タマがテツオさんを覗いている窓は、東に向いている。
タマは、テツオさんの様子を見るのに飽きて後ろを振り返った。
物置の窓から東を見ると、舗装された道路の先には、稲を刈り取った田んぼが広がっている。刈り取られた稲の根に近い部分は、黒々とした土から飛び出していて、田んぼいっぱいに規則正しく並んでいる。そんな田んぼには人の気配が全くない。稲刈りの時には、毎日のように、目の前の谷間に響きわたり、農家の人達が総出で我先に米を採り入れようととする。
米の採り入れが済むと、一斉に人がいなくなって、静かな風景が目の前に広がる。谷間を流れる風が冷たさを増してくると、山の斜面に生えている杉の木は木の先の方から少しずつ茶色に変わってゆく。杉の木の葉っぱが、一番下の枝まで茶色くなる頃になると、雑木の葉が一斉に風に吹かれて舞い飛んでゆく。
雑木の葉っぱが落ちきると、農家の人がやってきて、山に落ちた葉っぱを材木で四角に囲った場所に集めて踏んづけている。集められた葉っぱは、次の年田んぼの肥料になる。ヨネさんの話しだと、以前はコンバインで粉々に刻まれた藁に火を点けて燃やしてしまっていたらしい。
道の駅を始めた実さんは、減農薬にこだわって健康な田んぼで米作りをしようと目の前の田んぼに目を付けた。
実さんは、ここの谷間の田んぼの持ち主達を集めて、道路で熱心に話しをしていた。集まった人達は、実さんの考え方を受け入れて、減農薬の米作りをしてみることになった。
すると、向かいの山に生えている杉の木を伐って、雑木の割合を多くした。雑木の方が保水力があって、落ち葉が肥料に利用出来るからだそうだ。
燃やしていた藁は四角く囲った枠の中に集めて踏んづけて置く。そして藁の上には、山の表面を削った土を乗せておく。そうすると、腐りがはやくなるのだそうだ。もちろん山から集めた葉っぱの上にも土をかぶせていた。田んぼの周りを刈った草も、枠の中へ積んでいた。そなん力仕事は、実さんと一緒に抜刀倶楽部で稽古している人達が、ワイワイ言いながら楽しそうに汗をかいていた。仕事の後の酒が楽しみらしかった。
春先に植えた稲が少し大きくなると、虫が湧いたり病気になったりするらしくて、以前はヘリコプターで空から消毒剤を撒いていた。そんな時は、せいきちさんが減農薬畑の菜っ葉の上にビニールをかぶせたり、おカルさんを家の中に入れて雨戸をピッチリ閉めたり、航空防除前準備が大変だったみたいだ。航空防除は風のない早朝に行われたから、せいきちさんやヨネさんは、目が覚めても布団の中でジッとしていたということだった。実さんの提案で、減農薬米の生産が始まると、航空防除は止めてしまった。そのお陰かどうか、米の収穫量が減って、実さんは農家の人達から突き上げられたようだった。だけど、実さんの熱意と、道の駅で販売する減農薬米の評判が良かったので、収穫が減った分だけを計算して販売価格に上乗せした。
米の値段が上がったことで、「高い米なんかわざわざ買いに来るような物好きはいねぇよ!」と、売れ行きが悪くなることを心配する人達もいた。けれど結果は全く反対で、店頭に並べるそばから飛ぶように売れた。
農家の人達は、実さんから電話をもらうと、ストッカーから10キロ入りの米袋に米を詰めて、生産者名が書いてあるはんこを袋に押してスタントに届ける。売れ行きが悪くなるどころか品薄状態になったで、農家の人達は自分たちの食べる分に取って置いた米もスタントに届けてしまい、安い古米を融通し会って食べるありさまだった。
道の駅スタントは、子ども達に安全な米を食べさせたいと願う親たちの口コミで評判になり、どうしても減農薬米が欲しい人達からは契約栽培の話しまで持ち上がってきて、実さんは頭を抱えてしまったらしかった。そんな時実さんは、せいきちさんに相談に来ていたのだった。
タマは、人気の無い田んぼを見ながら「こんな風景の中に、物語が潜んでいるのねー」と思いつつ、暗闇に引きずり込まれているようなテツオさんにどんな物語があるのか?思いを巡らせるのだった。