もうひとつの視点

ー光明を求めてー

解散総選挙、国民に判断させたら終わる

2024年10月01日 | 日常

 小泉進次郎氏は、今度の選挙で裏金議員問題も国民の審判を仰ぐことになると話していた。そればかりか、政治資金パーティーや数に物を言わせての派閥による独裁政治等々、批判を浴びてきた様々な問題も、次の選挙で国民の審判を仰ぐことになる。

 もし次の選挙で、裏金議員たち、派閥を守ろうとする議員たち、パーティーをやめない議員たち、私利私欲のために新総裁の足を引っ張って政治を混沌とさせようとしている議員たちを国民が当選させ、自民党に過半数を取らせたら、これまでの様々な悪事を認め、続けてもよいという判断を国民がおこなったということになる。そうなれば、自民党はこれまでの問題についてだれも責任を取らなくてもよくなるばかりか、続けてもよいと国民からお墨付きをもらったことで、今後も続くことになる。国民の審判がそう判断したのだから、政治家たちは堂々とやれる。

 記憶力も想像力も思考力も判断力も極端に劣る日本国民に判断を任せることで、裏金議員たちを当選させ、派閥を存続させて数の力による独裁政治を温存したがる長老たちを当選させ、自民党が過半数を取り、これまでの自民党の不適切行為をすべて正当化しようとするなんて、自民党は本当に狡猾で悪い人たちだと思う。最も愚かな国民を、自分たちが悪事を続けるための道具に使うとはひどすぎる。国民に判断を任せられたら、もうおしまいだ。

 国民に問いたい。今度の選挙は、「これまで地元のために尽くしてくれたから、云々」という判断基準で投票してよいのだろうか。それはどういうことを意味するのか、よく考えてもらいたい。地域の市長や市議会議員を選ぶ選挙ではないのである。麻生氏や高市氏が、再び政界に戻って来たら、新内閣はどうなるだろうか。少し想像力を働かせてもらいたい。せっかく、自民党のこれまでの悪しき習慣を壊滅させられる最初で最後の人が総裁になったのだ。国民は、これを無駄にするというのか。

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