄々、彼の女性性は自分より高いのではないかと思っていたという。
「私は大雑把な女だけど、トモキは濃やかなんですよ、気遣いが。トモキと一緒にいると、姉か母と一緒にいるかのような安心感があった。兄や父ではない、もっと深く受け止めてくれるような愛情を感じていました。だから下着の話を聞いたときも、最初はえっと思ったけど、嫌悪感はなかったんです。だから彼に合うサイズの、なるべくかわいいのを買いました。少女のように喜んでいた彼がかわいかった」
若い男の子と浮気、妻に告白すると…
相手を尊重するがゆえのエリさんの言動に、トモキさんも感動したのだから、このままだったら何の問題もなかった。ただ、下着をつけたことで、トモキさんは自分の欲求を少しずつ開放するようになっていった。
「社会的には男性会社員だけど、下着はいつでも女性用をつけていました。ブラもね。妻は最初、おもしろがっているところもあったみたい。下着くらい自由に好きなものを着ければいいよって言っていました。だけど下着を着けたら、私は女として男に愛されたいと思ったんです。そしてそれが長年秘めていた自分の欲求だとやっと気づきました」
ネットでセクシャルマイノリティのサイトを見たり、気が合いそうな人と会ってみたりもした。ただ、それは妻には内緒だった。衝撃を与えなくなかったからだ。そして、自分が女になりたいと思えば思うほど、女であるエリさんのことを愛するようになった。自分で自分が引き裂かれそうだったという。
「で、ついに浮気してしまったんです。若い男の子と。半年くらいは上手くいってたんだけど、彼はひとりの人に縛られたくないって言い出して。私は彼をあきらめきれなくて、彼が勤める飲食店に押しかけて出禁になって……。彼への恋心はなかなか冷めませんでした。でもひとりで耐えてはいたんですよ。だけどある日、エリにどうしたのと聞かれて、つい全部、告白してしまった。それはさすがにエリもショックだったようです。『気持ち悪い』と言われたんです。私にはその言葉がショックで立ち直れなかった」
それはエリさんから思わず出た言葉だったのだろうが、そこにこそ本音があるとトモキさんは感じた。
「エリは目を見開いたまま、呆然と立っていました。そしてそのまま崩れ落ちたんです。『単純に、女性の下着をつけたい趣味があるだけだと思ってた。私を裏切ったのね』って。エリがあんなに叫ぶのを初めて聞いて、私の胸が張り裂けそうになって」
そのまま家を飛び出したトモキさんを、当時18歳だった娘のユウナさんが追ってきた。
「ユウナが抱きしめてくれなかったら、私、どうしたらいいかわからなかった。ユウナは、『ママもショックだっただけだと思う。古い常識で生きている人にとっては、パパの告白はショックすぎるよ』って。彼女の冷静な言葉で私も落ち着いて帰ることができました」
その後、家族3人で話し合った。ユウナさんは、「夫婦の問題は夫婦で解決して、私に気を遣わなくていいから」と言った。夫婦はふたりきりで長い時間をかけて話したという。
「それでもやはり、エリは私を受け入れることができない、友だちとしてならやっていけると。離婚して同居することも提案したんですが、それもエリにはきついみたいで。結局、離婚して私が家を出るしかありませんでした」
自転車で10分ほどのところにアパートを借りて、トモキさんはひとり暮らしを始めた。月に1、2回はエリさんとユウナさんのいる自宅で食事をする。
エリさんとは会社で会ったとき、ごく普通に会話をかわす。周りも離婚したことを知っているが、当人たちは今まで通りだ。
「エリも、今は友だち感覚で接してくれていますから、みんな『仲がいいのに離婚したヘンな夫婦』だと思っているみたい。私は今もエリを深く愛しているんだけど、エリからは少し距離をおかれていますね」
トモキさんは体を女性に変えたいとは思っていない。女装したいともあまり思わないのだそうだ。ただ、女性用下着はつけて、男性と愛しあいたい。セクシャリティは人それぞれだ。
「でもあれからなかなか恋ができないんです。エリを傷つけたことが私の傷にもなっていて、そこから浮上できない感じがありますね」
トモキさんは言う。もしあのまま自分の欲求を満たさなければ、今も家庭は平穏だった。愛するエリさんを傷つけることもなかった。どうして我慢できなかったのかと激しい後悔に襲われることがある、と。
真摯に話してくれるトモキさんの繊細な表情を見ていると、こちらまで苦しくなる。彼が少しでも気が楽になることを願うしかなかった。
亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
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