Hey!!
2012年12月25日に東京から今住んでるこの富山に移ってきたので、早いもので4年も経ちました。
この街にやってきたときは知り合いも誰もいなかったんですけど、4年経って、本当にたっくさんの素晴らしいご縁に支えられて、今では東京にいた頃より充実した音楽活動をやらせてもらえていると思うし、何よりも今とっても幸せです。
ボクのコトを支えてくれている全ての皆々様、心からありがとうございます!!
今では富山に来れて本当に良かったって思っています。
ボクはこの富山で人生を終えるコトになりますので、富山のみなさん、めんどくさいヤツだとは思いますけど、どうかヨロシクお願い致します♪
2016年は充実してた。
踏まれても踏まれてもじっと我慢していつか芽を出すぞと念じていた想いが1つのカタチになったと思います。
Re-DRIVE、おかげさまで最高の状態です!!
本当にみんなどうもありがとう!!
オレの青春はまだまだこれからだ!!
22年前、中3の春にLOUDNESSを聴いてぶったまげてROCKに目覚めて、夏にD.T.Rのデビューアルバムを聴いて完全にノックアウトされて「オレはROCKの道で生きていく」と決意しました。
スターにはなれなかったけど、一番の夢は叶った。
当時、楽器は始めててギターもベースもやっていたんだけど、どっちかっつーとベースに比重があったのね。
なんでかっつーと、やっぱり沢田泰司サマが大好きだったから。
もうメッチャクチャかっこよかったね。
もう全部かっこよかった。
でもね、自分の未来をどうするか、ギターかベースのどっちを真剣にヤっていくかって考えたときに「ベースだったら泰司サンと一緒にバンドできひんな」って思ってギターにしたんです。
この話は以前にも書いてたりすると思うし知ってる人もいるだろうけど。
泰司サンにももちろん話してる。
「オマエ、大したヤツだな」って笑っておられたのが嬉しかったし、今でも鮮明に覚えてる。
オレは、なかなか果たせない夢を叶えた。
もっと自分を褒めてあげてもいいんかな(笑)。
でも、東京にいた頃のオレは本当に苦しかった。
理想と現実のギャップにずっと苦しんでた。
だから、いろんな歯車が上手く噛み合わなくなってしまった。
コレは富山に来て仏教を勉強するようになって、原因は分かった。
全部、自分の煩悩が生み出していたんだ。
自分が自分でどんどん真っ暗な方へと進んでしまっていたんだ。
要するに、苦しみってのは周りから来るんじゃなくって自分が生み出してるんだ、ってね。
だから、今は一番気をつけているのは、自分はすぐに闇へと進んでしまいそうになるから、そうならないように、ってコトです。
そのために、自分の損得よりも、まずは周りのみんなが笑顔になってくれるかどうかってのを一番に考えるようにしています。
つっても、100%上手くできるワケじゃないけどね。
でも、そう心がけていれば、道から逸れそうになったときには「あっ」と気付かせてもらえるんだ。
また、Re-DRIVEのメンバーや仲間たちも、オレのそういう弱さ愚かさをよく理解してくれていて、大きな心でいつも接してくれているので、本当に救われているし、感謝しています。
オレはROCKに勇気と希望をもらってここまで頑張って歩んでこれた。
オレは生まれた境遇が複雑で、子供の頃から「自分は生まれてきてはいけなかったんじゃないか」と自分の居場所は無いと感じていた。
だからいつもビクビクしていた。
そして、そんな複雑な家庭環境というコトを周りに知られるのが怖かった。
だから、小学校でも暴力を振るったりして、だいぶ問題児だったと思う。
学校も休みがちだったりした。
これじゃどうしようもないなと思って、中学は受験して私立の学校に入った。
問題児であるのは変わらなかったけど、環境は良くなった。
小学校からの親友の影響で音楽も聴くようになって、中2でギターを手にした。
すぐに夢中になった。
夢中という言葉どおり、本当に熱中できた。
コードも何も分からなかったけど、とにかくかき鳴らしてるだけで辛いコトは忘れられたし、あの高揚感は初めて味わうモノだった。
「言葉じゃない何か」みたいな感覚はそのときからあったのかもしれないなぁ。
そして、中3になって人生を変える出逢いがあった。
ROCKとの出逢いだ。
D.T.Rに「BE FREE」という曲がある。
ROCKって凶暴なイメージがあったりしたけど、そこにあったのは「自分を解放しなよ」ってメッセージだった。
コレがオレにはとっても勇気になった。
ROCKはオレの背中を叩き、オレに夢を与えてくれた。
ROCKはいつでもオレを勇気付けてくれた。
あれから22年、なぜか富山にいる。
なぜか浄土真宗本願寺派の僧侶である。
でも、確かにオレはまだギターを奏で続けている。
中学生のときのオレが今のオレを見たらなんて言うだろうか?(笑)
驚くなんてもんじゃないだろうな。
でも、1つ言えるのは「人生って面白い」ってコトだ。
オレは本当に幸せ者です。
ボクの中では仏道もROCK道も同じです。
「みんなが笑顔でいれるように」それだけです。
そして、ボクがこうやってROCKさせて頂けている、大好きな仏教をオモイッキリ勉強させて頂ける、この環境を頂けているのはすべて皆々様から頂いているご縁によるものです。
みんなのおかげでボクはココにいさせてもらえている。
世の中の全てに感謝して、これからも頑張り抜きたいと思っています。
おこがましいけど、ボクがROCKから生きる勇気と希望をもらったように、自分がROCKを奏でるコトでもし誰かの希望になれたなら、それは何より最高の幸せです!!
これからも頑張っていきます!!
みんな一緒に頑張っていこーね♪
本当にありがとうございます。
ありがとうございます!!
感謝。
なもあみだぶつ
なもあみだぶつ
合掌
2012年12月25日に東京から今住んでるこの富山に移ってきたので、早いもので4年も経ちました。
この街にやってきたときは知り合いも誰もいなかったんですけど、4年経って、本当にたっくさんの素晴らしいご縁に支えられて、今では東京にいた頃より充実した音楽活動をやらせてもらえていると思うし、何よりも今とっても幸せです。
ボクのコトを支えてくれている全ての皆々様、心からありがとうございます!!
今では富山に来れて本当に良かったって思っています。
ボクはこの富山で人生を終えるコトになりますので、富山のみなさん、めんどくさいヤツだとは思いますけど、どうかヨロシクお願い致します♪
2016年は充実してた。
踏まれても踏まれてもじっと我慢していつか芽を出すぞと念じていた想いが1つのカタチになったと思います。
Re-DRIVE、おかげさまで最高の状態です!!
本当にみんなどうもありがとう!!
オレの青春はまだまだこれからだ!!
22年前、中3の春にLOUDNESSを聴いてぶったまげてROCKに目覚めて、夏にD.T.Rのデビューアルバムを聴いて完全にノックアウトされて「オレはROCKの道で生きていく」と決意しました。
スターにはなれなかったけど、一番の夢は叶った。
当時、楽器は始めててギターもベースもやっていたんだけど、どっちかっつーとベースに比重があったのね。
なんでかっつーと、やっぱり沢田泰司サマが大好きだったから。
もうメッチャクチャかっこよかったね。
もう全部かっこよかった。
でもね、自分の未来をどうするか、ギターかベースのどっちを真剣にヤっていくかって考えたときに「ベースだったら泰司サンと一緒にバンドできひんな」って思ってギターにしたんです。
この話は以前にも書いてたりすると思うし知ってる人もいるだろうけど。
泰司サンにももちろん話してる。
「オマエ、大したヤツだな」って笑っておられたのが嬉しかったし、今でも鮮明に覚えてる。
オレは、なかなか果たせない夢を叶えた。
もっと自分を褒めてあげてもいいんかな(笑)。
でも、東京にいた頃のオレは本当に苦しかった。
理想と現実のギャップにずっと苦しんでた。
だから、いろんな歯車が上手く噛み合わなくなってしまった。
コレは富山に来て仏教を勉強するようになって、原因は分かった。
全部、自分の煩悩が生み出していたんだ。
自分が自分でどんどん真っ暗な方へと進んでしまっていたんだ。
要するに、苦しみってのは周りから来るんじゃなくって自分が生み出してるんだ、ってね。
だから、今は一番気をつけているのは、自分はすぐに闇へと進んでしまいそうになるから、そうならないように、ってコトです。
そのために、自分の損得よりも、まずは周りのみんなが笑顔になってくれるかどうかってのを一番に考えるようにしています。
つっても、100%上手くできるワケじゃないけどね。
でも、そう心がけていれば、道から逸れそうになったときには「あっ」と気付かせてもらえるんだ。
また、Re-DRIVEのメンバーや仲間たちも、オレのそういう弱さ愚かさをよく理解してくれていて、大きな心でいつも接してくれているので、本当に救われているし、感謝しています。
オレはROCKに勇気と希望をもらってここまで頑張って歩んでこれた。
オレは生まれた境遇が複雑で、子供の頃から「自分は生まれてきてはいけなかったんじゃないか」と自分の居場所は無いと感じていた。
だからいつもビクビクしていた。
そして、そんな複雑な家庭環境というコトを周りに知られるのが怖かった。
だから、小学校でも暴力を振るったりして、だいぶ問題児だったと思う。
学校も休みがちだったりした。
これじゃどうしようもないなと思って、中学は受験して私立の学校に入った。
問題児であるのは変わらなかったけど、環境は良くなった。
小学校からの親友の影響で音楽も聴くようになって、中2でギターを手にした。
すぐに夢中になった。
夢中という言葉どおり、本当に熱中できた。
コードも何も分からなかったけど、とにかくかき鳴らしてるだけで辛いコトは忘れられたし、あの高揚感は初めて味わうモノだった。
「言葉じゃない何か」みたいな感覚はそのときからあったのかもしれないなぁ。
そして、中3になって人生を変える出逢いがあった。
ROCKとの出逢いだ。
D.T.Rに「BE FREE」という曲がある。
ROCKって凶暴なイメージがあったりしたけど、そこにあったのは「自分を解放しなよ」ってメッセージだった。
コレがオレにはとっても勇気になった。
ROCKはオレの背中を叩き、オレに夢を与えてくれた。
ROCKはいつでもオレを勇気付けてくれた。
あれから22年、なぜか富山にいる。
なぜか浄土真宗本願寺派の僧侶である。
でも、確かにオレはまだギターを奏で続けている。
中学生のときのオレが今のオレを見たらなんて言うだろうか?(笑)
驚くなんてもんじゃないだろうな。
でも、1つ言えるのは「人生って面白い」ってコトだ。
オレは本当に幸せ者です。
ボクの中では仏道もROCK道も同じです。
「みんなが笑顔でいれるように」それだけです。
そして、ボクがこうやってROCKさせて頂けている、大好きな仏教をオモイッキリ勉強させて頂ける、この環境を頂けているのはすべて皆々様から頂いているご縁によるものです。
みんなのおかげでボクはココにいさせてもらえている。
世の中の全てに感謝して、これからも頑張り抜きたいと思っています。
おこがましいけど、ボクがROCKから生きる勇気と希望をもらったように、自分がROCKを奏でるコトでもし誰かの希望になれたなら、それは何より最高の幸せです!!
これからも頑張っていきます!!
みんな一緒に頑張っていこーね♪
本当にありがとうございます。
ありがとうございます!!
感謝。
なもあみだぶつ
なもあみだぶつ
合掌
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます