刑事法総合演習Ⅰ 第二回
[事実]
被告人甲が、Aに暴行を加え、よって同人に対し傷害を負わせ、Aに対し、内因性高血圧性橋脳出血を発生させ、または、拡大憎悪させる傷害を負わせ(第一暴行)、同人を約100km離れた大阪南港まで車で運んで資材置き場に放置した。その後、同所において何者かが被害者の頭頂部を角材で数回殴打する暴行を加えた(第二暴行)。翌日、同人は運搬放置された資材置場において、右橋脳出血の進展拡大により死亡するに至った事案。
[第一審]
飯場における一連の暴行は、被害者に内因性高血圧性橋脳出血を発生させ、あるいは少なくとも既に生じていた同出血を拡大進展させる形で被害者の死期を早めたものと認めることができ、被害者の死亡との間に因果関係を有するというべきであるが、南港における角材殴打行為は、被害者の死亡に対して因果関係を有しないものというべきである、として傷害致死罪の限度で有罪であるとした。
[控訴審]
被告人の飯場における暴行が、死因である内因性高血圧性橋脳出血を惹起し被害者の死をもたらしたもので、被害者の死亡との因果関係を有することは明らかであるのに対し、南港における角材殴打は、死因の惹起自体には関わりを持たないものであるから、被害者の死亡との間に因果関係を有しないものといえるとし、控訴を棄却した。
[上告審]
犯人の暴行により被害者の死因となった傷害が形成された場合には、仮にその後第三者により加えられた暴行によって死期が早められたとしても、犯人の暴行と被害者の死亡との間の因果関係を肯定することができるとし、上告を棄却した。
[起案]
1 甲の罪責について
(1) 甲は「洗面器の底や皮バンドでAの頭部等を多数回殴打」してAに対して「内因性高血圧性橋脳出血」という傷害を負わせ、さらにAは、死亡している。そこで、甲については、傷害致死罪(205条)の成否が問題となる。
この点、甲の前記行為は傷害致死罪の実行行為に該当し、また、これによってAが「傷害」を負っていることも疑いない。しかし、これに「よって」Aが死亡したと言えるのか、すなわち、因果関係の有無が問題となる。なぜなら、本件においては、甲が、Aを放置した後、乙が殺意をもって「角材で、Aの頭部を数回殴打」しているからである。
(2) では、このような第三者の故意行為の介入により、甲の行為とAの死亡との間の因果関係が否定されるのであろうか。
この点、まず因果関係とは、行為と結果との間の原因・結果の関係をいうが、どのような場合に、このような因果関係が認められるのかをめぐっては、争いがある。
まず、条件説は、行為と結果と間に「あれなければこれなし」という条件関係が認められれば、直ちに因果関係が認められるとする。しかし、これでは因果関係の認められる範囲が広がりすぎ、行為者に苛酷な結果となるため、現在では、かかる条件関係の存在を前提としつつも、当該行為から当該結果が発生することが人類の全経験的知識に照らして相当といえる場合に因果関係を認める「相当因果関係説」が通説となっている。
ただ、相当因果関係説にあっても、さらに相当性判断の基礎事情をどの範囲に求めるかをめぐり争いがあり、現在では、甲一次に存在した全事情と行為後の一般人が認識・予見しえた事情及び行為者が特に認識・予見していた事情を基礎とすべきであるとする「折衷説」が有力である。しかし、客観説によるときは、行為時の全事情を基礎とする結果、因果関係が認められやすくなり、行為者に対して苛酷な結果となることを防止するという相当因果関係説の当初の狙いを十分に実現することができるのか。という疑問がある。その意味で、折衷説が妥当である。
(3) では、折衷的相当因果関係説によるときは、本件の場合、因果関係は認められるのであろうか。
まず、そもそも甲がAに対して暴行を加えなければ、Aは死亡しなかったのであるから、甲の行為とAの行為との間に条件関係は肯定される。
では、相当因果関係はどうか。暴行の結果Aに生じた傷害は、甲が考えている以上に重いものだったと思われるが、そのような状況に気づかずAを資材置き場に放置するということは、一般人に予見可能な事情であったといえよう。したがって、この事実は基礎事情に入る。しかし、乙が殺意をもってAの頭部を角材で数回殴打するというのは、日常的には起こりえないような「異常な事態」であり、このような事実は一般人にも予見できなかったであろうし、また、甲自身も予見していなかったものと解される。それゆえ、この事実は基礎事情から除かれるべきである。
そこで、問題は、このような事情を基礎とした場合に、現実にAが死亡した時点において、Aが死亡するということが「相当」であったか否か、である。
この点、まず、①乙の行為によってAの死亡時期が何ら早まることがなかったとすれば、まさに現実にAが死亡した時点においてAが死亡するということは「相当」な結果と言わざるを得ず、相当因果関係は肯定されよう。これに対し、②乙の行為によってAの死亡時期が大幅に早まり、乙の行為を除いて考えると、その時点でAが死亡するということは通常ありえない、と言うことであれば、相当性は否定されよう。問題は、③乙の行為によってAの死亡時期が幾分早まったが、乙の行為を除外しても、現実にAが死亡した時点で死亡することはありうる事態だったと言える場合であるが、この場合も相当な事態の推移といえ、やはりそれは甲の行為からの「相当」な結果であったと言うべきであろう。
(4) したがって、①または③の場合であれば、甲には、傷害致死罪(205条)が成立するが、②の場合であれば傷害罪(204条)が成立するにとどまるものと解する。
(5) なお、甲は「Aを近くの建設資材置き場に運び、寒風吹きすさぶ深夜、Aを同所に放置」しており、この行為は、保護責任者遺棄罪(218条)該当するが、甲に傷害致死罪が成立する場合には、これは同罪に吸収されるものと解する。ただ、甲に傷害罪が成立するにとどまる場合には、保護責任者遺棄罪も成立し、両者は併合罪(45条前段)となるものと解する。
2 乙の罪責
①の場合には条件関係がなく、殺人未遂罪(199条、203条)。
②③の場合には、Aの「傷害」を基礎事情に考え、相当性を肯定。②③ともに殺人罪(199
条)。
以上
[事実]
被告人甲が、Aに暴行を加え、よって同人に対し傷害を負わせ、Aに対し、内因性高血圧性橋脳出血を発生させ、または、拡大憎悪させる傷害を負わせ(第一暴行)、同人を約100km離れた大阪南港まで車で運んで資材置き場に放置した。その後、同所において何者かが被害者の頭頂部を角材で数回殴打する暴行を加えた(第二暴行)。翌日、同人は運搬放置された資材置場において、右橋脳出血の進展拡大により死亡するに至った事案。
[第一審]
飯場における一連の暴行は、被害者に内因性高血圧性橋脳出血を発生させ、あるいは少なくとも既に生じていた同出血を拡大進展させる形で被害者の死期を早めたものと認めることができ、被害者の死亡との間に因果関係を有するというべきであるが、南港における角材殴打行為は、被害者の死亡に対して因果関係を有しないものというべきである、として傷害致死罪の限度で有罪であるとした。
[控訴審]
被告人の飯場における暴行が、死因である内因性高血圧性橋脳出血を惹起し被害者の死をもたらしたもので、被害者の死亡との因果関係を有することは明らかであるのに対し、南港における角材殴打は、死因の惹起自体には関わりを持たないものであるから、被害者の死亡との間に因果関係を有しないものといえるとし、控訴を棄却した。
[上告審]
犯人の暴行により被害者の死因となった傷害が形成された場合には、仮にその後第三者により加えられた暴行によって死期が早められたとしても、犯人の暴行と被害者の死亡との間の因果関係を肯定することができるとし、上告を棄却した。
[起案]
1 甲の罪責について
(1) 甲は「洗面器の底や皮バンドでAの頭部等を多数回殴打」してAに対して「内因性高血圧性橋脳出血」という傷害を負わせ、さらにAは、死亡している。そこで、甲については、傷害致死罪(205条)の成否が問題となる。
この点、甲の前記行為は傷害致死罪の実行行為に該当し、また、これによってAが「傷害」を負っていることも疑いない。しかし、これに「よって」Aが死亡したと言えるのか、すなわち、因果関係の有無が問題となる。なぜなら、本件においては、甲が、Aを放置した後、乙が殺意をもって「角材で、Aの頭部を数回殴打」しているからである。
(2) では、このような第三者の故意行為の介入により、甲の行為とAの死亡との間の因果関係が否定されるのであろうか。
この点、まず因果関係とは、行為と結果との間の原因・結果の関係をいうが、どのような場合に、このような因果関係が認められるのかをめぐっては、争いがある。
まず、条件説は、行為と結果と間に「あれなければこれなし」という条件関係が認められれば、直ちに因果関係が認められるとする。しかし、これでは因果関係の認められる範囲が広がりすぎ、行為者に苛酷な結果となるため、現在では、かかる条件関係の存在を前提としつつも、当該行為から当該結果が発生することが人類の全経験的知識に照らして相当といえる場合に因果関係を認める「相当因果関係説」が通説となっている。
ただ、相当因果関係説にあっても、さらに相当性判断の基礎事情をどの範囲に求めるかをめぐり争いがあり、現在では、甲一次に存在した全事情と行為後の一般人が認識・予見しえた事情及び行為者が特に認識・予見していた事情を基礎とすべきであるとする「折衷説」が有力である。しかし、客観説によるときは、行為時の全事情を基礎とする結果、因果関係が認められやすくなり、行為者に対して苛酷な結果となることを防止するという相当因果関係説の当初の狙いを十分に実現することができるのか。という疑問がある。その意味で、折衷説が妥当である。
(3) では、折衷的相当因果関係説によるときは、本件の場合、因果関係は認められるのであろうか。
まず、そもそも甲がAに対して暴行を加えなければ、Aは死亡しなかったのであるから、甲の行為とAの行為との間に条件関係は肯定される。
では、相当因果関係はどうか。暴行の結果Aに生じた傷害は、甲が考えている以上に重いものだったと思われるが、そのような状況に気づかずAを資材置き場に放置するということは、一般人に予見可能な事情であったといえよう。したがって、この事実は基礎事情に入る。しかし、乙が殺意をもってAの頭部を角材で数回殴打するというのは、日常的には起こりえないような「異常な事態」であり、このような事実は一般人にも予見できなかったであろうし、また、甲自身も予見していなかったものと解される。それゆえ、この事実は基礎事情から除かれるべきである。
そこで、問題は、このような事情を基礎とした場合に、現実にAが死亡した時点において、Aが死亡するということが「相当」であったか否か、である。
この点、まず、①乙の行為によってAの死亡時期が何ら早まることがなかったとすれば、まさに現実にAが死亡した時点においてAが死亡するということは「相当」な結果と言わざるを得ず、相当因果関係は肯定されよう。これに対し、②乙の行為によってAの死亡時期が大幅に早まり、乙の行為を除いて考えると、その時点でAが死亡するということは通常ありえない、と言うことであれば、相当性は否定されよう。問題は、③乙の行為によってAの死亡時期が幾分早まったが、乙の行為を除外しても、現実にAが死亡した時点で死亡することはありうる事態だったと言える場合であるが、この場合も相当な事態の推移といえ、やはりそれは甲の行為からの「相当」な結果であったと言うべきであろう。
(4) したがって、①または③の場合であれば、甲には、傷害致死罪(205条)が成立するが、②の場合であれば傷害罪(204条)が成立するにとどまるものと解する。
(5) なお、甲は「Aを近くの建設資材置き場に運び、寒風吹きすさぶ深夜、Aを同所に放置」しており、この行為は、保護責任者遺棄罪(218条)該当するが、甲に傷害致死罪が成立する場合には、これは同罪に吸収されるものと解する。ただ、甲に傷害罪が成立するにとどまる場合には、保護責任者遺棄罪も成立し、両者は併合罪(45条前段)となるものと解する。
2 乙の罪責
①の場合には条件関係がなく、殺人未遂罪(199条、203条)。
②③の場合には、Aの「傷害」を基礎事情に考え、相当性を肯定。②③ともに殺人罪(199
条)。
以上