きっと明日は雨のち晴れ

六甲道診療所での仕事は忙しいけど、それなりに楽しい。ちょっとくじけそうなことがあっても、雨のち晴れです

今年も台風な 萩のおやじ旅

2019-09-23 20:36:01 | 旅行記

この土日 特にだれからも電話はありませんでした。
土曜日の片づけを土曜日にはほとんどできてないまま、日曜日の朝に早起き。
カルテ整理と、洗濯物、胃がん検診の画像選択してから、新幹線に飛び乗り
というほどではないですが、ゆるりと新山口駅に到着。台風がちがづいている方向にむかって、
でしたが、目的地は萩ですが、雨が降っている日曜日のうちに途中の 秋芳洞で。

駐車場からさびれた商店街をとおっていくだけで、傘をさしてても脚がびしょぬれでしたが、
涼しい入り口についてから、すべらんように、鍾乳洞内にはいって、
予想以上に深い洞窟パワースポット堪能。なかを流れる水量はそうとうなもの、、

そのあと、萩にはいって、海べりの海産物の道の駅で、昼飯たべて、
昼からはやはり屋内施設選択といことで、萩博物館で、萩の歴史勉強、
そもそもの日本列島ができる火山活動の時期から三角州の歯鼻の町のでき方
を勉強、、「ブラタモリ」」でみたそのものでした。

旅館の多い萩では数少ないビジネスホテルにとまり、窓をゆらす暴風雨の夜を熟睡ですごし、
翌朝はもう台風一過かと期待しながらも、傘がてばなせない「松蔭神社」、
さらには 世界遺産の「反射炉」なる、遺跡をみながら構造をおさらい、、

そのあとは、ガイドブックなどにも、のっている、「光圀本店」
印象的なお名前、、、いつも三好さんとこに往診にいったら、
夕方4時ごろは、助さん格さんのご老公の初代の番組やっていますが、
その光圀とは関係なるのかああ、、と思いながら、

地味な間口の「本店」、、なんの店かというと 夏みかんンお菓子のお店です
職員のみんなには、ここでお土産と決めて、
張り込んだというほどのものではありませんが、ご賞味あれ


この箱入りセットを注文すると、「少々おまちください、、」を奥の方にひっこんでしまって、
しばらくでてこない、、これは、奥で、箱詰めしてるんやなあと思いながら、最後に尋ねてみた
「この光圀さんというのはどういういわれがあるんですか?」「水戸の光圀さんとは関係あるのでしょうか」
答えは「光圀はただの苗字です」「黄門様とはいっさい関係ございません」ということでした。
ということで、そこからは、帰り道に
そこまで雨はやみませんでした。

帰りは、道の駅 萩往還のダイニング玄で昼食。
これも、ガイドブック掲載。
 名物は見蘭牛のハンバーグ


それも、朝ご飯から時間がたってないけど、「極~きわみ」をチョイスしてしまいました。
 分厚さが半端ではない まるでラグビーボールやなあと、つぶやきながら、
たべたあと、隣のお土産屋さんで、この冷凍ハンバーブ 「究極の黒」を購入、
ウインナーと、萩カモボコかって、晩御飯の足しにして、
あとは萩焼の小鉢とお皿をかって、
またまた、お山の食器が一人暮らしなのに豊富になってきました。

 というようなことで、今年もおやじ旅は終わり、
青空が広がりかけている、帰りの「さくら」のグリーン車の中で、
この、大した内容もない、旅行記をかいてしまい。
夕方4時ごろに診療所についてからは、もう一息お仕事しあげないといけません。




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還暦ワンゲル同窓会ありがとうございました

2019-09-16 20:30:56 | 旅行記
6人参加のワンゲル還暦旅で、本格的ではぜんぜんない、山登りのさわりぐらいのツアー
 6人のうち4人は土曜日の朝から出発して、松本城あたりを散策して、、たみたい
外来してから、夕方6時についた2人がぎりぎり夕食に間に合いました。
ついたとたんに、お城クイズをだされて、日本の国宝の城は?ということでしたが、
なぜか、お城めぐりをしてきたような私は、 
彦根城、犬山城、そして、去年いった松山城ではなく松江城、
もちろん、姫路城、、さてもう一つはは、、というくらいで、
黒がはえる松本城なわけですが、わりとスイスイ答えて感心されたかな?
日本最古の再建木造建築の城はと聞き返してませんが、それは郡上八幡城なんですな

大阪城のエレベーターをさげすんだ安倍は顰蹙でしたが、
地震の前にいった熊本城や、小倉城や、彦根城、岐阜城などもいきましたが、
ほぼほぼ中はコンクリートの歴史展示場で興ざめではありましたが、、

ということでその翌朝は、歩いての山登りではなく、
レンタカー2台の分乗で山登り。私は、運転遠慮、、
 どうしてかって、これは、鹿児島でも苦労したのですが、
輸入車は 右ハンドルでも、ウインカーが左で、ワイパーが右なんです。
それゆえ、右折左折するたびに、ワイパーをうごしていることになるので、
その癖はすぐには解消されそうにないために、おまかせ後席で遠慮。
そのまま、標高1600mくらいの霧ケ峰、されに1800mの車山、 
20年ほど前に、家族で蓼科あたりにいったときによったこともあるのですが、
このときは運よく、360度快晴で、富士山、八ヶ岳、南アルプス、中央、北アルプス全部見渡せたんですが、
今回は、天気はよくても、全部に雲がかかって、、残念、、
そのあと、百名山の1つのカウントする、これまでいったことのない、美ヶ原へ。

自然保護区の中 標高2000mの高い高原地帯、牛が一杯放牧されえいる中をあるいて、
頂上がどこからわからないぐらいのてっぺんに 
むかしは「小屋」とか「ヒュッテ」などと呼ばれていた、
今は「ホテル」という呼んで間違いない「王ヶ頭ホテル」(おうがとう)
こんな百名山の頂上のホテルで、お湯をジャンジャン流せる大浴場、家族風呂など、
ほぼほぼ下界の今風のホテルと同様は設備はありえないとしか思えない昭和の考えかたか、、、
手洗いのところには「3km先から水をひいている」とかいてある。
上水はいいけど、排水はどうなんと思ってしまいますな
そこで、夕食、、槍穂


(このときちょうど奥方は為水さんと 槍ヶ岳をめざしていた・・・(^^;)や、
乗鞍、木曽駒の方に沈む夕日を眺めながらの特等席で会食。
私はあいかわらずビールでしたが、みんなはワインを次々たのんでいた、、、
そのとき、電話、、、、「ありゃああああ」ということで
でてみたら、、、「せんせい・・・お元気?」となんかいつもの調子というか、、
なれなれしい口ぶりで、、声だけでわかる桂子さん、、
「なんの電話?」「今は豊中にいってるんちゃうん」「「ようしってるやん」
「そりゃきいてるよ」「いったいなんのようなんや」と会話してるうちに、
それを周囲できいているみんなは ばかうけ、、、
「せんせい、そこにだれかおるん?」「そうそう、ええ人と食事中なんや」「あらそう、、」
と本題にはなかなかいかず、
「デパスが欲しいんやけど、今のところは追加でもらわれへんのでこまってるの・・」
 「それを私にいうのは筋違いやないかいな」
・・・・周囲は、だれと話してるんや と怪訝な、でも大笑い
 「そんなんなあ、私に電話してきてもどないもできへんで、筋違い、、、!!!」
「追加でのんでもいいとは思うけど、私が言ったって意味がない、、
そこの先生にきいてよ・・・もう、きるで・・」ということで終わりました。
おまんはどんな人も相手に仕事してるんかいな というようなみられてるなあ
 夜のスライドショーやら、ほぼほぼ見えない星の観察ツアーもお付き合いして、
いつもなら考えられない夜更かし

まあ、それ以降はだれからも電話なく、
16日は みんなは、夕方まで後立山方面にでかける企画でしたが、
その前に、松本駅におろしてもらって、昼過ぎの新神戸に戻ってまいりました。

まあ、付き合いの悪い自分としては、まあ、みんなの足手まといにならずには済んだかなと
思うのですが、次は還暦+5年後ということですが、
そのころはどんな働き方をしているか?
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萎縮のない胃だからこそ、気合い

2019-08-26 20:08:18 | 診療
お盆の休みも、ほぼ、診療所にいりびたり
午前9時前くらいになると、じゃんじゃん電話がかかり、事務長さんは大変やなあとおもいながら
いつものように、5時45分の目覚ましでおきて、6時ごろに下山して、
掃除のおばさんはいない診療所にセコムあけて、入るのが6時半ごろ

資料整理にアップアップしながらも、読めていない、医事新報の特集がいっぱいたまりながらも
お勉強の毎日

今カルテ番号は25000をこえていますが、1番の方も元気に通院されています
3桁の患者さんというのは、たぶん、1992年に初診でこられた患者さんです。
その中のおひとりが、先日、初めての胃カメラで胃がんでした。
検査はしていませんが、おそらく、ピロリ陰性胃がん

その前に、除菌後胃がんの話題で、
たくさんの除菌患者さんが、しっかり除菌した後の毎年の胃カメラをしているかが気になりながらも
除菌成功したときの説明の際に、、
「除菌成功した方にとって、毎年の胃カメラがたいへん大事」だというパンフレットを
つくって、わたすようにしました。

先日の分化型の方もふくめて、神鋼病院に集中してしまいました。

その前の、MALTリンパ腫の方は中央市民病院でしたが、
なんとか、内視鏡的切除できりぬけれる胃がんを発見するのが
使命とはおもっているのですが、
日々精進です
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今年もたやすく踊れませんでした

2019-08-03 20:51:20 | 日記
今年で7回目の日本三大盆踊りの 郡上おどりに
診療所にもどって、今週の所長通信 雨のち晴れに掲載するはずの文章が、
かけずに、お蔵入りになりそうですが、ここで披露
・・・・・

今年も 大黒屋さんで、1年分の山での たまり醤油を仕入れてきました。
500mLプラボトル2本で大体 1年でなくなります。これって塩分摂りすぎやろか?

そして、朴葉みそ各種で8食分 これも塩分おおいよね
以前、三宮の国際会館の地下の雑貨屋さんでいい醤油さしをかったのですが、
それにいつも、このたまり醤油をこわけして、お刺身などをたべて、飲みすぎてる山籠もり生活ですが、 

郡上踊りには今年で7回目で、今回のお宿「備前屋」さん3回目
なかなかなお料理で、8時半ぐらいからの踊りのまえに、
風呂もはいって、夕食も堪能してという順番
アユの塩焼き 山でも鮎の塩焼きはよくするのですが、まあ、ここまで塩はつけないかな?
といっても、食べないヒレや尾っぽが焼けこげないように塩をまぶしているだけで、そこはたべないよね
そのほかに揚げ物、煮物、ソーメンまでついていて、横には定番の飛騨牛の甘醤油だしで煮たのがでるのですが、
これはあまり好物といえるものではありません。
いつぞやの年に、高宮さんが教えてくれた帯の結び方、、
「貝の口」なるものを今回は 動画みながら着替えていたときに、


なにやら、淡路の洲本に養子にいった弟から着信!!!!!!!!!!!!
かけなおすと、ばあちゃんが日が暮れてから、買い物にいったらしくその道で、転倒して警察沙汰になっているという
なぜか、淡路にいる弟に連絡が先にいって、そっちへ向かっているという電話。神戸にいるはずの兄に電話したけど、
「ちょっとかけつけれるところにはおらんのです」と平謝り
「どこに行っとるんや」とは聞かれませんでしたが、

そのあとに、その夜の郡上踊り会場にむかって、おどりはじめていたもので、
その合間の電話のやりとりもありながら、周囲からは電話の声も聴きとれないくらいな 
歌とお囃子で、どんなとこにいってるんかは、なんとはなく丸わかりだったでしょうな


結局、ばあちゃんは、一人で家においててもいいような状態だということで、
弟も自宅にもどることになり、途中中断しながら、も8時半から、11時までのその夜の踊りは最後まで、
なんとなく、気苦労ばかりで、のりきれませんでしたが、
かえって、いつもほどに体力を消耗しきらずに、お宿にかえりました。


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試される 文章力 

2019-07-04 21:58:14 | 健康・病気

風疹ワクチンの定期接種 5期が開始にあたって、
原稿依頼あり、、、ました。
遥かなる甲子園の文章をかくことはきまってましたが、、、コミック本の表紙はスペースの都合で割愛されてしまいました
今回は、それも掲載
医師会の広報誌にも、風疹ワクチンの話はでていましたが、
まあ、ちょっとは違うものにできあがったでしょうか
国語苦手だった、若かりしころ、の苦い思い出も、今は昔



●これも、沖縄の苦悩
 六甲道診療所には狭いながら小児のプレイルームがあり、書棚に「遥かなる甲子園」というコミック本を置いています。

 米国で風疹が流行した一九六四年に遅れること半年、米国占領下の沖縄で風疹が流行し、翌年四百八人の先天性風疹児が生まれました。その大半が難聴児で、中学になる一九七八年、聾学校中等部が開校し、高校卒業までの六年限定の学校が北城聾学校です。野球部ができ、高校野球大会に出るべく県高校野球連盟に申請し、三年次の一九八三年にやっと許可がおり、県予選出場を果たしました。その苦難と苦闘の歴史を六年間の取材を通して描いた、戸部良也氏によるノンフィクション、そして、それを元に山本おさむ氏によるフィクション漫画がこの本です。





●先天性風疹症候群の不安
発熱と発疹が長引き、肺炎など重症化して命にかかわることもある麻疹(はしか)が「命定め」といわれるほどに怖れられるのに比べ、風疹の症状経過は比較的軽く「三日ばしか」とよばれる所以でもあります。しかし、妊娠初期に風疹にかかると、胎児の形態形成に影響し、出生児に感音性難聴、眼の障害(白内障、緑内障)、心臓疾患を三大症状とする「先天性風疹症候群」(以下CRS)が発生します。

●ワクチンの歴史
 風疹ウイルスが発見されたのは一九六二年、ワクチンが開発され、接種対象の議論があり、男女全幼児に接種する米国方式ではなく、女子中学生のみに接種する方式を日本は採用し、集団接種が始まったのは一九七七年でした。しかし、流行の中心である小児が対象ではなかったため、大体五年おきに大流行をくりかえしました。 風疹が流行するとCRS患児の発生を怖れて人工妊娠中絶が増加するという不幸な歴史を繰り返してきたわけです。
(図は 国立感染症研究所HPから)


一九九五年からは男女幼児への「個別接種」 中学生男女も時限措置として接種
二〇〇六年からMR(麻疹風疹混合)ワクチンを 一歳と六歳に二回接種制度開始
二〇〇八年~一三年の五年間 中学一年と高校三年で接種する措置制度で接種機会を増やしました。



●排除・根絶を
集団接種から個別接種になったことにより、接種率は低下したものの、従来からの全国的な流行はなくなり、CRS発症も二〇〇〇年以降は年間ゼロの年が多くなってきました。
しかし、免疫不十分な世代の局地的な発生はその後も続きます。
神戸市は独自制度として妊娠可能な女性および同居者にワクチン接種助成を数年前より開始しています。
さらに、今年度は 女子中学生集団接種時代に接種できていない男性対象に抗体価検査とワクチン接種を無料で実施する制度が全国で始まりました。
 かつては麻疹輸出国と揶揄された日本が 麻疹の排除・根絶ができたように、CRS発生の不安をゼロにするには 唯一の予防手段としてのワクチン接種率向上をはかり、風疹の排除・根絶をめざしたいものです
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