女神エリシュマイル、通称エリーちゃんに再び猫にされた私は森の中に居た。
見渡すは一面の森だらけ。大木が視界を遮って、向こう側も何も見えない。
朝なのに木漏れ日は今一つで、太陽もお目見え出来ない。
先程まで雨が降っていたんだろうか、土が湿っぽくて歩きづらいったらない。
雨と木々と泥の匂いが混ざり、あんまり嗅ぎたい匂いでもない。
・・・エリーちゃん、次会ったら覚えとけよ。
彼女に何かの報復を考えていると、フと温かい腕を思い出す。
ガウラは、彼は、寂しがっていないだろうか?姿を見せない私に嫌気がさして、魔族の世界のデルモントを出ないだろうか?
悲しみが胸一杯に広がる。
彼が居ないと過ごして行けないのは私の方。
優しい心を利用して、守護獣なのを良い事にしがみ付き、ガウラの自由を奪い取る・・・彼の居る世界に戻ったとしても、もし傍に居てくれなかったら。その時私は―――?
「へへっ、ネガティブまっしぐらだ・・・」
切り株にしゃがみ込み、涙を零す。
どんなに考えても、この状況は覆らない。だったら、エリーちゃんの言う“ロマサガ3”の世界を楽しむしか無いじゃないか。
ブルブルッと白い体を震わせて、気合いを入れる。すると、複数の足音が前方向から聞こえて来た。
今の私は猫だから、少しばかり遠くの音も拾い取ることが出来るんだ。
「ここの森を抜けると、ロアーヌ侯が居る陣営に辿り着く。陣形はさっきと同じ、前衛に俺、ユリアン、エレン、トーマス、サラが後衛で防御しつつ攻撃。モニカ姫はサブメンバーだ」
「分かった。皆、気を引き締めて行くぞ!」
「分かったよ」
「ああ」
「うん!」
「皆さん、もう一踏ん張りです。頑張りましょう!」
おおっ、もう主要メンバーが来ちゃったじゃないか!! こうしちゃいられない。是非とも仲間に加えて貰わないと。
座っていた切り株から立ち上がり、男の人三人、女の人三人の計六人の元へと駆け出す。すると色黒の顔が特徴の、アジアンテイストを匂わせる目付きの悪い男の人が私の気配を一番に感じ取り、曲刀を構えて立ち塞がって来た。
「何者だ!」
「えっ、何か居たの?」
「全然気付かなかった・・・」
「俺も、全然気付かなかった」
「えっ、えっ、ええ!!」
彼らから二メートル離れた所から思わず立ち上がり、武器は持っていないと示す為に、白い毛むくじゃらの腕を上にあげ、万歳の格好にして立ってみる事にした。警戒を緩める事無く、徐々に近付いて来る彼等に一言。
「は、初めまして。あの、私の言葉が分かりますか?」
初・人間との会話。さあ、ちゃんと通じるのかな?
「猫が・・・」
「喋った・・・?」
もう一度、はっきりと喋った方が良いかな?
こういうの、始めが肝心だし。良い印象を彼らに植え付けなくてはっ!
「う、嘘じゃないですよっ! 猫だけど、喋れます!」
「「「「「 嘘ォォォ!?? 」」」」」
「・・・」
流暢に話す私の言葉に、六人もの二対の瞳が一斉に見開いた瞬間だった。
***
森の中を徘徊している、地狼やゴブリン、妖精(ピクシー)を薙(な)ぎ払いつつ自己紹介をして貰っていた。
「俺はユリアン。ポニーテールの彼女が幼馴染のエレン、その妹がサラ、眼鏡を掛けたこいつは俺の友達トーマス、そんでこの御方はモニカ姫、こっちの色黒の目付きの悪いおっさんがハリードな!」
「目付きが悪いは余計だ」
「よっ、よろしくお願いします! 私の名前はリオって言います」
緑色の髪の毛が特徴の、長剣を手に持つ彼は友好的に喋ってくれる。ゲーム中でのユリアンの性格は、正義感に溢れる青年だ。私が猫でも疑う事無く喋ってくれるから安心する。
「私、猫が喋ってる所初めて見たよ。リオ・・・で良いのかい? 私の事はエレンで良いからね!」
頭を擦ってくれるポニーテールの美人さん、エレン姉さま。
あう。私、主人公達の中では一番好きで、何回も操作しつつ、常にメンバー入りを果たしていた彼女。憧れの人に喋りかけて貰えるなんて、リオ感激・・・!!
「お姉ちゃん、リオちゃん泣いてるよ? どうしたのかな」
栗毛色でパーマ掛かった髪の毛が特徴の、一見頼りなさそうな女の子サラ。腕っ節が強く、且つ美人のエレン姉さまの妹はあんまりパッとしないんだよな。けど、この子が一番物語に関わってるのは知ってるし。
「この森は危険だから、リオは俺達と一緒に来るかい?」
「うん、是非お供させて下さい!!」
眼鏡を掛けた紳士、トーマス。ゲーム中では彼をあんまり操作する事は無かったんだよね。特徴と言ったら・・・様々な地域の農業、商業、食料品と、果てはホテルまで幅広く買収するという重役が、彼には課せられていた筈だ。私はお金を稼ぐのを苦手としているので、彼を操作したのはたったの一度だけだった。
「こんな時に不謹慎かもしれないけれど、仲間が増えるのは嬉しいわ。一緒に行きましょう」
ここには居ない、ロアーヌ侯国を統治する君主、ミカエルさんの妹モニカ姫。
ゲーム画面では分からなかったけど、ローブから見える顔は少し憔悴して見えるがそんな事でこの人の美しさは揺るがない。・・・ユリアンが付いて行く気持ちが分かるかも。
「モニカ姫、あんたがリオを見てやってくれっ!・・・っと、よし。後はあの小道を通り抜けるだけだ」
ユリアン達の先頭に立ち、襲い掛かる地狼を月に模した曲刀で一網打尽に切り捨てるハリード。ユリアンやエレン達が協力して倒す狼達を、彼の放つ斬撃一つで地に果てる。技量も体力も、ここにいるメンバー全員が束になっても彼には敵わないだろう。その証拠に、この世界では“トルネード”と大層な呼び名まである有名人だ。
先頭を歩くハリードの背中を眺めながら一同、ケモノ道に足を踏み入れたその時。自分達に大きな影が出来た。
「な、何だあれ・・・」
「知らないよ。あんなデカイ鳥、見た事も無い」
「アレは・・・ガルウイングだ! 来るぞ、皆準備しろっ!!」
私達の居る頭上を、何度も旋回して威嚇して来る怪鳥(ガルウイング)が、鋭い嘴(くちばし)と爪で襲い掛かって来た―――!!