「ニャ?(ハンス、一体どうしたの?)」
「チュウウッ(見て驚くなよっ、コレが仕掛けとなって・・・っと!!)」
灰色ネズミのハンスを近衛騎士ライさんに自己紹介した後、私達は謁見の間にある玉座を丸く囲んでうろついていた。
玉座の後ろにハンスがチョロチョロと走り、イスの背中部分に隠された突起物目掛け、自分の手で押してみる。「ポチッ」と音がするかと思うと、下部に位置する人間が国王を敬い窺うであろう場所の、広い面積の床が反応して少しづつ横にずれ出した。
ズズズ・・・ン・・・!
「・・・」
「チュウ、チュウ!!(やりぃ!やっぱりコレが入口のスイッチだったんだ!!)」
「ニャア、ニャア(良かったね!)」
「驚いたな、こんな人の目に触れそうで触れられない場所に階段を設置してるとは」
絶句しているライさんの背中を猫の手で押しやると、獣と人間を合わせた四人一同は、薄暗い階段を下りだす。
階段に入った後、自動的に床が動いて出入り口を塞がれた。その近辺を探ると壁側にボタンがある。多分これが開閉するための仕掛けなんだろう。
暗闇の中、光を灯す魔法「アースホール」を唱えて貰い、地下階段を下る獣と人間はやや疲れ気味のライさんに、聞きたがっている事を少しずつ説明しながら進みだす。
人間が四人くらい並んでも余裕がある階段自体は、特に何の仕掛けも無く、壁に手をやり歩けば転げ落ちる事もない。石造りの頑強な壁が、ひび割れ等も無く何メートル先も続いていた。
「何から説明を求めたら良いのか、自分でも理解に苦しむよ・・・」
「ハンスが言うには、これから“絶魔の牢獄”という場所で魔族を見る事が出来ると言って来たんだ。だからオレとリオも、聞いた事しか知らない」
「謁見の間に、しかも玉座の後ろなんて誰も触れないボタンなんか、陛下にしか触る事しか出来ない! ・・・誰の目にも触れさせない様に造られた階段なんて、かなり極秘とされている物か、情報を最深部に隠しているに決まってる!!」
いつもの能天気さは無く声を荒げるライさんに、私達は仰天した。
ライさんの肩に乗っかってるハンスは、今にもずれ落ちそうだ。先頭を歩くいつもと様子が違うライさんに、恐る恐る声を掛ける。
「ニャ、ニャア(ラ、ライさん・・・?)」
「僕が探っている事を、もし陛下に知られたら降格どころじゃ済まない。殺されるかもしれないよ・・・」
「幾らなんでも悪い方に考えすぎじゃないか? あの国王がそんな事でお前を罰する事など考え付かないが・・・」
「陛下は優しいよ、“普段”はね。でも怒らせるとエヴァディス宰相より怖いんだ」
下を俯き、ポツリポツリと呟くライさん。
王様の“怖い”様子・・・出来れば私だって見たくない。いかにもその形相を見た事があると、疑わせるような物の言い用に過去に何かがあったのだろうか。
「・・・乗り掛かった船だ。その“牢獄”とやらに、最後迄付き合うよ」
顔を上げ、覚悟を決めたライさんは真っ直ぐに前を睨み付ける。大丈夫だライさん、私達獣三匹が味方するよ!!うん、善処する・・・と思う。
階段を全て降り、そんなに長く無い距離を歩くと最深部らしき場所に辿り着いた。
閉ざされた扉は少し錆びついてるが、頑強に出来た分厚い造りに一同固唾を飲む。この中に何があるのか、やっぱり皆気になるようだ。
「・・・引き返すなら今の内だけど、皆良いかい?」
「ニャ、ニャアアッ(も、勿論でゴザイまする!!)」
「チュウ、チュウウ(オ、オイラもっ!男に異論は無い!!)」
「オレ達皆この先の“牢獄”とやらに興味があるんだ。今更引き返す事なんか出来ない。危険な事があったとしても、リオだけは命を懸けて守り通す」
喉を優しく撫でられて、頬ずりしてくるガウラ。嬉しいけど、出来れば自分の命も大切にして欲しい。心配して見上げると大丈夫だと諭された。
それを聞いたハンスは「オイラはっ?」と慌てて聞き返し、余裕があればお前も守ると答えを返すガウラだった。
****
ライさんが取っ手を握り、鈍い音を立てて扉は中へと開き出す。
開けた先は、縦に細長く道が伸びており左右に三つ、計六部屋の鉄の棒を取り付けられた牢屋が造られていた。区切られた壁にそれぞれランプが灯され、中の様子がよく分かる。私達は一歩一歩確かめる様に進みだした。
一番奥の部屋の牢屋に辿り着くと、左側の牢屋によく見知った人物二人が牢屋の中に佇んでいた。
王様と宰相エヴァディスさんだ。
エヴァディスさんは昼間見た時と同じ上下白い服装で、逆に王様は煌びやかさを一切失くした、上下真っ黒い、動きやすさを重視した服を着込んでいた。昨日、今日と傍に居た王様の守護獣ディルは、今は何処にも居ない。もう帰っちゃったのだろうか?
「ニャ、ニャアアアッ(王様!!)」
「ん? リオか、どうやって此処まで来た?・・・守護獣ガウラ、近衛騎士ライウッド、肩の上に鼠まで乗っけて、こんな夜更けにどこかに遊びにでも行くのか」
私達の方を振り向く王様の顔は、いつもと変わらぬ飄々(ひょうひょう)とした顔だ。
だけど、何時もは鞭しか持って無いのに、今日は腰に剣まで所持している。言うなれば、何処か違和感を拭えない。
「・・・っすみません陛下!僕、隠し階段を見て、どうしてもその先を見たくてここまで来てしまったんです」
「その事についてはオレ達が悪いんだ。嫌がるライウッドに無理矢理ついて来て貰った。
責任は「だから何だ?」・・・!」
牢を隔てた内側に居る王様に跪き頭を下げ、許しを乞うライさんは物凄く震えている。
ライさんをフォローし、ガウラの発言を遮る王様は見掛けはいつも通り。なのに目もとや迫力が今迄と全然違うんだ・・・この感じは、私と初めて会った時と少し似ている?
「陛下、ご無礼を承知の上で私からもお願い申し上げます。
“フリージア姫”の専属近衛騎士に免じて、どうかライウッドの処罰を不問にして頂きたい!」
それまで動きが無かったエヴァディスさんが、ライさんに倣(なら)って片膝をつく。
フリージアちゃんの名前が出ると、王様の眉がピクリと動き溜息を吐いた。
「・・・分かった、今迄の功績に免じ“処罰”は不問とする。フリージアに文句を延々と言われるのは嫌だからな。近衛騎士ライウッド、今まで通りフリージアの専属騎士として職務に励め」
「はっ、はい、陛下の温情、有り難く思います!!」
「有難う御座います、陛下」
「ライウッドは私よりもエヴァディスに感謝しろ。職務怠慢、王族の私有室に許可なく侵入した二つの重罰を不問にするのだからな」
王様は未だ跪くエヴァディスさんを立たせて、ライさんを見やる。
力無くライさんは、エヴァディスさんを見た。宰相さんも答える様にそれに頷く。やっぱり宰相さんは心底怖い人じゃ無かったんだ・・・
「ところでリオ達は何でこの“牢獄”の存在を知っている?」
こちらを向き直した王様は、腕を組んで喋り出す。
ガウラに強くしがみ付くと、優しく背を撫でられた。
「オレ達はこの場所で魔族が現れると聞き、ここまでやって来ただけだ。他意は無い」
「・・・まぁ、こんな地下まで来て帰れなんか言えないしな。しょうがないからお前達も見て行け」
「・・・っ陛下、よろしいんですか」
「構わん。リオも“魔族”は初めて見るんだろう? 見ていっていいぞ」
「ニャ、」
「但し、その場面を見て気分を害しても責任は取れんからな」
私の固まった顔を見て王様はクッと笑い、鉄の棒の間から腕を伸ばし、私の鼻をピンッと弾く。フギャッと声を出して痛みに悶絶していると、ガウラが鋭く睨みつけた。
「さて、エヴァディス。もう二時間(リコク)は経ったろう?そろそろ例の魔族とやらを解き放ってくれないか?」
「御意!では、部屋の中央へ行かせて頂きます」
広々とした牢屋の中でゆっくりと歩くエヴァディスさんは、柄の真ん中に朱い宝石の付いたプラチナの剣を抜き言い放つ。
「縛朱壁―アンチウォール―、解除!」
*****
朱い牢獄が部屋一杯現れ、カッと光が溢れ出した後、気だるい様子の二人の魔族が現れた。その髪は黒く、尖った長い耳と紫の瞳と、紅い瞳に一同釘付けになる。
「・・・よくも俺達を長い事閉じ込めてくれたな。舐めた真似しやがって」
床にだらしなく寝そべり、背に黒い翼を生やした魔族が起き上がり紅い瞳でこちらを睨み付ける。
助骨あたりを手で押さえ、喋る口元からは血の色らしき色が付着している。唸りながら恨み事を発する所為(せい)で、鋭い牙が覗いて見えた。
「・・・デルモントへ帰還する隙を突くなんて、人間は姑息な手を使うんですね。プライドは無いんですか?」
皮肉を込め、紫の瞳を横目にチラリとこちらに向けた長い黒髪の魔族は逆にあっさりとした態度。緊迫感を感じないのは、彼らがこの状況を危機的に捉えていないからだ。
「エヴァディス、ポネリーアの被害総額は幾らか憶測で計算できるか?」
「金の硬貨が50万個は下ります」
「ってめぇ、俺達を無視すんじゃねえ!!」
頭を沸騰させた少しばかり背の低く紅い瞳の彼は、太腿に巻き付けたベルトから固定されていた二つのナイフを両手に持ち、国王の方へ斬りかかる。
ギイィィン・・・!
「はした金だが、お前達に損害した費用の一部を払って貰おうか」
「ハッ、払う金なんか何も無いね!」
跳躍し、ザッと間合いに詰め込んだゼルカナンダのナイフの衝撃を造作なく受け止める。腰に括り付けたブロードソードを見事に片手で使いこなし、ナイフによる目にも留まらぬ斬撃を軽くいなす。
「・・・っ、避けてんじゃねーよ、このヤロッ!!」
「こっちの魔族は口が悪いな」
ギリギリギリ・・・
二人対峙した状態から、ゼルカナンダがパッと素早く横へ移動させると、後ろから黒髪の長いハーティスが闇の魔法を素早く詠唱して連携攻撃を狙って来た。弾丸の如く、烈風を纏った黒い残撃が国王目掛けて降り注ぐ。
「!!」
「闇属性による五月雨(さみだれ)攻撃、避けれますか?―ダークネスショット―!!」
ガガガガガッ!!
「どうだっ、二人のコンビネーションはっ!!」
「まぁまぁですかね。しかし、彼は全然モノともしてないようです」
ザザッと同じ位置へ跳び戻り、打ち込んだ手応えを確かめる。
黒髪の長髪・ハーティスの傍へ素早く跳躍して近寄る紅い瞳のゼルカナンダは、体勢を素早く整え次の攻撃に移行できるよう準備を整える。
遠くから見る国王は、確かに攻撃は受け、黒い質素な服はボロボロになったが静かに立つ姿は威厳を損なわない。
「提案をしようか。もし私と殺り合い、お前達が勝てばこの牢獄から出るなり何なり好きにしたらいい。世界を滅ぼすも良し、人間を皆殺しにするも良し」
「へえ、じゃあ俺達が負けたらどうするんだ? さっきも言った通り、俺達は人間共が使う金やらは持ってないからな。あったとしても渡さねーけど?」
ナイフを交差させた状態で馬鹿笑いするゼルカナンダに、国王ハシュバットは口角を上げて口を開いた。
「金が無いのなら体で返して貰おうか。そうだな、魔族の紫の瞳や魔力が沢山詰まった血液、内臓、頭蓋骨・・・ポネリーアの被害総額には遠く及ばんが、収集家にはそれなりに売れるだろう」
「なっ!」
「品性の欠片も無い・・・貴方の方こそ私達魔族や悪魔(デーモン)に近いじゃないですか」
二人の魔族は憤る。何せ、自分達の瞳や血液が結構な値段になると国王は言い張るのだから。
上級魔族の意地により、ますます負ける事など出来ない。
「言い忘れてたが、この牢屋はお前達魔族の為の牢獄で、どんなに力を開放してもこの牢獄の中だけは崩壊出来ないように、耐久魔法を幾重にも掛けている。だから私やお前達が思い切り魔法を使おうが、どちらかが死ぬ迄この牢屋から出る事は敵わんぞ?」
「俺達が勝ったらここから出れるのかよ・・・」
「ここの牢屋の鍵は私が持っている――」
バッとその声の主の方を向くと、なんと先程まで牢屋の中に居たエヴァディスさんだった。今、私達と同じ牢屋の外側に立っている。
「アイツ、この前の俺達を閉じ込めた銀髪の奴だ・・・!!!」
憎悪を込めた紅い瞳が爛々と輝き、助骨あたりを手で押さえ、ギリギリと歯ぎしりする。
「やられましたね。目の前の人物を倒そうが、牢屋の鍵は向こう側に居る人物が
持っているじゃないですか・・・この場所から出す気なんか、最初から無かったんですね」
鋭く鈍い光を放つ二人の魔族に、国王ハシュバットが一言、
「“絶魔の牢獄”へようこそ、パーティーの開演だ―――」
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