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髪、体づくり…草笛光子さんの素敵に年齢を重ねる秘訣

2021-12-17 12:00:00 | 日記

ハルメクWeb様のホームページより下記の記事をお借りして紹介します。(コピー)です。

 

87歳の今も俳優として第一線で活躍する・草笛光子(くさぶえ・みつこ)さん。草笛さんのハツラツとした姿と言葉から、きれいに生きるヒントを学ぶ特集です。2018年3月のインタビューから、第5回は素敵に年齢を重ねる秘訣をお届けします。

目次

  1. 80代になっても仕事の第一線で走り続ける
  2. 「この先どう老いるか」悩んでもわからないことは考えない
  3. パッと逝けるように筋力・体力を鍛えています
  4. 草笛光子さんのプロフィール
  5. 2021年10月公開映画「老後の資金がありません!」に出演

80代になっても仕事の第一線で走り続ける

70代を前に染めることをやめたという美しい白髪に、毎日、日焼け止めを欠かさない白い肌。軽やかな身のこなしでインタビューの場所に現れた草笛光子さんの美しいこと! それでいて、開口一番「お待たせいたしました。この年になると、道路工事(メイク)が多いものですから」といたずらっぽく笑う、キュートなお茶目さがあります。

「2017年秋に、84歳になりました。この頃は、仕事のどこの現場へ行っても最高齢。若い役者さんからは、『おっ母』『おばば様』なんて呼ばれています。それで調子に乗って、偉そうにするわけにもいきませんし、頼れる年上の人がいなくなってきた怖さというか、責任感が重くのしかかってくることもありますね。

でも長く生きてしまったのはしょうがないですから、最高齢という席に、なるべく慣れようとしているところです」

70代、80代と年を重ねてなお、現役バリバリで仕事をしている草笛さん。舞台「ロスト・イン・ヨンカーズ」(2013年)では、80歳にして紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。NHK大河ドラマ「真田丸」(2016年)では真田家をまとめる「ばば様」の熱演が話題に。ライフワークといえる舞台「6週間のダンスレッスン」も再演されるなど、スケジュールがぎっしりっです。2018年4月には、映画「ばぁちゃんロード」で主役を演じました。

映画で草笛さんが演じたのは、脚をけがして、施設で暮らすキヨ。結婚を間近に控えた孫娘と二人でバージンロードを歩くため、懸命にリハビリに励む中で、閉ざした心が少しずつ変化していく物語です。老年の孤独、人に求められる喜び、そして世代を超えた家族の絆が、じんと胸に迫ってきます。

「私には孫がいませんが、私自身がおばあちゃん子でした。母は16歳で私を産んだので、『子どもが子どもを産んだようなもの』と、3人の祖父母が競って私を育ててくれたんです。老人に育てられた子は『三文安い』って言うでしょ。私は3人に甘やかされたから九文安い。だから今も、ぼんやりしてるのね」

「この先どう老いるか」悩んでもわからないことは考えない

映画の中で、キヨは家族に迷惑をかけまいと、自ら施設に入居します。この選択を、草笛さんはどう思われたのでしょう。

「私の母は2009年に92歳で亡くなったのですが、晩年、認知症を患って、『もう帰る』と言っては家から勝手に出て行ってしまうので困りました。母を追いかけて、連れ戻したこともあったし、『ああ、私もいつかこうなるかも』という思いはずっとあります。

母は最後、弟と妹が決めた施設に入りました。私には子どもも旦那もいないし、もし今倒れて介護を受けることになったら、どうしようかと考えると、ぞっとしますね。

ただ、この先どう老いるかは、悩んでもわからないことだし、悩み過ぎると病を呼び込んでしまいそうだから、まだあまり考えないようにしています」

パッと逝けるように筋力・体力を鍛えています

「昔は着たことがなかった赤、ピンク、オレンジなど、この髪色になってから、いろいろな色が使えるようになってうれしいですね」と語る草笛さん

そう語る一方で、「私が日々トレーニングをしているのは、人に迷惑をかけないため、パッと逝くためなんです」と草笛さん。

10年ほど前から、週1回、自宅で2時間ほどのパーソナルトレーニングを受け、筋トレや“体の軸”を整える運動をしている他、日課として朝晩のストレッチや腹筋運動も欠かしません。

「私のトレーナーや年下の男友達が言うには、日々『倒れまい、倒れまい』と、筋力・体力を鍛えておくと、あるところでパタッと逝けるんですって。もし筋力・体力が衰えて、早めに私が倒れちゃうと、長く寝込むことになって、みんなが迷惑するでしょう。

私の場合、入院でもしようものなら、『おいしいものを持ってきて』とか、うるさいことばっかり言うでしょうから(笑)。だからパッと逝けるように、日々訓練しているわけです」

ウィットを効かせながらも、真剣なまなざしでこう話す草笛さん。訓練の甲斐あって、いつもはつらつとして見えますが、2016年は脊椎の圧迫骨折を経験しました。

「骨折に気付いたのは舞台の稽古中。コルセットをして何とかやり抜き、1年ほどで回復しました。私はトレーニング中、いつも体と対話しているんです。今回も『治りたい』という体の声を聞いて、ケアしたことがよかったのかなと思います」

体との対話に加え、草笛さんが日々の習慣にしているのが、自分の心との対話です。

「私は、いつも亡くなった母に語りかけているんです。『お母さん、どっちがいいと思う?』とか『今日はあれでよかったよね』とか。それが自分の心との対話であり、反省でもあるわけです。

『きれいに生きましょう』というのが、母と誓った約束。きれいというのは、外見のことじゃないですよ。何があっても、人を押しのけたり、傷つけたり、汚い生き方はしないということ。

きれいじゃないなと思ったら、すぐブレーキをかけます。この先、自分がどう老いるかわからないけれど、最後まできれいな生き方を貫きたいですね」

草笛光子さんのプロフィール

くさぶえ・みつこ 1933(昭和8)年、神奈川県生まれ。50年松竹歌劇団に入団。53年に映画デビュー。日本ミュージカル界の草分け的存在で「ラ・マンチャの男」「シカゴ」などの日本初演に参加。その演技が認められ、芸術祭賞、紀伊國屋演劇賞個人賞、毎日芸術賞など受賞多数。99年に紫綬褒章、2005年に旭日小綬章を受章。



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