六川亨のフットボール覚書

フットボールジャーナリスト、六川亨がディープなサッカーファンに贈る、取材の裏側、覚えておきたい話など

オフサイド・ガールズ

2007年06月13日 20時06分11秒 | Weblog
 アリ・ダエイといえば、サッカーファンなら誰もが知っているスーパースターだろう。イランが生んだ不世出のストライカーで、イラン代表として国際Aマッチ109得点は世界記録でもある。もう38歳を過ぎた大ベテランながら、先月末に監督兼選手として所属するサイパFCで、自ら決勝ゴールを決めてイラン・リーグ優勝を達成。その後、長い現役生活に別れを告げるべく、選手からの引退を表明した。

 アリ・ダエイといえば、93年の米国W杯最終予選、いわゆる「ドーハ(カタール)の悲劇」では、初戦でサウジと引き分けた日本に対し、2戦目で早くも土をつけた憎き相手でもある。終盤にゴン中山が角度のないところから執念の1点を返したものの、ダエイに奪われた2点目が重くのしかかり、日本は崖っぷちに追い込まれたのだった。

 そしてアリ・ダエイといえば、94年広島アジア大会は負傷して日本での入院生活を余儀なくされたものの、96年のアジア・カップで見事に復活。翌年のフランスW杯予選第3代表決定戦、いわゆる「ジョホールバル(マレーシア)の歓喜」では再び日本の前に立ちふさがる。一時はリードを奪う勝ち越し点を決めて日本を奈落の底に落とした張本人だ。

 前置きが少々長くなってしまったようだ。アリ・ダエイだけでなく、日本のサッカーファンにとってイラン代表選手は馴染み深いのではないだろうか。アリ・カリミ、マハダビキア、アジジ、ハシュミアン、ザンディ、ネクナム(一時はネコウナムとも言われた)などなど、ライバルたちの名前とプレーは今も鮮明に蘇ってくる。

 思えば90年代中期から00年代初頭にかけて、日本には多くの名選手が出現した。そしてそれは、イランや韓国も同じだったのではないだろうか。一時代を築けたからこそ、W杯に出場できた日本であり韓国であり、イランだったはずだ。

 といったところで、本題に入ろう。先日、「オフサイド・ガールズ」というイラン映画を見てきた。シャファル・パナヒ監督による06年製作の作品だ。第56回ベルリン国際映画祭審査員特別賞銀熊賞受賞や、リュブリャナ国際映画祭アムネスティ・インターナショナル最優秀作品賞受賞、そして第7回東京フィルメックス(観客賞)を受賞している名作でもある。

 実はこの作品、昨年の11月、有楽町のマリオンで開催された東京フィルメックスの試写会ですでに鑑賞していた。僕自身、舞台となったイランはテヘランにあるアザディ・スタジアムは、ドイツW杯予選のイラン対日本戦を取材するために訪れていたので、懐かしくもあり個人的な思い入れもあって、とある携帯サイトの原稿で紹介した経緯がある。

 当時は劇場公開が決まっていなかったため、サッカーファンならDVDを購入してでも観ることをお勧めしたいと紹介したものだ。今回は「オフサイド・ガールズ(原題は「オフサイド」)」と改題され、8月下旬に「シネシャンテ」で公開される。サッカーファンなら、こんな女性ファンが海外にもいることを是非とも知ってもらいたい名作に仕上がっているので再度紹介したい。

 物語のストーリーは単純だ。スタジアムでの試合観戦が禁止されている(近年になって解禁され、男女別の席で観戦できるらしい)イランの女性サポーターが、サッカーが好きでイラン代表のW杯出場の瞬間を見たいがために、男装してでも何とかドイツW杯最終予選のイラン対バーレーン戦を観戦しようと奮闘する物語だ。

 会場は日本戦でも使用された12万人の収容を誇るアザディ・スタジアム(懐かしい~。写真は日本戦の取材時に撮影したもの)。ダフ屋から高額のチケットを買った主人公だが、身体検査を拒否したために見つかり、スタジアム最上階にある通路に設置された簡易柵の中に隔離されてしまう。そこにはスタジアムに紛れ込んでいたものの、見つかった少女たちが次々と集められた。壁の向こうでは試合の歓声が沸きあがっている。5人の少女たちは見張りの兵士に実況中継を要求したり、なぜイラン対日本戦では日本人女性が試合を観戦できるのに、イラン人女性は入れないのかと兵士に詰め寄ったりする。

 途中でトイレに行くと言って脱走に成功した少女もいたが、兵士が罰を受けることになるため戻ってきたり、軍服姿で偽装した少女は軍法会議にかけられることを知り泣いてしまったりといったエピソードが散りばめられ、ドラマはクライマックスへと向かう。

 試合終盤に差し掛かり、ワンボックスカーで兵舎へと移送される5人の少女と、爆竹を使って逮捕された悪ガキ1人。6人一行の乗った車がテヘラン市の中心街に差し掛かったところで、試合はタイムアップを迎え、イランはバーレーンを下しドイツW杯の出場が決まった。道路にはイラン国旗を掲げて箱乗りする車が溢れ、クラクションが鳴り止まない。イランの勝利に主人公である女性はついに堪えきれずに泣いてしまった。

 ここで、パナヒ監督のインタビューをパンフレットから引用しよう。「98年のW杯予選でイランは日本と対戦しました。この試合はおよそ11万人もの人々が詰め掛けるという超満員でした。試合終了後、スタジアムの外では軍隊のヘリコプターが出動し、観衆が近づけないように兵士たちが周りを取り囲んでいたのですが、兵士と観客の間で揉み合いが始まり、何人かが大勢の人々の下敷きになりました。7人が死亡し多くの怪我人を出しました。報道された写真には6人しか写っていませんでした。そこで7人目の犠牲者は女性だったのではないか?という噂が飛び交ったのです。(中略)この女性は男装をしてスタジアムに潜り込んだため、発表されなかった可能性が高いと思っています」

 悪ガキから花火を7本もらい、火を灯して冥福を祈る主人公。そういえば、映画に登場するキャラクターには個人を特定する名前が一切登場しない。これも女性に対して規制の厳しいイラン映画ならではの手法なのかもしれない(無知で済みません)。イランが2大会ぶりのドイツW杯出場を決め、改めてイラン対日本戦を偲ぶ主人公の少女を尻目に、悪ガキは調子に乗って車中に爆竹を放ったためパニック状態。そして、街路にあふれ出た観衆と爆竹による騒動で身動きのとれなくなった護送車にいた彼女たちは……。

 80年代前半に公開されたシルベスター・スタローン主演のサッカー映画「勝利への脱出(ペレ、アルディレス、ボビー・ムーアらスーパースターが競演)」に似た、爽快感を伴ったラストシーンと記しておこう。もちろんお楽しみは、劇場でご覧下さい!




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