ロルフィング®︎のある生活。

走る!泳ぐ!蹴る!ロルファー リョウの身体的思考の記録。

ノーシーボとプラシーボ

2015-06-06 23:09:38 | Rolfing
 プラシーボ(プラセボ)っていう言葉、聞いたことあるんじゃないかと思う。

3月と5月に顔を出させてもらってたワークショップで出てきた言葉「ノーシーボ」。
プラシーボと反対の意味らしい。

NOCEBO
PLACEBO

まあ聞いたことのあるプラシーボっていうのは、白い錠剤を渡して、頭痛に効きますよって渡して飲ませると、それが本当はただのキャンディとかでも(頭痛薬でなくても)、実際に頭痛が治ってしまうという現象です。(私の理解だとこんな感じ。多分、大丈夫なはず。)

その反対である「ノーシーボ」。

どんな場面で出てくるかっていうと、お医者さんに行ったときなんかが多いのかも。
ワークショップでは、そんな感じで説明されてた。
いわゆる「診断名」、「数字で出てくるデータ」、「レントゲン写真」、などなど。

それで頭が、『自分、病気なんだな』っていうストーリーを持つ。そのことが症状を固定させる。
そのために、よくならない。(自分のアイデンティティーの一部になっていく。)

そんな風なものを「ノーシーボ」と呼ぶらしい。
オーストラリアでは、医師は患者には、レントゲン写真を見せてはいけない決まりになっているそうだ。
それは、ノーシーボを防ぐため。

日本では、まるっきり、それの逆を行ってますね。
(まぁ、一人の医師から見たら、患者が続けて通ってくるところが収入源になるわけだから。)
それを蔓延化させる医療制度の仕組みにも何か、改善するべきところがあるんだと思いますが。


こういう現象を、「ノーシーボ」という定義付けをしてもらうと、今まで思っていたことが少し整理された気がします。

身体の中に、「頭でコントロールされたストーリーを持たないこと」=「身体で感じる、知覚すること」(perception)=「身体の叡智に任せること」みたいにつながっていくのかなぁと。

お風呂に入りながら、今日のブログの記事のことをなんとなく考えていたのですが、そのときに思い出したことがあって、ロルフィングのトレーニング中やワークショップなんかで、インストラクター達が質問に対して、割と、「I don't know.」って答える場面に出くわしたんだけれども。あの頃は、また、「I don't know.」かぁ~、何て思っていたけれど、今になって思えば、先生たち的には、大脳皮質は「I don't know.」ってことで、身体の叡智で答えをくれてたのかなぁ~、と。

(モリモリヨガ月間、継続中です。後半はアルコール抜きにしてみるとどうなるのかの実験も併せて行っています。今のところ。)

(冒頭の写真は、タイフェスで食べたマンゴカキ氷です。記事の内容とは全く関係ありません。いや、プラシーボまたはノーシーボ?)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿