緑の風

散文詩を書くのが好きなので、そこに物語性を入れて
おおげさに言えば叙事詩みたいなものを書く試み

緑の風  11

2022-04-30 13:42:20 | 日記



気がつくと、V迷宮街を過ぎて、林を通り抜けると、丘陵のような郊外の高台が見える。なだらかな緑の絨毯を敷き詰めたような高台に出ると美しい川が見える。その高台にある高級住宅地を訪ねる。
紹介状を持って、トラカーム一家を訪ねる。トラカームは豪邸に住んでいる。牧場とチーズ工場を持っている。大男のトラカームは彼の娘と二人の息子と住んでいる。
三人の子供の母レイトは死んだということになっているのだが、実は時の大統領の妻になっているのだ。

ヒットリーラ大統領はティラノサウルス教の信者である。山吹色の旗の真ん中に虎と恐竜の顔が左右対称に並んでデザインされている。これがここの事実上の国旗になっている。
夜の森の中で輝き燃える美しい目と筋骨隆々という美しい姿を誇りとする虎よりさらに強い恐竜ティラノサウルスは宇宙には強い意志があるという予言者スータ・ブレイの好みの動物であった。そして、この予言者はティラノサウルスこそ、トラ族の祖先であるというひどい妄想を抱き、それを華麗な詩文として書き残した。トラ族のヒトにこの詩文を愛する人が多くなり、恐竜は虎と関係がないという人を異端者として魔女扱いにした歴史がある。やがてこの妄想と偏見に満ちた詩文は後継者が出て、ティラノサウルス教として影響力を持つようになり、ヒットリーラがこれを信奉したというわけである。
もっとも、これを吹き込んだのは妻レイトで、これは魔界のメフィストがレイトにささやき、そういう指示を与え、政府の権力の実権はレイトが握っているという噂もある。彼女は凄腕である。
そういうわけで、ヒットリーラは、黄金色が好きである。黄金色は善であって、小判のような山吹色の顔つきの虎族の人達は善であるという考えを持つ。

レイトがトラカ―ムと一緒に暮らしていた頃から、二人の間にひどい亀裂が走り、レイトが飛び出し、後に大統領夫人になるまでのいきさつには、一巻の長い物語になるようなことがあったらしい。我らはただの旅人であるから、それを色々の人の言葉のハシハシをつなぎ合わせて、想像するしかない。ともかく、レイトは若い頃、トラカームと出会い、その中で、長男トカと弟のカチと娘ラーラが生まれた。三人目の誕生のあとに、トラカームは前から考えていた結婚式をあげることで話し合っていた時に、レイトはその気がなく、そればかりかティラノサウルス教に入ったことで、トラブルになった。そしてレイトは家出した。

トラカームはその頃、親鸞の生まれ変わりである親念がこの惑星に舞い降りてきて布教しているという噂があり、その伝え響いてくる教えに共感していたので、ティラノサウルス教の考えに不信を持っていたのだ。

レイトは小柄であるが、外見は天使のような美しさを持っている。ブロンドの髪にブルーの瞳。花の咲くような微笑に、たいていの男はまいってしまうという。しかし、中身は相当違う。善など信じていない。それに対して、トラカームは立派な体格をしているが、性格はナイーブで優しく、善良である。

伝え聞く親念の教えによると、真理【ダルマ、一如、法蔵菩薩、如来、真如】は阿弥陀仏である。現象は無常で移ろっていく、しかし、生まれ消えていくその中に、悩める人々を救おうとする永遠の宇宙生命とも大慈悲心ともいわれる仏がいらっしゃるというのである。親念の教えの特徴は魔界のささやきに気をつけろということだろうか。

トラカームが出てきた。大柄で、にこやかな表情をしている。
「レイトはね。外見は凄い美人でね。あれだけの美人はこの国にも滅多にいないというほどだ。わしは若い時には、一目ぼれでしたよ。しかし、中身に悪がある。一年ぐらい付き合っても、彼女の悪には気がつかない。
頭もいいからね。

あの悪はどこから来るのか、わしにもいまだ分からん所がある。あの奇妙な考え、ティラノサウルス教の教義の本質にある強者礼讃からくるのか、それとも生まれつきのものなのか。
二人の息子トカとカチそれに娘のラーラをいとも簡単に捨て、わしにピストルを突き付けて脅かし、ここを、飛び出して、今の大統領夫人におさまるまでは、長い物語ができるほど、波瀾万丈だった。それに、大統領の一目ぼれとそして、大統領がレイトが持っているティラノサウルス教の奇妙な考えにどうして毒されていくか、実に不思議なくらいだよ。
わしが思うには、こういう女の悪を知るには、まず言葉をよく観察することだ。
まず、人の悪口を巧みにやる。レイトの場合、大統領の前の恋人の悪口を巧みにやり、ヒットリーラはそれを信じ込んでしまった。彼は恋人と結婚する予定だったが、急速に心変わりして、別れ、美人のレイトと一緒になったというわけさ。

それに比べ、わが家の猫族のマカ夫人はここの広い家を切り盛りするために呼んだ家政婦さんだけれども、まるで観音菩薩のようだな。娘と息子達は彼女に育てられたようなものだ。
長男息子のトカは大学を出て、市役所に勤め、エリートへの道を歩んでいるが、ティラノサウルス教には、つかず離れずという所か。
それにしても、次の息子がね、同じレイトの息子カチなんだが、どうもこれがレイトに似ているようで、わしは怖いと思うことがよくあった。
なにしろ、勉強はやらない。高校を中退すると、町をうろうろするでね。仕事もしないで、奇妙な会合には、出席するらしい。最近はそうでもないのだが、一時は、ヒットリーラの信条にも染まりかけてね。ゲシュタポなんかに憧れているようだった。怖いね。
一人娘のラーラはまあ心配は全くない。将来の結婚ぐらいかな」とトラカームは笑った。

ラーラは十八才だつた。肩まで届くなめらかな金髪がよく似合う明るい娘だつた。目鼻立ちが整い、トラ族特有の黄色い肌に赤みがかった頬をして、意志の強そうな青い目と厚い唇を持っていた。
マカ夫人を助けてよく働く娘だった。自分の家の牧場に出たかと思うと、チーズ工場の手伝いに出る。トラカームもそういう娘を愛した。

レイトの夫ヒットリーラの親族に、V大佐がいた。彼の父親は銃を生産している工場を持っていた。V大佐は夫人を病気でなくし、次を探していた所、戦争の現場の食料の調達係の司令官として、チーズということを考えていた。それでチーズ工場を視察に来た時、ラーラが案内役になったのだ。
それで、大佐はラーラを気にいってしまった。
それ以来、大佐はトラカーム一家を訪ねてくる。
「わしらは、同族トラ族だ。わしの女房にラーラをくれんかの。わしはヒットリーラの親族だ。悪いようにはならんと思うがな」と大佐はトラカームに言った。この地方では結婚に親が口出す風習があったようだ。
「ちょつと待ってくれ。わしは純粋なトラ族ではない。ジャガー族の血も流れている。それでもいいのかね」
「わしは気にしない」
「猫族は」
「ま、冗談は言わないでくれ。猫族はヒットリーラ閣下があれほど嫌っているのだ。」

ここに猫族の青年コリラがいる。
中肉中背の青年だった。しかし中々魅力がある。吾輩もどこに魅力があるかと言われると困るが猫族の青年を沢山 見てきたが、この青年ほど調和のとれた人物は珍しいと思った。
全てが整っている。目鼻立ちに至るまで。
コリラがやってきた。
食卓を囲んで、みんなでわきあいあいのの雑談をしていると、コリラがラーラに寄り添って、キスのしぐさをしょうとした瞬間、大佐がストップをかけた。コリラは激しく反発した。そして喧嘩となった。

大佐はコリラに切りつけた。しかしすらりと身をかわした身のこなしはすごかった。
それでも、相手はプロの軍人。
ハルリラが間に入った。
「待て。剣を持たないものに切りつけるとは卑怯ではないか。わしが相手をする。」
「今のは遊びよ。貴公はわしと勝負をしようというのか。陸軍きっての剣の使い手のわしとやるとはいい度胸だ。」
七分くらいしばらくバシバシ部屋の中でやりあっていたが、大佐の剣は宙に飛び、天井に突き刺さった。
「やめ。」とトラカームが言った。
「やるな。おぬし。しかし、後悔するなよ」


夜は星空に浮かび上がる庭園の美しさを皆で話しながらも、心の中はみな大佐の復讐を心配しているようだった。その場にハルリラだけがいなかった。何か対策を考えているのだろうということが話題になった。

翌朝、百名の銃と剣を持った軍人を大佐が引き連れて門の前に現れた。
ハルリラは、このことを予期して前の晩に用意したことを始めた。
幻覚を利用した魔法のようだ。なんと門の前に進み出たのは恐竜ティラノサウルスだった。その巨体。グロテスクで逞しく強そうな恐竜だ。しかも、ヒットリーラが崇拝している宗教の神でもある。
ガオーという吠え声は獅子をも震え上がらせるに違いない。そして、前へ進むずしんずしんと響く足音と地響き。そして、口から煙幕を吐き出す、
軍人は驚き、大佐はあっけにとられ、門がハルリラによってあけられると、
「や、おはようございます。皆様、朝から、大勢の兵士が武装して人さまの邸宅に来るとは穏やかではありませんな。
ティラノサウルスに歯向かうと、そちらの方ではどうなるか皆様の方が、わし等よりよく知っている筈」
「いや、わしは話に来ただけだ」と大佐が言った。
軍人もヒットリーラの尊崇する恐竜とあって、足がすくんでしまったようだし、銃を向ける気持ちも薄れてしまったようだ。
「トラカームさんは今日はお忙しいのでお会いできないようですよ」
「そうか。分かった。今日は引き上げる」
大佐の指示で軍人達は引き上げた。

邸宅の部屋の中。鯨油でともるシャンデリアの下の真ん中に、低い大きなケヤキのテーブルがあり、それを取り囲むように、ゆったりしたソファーがあった。トラカームと吟遊詩人とハルリラと吾輩はコーヒーを飲んでいた。
コーヒーはコクのあるうまい味だった。
テーブルの上にはランに似た赤と黄色の花が大きな花瓶にいけてあった。

「あの恐竜は魔法ですか」と吾輩は聞いた。
「ハハハ」とハルリラが笑った。
「幻の術よ。魔法の次元の故郷には、広大な緑地があって、そこにまだ恐竜が住んでいる。しかし、この恐竜は今では我らのペットみたいなものよ。
長い魔法の陶冶の歴史の中で、恐竜をどうやって手なずけるのか、研究が進み、今では異次元の世界から、今回のように、呼び出し、吾輩の意のままにする術まで編み出したわけだ。」
「なるほど、今はあの恐竜は異次元の魔法の故郷に帰ったわけだ」と吾輩はぼやいた。

「ティラノサウルスという恐竜を持ち出すとはハルリラさんも面白いことをやる。あれでは、軍人たちは表面上ティラノサウルス教に信奉しているわけだから、手向かうことはできん」とトラカームは言った。
「ティラノサウルス教の組織は少しおかしいな。優れた宗教は、親鸞さまは弟子一人もたず候と言ったことで有名であるように人間の間に上下関係を置かない。神仏の前に、人は平等だからだ。
ところが、とかく大きくなると、官僚組織のような上下関係をつくるようになるのはある程度は許容されるにしても、ティラノサウルス教はこの度合いが常軌を逸している。
まるで、軍隊みたいに上の人の考えを下に強要する。
下の人の自由な考えが許されない。
それから、全ての人に対する大慈悲心あるいはアガペーとしての愛がないのは致命的である。特に猫族に対する偏見は常軌を逸している。

わしは息子のカチがティラノサウルス教に感化されることを心配していた。
ところが、幸いなことに、カチはわしの言うことに耳を傾ける。それで、最近、丘の一番の高台に出来た寺の住職を訪ねてみてはどうかとカチに勧めてみたのだ。
わしもこの住職については友人から話をちらちら聞いていて、非常に深い関心を持っていた。カチが持ってきた話はわしの希望に沿うものだった。この惑星のわが国も良い方向に行くチャンスをつかむかもしれないと思ったのだ。
今の希望はその住職さまだ。名前は親念さまとかいったな」
「親鸞」
「そう」
「親念と言えば、地球で浄土真宗を開いた親鸞の生まれ変わりとか聞きますが」
「そうです。もう地球では、千年前の人なんです。ところで、その方の思想に、『往相』回向
と「還相」回向があることをご存じかな」
「ええ、ちらとなら、聞いています」
「『往相』というのは、こちらから浄土に行く。阿弥陀仏の慈悲によって浄土に招かれるということだと思う。『還相』というのは浄土からこの娑婆世界におりてくる。これは不思議な思想だな。地球の日本人がつくった偉大な思想でもある」
「それでその親鸞さまが浄土から、この惑星に舞い降りてきて、親念さまとなっておられるというわけですか」
「そうです。その通りなんです。気がついた時には、親念さまが布教を始めていたのです。息子のカチがこの間、訪ねて、その教えに驚いたと言っていました。彼のように、母親のレイトに似て、何か心に強さと悪を持っているような子供には、むしろティラノサウルス教に心服しても良さそうなものなのに、何度もあの変な集会に参加しながらも、結局はティラノサウルス教にはなじめない。それが親念さまの教えに感動し驚いたというのですから、わしも大変興味を持ちました。」

「どうだね。マカ夫人。カチはいないかね。この地球から来られた方たちに親念さまの印象を話して欲しいと思っているのだが」とトラーカムは微笑して、聞いた。
マカ夫人は「あのう。カチさんはレイト大統領夫人の所に行ったそうですよ」と答えた。
「何のために」とトラカームは驚いたような表情をした。
「さあ」
「まさか。ティラノサウルス教の話を聞くためではなかろうかな」
「レイトさまがカチさんの母親であることを、どこかで知ったようですよ」
「なるほど。町の誰かが喋ることはありうるからな」

しばらくして、カチが帰ってきた。十七才ぐらいか。中肉中背で、お父さんほど大柄ではない。カチは勉強よりも剣道というところで、二段の腕前を持っている。
いつも棒切れを持ち歩いているので、 注意されたこともあるそうだ。

「どこへ行ってきたのだい。カチ」とトラーカム。
「好い所さ。」
「どこへ」
「親念さまの所へ」
「あら、レイト大統領夫人の所に行ってきたのではないですか」とマカ夫人。
「うん、彼女を親念さまの所に連れて行った」
「本当か。よくそんなことが出来たな」とトラカームは驚いたように言った。
「だって、彼女はぼくの母親だぜ」
「そりゃそうだ。確かにその通り。それで彼女の反応は」
「ひどく感動していたよ」

「そんなことがありうるのだろうか。ティラノサウルス教の熱心な信奉者が親念さまの教えに感激する」とトラカームは驚いたような目をした。
「殺し合い、邪見に支配され、煩悩に犯されるといった五濁に満ちた悪世に住む人々は
お釈迦さまの真実のお言葉を信じなければならない。その言葉を聞き、喜びに満ちて
阿弥陀さまを信じることができた瞬間から もはや煩悩をほろぼさなくてもそのまま悟りの境地に導いていただけるというお話に彼女は感動したみたいですよ」とカチは言った。
「なるほど」
「つまり、煩悩があるまま、浄土に導いて下さるという教えが心に沁みたのではありませんか」
「そりゃそうだ。お前たち、二人の息子と娘ラーラを捨てて、あんなヒットリーラの元に走ったレイトのことだ。ちょうど、山吹の花が一杯咲いていた頃だった。彼女の頭は煩悩で一杯だったのだろう」                     

( つづく )


(紹介)
久里山不識のペンネームでアマゾンより
  長編「霊魂のような星の街角」と「迷宮の光」

緑の風 10 [猫族の行列 ]

2022-04-21 13:31:41 | 日記
   猫族の行列

夕日の射す大空が燃えるような薔薇色とこの惑星特有の山吹色の地表に遠くの緑の丘陵が輝き、どこへ行くのか白い鳥の彷徨うそうした道を我々は歩き、緑の大木の下で寝て、今度は朝日の荘厳な光に目を覚まし、美しい鳥の声を聞きながら迷宮街を見る。そして歩く。
ハルリラは人のいない広い道では、時々空中回転という特技を我々の前で披露する。空中で剣をぬいてから、地上におりる所など、まるでサーカスだ。こうやって、武術を絶えず磨かないと、腕がにぶると、彼は笑う。
そして、我々は時にはベンチに座り、駅前で買った弁当を食べる。このようにして、猫族にとって悪名高いゲシュタポが出るというW迷宮街をしばらくうろうろ歩いたが、結局、そのようなものは現れなかった。
やはり、銀河鉄道の乗客である証拠の金色の服を着ているせいか、我々を遠くから見て、近づかなかったのかもしれない。囚人服を着ている詩人を吾輩とハルリラが両側にいて、詩人が目立たないように歩く工夫もした。それでも、どこからか、水鉄砲からくると思われる水が詩人の身体に吹きかかることがあった。そのたびに、ハルリラが周囲に鋭い目をひからせることはあった。

W迷宮街をやっとの思いで、抜けると、次に出たのは道そのものが奇妙なV迷宮街だった。真実、奇妙な街だった。       
家屋がみんな何らかの動物が大地にうずくまって遠方を見ているような雰囲気が感じられるのだ。窓が右と左の両目のようになって見える場合が多いので、なんとなく家に見つめられている感じがするから奇妙だ。
ある家は猫の姿。ある家は虎。ある家はライオン。ここの町の条例で、建築物はその所有者の民族を表現するようなデザインが好ましいとされているということが、吾輩、猫の耳にも届いているのである。
色はまちまちであるが必ずしも猫科ばかりでないところがまた面白い。中には、あざらしとか、イルカとか、もある。

こうした無数の奇妙な建築の家屋の背後には、大きな敷地を持つ黒い五重の塔や赤い色の高楼がそれだけがまともな建築とでもいうように、青空に顔を出すような具合で、軟らかな日差しに輝いていた。町の横丁から、静かな少し広い通りに出た。
建物の屋根には幾羽ものカラスがとまり、下の道には、本物の猫が野性のように素早く動いている。カラスと猫の多い町という印象を持った。吾輩は本物の猫と猫族の人とは違うと当たり前のことを考え、それから、奇妙な建築の群が何とも不思議なことのように思われた。

そこに流れる澄んだ糸のような小川を見た時、吾輩の耳に幻聴のように響いた詩がある。
「青色の川の渦を見て、昼間の踊りの歌を夢見る
祭りの日にうたう歌だ
綺麗な衣装を身につけて、老若男女が入り乱れて
若草の燃える土を踏みしめて
息ずく呼吸の音もやわらかく
喜びの鐘の音も青空にひびく
その春の日に町をあげて歌う祭りの喜びを歌うのだ
僕らがどんな悪夢を見ていても
それが夢であるのなら次の夜には希望の夢がほのぼのと頭に浮かび、
僕らは美しい酒を飲み干すのだ。」

そんな風な動物の群のような家にもきちんと窓がいくつもついていて、おしゃれなカーテンが垂れ下り、どの家も個性的で美しく、庭にはみかん色の果物が枝もたわわになるほど、沢山なっているかと思えば、薔薇や百合の花が咲いている所もあった。しかも町全体としても、奇妙で不思議ではあるが、静けさと美といのちの魅力があった。
条例によって、にわかにつくられたのかなという吾輩の思いを掻き消すかのように、その街角、街角のどことなく古めかしいベンチ、それに小さな公園、街路樹、神社にあるような多くの古い灯篭がやはりこの町はごく自然に長い歴史の中で、偶然に出来上がった美しさという古めかしい優雅な歴史を物語っているように思えた。
さらに大きな通りに入ると、ゆったりとした感じがして、くねくねと曲っていて、途中には小規模のさびれた墓地がある。それが道をある程度、行くと、同じような墓地があるという風である。墓地の入り口らしき所の門の上に猫の彫刻が乗っかっている。

これも奇妙な感じがするのだ。これだけの美しい道に、人以外の車めいたものが一台も通っていないとは。
吾輩の前を歩く二人は、カジュアルな服装をした若い男女だった。虎族であろう。二人とも背が高い。女は薄い茶色のパンツに濃い太いベルトをしめ、シャツの上に赤いニットガウンを羽織っている。虎族の美人というのは、鼻が高いし、唇が大きい。その上、ブルーの瞳にきらりと鋭い光を放つ。
女は吾輩を見て、言った。
「ねえ、猫族が歩いているわよ」
吾輩はその言い方に何か嫌なものを感じて、猫だって足があるんだから、そりゃ歩きますよ。そんな当たり前のことがあなたには分からないのですかと内心思ったりしたものだ。
男は「でも、金色の服を着ているから、銀河鉄道の乗客なんだろ」と答えた。
男は花柄のあるパンツに上は白のTシャツにブルージャケットを着ている。男は肩幅が広く、腕がおそろしく太い。黄色い髭が顔じゅうにはえ、その髭の森から二つのつぶらな瞳がのぞいている。
「本来なら、胸にバッジをつけるのにね」
「そうさ」
「猫族って、何かいやーね」
嫌な話をしているのはそちらではないですかと、礼儀の知らない奴だと吾輩は言ってやりたかったが、二人はいつの間に、向こうの方に行ったしまった。

通りの横には、樹木の枝のように、沢山の小道が伸び、そしてそれはまた狭い路地になる。
狭い路地は華奢で優雅な動物にデザインされた家にはさまれてはいたが、そこも亦、迷路のように、入りくんでいた。そして、その路地には、たいてい本物の猫がうろうろしていたり、時には瞑想しているように、座っている。
それは迷路そのもののようで、時にはレンガ色の石畳の坂があったり、西洋風の教会があるかと思えば、古色蒼然たる神社や広い境内のある寺があった。

そよとした南風が吹き、やわらかい空気が好もしく、隅の花壇にある花は宝石のようにまばゆい色と光を周囲に放っていた。

神社の鳥居のそばには、井戸があり、あちこちに清らかな水がこんこんと湧きだし、道の土をぬらしていた。どこからか、ショパンかと思われるピアノの音が聞え、歩くのも心楽しい町だった。
 
さっきとは違う真っ直ぐな大きな土の通りに出た。硝子窓のある洋風の家が多かった。コンビニの透明なガラスの向こうに、週刊誌を立ち読みする背の高い青年がいた。スーパーもあり、歯科医院もあった。交差点には、レンガ色の壁のドラグストアがあり、その横にそば屋があった。
やはり車も通らず、人も少なく、静かな街だった。
街灯には、まだ明りはともっていなかったが、一番てっぺんに、丸い黄色い石がトパーズのような高貴な光を放っていた。
下の方には、ブルーの花がかごに入っていた。
歩く人々は虎のような顔立ちをしていた。猫族の人と虎族の人は微妙に違う。猫のような顔立ちの人達は胸にバッジのようなものをつけていた。例の「猫族」という奇妙な文字の書かれたバッジである。

虎族のような人達は、猫族よりももっと威厳と品性を持ち、本物の野獣の虎と違って、おっとりと優雅な雰囲気を持っていた。
ところが、山吹色のポストのある郵便局を過ぎたあたりから、険しい表情をするトラ族の人達が急に増えた。どうも制服を着ているので、兵士や役人めいた連中が目につくようになったせいかもしれない。
吾輩、寅坊は虎族の人の表情に急に不安になり、なんとなく、周囲が緊張した感じになっていることに不安になり、よくよく周囲を見回した。町の特殊な美しさも、静かな夢のような静寂な街路も安どの気持ちにならなかった。

ぞろぞろと行列を組んで歩かされている猫族の人達の胸に、茶色のバッジをつけている集団を見た。茶色のバッジには、「猫族の悪人」と黒で書かれていた。周りには銃を持った虎族の兵隊が黄色い軍服を着て、厳重に監視している。吾輩はどこかで、見たような光景だと思った。
そうだ、ナチスに連行されるユダヤ人の姿によく似ている。
「迫害されたユダヤ人を連想させる」と吾輩は言った。
「そうさ。おそらく、この猫族の人達も収容所に連れて行かれるに違いない」と吟遊詩人は悲しそうに言った。
「ドミーがいる」とハルリラが叫んだ。
「え、本当」
「ほら、母親と一緒に」
背の高いでっぷりした猫族の男の影になるところに、ドミーと母親が歩いているではないか。ああ、すっかりやつれた姿と青白い顔をしている。
森から出てきたばかりの妖精のような彼女の何という変わりよう。
吾輩は思わず、彼女の方に走っていた。
が、吾輩はトラ族の軍人によって、行く手をはばまれ、銃をつきつけられた。
ハルリラが剣をぬいて、吾輩の隣にきたが、ハルリラには別の兵士が銃剣を突き付けた。
ハルリラは剣で、その銃剣を払いのけた。
すると、十人近い兵士がかけつけてきて、「何者だ」と一人の兵士が言った。
「知人がこの沢山の人達の中にいたから、驚いただけですよ」と吟遊詩人が言った。
「そうか。ところで、貴様は囚人服を着ているな。ヒト族のようではあるが、この猫族の行列の後ろに並ぶのが良いのではないか」と兵士の上官が言った。
その時、緑の目をした知路が現われ、笛をふいた。周囲の者があっけにとられていると、詩人の服はいつの間に金色の服に変わっていた。
兵士の上官は知路を見ると、なぜか、尻込みをして、慇懃な言葉で、「ご苦労様です」と言って、敬礼をした。
兵士達は行ってしまったが、そのあとも、我々が猫族の行列を見守っていることに変わりなかった。

我々は茫然と立ち尽くしていたのだ。それほど、凄まじい猫族の行列である。ドミーは既に列の先の方に歩いている。
顔だけが、吾輩と同じ猫族の顔をしている人達で一杯だ。吾輩は悲しみにひしがれた。同輩が何故に引き立てられていくのか、分からない。自分も銀河鉄道の乗客を示す金色の服と胸のポケットに持っている銀河鉄道の乗客のカードがなければ、同じ運命にあうかもしれないのだ。
こんなに神秘で美しい町に見る残酷な光景に、吾輩は驚いていた。

町の街路には、猫族の人達が充満していて、彼らはカバンを持ち、子供の手を引き、黄色い顔に憂鬱の表情を浮かべ、うなだれるようにしている。そうした猫族の人達の悲しい集団がうようよと歩いていくのを、吾輩は見て、胸が痛んだ。
ああ、わが愛する猫族の人達よ。何も悪いことをしていないのに、ただ、猫の顔をしているというだけなのに。猫の先祖がネズミにだまされて、神様の元旦召集に遅刻したということで十二支に入れなかったというだけで、こんな目にあうとは。十二支に入っていないのはライオン族やチーター族など他にもいるのに、猫族だけが明日のいのちすら、分からぬ列車に連れられていくのだ。大人も子供も老人も。美しい男も女も。ただ、猫に似た顔をしているということのために。
我々はたちつくし、ぼおっと見守るしかなかった。ハルリラの剣も二百人はいると思われる銃剣の前に、引き下がらざるを得なかった。
「こういう緊急時の魔法の習得をサボっていたことが今になって悔やまれる」とハルリラは悔し涙を出した。
「これは忘れてはいけない宇宙歴史の事実だ。差別の理由などないに等しい。
無理につくっているのだ。祖先の違いだとか、肌の色だとか、民族の歴史の違いだとか。悲しいことだ。こういうことをなくすためには」と吟遊詩人がつぶやいた。
吾輩の耳にも最後の所がよく聞き取れないほど、小さな声だった。
「川霧さんは、ヒトは皆、兄弟という考えを広めることが大切と言うのでしょう。」と知路が言った。
「冗談言うなよ。魔界の女のくせに」とハルリラが言った。
「川霧さんの詩とヴァイオリンはいつも遠くから聞いているの。こういう詩を書く人の気持ちとあたしのは波長が合うのよ」

「ハルリラ。この女の人は私を助けてくれたのだよ。お礼を言うのが礼儀だ。もしかしたら、知路さんは何かの事情で魔界と縁を持ってしまったので、魂は綺麗なものを持っているのだよ」と吟遊詩人は言った。
「ありがとう」と知路は涙を流して、一瞬のうちに消えた。






( つづく )






緑の風 9

2022-04-13 09:47:26 | 日記
18 迷宮の黄色いカフェ


吟遊詩人の話す「黄昏の幻」という物語詩を聞いていると、アンドロメダ銀河鉄道は大きな駅についた。
我々【吾輩とハルリラと吟遊詩人】が列車から降りた。駅は巨大な建物で、天井が高く、大理石でつくられたような白い美しい壁に囲まれた構内をゆったりと、人が歩いていた。
駅を出ると、ちょっと小さな広場になっていて、トラ族の武人の彫刻が目についた。三メートル近い長身で、らんらんと凝視する大きな目と、黄色いトゲのような毛がふさふさと顔中にはえ、厚い唇。ブルー色の軍帽にも軍服にも金色の階級章がデザインしてある。腰にさした軍刀に右手がかけられている。
ハルリラはそれを見て、「生きていれば、強いかもしれないが、わが魔法の剣にはかてんな」と笑った。
駅前に大きな案内図がある。
駅を中心に三方に大きな道路が郊外の方に延びていたが、我々はどこの道を行くか迷った。
確かに、道行く人々は地球の人間よりも小柄な感じがするが、顔は宇宙辞書にあったように、猫科の顔と地球人類の顔をミックスしたような人が多いような気がする。
案内図からは、どちらのコースを行っても、奇妙な道に出る。案内図にも迷宮と書いてあるのを不思議に思って、吾輩、寅坊は見たのだが、確かに、碁盤の目のような整然とした道ではなく、逆である。たいそう、入り組んで、道がくねくねと曲っている。時に、道が途中で途切れている所もある。そして、突然のように、別の迷宮街がある。Z迷宮街、W迷宮街、X迷宮街、N迷宮街という文字がやけに目についた。
「号外。号外」という大きな声が背後からした。ふと、振り返ると、若く逞しい男が「号外だよ。地球のピケテイがついに『二十一世紀の資本論』を著した。わが国では、虎族と猫族の経済格差は開く一方、これもピケテイの理論によって、説明できるという内容だよ」
我々は号外を受け取った。
中身は虎族が国の富の半分を独占している。これは以前から、ヒョウ族などからも不満が出ている話だった。
「ふうん。ここでも大きな経済格差が問題になっているのか」と吾輩は驚きで、ため息をついた。
                         
白い花が咲いている樹木の横の案内図の近くで、吟遊詩人は歌うように、言った。
「大きな経済格差はいけませんよ。」
そう言うと、彼はヴァイオリンをかきならした。ふと、帽子をかぶったビジネスマン風の男が立ち止った。黄色い髭をはやした大きな黄色い顔で、まるで虎と人をミックスしたような奇妙な顔立ちであるが、優しい目に知的な光が輝いていた。
詩人は手を休めると、又歌うように言った。「人間、生きていることは生かされているのです」
吾輩、寅坊は自分の呼吸を思った。息を吸う、吐く。これだけのことがなかったら、吾輩は確実に死ぬ。空気に生かされているのだ。この惑星は空気が綺麗。おいしい。素晴らしいことだ。吟遊詩人は違ったイメージで言っているのに、吾輩の頭には、奇妙なことばかり、浮かぶ。
そばに立っていたひょろりと背の高いリス族の若者が小さな顔を赤らめて、「それで、続きは? 」と言った。
詩人は微笑して、その青年に語るように、さらに続けた。「多くの人の手によって、自分は生かされているのです。どんな金持ちも自分一人で、生きていくことは出来ないのです。
トリクルダウン効果【高所得者が豊かになれば低所得者にも富がしたたり落ちる】なんていう経済感覚は庶民をなめているエセエリートの発想ですよ。謙虚に考えれば、多くの庶民の助けによって、大金持ちになったのではないでしょうか」
ビジネスマン風の男とリス族の若者は大きな拍手をして、急ぐように立ち去った。その少し前から、立ち止って、買い物かごを手に持った猫のような顔をした小母さんがやはり拍手しながら、詩人の言うことに耳を傾けていた。横に十七才ぐらいの女の子が目をキラキラさせながら、詩人を見ていた。
猫族の女の子で、深紅と青と黄色のまざった民族衣装を着て、妖精のような感じだった。
詩人は「君の瞳の奥に何がある ? 」と歌うように言った。
「え」と少女は丸い目をさらに丸くして好奇心を輝かして、詩人を見た。
「あなたは音楽をやるの」
「うん、詩作もね」
「何か、良い詩が出来ました」
「瞳の奥に見える神秘の街角
ああ、わが胸をうつ町の花束
そこに住む人々のつつましやかな愛と生活
瞳の奥に人生の意味が隠されている
ああ、悲しみと喜びの人生が海の上の帆掛船のようにゆれている
ときがたい自然の複雑なみごとな仕組み
おお、その法則、月並みでなく、英雄的なやさしい行為が音楽のように
その瞳の中にゆらめいている
君が神秘の瞳よ、わが胸うつ音楽のように
星から舞い降りてきた天使のように
君の瞳に町の謎が映る」

しばらく沈黙があった。そのドミーという女の子は寂しそうに言った。
「あたしの家は貧乏よ。森の中に住んで、父はきこりをしているわ。
お金持ちになるには物凄い努力がいるって、父はよく言っているわ」

詩人はにっこり笑い、「努力だけではね。例えば、地球では、三菱をつくった岩崎弥太郎。土佐藩の貧乏武士でした。明治維新という社会の転換があり、彼は土佐藩出身という有利な立場を利用して、大財閥になったのです。もし明治維新という多くの人の動きがなかったら、彼がいくら才覚があっても、もとの貧乏から脱せなかったでしよう。
ピケティの言うように、大きな経済格差をなくさなくては、国民の幸せは得られないのです」
そんな風な少し長い話も、詩人の言葉は、吾輩の耳には、歌っているように聞こえた。
吾輩は猫であるから、虎族が多くの富を得ているという号外には強い関心を持った。この惑星で起きていることは、ピケテイの指摘するように、あの青い懐かしい地球でも起きている。

やがて、我々は買い物があるらしいドミーとも別れて、Z迷宮街への道を選んで、歩いていた。いつの間に、空に魔ドリが飛んでいた。「久しぶりだな。この惑星にも魔ドリがいるらしい。」とハルリラが言った。吾輩もハルリラと一緒に、素早く走るように飛ぶ数羽の魔ドリを見て、ドキリとした。ふと、気が付くと、吟遊詩人は囚人服になっていた。そして、我々の歩く前方に、緑の目をした美人の知路がいた。魔界の娘とは思えないほど、魅力的だった。
「あら、川霧さん、お久しぶりね。この惑星でも、お会いできるとはうれしいわ」と知路は微笑して、吟遊詩人に挨拶した。「囚人服を脱ぐために、あたしの笛は吹きましょうか。あなたのヴァイオリンも今度は、うまくいかないと思うわ。免疫がつくられたと思う。あたしの笛は大丈夫よ。どう。吹きましょうか。あなたを助けたいの」
横から、ハルリラが「知路の世話にはなりたくないな。」と大きな声で言った。
知路は顔を真っ青にした。そして、一瞬にして、消えた。
さらに我々は歩いた。ゴッホの「黄色い家」のような黄色い壁のカフェに出会った。そばの小さな庭には百合の花が咲き、さわやかな日差しが当たって、そこら中が宝石のように輝いていた。店の入口の横にある高い樹木の上から、何の花だろうか、赤い美しい花が空を浮かぶ小舟のように、舞い降りてきた。中に入ると、マリアのような女性を表現した透けたステンドグラスからも先程の日差しが入り、テーブルの上に光の小さな海をつくっていた。

我々はそこに座り、そこで、コーヒーを飲んでいると、一人の小柄な中年の男がやってきた。口ひげをはやし、穏やかな表情をしている。
「ここに座ってもいいですか」
「どうぞ」と吾輩は言う。吾輩は彼を見た時、何か懐かしいような感じがしたのだ。そう、猫の匂いがする。丸い小さめの顔は人の顔だが、どこかに猫の顔立ちが混じっている。
「お宅は銀河鉄道の客人ですか」と彼は聞いた。
「はい」
「私は特にお宅に興味を持つのですが、猫族ではありませんか」
「ええ、確かにその通りです」と吾輩は何か嬉しいような気持ちでそう言った。
しかし、ネコールというこの男は厳しい顔をしながら、「気をつけた方がいいですぞ。この通りはまあ、安全ではあるが、迷宮によっては、ヒットリーラの一味が猫族を狙っている」
「何、どうしてですか」
「ヒットリーラ大統領はこの国の独裁者です。彼らは虎族以外は人間でないという思想を持っている。それでも、ティラノサウルス教を信じていると、まあ、準虎族扱いされる。お宅はティラノサウルス教を信じているのかね」
「何、そんな変なものは、始めて聞く」
「そんなことをヒットリーラの直属の兵に聞かれたら、即、逮捕です。囚人服を着ている人は監獄から逃げてきた者とみなされる。人も差別の目で見る場合がある。そして、悪くすると、収容所に連れて行かれる」
吾輩は京都の出身であるから、あそこは仏像の都。本当に信じているかと言われると、戸惑うが、「仏教を信じているのだが、それでは駄目なのかな」と質問してみた。
ふと、吾輩の目に弥勒菩薩や三十三間堂の観世音菩薩の高貴な上半身が目に浮かんだり、消えていった。
「仏教。何ですか。それは聞いたことがないですな。どんな教えなんですか」
「お釈迦さまの教えです。宗派によって、多少、説明の仕方が違うのですが、人には不生不滅の仏性がある。つまり、その人には宇宙生命があるということです。ティラノサウルス教はどういう教えなんですか。」
「ティラノサウルスという神がいるという信仰である。昔、この惑星にティラノサウルスという恐竜がいた。肉食で最強とされている。強さこそ、この宇宙の意志というわけで、このティラノサウルスは神として尊崇された。
宇宙には、生きる意志がある。その意志は強さに現われている。だからこそ、ティラノサウルスは恐竜の神さまになり、この恐竜が絶滅して、さらに偉大な神様になり、ティラノサウルス教という教えにまでなった。そういう信仰をヒットリーラは持っている。虎族はこのティラノサウルスという恐竜の子孫ということになっている。」
「おかしいな。トラ族は虎という哺乳類から進化したと聞いている。それに、恐竜は絶滅したのに、子孫というのはおかしい」
「確かにね。科学的には、虎という哺乳類から進化したのである。しかし、ヒットリーラは強いのが好きなのさ。虎よりもティラノサウルスの方がはるかに強い。それで、彼はそういう信仰にのめりこんだ。国民もそれを強制されている。その点、猫族としての人間は弱さの象徴ということで、ヒットリーラからすると、面白くないというわけさ。無知というのは恐ろしいものだ。それから、魔界から、入ってきた恐ろしい価値観という説もある」と、その猫の匂いのするネコールという男は言って、沈黙しそれからコーヒーを飲んだ。吾輩もコーヒーを飲んだが、ふとキリマンジェロの味がすると思った。コーヒーを持ってきた男を思い浮かべた。ライオンと人のミックスしたような顔だったが、悲しげなものが漂っているのが不思議だった。
「ライオン族は少数民族のようで、失業率が高い」とハルリラが言った。
ハルリラによると、ライオン族は少数で誇りが高くのんびりしていて、怠惰であるので、トラ族にとって扱いにくい人種なんだそうだ。

「地球では、我々猫族が鼠を獲物にしてきた歴史があるが、今や、猫族は卑しい鼠の子孫であるという人類とも仲良くやるように魂を磨いてきた。その高貴な猫族をヒットリーラは敵視して、ただ、強さだけを価値とするとは愚かなことだ」と吾輩は言った。
「その通りさ」と、ネコールはうなずいた。
「ヒットリーラが何でそんな考えに陥ったのか、教えてくれませんか」
「ニーチェの思想を誤解したのさ。誤解というよりは、捻じ曲げて解釈したのだから、ニーチェもいい迷惑さ。
ニーチェの考えでは、宇宙には、力への意志という「いのち」のようなものがあるということなのだろうが。それをねじまげて、宇宙には強さこそ最上という意志があり、その延長線上の金銭至上主義こそ重要というのがヒットリーラの信念となったのだろう。そうだ。そういうことに詳しいのがいる。トラーカム一家がそうだ。あそこがいい。この街角から、少し離れているが、農場を持つトラーカム一家がある。あそこの元の奥さんでトラーカムの二人の息子の母親が、あの家を出て、奇妙なことに今の大統領の奥さんにおさまっている」
「何で」
「話せば長くなる。ここはな。猫族のレジスタンスが強い所で、ゲシュタポも手出しは出来ない。
虎族の中にもいい人は沢山いる。ともかく、トラーカムもいい奴だ。それに、あそこへ行けばこの国のことがなんでも分かる。そこへ行ってみることだ」とネコールという男はそう言って、銀色の十字架のペンダントを見せて、「これを持って行け。これが仲間の印になる」と最初に、吟遊詩人に渡した。それから、男は同じペンダントをもう二つポケットから出して、我々に見せ、ハルリラに渡し、それから吾輩にもくれた。
「途中、気を付けるんだ。W迷宮街は、ヒットリーラ族のゲシュタポが出没する所だ。」

ネコールはしばらく沈黙した。吾輩とハルリラと吟遊詩人はコーヒーを飲んだ。それから、彼はポケットから黒いピストルを出して、吟遊詩人に渡そうとした。
その時、吟遊詩人は断った。「武器はいらない」
ネコールは困惑した顔をして言った。
「しかし、向こうのW迷宮街を通らないと、あの邸宅には辿りつけない。あのW迷宮街に入れば、ゲシュタポがいる。君らの仲間に、猫族がいるのだし、君は囚人服を着ている、それは簡単には脱げない、魔界の落とし物だということを俺は知っている。ゲシュタポに逮捕されると、厄介なことになるぞ。ピストルは相手の足を狙うのさ。足と手だな。別にいのちを狙うわけじゃない。俺たちレジスタンスもむやみなことはしない」
「ありがとう。好意はありがたい。それでも、吟遊詩人の武器はヴァイオリンと歌なのだ。
これで、人の心をなごませ、争いをなくす。芸術と文化こそ、争いをなくす最大の武器と、私は考える」
「そうだ。京都と奈良が第二次大戦で、爆撃されなかったのは、あそこには文化の宝庫が沢山あったからだ」と吾輩は思わずつぶやいた。
「優れた音楽を聴くということは神仏にふれることなのだ。不生不滅の生命そのものに触れる。全てのものは移ろっていくが、それをささえている不生不滅の生命そのものに触れて、人は感動する。何故なら、人も不生不滅の生命そのものが現われた生き物だからだ。」と吟遊詩人は言う。

そして、我々はネコールと別れて、カフェを出て、先を急いだ。
我々の最初歩いていた所は、Z迷宮街である。ここは綺麗な店が並び、
花壇には、大きな百合の花が咲いている。色も色々、豊富である。黄色、赤、白と。
出会う人はみんな親切である。我々が銀河鉄道の客だということを知っているからである。
   
季節は春なのであろうか。さんさんと降り注ぐ気持ちの良い日差し。
吟遊詩人はうれしそうに、至る所に「いのち」を感じると言い、歌い始めた。
  空に鳥が叫び、花が舞う
  平凡な空間の中に、神秘な宝が光る
  いのちは鳥となり、花となり、昆虫となる。
  風もいのち、永遠の昔から、いのちは海のように時に無のように遊び戯れていた。

  おお、悲しみも苦しみも花となる時がある。
  その時を待て、忍耐して待て
  嵐の海もやさしさに満ちた水面になることがある
  雪の街角も恋の季節になる時がある

  どこからともなく響いてくるヴィオロンの響き
  ああ、それは街角の人生の様々な色
  熱帯の極彩色の小鳥の声、獅子の遠吠え
  我は独りワインを飲む
  永遠の過去は映画のように、どこかの街角であるかのように
  幾たびも繰り返しいのちの花を開かせる、ああ、カラスの声


しかし、別のW迷宮街に入った途端に、奇妙な雰囲気がでてきた。同じような三階建ての茶色のビルが整然と並び、虎の彫刻が至る所にある。真ん中の道路は大理石でできていて、細い水路が道に沿って流れている。柳の大木が街路樹になって、その柳の枝が大きく下にたれ、緑の葉がゆるやかな流れの青色の水路に映っている。
町の通りを歩く人に中肉中背で、顔はどちらかというと猫に似ている顔つきの人がなんとなく、貧相な服装をしているのだが、彼らの胸に銀色のバッジがある。
バッジには、黒色で「猫族」と書いてある。
吾輩は何故かどきりとした。そして、驚いた。

猫族のビジネスマンは黄色い背広とネクタイをして、優しい目をしている。彼らはエリートである。彼らにはバッジはついていない。
宗教者は立派な服装をしてきらびやかである。彼らも、エリートである。それから、
一見して、富裕層と分かる猫族がいる。虎のように逞しく、背が高く鼻が高い。男も女も奇妙な金の帽子をかぶり、金のイアリングをし、ダイヤのネックレスをしている。
「やあい。囚人服を着ている悪い奴がいる。」と十才ぐらいの男の子が詩人に水鉄砲を使って、水をひっかけた。
詩人、川霧は微笑して、服にかかった水を手で払った。ハルリラが怒って、剣をぬこうとした。
「よしなさい。相手は子供ですよ」と詩人はハルリラの手を抑えた。
「親がそういう気持ちを持っているから、子供がああいうことをするのさ」
「どちらにしても、怒りをおさめる。それも剣の修行ではないのかな」と詩人が言うと、ハルリラは笑った。
ふと、気がつくと、洋品店の初老の豹族の主人が二人の様子を眺めていて、急に吾輩の顔を見て言った。
「ねえ。君」と言って、吾輩の手を引っ張るのだ。
「君達は銀河鉄道の客でしょ」
「そうです。寅坊です」
「寅坊さん。ここでは、服装を銀河鉄道の客であることを示す金色のを着ていた方がいい。
理由は君のような猫のような顔をしている人は『猫の悪人』と間違えられるからね。金持ちかブランドのついた職業についていると外見ではっきり分かる人は大丈夫なのだけれど。」
「間違えられると、どうなるんですか」
「ゲシュタポに見つかると、胸に変なバッヂをつけさせられる羽目になるかもしれない。最初は『猫族』とね。さらに進むと、『猫族の悪人』と書かれたバッジを胸につけさせられる」
「悪人というのが納得いかないけれど」
「さあ、それはこの国のトップが決めたことなんでね」
「差別ではありませんか」
「差別よりもっと進む気配があるから、恐ろしい。虎族の中で気をつけたい連中の見分け方を教えるよ。言葉だな。今、地球では、ブラック企業とかパワーハラスメントというのが流行っているそうじゃないか。彼らは虎の威を借る狐でね。中身は狐よ。人の心を傷つけることを平気で言う。そういう連中というのは、虎族の中でも、一番危険な奴らだ。せいぜい気をつけることですな」
確かに、禅では言葉を重視する。道元は「愛語」を重視した。ヨハネ伝にも「ことばは神なりき」という箇所がある。
吾輩はふと思い出した。
「初めに言葉があった。言葉は神と共にあつた。言葉は神であった。この言葉は初めに神と共にあった。すべてのものはこれによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。この言葉に命(いのち)があった。そしてこの命は人の光であった。」

ぞんざいに言葉を使う連中は彼の言うように、危険な連中なのかもしれない。
「とすると、美しい言葉を使う虎もいるということですかね」
「それはいる。いい心を持った虎も沢山いる。虎の威を借る狐の言葉には刃がある」
「なるほど。もう一つ聞きたいことがあるのですけど、猫の収容所があるという噂を聞いたんですけど」
「それはおいおい、分かる。それよりもさつき言った虎の顔をした狐の連中には気をつけることだよ。そういうキツネ族もけっこういて、トラ族に尾っぽを振って、猫には不親切というやからもけっこういるからね」
我々はそう言うわけで、その洋品店で、服装を銀河鉄道の客と一目で分かる金色の服に着替えた。それも一番、上質の服に。
不愉快な思いを避けるためには仕方ないことと、我々は納得した。 しかし、しばらく歩いていると、わしのような大きな魔ドリが飛び、吟遊詩人の金色の服の上にさらに又、奇妙な薄手の囚人服を着せた。これは魔法というしかない。魔法を使うハルリラが魔ドリに怒るより、驚き感心して唸ってしまっているのだから、吾輩の驚きはそれを上回るものだった。
  

【つづく】




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