Sagami タイムズ 社説・時代への半鐘

潮流の本質を見極める

まかり通るのか

2018-10-04 11:28:46 | うんちく・小ネタ
 第4次安倍晋三内閣が組閣された。未知の歴任期間に突入するその滑り出しを安泰なものにするためか、安倍総裁(=以下、首相)自身が「全員野球内閣」と名付けた通り、国民的信用を一手に背負う若い顔はないものの落ち着きと趣のある面々がそろったかたちとなった。

 しかし、どうだろう、首相は、失敗しない中堅どこを集めたつもりであるかもしれないが、入閣した女性が片山さつき議員だけにとどまっていて、自身が謳う「女性活躍社会」とは程遠い結果となっている。つまり、自身の(安泰なものにしたいという)想いとは裏腹に(公約に反するかたちが顕著であり)「出だしからスベっている」内閣となっているのではないか。

 女性活躍推進法により内閣官房、内閣法制局、内閣府等の国家公務員採用試験からの採用者に占める女性の割合はいずれも30%以上になるよう定められている。ならば、基本方針を定める内閣そのものは、率先してこれを果たすべきではないのか。

 新聞各社をはじめマスコミは、(石破茂元幹事長との激戦や禍根を乗り越え)「いよいよ本格的始動」と煽るが、この内閣が一体、何をはじめ何を成し遂げようとしているのか正確に伝えてほしい。「本格的始動」と伝えられると、我々国民は、何か良いことがあるのではないかと期待してしまうからだ。

 「不言実行」(自分の想うところを語らずに実現する)、「有言実行」(自分の発した言葉通りに実現する)のどちらに価値があるのかという議論がひと昔前に交わされたことがあるが、「嘘を言って何もしない」内閣では国民は路頭に迷うだろう。官僚の書いた答弁書を読むがままの「(何も言わなくて)何もしない」といった態度の方が国民はわかりやすいのかもしれい。
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主体性と一貫性が大切

2018-09-29 21:24:51 | 悩み
 日本政府は対北朝鮮との外交でこれまで、(核・ミサイル開発を放棄させるために)「最大限の圧力をかけていく」と声高に叫び、(まるで、対話を主張し縁故ルートを利用した接触は許さんがごとく)「対話のための対話に意味なし」との意思統一を図ってきたが、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の働きかけによる南北首脳会談が開催され国際社会は融和路線へと転換すると、日本もこれに準じ「対話に意味なし」という表現は使わなくなった。

 また、文大統領と金正恩北朝鮮労働党委員長との対話により米朝首脳会談が実現し融和路線はさらに加速したが、直後にトランプ大統領が、「段階的非核化の始まりに過ぎない。(今後は)最大限の圧力という表現は使いたくない」と発言したことを受け、日本の新聞各社の社説、論評からもこれらの表現が一切消えた。

 日本の一貫性のなさに驚きを感じてもいるが、と同時に、なんだ、「日本を覆うこの言論の閉塞感は。自由は奪われたのか」とおもうほどに、マスコミにおける主張の主体性も消え、ある意味恐怖を感じたのは私だけか。
 
 「思想」「言論と表現」の自由はそれぞれ憲法第19条と21条で護られている(ちなみに、「信教」の自由も第20条で認められてはいるがその宗教を政治権力に使ってはならないと同条別項で否定されてもいる)。しかし、これらは第12条で「国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない」とされている。つまり、政府が守るものではなく、我々自身が護っていかなくてはいけないものなのだ。

 北朝鮮が「朝鮮戦争終結宣言」「現体制保持」「制裁緩和」を要求したことに対し、河野外相が「まずは非核化だ」と発信したが、何を考えている、日本にとっては(それも必要だが)「拉致解決」が優先課題だろう。主体性と一貫性のなさは国際社会の中で理解されないだろう。

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平和を第一義に

2018-09-27 22:13:11 | 国際・政治
 蜜月で北方領土返還は進展するのか?こんな憶測が飛び交うなか今月行われた日ロ首脳会談で、プーチン大統領から「前提条件なしで平和条約を結ぼう」との発案があった。素直に受け入れるべきだと考えたいが、「ちょっと待って!プレイバック!!」。

 それは、隣国な故、両国には様々な禍根が残っているからだ。

 ロシアにとっては日ロ戦争での敗北だ。欧米列強の中、アジア人種に負けたことは忸怩たる思いであろう。

 日本にとっては、その講和条約であるポーツマス条約を蔑ろにされるかたちで、不可侵条約を第二次世界大戦敗北間近に突然破棄されたことだろう。北方四島の返還を第一に考えればなかなか平和条約の締結には結びつけられないし、なにより「裏切られた」という思いは今でも消えていない。

 現在の両国を比較してみると、プーチン氏率いるロシアの方が日本に比べ、経済力、軍事力ともに凌駕している。ロシアは欧米からの制裁をうけてはいるものの、日本がこれに協調したとしても、結果として四島返還がなされなければ意味がない。

 国際社会からの圧力にも簡単には屈服しない圧倒的に立場が強い方からの平和条約締結の提案は、弱い方からしてみると普通に受け入れる方がよい。断ると絶対的権力を誇る相手の面子をつぶすことになり、両国の関係が先行き不透明となるからだ。

 なにも、受け入れたからと言って卑屈になる必要はない。絶対的権力を誇るプーチン氏が「前提なしで」といった言葉の意味は、もしかすると、両国関係を「一から始め直そう」と提案したとも考えられるからだ。平和条約を結び、プーチン氏を持ち上げながら日本の立場、考え方を主張すればよい。北方領土返還が早まるか否かは、その中の交渉によるだろう。首相をはじめ関係閣僚、官僚は全員、頭にネクタイをまくべきだ。
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人それぞれの想い

2018-09-24 18:19:11 | 日記
 戦争や貧困により飢餓状態に置かれている人々が世界中には人口75億人の内、約9億人いるといわれている。飢餓状態ではないものの過酷な生活を強いられている人々とを合わせると想像も絶する数となるだろう。そんな人間世界の裏事情を知りながらも、私たち一般人は、無事を祈り遠くから見守ることしかできない。
 
 北海道の胆振地方東部で起きた地震により多くの犠牲者を生んだ。命に別状は無かったものの、今もなお、避難生活を続けている被災者も1000人に上るという。亡くなられた方々の冥福を祈るとともに、一日も早い復旧、復興を願わずにはいられない。何かお役に立てることがあればできる限りのことをしたいと思いつつも吉報を待つことしかできない人々が大半だろう。

 被災状況に関し情報が錯綜する中、北海道庁は観光客を呼び戻そうと活動を展開している。日本旅館協会北海道支部連合会の浜野浩二会長が、今回の地震、その後の電力不足の影響で北海道に旅行を決めていた宿泊客のキャンセルは少なくとも50万人に上り、影響額は100億円に達するとの見通しを示したからだ。

 北海道庁は「被害を受けたのは北海道のごく一部。その他の地域は元の生活を取り戻している」と、安心、安全宣言を打ち出した。確かにそうなのであろう。気象庁の発表によると、今後、震度5弱以上の余震が起きるリスクは10%程度に下がったという。

 地震による被害を懸念して旅行を止まった人たちはこれを頼りにすれば良い。北海道に行ってお金を使うことは被災地の復旧、復興、そして、被災者の支援につながるからだ。しかし、困難な生活を続けている避難者をよそ眼に旅行なんてできない、回復を遠くから見守りたい、と考えた人々もきっといるだろう。

 いろいろな考えを持つ人々が地球には暮らしている。また、そうでなければ今日の人間世界の発達はなかった。被災地、被災者を想う心も人それぞれだ。

 北海道庁は、観光客を呼び戻しお金を落としてもらい税収を上げることで被災地、被災者支援につなげたい目論見のようだが、その前に、直接的な支援も急務なのではないか。例えば、キャンセルで空室となった客室を「道」予算のもと(もちろん国が補助する必要があるが)被災者に提供するというのはいかがか。トイレやお風呂の心配がなくなり、食事は支援物資になるだろうが、何より、プライベートが確保される。北海道中の空室を集めればできないことはないだろう。開拓者精神はどこまで及ぶのかを期待したい。
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「善戦」で良いじゃないか

2018-09-22 19:19:37 | 学問
 9月20日に行われた自民党総裁選挙において、現職総理大臣である安倍晋三氏と一騎打ちを果たした石破茂氏の戦いぶりを「善戦」と新聞各紙が伝えている。全国党員の、実に44.7%もの投票を得たからだ。

 しかし、よくよく総裁選の結果をみると、党員票以外に勝利に必要な国会議員からの得票結果は、安倍氏は329票で81.8%、石破氏、73票で18.2%。合計すると、安倍氏が553票の68.5%、石破氏は254票で31.5%。一票の価値に格差はないと考えると、安倍氏はダブルスコア以上の差で圧勝したことになる。

 これに目を付けたのか、安倍氏の盟友である麻生太郎氏が、お笑いタレントである小島よしお氏の「そんなの関係ねぇ」ごとく、「こんなの善戦じゃねぇ」と、言ってしまった。また、これを受けて当の石破氏も、「これを善戦と言わずして、何をもって・・・」と、反論してしまった。

 今回の総裁選挙も規則にのっとって行われた選挙だ。ダブルスコア以上の差をつけたならば安倍氏の圧勝だ。「善戦」ではないと麻生氏が主張する気持ちもわからないではないが、「善戦した」とはあくまでも第三者が敗者をねぎらう意味で使う言葉、戦いの禍根を残さないためのものだ。勝者側がそれを否定すると問題が起きるということは様々な場面で競争社会を生き抜く我々国民でも何となくわかる。

 想像の範囲だが、例えば、勝者側が敗者に対して「君、善戦したねぇ、よく頑張ったよ!」なんてことを言ったら、敗者は「なんだこの野郎、なめてるのか!」という風に、窮鼠をするかたちになるだろう。この場合、勝者側は「君のおかげで苦戦を強いられたよ」的な言葉を投げかけると人間関係がスムーズになる。つまり、麻生氏には「これは石破氏の善戦ではない。我々が苦戦をしたのだ」というような丁寧な説明が求められる訳だ。

 また、逆に、敗者が自ら「自分は善戦しました!」みたいなことを言うと、「お前、つくづく能天気な奴だなぁ」と、思われるだろう。例え、第三者から「善戦した」という言葉をかけられてもそれに甘えずに、せめて、「いやいや、不徳の致すところです。これまで以上の努力をしてまいります」、ぐらいの謙虚さが要求されるだろう。

 さらには、「善戦した」と第三者から励まされている敗者に対し、勝者側が「全然大したことなかったよ」なんて言ったりしたならば、第三者の意図に反して禍根を残す結果になるだろう。この場合は、第三者の意をくみ取り、何がそう言わしめたのかをしっかりと分析しその解決に向けて果敢に挑む勇気が必要となってくる。

 言葉の使い方は極めて難しいが(私も何度となく失敗しているが)、安倍一強の中で後継者争いもし烈を極めてきた。安倍氏の「丁寧で謙虚な国政運営」と、石破氏の「勇気と真心をもって真実を語れ」という言葉を合わせると、「丁寧さと謙虚さと勇気」を併せ持つことで、初めて、本当の心を国民に伝えられるということになるのかもしれない。日本国の目指すべき地点が見えてきたような気がする。(う~ん、なかなか難しい)。
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