守ろう埼玉大学

埼玉大学を自由に語ろう!

学長権限論争の不毛

2005-04-08 20:27:53 | Weblog
学長権限について、組合が学長の回答に返答したようです。

しかし、文科系3学部も含めて、なんのためにそんな論争をしようとするのでしょうか?

法解釈を巡って論争することで、埼玉大学が生き残れるとでもいうのでしょうか。

夏頃にあった、M名誉教授を巡るおかしな騒動といっしょですね。

M名誉教授を潰すことや学長権限の法解釈で埼玉大学が生き残れるわけがありません。

確かに、学長のガバナンスについては、権力行使についての基本的な知識に欠けるとは思います。

権力には
1、直接的物理的強制力を背景にするもの(実体的権力)
2、強制的契機によらず同意によるもの(関係的権力)
があり、その双方を利用してガバナンスが行われるはずです。

この場合、前者だけが学長見解、後者だけが各学部、組合の主張する権力だと考えられます。

しかし、要は具体的問題の個性によって両者を使い分けたり、両方つかうだけのこと。

こんな論争など、埼玉大学が生き残るために本当に必要なことと考えての行動だとはともて思えません。

では、埼玉大学が生き残るために、まずしなくてはならないことはなにか。
それは、中期計画の実行です。

そこで次回から、年度計画について評価が行われる「業務運営(学長のガバナンス)」について、埼玉大学の16年度計画の検証を行ってみたいと考えています。

14 コメント

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M名誉教授を巡るおかしな騒動 (岬 暁夫(埼玉大学名誉教授))
2005-04-14 11:17:54
「守ろう埼玉大学」製作者のいうM名誉教授こと岬暁夫埼玉大学名誉教授です。この製作者が、コメント投稿に「真摯」を希望条件としてますので、小生も「真摯な立場からコメント」します。 勿論、「真摯」とは、「自分と異なる見解にまともに対処する姿勢をいう」、という訳です。 「学長権限論争の不毛」に関連して、コメントします。

「1」職組と3教授会のそれは区別しなければなりません。 職組は、学長を批判しており、学長に権限行使の撤回を迫っています。職組は、学長に論争など仕掛けていません。 「撤回」を迫っているのです。 この点に関する限り職組の立場は明確です。 これに対して、3教授会のそれは、「質問」であります。 この差は決定的に大きいものです。 これらの「質問」も別の意味で、「論争」など求めておりません。 「学長に教えを請うて」いるのです。 所詮、アリバイ証明作りに過ぎません。 何故なら、「論争」ならば、二の矢、三の矢が放たれるでしょう。 このような気配は皆無です。また、「論争」には、論争を行う立脚点が必要でありこれを明らかにする「明晰な論理」が必要です。 今回の場合、「論争」するならば,さらに「怒り」が必要です。 教授会声明には「怒りが論理として不在」です。 論争など成立しない所以です。 「不毛」以前の問題です。 小生は、こう愚考しますがいかがですか ?

「2」製作人は、「この不毛な論争」を、「M名誉教授を巡るおかしな騒動」と論理的に同一次元で捉えています。 そこで、「M名誉教授を巡るおかしな騒動」とは何ですか?、と問はざるを得ません。 「おかしな」とか「騒動」とか、の日本語の語感からは、「守ろう埼玉大学」製作者は、この問題を揶揄していると考えるのが常識ですが、小生の日本語認識は間違っていますか? また、「おかしな騒動」を惹き起こした主体は誰ですか?M名誉教授ですか?それとも田隅学長ですか?

「M名誉教授を巡る騒動」が、「おかしくない」からこそ、教養学部教授会が「取り上げげ」、経済学部教授会が「取り上げようとした」、また教育学部教授会が「取り上げなかった」、のではないですか? 「おかしくない」からこそ、事件関係者をだしている一番の当事者の理学部・工学部が頑なに沈黙を守っているのではないですか?

M名誉教授自身のこの問題に対する認識は、「この問題で田隅学長の本質が余すことなく露呈された」、いうことです。 世に言う、「釈迦の説法屁ひとつ」という類です。 田隅学長の行ったことは、学長権限の行使と称して、埼玉大学によって正式に承認されたM名誉教授が関与する研究プロジェクトを本人の承諾を一切得ることなく、研究室を封鎖し、研究資料の入っているパソコンを即時使用不能とし、しかもそれを窃盗して今日に至っているということです。 M名誉教授の研究内容を徹底的に破壊したということです。 学長権限は日本国憲法の枠を超えても良い、と田隅学長は明確に主張しているのです。 いずれ、裁判において全てが明らかにされるでしょう。 これは、日本国憲法が保障する「言論の自由」「研究の自由」を根底から覆す、これまでの日本の国立大学では絶対に存在しなかった事件なのです。 どう考えても「おかしな騒動」と日本語でーー少なくとも大学で通用する日本語として --表現できるものではない、と考えますが、いかがでしょう。

「3」 「M名誉教授を潰すことで埼玉大学は生き残れるわけがありません」と製作人は、基本認識を示しています。 その通りです。 しかし、製作人は、もう一つの重要な側面を見落といる、と小生は愚考します。 それは、「M名誉教授を潰すという行為によって、また、それを黙認することによって埼玉大学が潰れる」ということです。 



最後に、「守ろう埼玉大学」のホームページが、「誰」を「守る」のか、「何のために」「埼玉大学」を「守る」のか、を巡って、多様な見解が議論を闘わせる場として機能し、その結果、「守るに値する埼玉大学」に変貌することを期待したく思います。
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Re: M名誉教授を巡る… (高木英至@教養学部)
2005-04-14 22:28:49
 1つ上の岬名誉教授殿のコメントに若干の異論がありますので、指摘しておきます。

 「3教授会のそれは、「質問」であります。」と書いてあります。たぶん教養学部教授会を含むのでしょう。経済学部と教育学部は分かりませんが、教養学部教授会の場合は「質問」して「総括」をまとめた、というのが正確なところです。総括をまとめることを前提に質問しています。

 教養学部教授会が学長と「論争」していないのは正確です。教養学部教授会構成員個人の意見はいろいろです。が、教授会としては、学長を頂点とする埼玉大学の業務体系を担うという立場にあります。従って学長と争うという姿勢ではありません。ともに同じボートにいて埼玉大学を改善してゆく、という立場です。と同時に、今後、埼玉大学の「仕組みを創ってゆく」という視点で発想しています。この視点に立ったときに学長見解をどう評価できるか、その材料を得るための「質問」です。質問への学長の回答を得た上で、教養学部はその見解を「総括文書」としてまとめました。

 総括文書をご覧になれば分かる通り、学長と教養学部教授会の間には見解の相違があります。同時に、なおも不明点がありました。

 では今後どうするのか? 埼玉大学には意思決定のルールがあり、教養学部が決める訳にはいきません。が、教養学部は見解を総括文書として出しています。もし学内で支持があれば次のアクションがとれる、というのが理屈です。また、目立ちませんが、教養学部首脳は取りまとめた総括の考えに従って発言してゆくことになります。

 支持がなければ動けないのは組合も同じです。だから私は、きわめて微力ながら、4.6組合回答への支持を述べました。「不毛な論争」などと揶揄せずに、皆さまが小異を捨てて支持をして下さることを期待いたします。



 なお、教養学部教授会が「M名誉教授を巡る騒動」を取り上げたのは「おかしくない」からではなく、「おかしい」からです。作成者殿の表現で問題ありません。
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裁判 (高木英至@埼玉大学)
2005-04-14 22:39:34
 岬名誉教授殿のコメントに「いずれ、裁判において全てが明らかにされるでしょう。」という言葉がありました。ところがそのすぐ上に「窃盗」とか、「学長権限は日本国憲法の枠を超えても良い、と田隅学長は明確に主張」などと、法的手続きをしている者にしては不用意すぎる言葉が並んでいます。それで、あなたは本当に裁判をするんですか? 期限を切らなければ嘘にはならないかも知れないけれど(30年後にしますよとか)、「真摯」にものを仰っているなら、そして差し支えないなら、ご説明願えませんか?
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窃盗罪 (刑法)
2005-04-15 12:36:47
現在の裁判例と刑法学会解釈によると、窃盗罪(235条)が保護する対象は「占有」です。

そして、この「占有」は権限なきものでも保護されるとされています。

したがって、岬名誉教授の占有(権限の有無にかかわらず)していた研究資料等を本人に無断で持ち出せば、窃盗罪の要件にあてはまることになります。

ただ、それを官憲が取り上げるか否かは別問題ですが。
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高木先生の異論を歓迎する (岬 暁夫)
2005-04-15 14:00:07
2005年4月15日

高木英至 先生

小生の小文に対し、先生より異論(反論?)がありました。 小生は、これまで、自分の発言に責任を有する立場から全て匿名性を排して、実名で発言してきました。 従って、高木先生の今回の小生への異論には、お応えする義務があります。 しかし、人間のやることです。 全能でない小生が、過ちなどあり得ない、など傲慢な態度をとるつもりはありません。 過ちがあれば、それを率直に認め、もって将来に資するは、小生の人生哲学でもあります。

  ところで、小生は、基礎物理学の研究者であり、研究の性格上、概念分析に神経質です。 高木先生の批判に対して、慎重に厳密にお応えするつもりです。

さて、小生は、現在、次期ノーベル物理学賞の有力候補と一部では目されている「スーパーカミオカンデ(大気ニュートリノ)の研究」が根本的に間違っているとことを世界の物理学界で研究発表を行っている世界で唯一 --正確には「唯二」 --の研究グループを率いており、この結果を国際学会および国内学会を通じてこれまで世界に問いかけてきました。 現在、これらの研究性かをまとめて、米国、英国、ドイツの、関連するそれぞれの国際雑誌にフルペーパーとて連続的に発表するよう全力を挙げています。 つい3月末、開催された第60回日本物理学会年会でもスーパーカミオカンデ批判を展開しました。 

この仕事は、田隅学長によって暴力的に破壊された「埼玉大学発信自然科学研究プロジェクト」のなかで精力的に行われてきたものですが、この研究内容の復旧に小生は、現在、全力を挙げています。 田隅学長は、小生のこの研究だけでなく、同じ部屋で研究を行なっていた量子化学における「野平理論」の創始者である野平博之名誉教授(元副学長、元工学部長、元21世紀総合研究機構長)の研究をも研究室での仕事続行を不可能にしました。 我々,名誉教授のなすべきことは、埼玉大学で、はぐくまれた特徴のある学問研究を破壊することではなく、これらの学問の展開を通じて埼玉大学から世界に通用する一流の学問を発信し、そのことによって「埼玉大学の学問的威信」確立に貢献することであります。 現在、田隅学長による国立大学では想像できない前人未到の研究破壊行為を乗り越えて、世界の最先端で世界の研究者と対決し最終的な学問的勝利を獲得することが小生の現在の緊急の仕事であります。 小生がエッセイを書くならともかく、いずれにせよ、「異論」に対して、責任を持ってこれに対処するにはそれなりの心構えが必要です。 小生に少しばかり、お応えする時間を下さるよう御願いいたします。 小生は、40年以上にわたる大学生活で一度なりとも、「論争」を回避したことはない、ことは小生を知る全ての友人 --あるいは、テキ --の承知しているところです。 従って、高木先生の問題提起に正面からお応えすることは小生の当然の義務であります。 さて、ついでですから、小生の論旨に「異論、反論、オブジェクション」のある方は、是非、この際、名乗り出て下、論理を展開して下さることをあわせ御願いしておきたく思います。

岬 暁夫



 

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Re: 裁判 (高木英至@教養学部)
2005-04-15 21:48:41
岬名誉教授殿



 私が返答をお願いしたのはただ一つ、「それで、あなたは本当に裁判をするんですか?」だけです。

 まあ、返答するかどうかはご随意にしてください。この手の質問は一瞬勝負、すぐに返事がないことで十分な返事になっています。





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裁判をやるかどうか? ご心配なく (岬 暁夫(名誉教授))
2005-04-16 09:13:48
4月16日

高木 英至 先生

先生は、小生が裁判を提起しないのではないか、とご心配のようですが、小生の、裁判に言及したこれまでの数ある文書の何処を御覧になって、「裁判をやらないのではないか」と危惧されるのか理解できません。

ご安心ください。 裁判は、200パーセント提起されます。 「思想信条の自由」、「学問の自由」を強権的に圧殺した田隅体制をこのまま埼玉大学に放置せしめることは、小生個人の研究者としての人間的尊厳に対する最高度の侮辱に留まらず、国民の財産である国立埼玉大学の存在理由を失わせる致命的・決定的証拠となりましょう。 先生のご心配に配慮して、小生が裁判を提起した場合、小生は、何よりもまず最初にご協力を求めに先生のところにお伺いすることにしましょう。

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Re: 裁判 (高木英至@教養学部)
2005-04-16 21:10:31
岬名誉教授殿



 この件は終わったことですから、次の話題をなさりませんか?

 なお、貴コメントでは「小生が裁判を提起しないのではないか、とご心配のようですが、」とありますが、「高木は貴殿が裁判を提起するのではと心配している」が正確です。埼玉大学の名誉教授の称号をお持ちの方が恥の上塗りをされる様を見るのはしのびません。

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裁判 (saitama-u_blog)
2005-04-17 19:57:42
間髪入れずに実行していれば、裁判を行う過程で学長の経営能力を赤裸々にし、それと学内に浸透させることはできたはずです。しかし、今となっては残念ながら影響はないでしょう。

なぜなら、誰も注目しないと思われるからです。
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Re: 裁判 (高木英至@教養学部)
2005-04-17 21:08:18
 またこの話を蒸し返してしまいますが。

 saitama-u_blog殿の仰るのもその通りですが、それ以上に、裁判するネタがないように思えます。それに、いつまでも「裁判するぞ」といい続けている(だけ)というのも、仏の顔も三度までですわな。
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